ほしがりなザッハトルテ
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こちらは「わがままなザッハトルテたち」参加作です。
詳細はあらすじをご確認くださいませ。
高校二年生。二学期初日。
もう九月だと言うのに日はかんかんに照り、秋とは呼べそうにもない。夏の間ほとんど毎日クーラーの下にいた私にとって、灼熱の通学路は体中の全てを奪いかねない敵である。
夏休み前、理系クラスから文系クラスへの転入を認められた。
従って今日は転校初日と言っても差し支えないだろう。あまり緊張はしないタチだけれど、昨日の夜から少し落ち着かない。
退屈な全校集会に出席した後、新しい担任教師に連れられて教室へ向かう。
「理系クラスから転入しました新滝 綾世です! 仲良くしてください! 宜しくお願いします」
挨拶は元気良く、元気良く。そう言い聞かせていたら、思いの外元気いっぱいな挨拶になってしまった。
クラスの人達が私を品定めする、お決まりの視線。そちらがそのつもりなら、こっちだって。
授業中、これからクラスメイトとして過ごしていく彼等の生態を観察した。まさに品定め。お調子者、仕切りたがり、ムードメイカー……似た者同士が群れている。もちろんその群れの中にも上下関係があり。
「あー、やだやだ」
思わず声が漏れる。こんなことを考えてしまう私がいやなのだ。誰が上とか下だとか。
そんな中、後ろの席の子が気になる。森久保 幸美さんというらしい。“地味で控えめ”そんなありふれた表現が似合う眼鏡の女子生徒は、私のとびきりの笑顔と挨拶に軽く会釈をしただけだった。
休み時間に誰かと群れておしゃべりタイム、なんてのもないらしい。何やら分厚い本を読んでいて、顔にかかる細い髪の毛が妙に心を揺さぶった。
ひとりぼっちなのが良い。クラスの輪に溶け込めてないのが良い。嫌われているわけでなく、誰も彼女に興味がない。だがそこが良いのだ。彼女ならきっと――。
「あの……昼ご飯一緒にできないかな?」
彼女に拒絶反応を示されないよう、遠慮と気遣いを込めて誘う。
それが功を奏したらしい。
中庭で、並んでお弁当を食べる。木陰ではあるものの、暑くて堪らない。彼女いつもこんなところでご飯食べてるの? 暑さで会話も思い浮かばない。
「理系から文系に来たのは何故?」
「え?」
そんな私に気を遣ってくれたのか、唐突な質問が投げ掛けられる。唐突とは言え、この時期の転入はかなり珍しい。彼女が気になるのも無理はない。
「急に数学が好きじゃあなくなってね……」
適当にそれっぽい理由を述べる。言えるはずもない。前のクラスでちょっと気まずくなって、とか。初対面の相手に言えるはずがなかった。
去年、家族を失った。つらくて、立ち上がれなくて。ふさぎ込んでしまい寮の部屋から出られなくなって、やっと学校に行けるようにまでなった。
私には中学の時からずっと同じクラスの親友がいた。
これからも私はその子と一緒にいて、その子は私と一緒にいるものだと、根拠もなく信じ込んでいた。
私が学校に行けない間も連絡をくれていたけれど、久しぶりに会えたと思ったら、なんと、その子には彼氏が出来ていた。同じ理系クラスの男子だった。初めて好きな人が出来たと話す彼女はとても輝いていて、「私ではこの表情を引き出せない」と、胸が苦しくなったのを今でもはっきり覚えている。
それだけならまだ立て直せた。だけど、彼女の彼はとんでもない男で、なんと私に言い寄って来たのだ。はっきり言って、私の元親友は男を見る目がない。
