初めて会った時から
「今日は楽しかったわ。また、よかったらお茶をしましょうね。伴侶の苦労を話せる相手は少ないのよ。話せて嬉しかったわ」
「は、はい。こちらこそ、お話してくださり、ありがとうございました」
ヘスティアは、ひかりの方を見てにっこり笑う。
ひかりは泣いてしまったのを思い出し、照れながらぺこりとお辞儀をした。
エリンシアも優しくひかりを見ていた。
「私はもう少しヘスティアと話があるから、先に控え室の方へ行っててもらって良いかしら?
レオルドが良い子で待ってるか、確かめてもらえると助かるわ」
「ふふ。わかりました」
エリンシアの冗談にクスリとひかりは笑いながら頷いた。
…冗談だよね?ガルドのお父さんを止められる気がしない。
ひかりが部屋を出ると、ヘスティアはチリンとベルを鳴らす。すぐにレイゼンが部屋に訪れた。
「お呼びでしょうか」
「ひかり嬢に会わないように、ガルドを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
ひかりがいなくなり、エリンシアとヘスティアは無言だった。
予想外の事態が起きている。
二人はどう対処すべきか、必死に考えていた。
少しして扉のノックが響く。
「エッセン団長をお連れしました」
「お入り」
ガルドが部屋に入ると、レイゼンは入らず扉が閉まった。
エリンシアはガルドを見て、にこやかに微笑んだ。
しかし、辺境伯夫人として強い視線で「真実を答えろ」と射抜いた。
「ガルド。なぜ伴侶判別を母に頼まなかったのです?」
「伴侶判別?……あ……」
ガルドは母の問いに一瞬虚を突かれたが、すぐに顔を青ざめさせた。
今、思い出したかのような息子の素振りに、エリンシアはギリと手を強く握った。
こんな愚かな子ではなかったはず…何故…
エリンシアから笑顔が消える。
「答えなさい。何故、忘れたのです?」
次期当主は見初めた者が現れたら、「伴侶判別」をやらなければいけない絶対的規則があった。
辺境伯家は、伴侶を自分の命と同一化して見てしまう。
それは、伴侶が辺境伯家当主の命を掌握するという意味もあった。
相手は誰でも良いわけではないのだ。
当主の伴侶として相応しい者がならなければ、辺境伯は潰れる。
国境を守る辺境伯家が揺らげば、他国に攻め入る隙を与える。
たった一人のせいで国が危うくなるのだ。
王家と辺境伯家は似た性質を持った血族。
伴侶判別の儀式は当主の伴侶達で密やかに行われていた。
ガルドは、ぐるぐると記憶を辿る。
何故こんな重大なことを忘れていた?
一体いつから、ひかりを伴侶として望んだ?
ガルドは導き出した答えを、震える声で絞り出す。
「出会った時から…ひかりと結ばれることしか…頭になかったんです」
「………一目惚れだったのね」
エリンシアは茫然と呟き、ヘスティアは言葉も出なかった。
エリンシアは、ヘスティアを縋るように見る。
「ヘスティア、私はどうすればいい?」
「大丈夫よ。ひかり嬢はガルドを受け入れ始めている。不安を取り除いてあげれば良いわ。陛下には私が話を付ける」
「ああ…ヘスティア…ごめんなさい。私がもっと早く会いに行っていれば」
「いいえ。これは無理よ。誰にもどうにも出来なかったわ」
側から見ればガルドの行動は、伴侶判別が済んだ者が行う異常行動だった。
本来、見初めたとしても、ある程度の期間は意識を保つはずなのだ。
お互い苦しまず、逃がしてあげれるように。
ガルドは完全に異端だった。
王妃と母の話を、ガルドは聞いているしかなかった。
何も出来ることはなかった。
己の制御できない恋情に、成す術がなかった。
血族の特徴が、完全に覚醒しているとやっと自覚をした。
「ガルド、お前の宣言はひかり嬢を苦しめた。その自覚はあるか?」
ヘスティアは王妃として、ガルドに問いかけた。
このままでは、ひかりは生きていけなかった。
覚醒した者の執着は凄まじい。
あの場で生涯を共に出来ないと判断したら「ひかり」という存在をすぐに隠さねばならなかった。名前を変え、持っている物全てを捨て別の地で生きる。
王家と辺境伯家が手を組み、そこまでしないと逃げられない。
ひかりは血族の特徴を知らないのに、自分に資格が無いならば、ガルドの前から去った方がいいと理解していた。
それほどまでに、当主夫人の重さがわかっていた。
「ひかりを…苦しめた…」
ガルドは絶望の表情で呟いた。
覚醒した者にとって、最愛を苦しめるなんて万死に値する。
外堀を埋めて、ひかりの逃げ道を絶った。
それでも、ひかりは想いを受け取ってくれたから守りぬくと誓った。
「愛し守れば幸せ。それは血族の一番危険な考えだ。お前たちが絶対に忘れてはいけないのは、伴侶の自由。伴侶はお前たちの命そのものではない。一人の人間だ。肝に銘じよ」
その言葉は血族の者にとって何よりも必要で、何よりも残酷な言葉だった。




