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疲れを癒そう

 カッポーーーン――……。


 という音が似あう、どこか昭和の香りが漂うここは温泉だ。


 一応制限時間を考慮して動いた為、思いのほか早く、俺は防呪の力を使えるようになった。

 帰宅したのが19時くらいで、終わったのが22時くらいかな?徹夜コースは免れたのはよかった。


 そして、


「動きっぱなしで疲れたし汗もかいたね?霊力も消耗しただろうから、そうだね……うん、茨木、湯治に行こうか」

「承知しました」


 夜兄の提案で鬼道を通り、真砂家御用達の温泉宿に来たのである。もちろん俺はこんなところがあることを知らない。

 霊力を消耗する程の戦いをしたとか、依頼でまじないを行って消耗した、とかは今までにないからだ。


 温泉宿、なんて言ったけど、本当に山奥にある秘境温泉くらいの小ささの露天風呂と、宿部分になるだろう場所は小さなログハウス……別荘みたいな感じだ。


「この温泉の効力はとても強いものなんだ。結界で隠しても違和感もなく、管理しやすい最小限の広さにしてある。朝まで木偶は持つし、せっかく早く終わったのだから、ゆっくり羽を伸ばしてから帰ろうね」


 一応、ご褒美的なこと、かな?

 とは思ったけど、俺の部屋にきた夜兄の目的のひとつは、家族でゆっくり過ごしたいがあったはず。多分、これが答え。

 ちょっと予定は狂っちゃったかもだけど、結果的に温泉旅行みたいになって嬉しそうだ。


「……まさかここまで臭い残るとは思わなかったし」


 そっちの方が、大正解なのかも。


 早々に露天風呂につかりたい、そんな気持ちをぐっと抑えて自分の体についた臭いを落とす。

 ほとんどが衣類に染みた程度で、俺自身に染み付いた臭いはそこまでじゃなく、しっかりと体を洗って湯で流したら、きれいに落ちた。


「ぶっふぇ!ちょっと秋くん!ちょっと雑やない?!もうちょいていねいに……よ、夜くんも~!!」


 しかし、東雲はそうはいかない。

 洗い場に置いてある石鹸をこれでもかと、使い切る勢いで泡立て、大型犬を洗うかのごとく東雲を泡だらけにしていく。

 薬瓶の中で、臭い液体に直接漬けられていたのだから、優しく洗って落ちるわけがない。それを夜兄もわかっているのか手助けはなく、むしろ参戦して背中を流してくれている。


「東雲、お前にとっちゃ幸せなんじゃないか?大人しく洗われてろ~」

「……そういわれるとそうやねんけど、理想としてはもっと穏やかに流しっこしたいいうか……イタタタタ!それスポンジやなくてたわしちゃう?!」


 2、3回洗って流してを繰り返すと、徐々に目立つ臭いは無くなっていった。まぁまだ奥の方に残る臭いはあるが……。


「まったく……いくら結界内だとはいえ、そんな大声出しているとなにがくるかわかりませんよ?」

「そうじゃぞキツネ!大人しくするのじゃ!さてさて……今日の湯加減はどうかのう~?」


 南国フルーツの柄が描かれた巻くタイプのタオルを身に着けてあらわれた結緋さん。


「え?ゆ、結緋さん?!なん?!」


 いくら見た目が10歳くらいだとはいえさすがに……なんで茨木は冷静にしてられるんだ?


「ここは混浴だからね?結緋、体が冷えてしまうから早くお入り?」

「言われるまでもないのじゃ!それぇー!」

「きぃーやぁー!?」


 先に湯につかっていた夜兄が結緋さんを誘うと、バサッとタオルをはぎ、空中へ投げて露天風呂にダイブする結緋さん。ひらひらと落ちてきたタオルは茨木が回収して脱衣場まで一旦下がった。


 バッシャーン!といい音がして、露天の湯が激しく揺れる。両手で目を覆い、隙間から視線を送ると……そこには可愛らしい水着姿の結緋さんがバタ足をしながら温泉を泳いでいた。


「なんだよ……水着か……」

「えぇ?むっつり秋くん?まさか……?」

「んなわけあるかい!男ばっかりのところで実の姉がすっぽんぽんにでもなったら大変だと思ってただけだわ!」

「まさかなんてあったら、ここから生きて帰れるわけないですもんね、秋緋様?」


 まさか、があるのはお前だろ、と思ったけど、さっきのこともあるので下手なことは言うべきじゃないと自重する。

 冷静だったのは、水着を着用していたからだったか。

 そんな茨木も服を脱ぎ、タオル一枚で戻ってきて、洗い場で体を流し始めた。


「お前も一緒に入るのか?珍しいな」

「ここは結界も強力ですから……妖怪も人間も、男女関係なく入れる混浴です。それに、姫子様がみな一緒にとおっしゃりましたし、汗も流したかったので遠慮なく頂戴しているのですよ」