黙っていれば良かったかもしれない。でもそれはできなかったし、彼女に目を覚ましてほしかった。
これで彼女は私の元に戻ってくる! 浅はかにもそんな希望を抱いていた。
心の防衛本能だろうか。人は信じたいものを信じてしまうように出来ている。
彼女はクラス中に「綾世が彼氏を奪おうとしている」と触れ回ったのだ。この瞬間、彼女は明確に、はっきりと、私よりも彼氏を優先した。彼女が近くに置いておきたかったのは、私ではなくぽっと出の浮気男だった。
そんな風に噂が立っては学校に行きづらい。また休みが続き、しばらくすると、担任が文系クラスへの転入を勧めてきて今に至る。
こんなこと、気軽に質問しただけの森久保さんに答えるべきじゃない。
だけどいつかは打ち明ける日が来るのかもしれない。もしかしたら今度こそ本当の親友同士になれるのかもしれない。そう思い、森久保さんを部活動に誘った。
私は廃部寸前の天文部に所属している。このまま行くと来年には同好会になるか、なくなってしまうだろう。
放課後の部活動は二人きりだった。
「すごい……こんなに綺麗に見えるんだ」
陽は沈んでいく最中で、夕焼けの中に星が浮かんでいた。綺麗だ綺麗だと言う森久保さんの眼鏡に夕焼け空が映り込む。肩より上で切り揃えられた髪がふんわりと風に揺れて、映画のワンシーンのようにも見えた。
「ねえ、あの星知ってる?」
「え、どれ?」
「ほらあれ。あの星はね、」
あちらだこちらだと指を差して、体を寄せる。なんだかくすぐったい。自分のテリトリーに人を招き入れたのは、久々だった。
ある日の土曜日、私と森久保さんはあるカフェに出掛けた。この頃には森久保さんを、サチ――と下の名前で呼んでいた。どこからどう見ても私達は仲良しだろう。
サチのお気に入りのお店らしい。
「このね、紅茶とザッハトルテがおすすめ! 紅茶は、ほら! こんなに種類があるんだけど、特にこれ。これがね、限定のフレーバーなの!」
「そうなんだ? じゃあ私もそれにしようかしら。いい?」
「もちろん!」
サチはまんまるなほっぺを紅潮させながら興奮気味にプレゼンしてくる。よほど好きなんだな、と微笑ましい。彼女は存外分かりやすい。好きなものに触れている時、顔によく出る。
「こちらザッハトルテでございます」
品の良いスタッフが静かに皿を置く。サチは目をキラキラと輝かせる。星を眺めてたあの日よりも目を輝かせていた。彼女の素直な反応に思わずこちらの口元も綻ぶ。
「んー、おいひー! ね、どう?」
「うーん、おいしい。さすがサチね」
「でしょお〜」
彼女が口の端にケーキのかけらを付けたまま、誇らしげに鼻をふふんと鳴らしてみせる。最初はぎこちなかったやり取りも、この一ヶ月程で随分軟化し、こうして可愛らしい姿を頻繁に見せてくれる。その度に、私の気持ちはサチの近くへと引き寄せられてしまうのだ。
「こんな日々が続けば良いのに」
「どうしたの? いきなり」
思わず本音が漏れてしまっていた。
やっと手に入れた友情に近い何かを、今度こそ手放したくない。そんな気持ちが言葉になってしまった。
急な発言に、サチはこてんと首を傾げている。
「あ、いや。こういうの、慣れてないの。だから嬉しくって、こういう毎日が続けば良いのになって」
どうにか取り繕いにこりと微笑む。
「綾世……私もお友達とこんな風に出掛けたことなかったから、嬉しい!」
サチはそう言うと、今日一番の笑顔を見せる。嬉しいって言った。教室では無表情でひたすら本に集中していたサチが。誰と会話するでもなく一人で休み時間を持て余していたサチが。私を友達と呼んで、一緒に出掛けるのを嬉しいって!
