伴侶欠乏症
ガルドは、自分がどうやって母親たちのいた部屋を出たのか覚えていなかった。
気が付いたらレオルドがいる控え室の扉の前に戻っていた。
青ざめた顔で、ここからどうすればいいのかぼんやり考えた。
ああ、部屋に…入らなくては…。
扉を開けようとする前に、先に扉が開いた。
レオルドがひょこっと顔を出す。
「ガルド?何で入んないの…え?お前どうした?」
青ざめて、絶望したかのような酷い表情の息子を見たレオルドは、慌ててガルドに問いかけた。
レオルドの声にも、ガルドは虚ろな返事しか出来ない。
「俺…は…」
「ガルド?」
廊下の少し離れた所からひかりの声が聞こえて、ガルドはノロノロと辺りを探す。
トコトコとひかりはガルドの方へ歩いてきて、ふんわりと嬉しそうな笑顔を向ける。
「ただいま、ガルド!」
ガルドは、その笑顔と言葉に
ーーーーー号泣した。
ボタボタと涙を流し、崩れ落ちた。
「「えええええっ!?」」
間近で見たレオルドも、声をかけただけで泣かれたひかりも、慌てふためいた。
「どどどどうした!?ガルド、どこか痛いのか!?」
「だだだ大丈夫!?どこか苦しいところある!?」
ガルドがこんなに泣くなんて!!
二人は、ガルドに何かすごい大変なことが起きている!?と大騒ぎになった。
「どうしましょう!?お医者さんってどうやって呼べばいいですか!?」
「待ってて!今すぐ呼んでくるから!」
ひかりは跪いているガルドの肩に手を置き、レオルドに助けを求めた。レオルドも急いで医師を呼ぼうと部屋を出ようとした。
「うっ、うぅっ、どこもっ悪くないっ。悪いのは俺だっ。ごめん。ごめんひかりっ!うっううあーーっ!」
「えっ!?なに?何の話!?」
「悪いの悪くないの!?」
二人はガルドの言っていることがわからず、アワアワとガルドの周りで慌てている。
ガルドは、ずっと謝り泣き続けていた。
「あらまあ…困った子ねえ…」
「エリー!ガルドどうしよう!?」
エリンシアが呆れながらその惨状を眺めつつ歩いてくる。
レオルドは戸惑いながら、エリーに助けを求めた。
「そうね。まずはひかりちゃん、控え室でガルドをあやしてくれる?」
「あ…あやす?」
エリンシアの予想外の言葉に、ひかりは目を瞬かせた。
具合の悪い人間にすることではない。
あやすとは一体…?
「レオルド、私たちは今日はここに泊まるように言われているから、部屋に行きましょう?
ひかりちゃん、落ち着いたら部屋にあるベルを鳴らして私たちを呼んでね?」
「えっ!?ガルドは医者に見せなくていいんですか?」
あっさりとこの場から去ろうとしているエリンシアに、ひかりは困惑を隠せない。
エリンシアはニッコリ笑って明るく答えた。
「大丈夫よ。ひかりちゃんが抱きしめてあげれば、ガルドは簡単に復活するわ。襲われそうになったら殴っていいから」
「お、おそ!?」
ガルドの母親からすごいことを言われたひかりは顔を真っ赤にし、ガルドから手を離す。
レオルドは、ガルドの状態がただの伴侶欠乏症だと気付いて、ケロリと落ち着いた。
「なんだ。良かった。どこか悪いのかと思ったよ」
「悪いですよね!?」
「大丈夫大丈夫。しっかり抱き締めてあげてね」
「じゃあ、あとでね。ひかりちゃん」
「えええええ!?」
辺境伯夫妻は、あっさりとこの場を去っていった。
残るはひかりと、おいおい泣いているガルドである。
「……えええええ〜〜?」
ひかりは訳のわからない状況に、声をあげるしかなかった。