「とかなんとかゆうて、姉ちゃん入ったお湯飲もうとか思てるんちゃう?俺はおもってるで?」

「なるほど、それはありですね」


 なるほどじゃねぇんだわ。そういうとこだけ共感するのやめなさいよ変態ども。

 そんなことさせまいと、今のところ彼らにとってのおいしいお湯に、俺というスパイスを加えてやるために、泡だらけの東雲を残して露天に向かう。


 乳白色の濁り湯。確かに効能が強そうだ。

 ゆっくりと足を入れると、少し熱めの、露天風呂としてはちょうどいいお湯の温度で、じんわりと染みてくる。たまらず肩まで一気に体を沈め、


「んあぁぁぁ~……!」


 と、お決まりの声が漏れる。

 もちろん家風呂でも声が出るときはあるが、温泉となると一味ちがうからな、心の底からほっとするような、そんな感じで漏れてしまう。


「どうだい秋緋?いいお湯でしょ?」

「うん、超気持ちぃよ、ありがとう夜兄……んん~!」


 石造りの露天の縁に腰かけて、火照った体を休めている夜兄と、


「みんなで温泉なんて初めてじゃの〜んふふんふーぬふーん」


 全身を伸ばしてぷかぷかと浮いて上機嫌な結緋さん。とっても元気な100歳児……。


 でも、本当にこんな風に兄弟そろってゆっくりしたのなんて、初めてだ。


 今はたまたま、偶然が重なっただけかもしれないが、こんな時間が来るとは思ってなかった。


 俺だってそうだ……みんな忙しいだろうって、遠慮してたし。


「はぁぁ~……俺が犠牲になったおかげで秋くんもつよおなったし、少しは肩の荷も下りるわぁ~」

「そんなに大した働きもしていないのによくそんな事言えますね、ある意味尊敬しますよ」

「またお前ら喧嘩するつもりか?せっかくの温泉なんだから大人しく――」


 なんて言う俺を無視して激しいお湯の柱が空に向かって吹きあがる。間欠泉でもついてるのかと。


「よく言うわ変態ロリ鬼がぁ!姉ちゃんかっこよく助けたとおもとるやろけど、ああなる前にふつうは助けるやろ!失敗しててざまぁないわ!」

「あぁ~いやですねぇ?ただでさえ獣くさいというのに、生ごみの臭いまでさせて主人を困らせたのはどこの変態ショタ狐ですかねぇ?あーくさいくさい!」


 まぁた始まった。仲いいのか悪いのか。勝手にやってればいいけど、飛沫がちょっとうとうしいな。


「ねぇ、秋緋……あのふたりはいつもああなのかい?」

「あー……うん、まぁ……お互い推しへの愛が強いというかなんというか……」


 推し本人にあのふたりのことをどう伝えればいいのかわからないよ、俺には。


「のう、秋緋?ろりとかしょたっていうのはどういう意味なのじゃ?」


 またとんでもない質問をしてくれますね結緋さん。


「えぇっと……かわいいとかちいさいとか……かなあ?」

「そうなの?でかい図体してかわいいものが好きとは、なかなか珍しい思考じゃのう~」


 本気で言っている結緋さんに驚きを隠せないが、茨木に対してデカい男くらいの認識がないのは面白いなと思ってしまった。

 報われない愛だな茨木……東雲もだけど。


「なに両手に華の状態を作ってるんですか?私たちに対するいやがらせですか?」


 ひと通り罵り合いを済ませた茨木と東雲は、俺たちのいる方を振り返り見たかと思ったら、勢いそのまま、俺にターゲットを変えた。


「そうやで秋くん!末っ子やからって見えないところでなにひとり占めしとるねん!そんなんやから……」


 突然の、飛び火。


「いつまでもヒロインポジションなんですよ」

「いつまでもヒロインポジションやねんで?!」


 ………。


 小さかったころから秘められた力を抱え、守られ。

 妖怪にお世話され、親父にも守られ、親友に助けられ。

 自分は戦いを好まず、傷つくことを悲しむ。

 自分の身を守る力と、災いを解放する力を手に入れた、俺。


「……え?」


 そんな風に思ってたの?そんなつもり全然なく普通にしてたつもりなんだけど。


「かわいい弟だからね」

「ひろいんって、どういうことかの?」


 どや顔の茨木と東雲はいい汗かいたと言わんばかりに湯につかり、夜兄と結緋さんと、仲良く肩を並べている。


 質問に答える気力もなく、俺は力なく脱衣場にこっそりと戻り、扇風機の風に当たりながらぼーっと。


「……服がねぇ」


 結緋さん以外のみんなの俺への扱いが判明したことと、全裸で帰ることになるだろう事実に、目からあつい汗が一筋流れた。

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