何かが満たされるのを感じる。この時間を、二人だけの時間を、今は誰にも邪魔してほしくない。そんな気持ちでいっぱいだった。
――だから。
「私、朔くんとお付き合いすることになったの」
私達の大切な部室でそんなことを言われた時は、ショックで立ち直れないと思った。
最近入部した一年生、真部 朔。ひょろひょろとした頼りなさ気な男子。望遠鏡を寄付するなんて言うもんだから、ラッキー! と入部許可をしたけれど。やけにサチへの態度が気持ち悪いと思ったら、まさか知らない内に付き合う仲にまで発展していたなんて。
はあ。またか。
結局女同士ではずっと一緒にいられないのか。結局男に持っていかれてしまうのか。私は彼女の特別な、一番にはなれないのか。
しかもあの喫茶店で交際が成立したと言う。
サチのお気に入りを見せてもらえたなんて、自分は特別なのだと勘違いしていた。この子はこういう子なんだ。少し好意を見せられたら、誰にでも靡く女なんだ。
そうか、そういう女なんだ。こいつも。
頭がふつふつと熱くなり血が昇る。喉がわなわなと震え、冷静に考えるより先に言葉が出た。
「バッカじゃないの!?」
止まらず次々とまくし立てる。悲痛な叫びだったと思う。
“おねがい、辞めるなんて言わないで。やっぱり私と一緒にいるって言って”
そんな気持ちを乗せて、まるっきり反対の言葉を浴びせかけてしまう。彼女が彼のために退部しても良いと言い出し、いよいよ言葉の勢いが止まらない。
「わかった。私も朔君も退部する事にする。恋愛なんてしちゃってごめんなさい」
「嘘でしょ……サチ」
サチはもう、最初からそう決めていたような気もする。
そうでなければ私が「いいよ、部室で二人でイチャイチャしなよ」とでもにっこり笑って言うと思っていたのだろうか。そんなわけがない。
結局彼女にとっても、初めて出来た友達よりも、初めて出来た彼氏の方が大事だったというわけだ。
また置いてかれた。また私はいらなかった。また。また。また!!
「もう、友達でなくてもいいよ。さようなら」
そう吐き捨てるように言う。まだ期待してる。「ごめんね」を。「やっぱりまた一緒に星が見たいよ」を。
だけどその期待は虚しく砕け散る。部室を出て行く彼等は手を握り合い、ここに悔いなど残してないように見えた。
部屋のベッドでひたすらに天井を眺め、排泄を催せばトイレに立ち、食材がなくなれば買い物に出かける。そんな日々がまたやってきた。
学校に行く気にはなれなかった。また同じことを繰り返してる、自分への嫌悪感で更に足が遠のく。
空気が冷たくなってきて、街が色めき立つ頃。頻繁に連絡が届くようになった。あいつからだ。真部 朔。私からサチを奪った男。
内容はと言えば、サチが何をさせてくれないだの、どうしたらベッドインに持ち込めるかだの。正直言ってド低俗。下品極まりない。そんなことを、元・部活動の先輩に相談するなんてどうかしている。
「さいってー!」
スマートフォンをベッドに投げつける。
「サチに迫ったら拒絶されたぁ? 知らないわよ、何で私に言ってくんのよ!」
誰に言うでもなく怒鳴りつける。
気持ちが悪い。最低の男。サチはこんなのの何が良くて付き合ってるのかしら。
状況が似ていたせいか、理系クラスでのことを鮮明に思い出した。
「綾世が彼氏を奪おうとしている」そう言って、クラス中から無視されたあの時のこと。
「そっか。そうすれば良いんだ。奪っちゃえば良いんだ、彼氏」
彼氏がいなくなれば、もしかしたらサチには私しかいないって気が付くかも。思い付いたあとは簡単。頭を下半身に乗っ取られたお猿さんを手懐けるなんて、期末テストの何倍も簡単。
さっそく私は真部の懐柔に取り掛かった。用意した蜘蛛の巣には、いとも容易く獲物がかかる。サチを取り返すためなら、自分の体を囮にするくらいなんてことはない。
作戦はほとんど成功した。彼をサチから引き離す、ここまでは成功していた。あと少し。あと少しで、彼女は私の元に戻ってきたのに。
どこが失敗だったんだろう。サチが学校で孤立するよう働きかけたこと? サチと真部を対面させて事実を教えてあげたこと? 真部が自ら命を断ってしまったこと? 私を欲しがってほしくて男と歩く姿を見せたこと? 彼女の嘘に気が付きながら、部室に招き入れたこと?
