好きでごめん
「え、ええと…ガルド、お部屋に入ろう?」
とりあえず、廊下で泣き続けられても困るので、エリンシアに言われた通り部屋に入るよう促した。
腕を優しく取って立たせようとするが、ひかりの力じゃうんともすんとも言わない。
「ちょっと、う…ごいて…う、うう〜」
重くて全く動かない。
シクシク泣くだけで全く人の話を聞かないガルドに、息が上がったひかりはイラっとした。
「もうっ!部屋で抱き締めるんでしょ!?早く入って!私じゃガルド連れて行けない!」
ピタとガルドの泣き声が止まった。
…お?抱き締めるって言葉に反応したぞ?
ガルドを部屋に入れる為にひかりは言葉を続けた。
「ほらあ!立って入って!!ぎゅーするから!」
ノロノロと動きは鈍いが、ひかりの言葉を素直に聞いて、ガルドは部屋に無事入っていった。
3人がけの大きなソファがあったので、そこに座らせた。
ガルドはまだポロポロと涙を流していた。
ひかりはそんな姿のガルドを見て、むむむと考える。
ど、どうしよう。抱き締める…?どうやって?
いざ、やろうとするとめちゃくちゃ恥ずかしい。
正面から抱きしめればいいの…か?
ガルドが座っている正面に立ち、恐る恐るひかりは手を伸ばす。
ぽすりとガルドの頭を胸に抱え込んだ。
完全に抱き締め方を間違えている。
胸に挟まれたガルドは、涙がヒュンと止まった。
ドキドキとひかりの心臓の音が聞こえる。
ひかりはガルドの頭を優しく撫でた。
「え、えっとぉ…よ、よしよし?いい子?」
恋愛初心者のひかりに、泣いてる男をあやせというのは難解過ぎた。
赤ん坊をあやす方法しか思い付かない。
だが効果は抜群でガルドの涙は止まり、息の根も止まりそうだった。
ガルドが大人しくなった…?もう大丈夫かな?
そろそろと離れようとしたら、ひかりの腰にガッとガルドの腕が回ってぎゅうと抱き締められた。
思い切り胸にガルドの頭が当たって、変な声を出した。
「ぐえっ」
「……やだ。離れたくない」
ぎゅううとくっつくガルドを見下ろした。
いつもひかりを守ってくれる大人で頼りになるガルドの姿が微塵もない。行きの穏やかな笑顔で送り出してくれた彼とグスグスと泣いているこの人が同じなんて嘘みたいだ。
………なんか………可愛いな?
ひかりは再び、抱き締めて頭を撫でてあげた。
ガルドの髪は柔らかくて触り心地がいい。
束の間の穏やかな時間が流れた。
「………」
「………」
ーーーーーー離れない。どうすればいいんだろう。
助けてエリンシアさん。対処法がわかりません。
ーー落ち着いたらベルを鳴らして呼んでね?ーー
ハッとひかりはエリンシアの言葉を思い出した。
どこだ!?ベルはどこ!?
腰をガッチリ固定されていて体は動けない。
首だけでキョロキョロと部屋を見回す。
あっ!あったー!
後ろのテーブルの斜め横にちょこんと金色のベルがあった。
「くっ…届かない…!」
何度も言うが腰を固定されているので動けない。
手を伸ばしたが、微妙に届かない距離に置かれていた。
パタパタと手を動かすが、空を切るだけだった。
ガルドから離れようとしてもガッチリ捕まっている。
ーー襲われそうになったら殴っていいからーー
エリンシアの言葉その2を思い出した。
ガルドを見て拳を握り、ごくりと息をのむ。
「や、やっぱり暴力は無理だ。おーい、ガルド〜落ち着いた〜?」
諦めて普通に声をかけた。
静かになって結構経ったし、きっと落ち着いているはず。
「…ひかり、ごめん」
「うん?大丈夫だよ。落ち着いた?」
ガルドが話してきたのでひかりはホッとした。
でも、ガッチリ捕まっているのは変わらない。
「俺はひかりが好きだ。ごめん。離してあげれない。本当にごめん」
「えっ、そろそろ離して。エリンシアさんたち待たせてるよ?」
「……そうじゃなくて」
「うん?」
ひかりはガルドが何を言ってるのかさっぱりわからなくて、呑気な返事をしていた。
全く動くそぶりのないガルドを見下ろして、少し呆れたように言う。
「ガルドは、本当に私が大好きなんだねえ」
「うん」
「そっか」
「うん」
「じゃあ、私も頑張るね」
「……ごめん」
「うん。許すよ」
「……………ひかり、好きだ」
「うん、ありがとう。ガルド」
「…………」
ひかりは最後にぎゅうとガルドの頭を抱き締めて、ゆっくり離した。
ガルドの腕がスルリと離れる。
「さ、エリンシアさんたち呼ぼうか」
「…うん」
ひかりは小さなベルを取り、チリンチリンと綺麗な音色を鳴らした。