胸が、お腹が、焼けるように熱い。それでいて、氷の上に乗せられたかのように寒い。サチの頭にはすっかり血が昇っているらしく、抵抗の声は恐らく届いていない。サチが何度も何度も腕を振り上げては下ろす。その度に体を引き裂くような痛みが襲い、意識が遠のいていく。
ああ、たぶん死ぬんだろうな。自身の最期を覚悟した。これで良かったんだ。でも、きっと、良かった。きっとこれで、サチは私のことを一生忘れない。
だけど、だけど――。
「友達に、なりたかった、だけなのに」
コポリという音とともに息も絶え絶えに絞り出した言葉が、彼女に届いたかは分からない。本当は手土産にあの笑顔を見せてほしいけれど、その祈りをぶつける余力はもう残っていないらしい。
願わくば今際の刻みに遺した言葉が、サチの心を縛り続ける鎖となりますように。
お楽しみいただけましたでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
またお会い出来たら光栄です。
(以下長めのあとがきーーーーーーーーーーーーーーーーー)
こんばんは。
お読みいただきありがとうございます。
蟹海豹なみまと申します。
今回はまたまたいでっちさん主催の企画にお呼びいただき、こうして「わがままなザッハトルテ」の二次創作を世に出すこととなりました。
いでっちさんのファンの方々ももしかしたら読んでくださってるのかも、と思うとドキドキですね。
今回の企画は本日(20250323)の19時より、各作家がわがままなザッハトルテの二次創作を発表する。というイベント? 番組? でございました。
わたしの出番は22時なのですが、19時から一時間おきに作品が投稿されます。
こちら書いてるのは当日午前1時で大真夜中ですので、まだ皆様の作品は読めておりません。
いでっちさんのザッハトルテ(原作・主人公は幸美)の、綾世視点バージョンを書かせていただきました。
(まだ原作読まれてない方は本当にぜひ)
短編推奨とのことでできれば3千文字くらいにまとめたかったですが、ちょっとながくなっちゃいました(๑´∀`๑)
二次創作だと、原作とは少し違う世界線や時間軸の作品が多いかな? と思い、このようにいたしました。
どうだったんだろう。皆様どんな作品上げられるんだろう……と半分くらい不安です。えーん。でも、仮に設定かぶった方いてもそれぞれの作品を楽しんでいただけたら嬉しいです!!
うーん。もし他の参加作も読みたい! って思っていただけた方にどのようにご案内したらいいかな……と思ったのですが、ちょっといい案浮かびませんでした。
全作共通してタイトルに「ザッハトルテ」とつけることになっているので、そちらで検索するとそれっぽいの引っかかるかもしれないです。ꉂꉂ"(๑˃ꇴ˂๑)
さてさて。綾世ちゃん視点で進んだお話でしたが、原作に沿っているので、もちろん普段の自分ではキャラクターをこう動かさないだろうな。という展開で書くことができました!
二次創作続きで(??)、もしわたしが原作の流れを気にせずこの三人を動かすかつ現代恋愛ジャンルかつR15表現までで書くとしたら、とちょっぴりだけ考えてみました。
綾世←校内にたくさんの彼女がいて(体の関係)、幸美だけが純粋な付き合いの友人(大切だけど恋愛感情とまではいかず、なんとなくの独占欲)
幸美←綾世を恋愛的に好き(絶対にばれたくないのに気付いてほしい)
朔←幸美の気持ちに気付いているが、どうにか振り向かせたい。二人の中を引き裂くため、幸美の気持ちを綾世にばらす。
ちょっと朔くんが当て馬になってしまって頭抱えています。
もっと活躍させたいので大好きなホラー展開にしちゃうかもしれないですね。
朔くんを闇落ちさせて、呪いの力を得てもおもしろいかも。
でもやっぱり原作の流れが一番おもしろいですねえ!
企画お誘いいただきありがとうございました。
そして、ここまでお読みいただきありがとうございます!!