ストーカー?②
あぁ……なんだろう……懐かしい匂いがする……まだ頭がふわふわしてるな……すぐに起き上がれそうにない……落ち着くまでしばらくこのままで――。
「ど、どうしたらよいのじゃ……目を覚まさぬぅ~……ふぇぇ……いばらぎぃ……」
あの子か……そういえば後頭部に柔らかな感触と温かさが……どうやら膝枕をしてもらっているらしい。
「姫子様、こんな時のとっておきの方法がございますよ」
「本当か!」と女の子は喜び、早く早くとせがまれた茨木は聞いたことのない嬉しそうな声でとんでもないことを言い出した。
「ちょうどそこにお水がございますので、こちらのハンカチにたっぷりと染み込ませ……秋緋様の鼻と口に強く押し付けてください。そうしましたらきっとお目覚めになりますよ」
「一生目覚めなくなるわっ!相変わらずだな茨木っ!」
あからさまに「ちっ!」と舌打ちをした。
口元にハンカチがかぶさる寸前で起き上がり、事なきを得たが……使用人が雇い主の身内の命を奪う手引きを子供にさせるとかどういう思考してるんだ?
目を覚ました俺に安心したのか、また抱きついてきたんだが……さっきと違い、優しく恐る恐る首に腕を回してギュッと。
鼻をすする音が聞こえて、物凄く心配されていたんだ、ということは分かるのだが……ここまで俺に執着する理由がわからない。
困って頭を掻いていると、ずっと冷たい視線を送っていた茨木が仕方ないと言った様子で口を開いた。
「ご無沙汰しております秋緋様……事前に連絡もなく突然お邪魔したことは謝罪いたします……が!どうしてもわ・た・く・しの姫子様がお会いしたいとのことで参った次第でございます」
建前で一応の挨拶……ね?にしても、声色も表情もいつも以上に……鬼。
そう……名前から察することもできるだろう、茨木は鬼だ。
『昔悪さして逃げてるところを筒に吸われた』という間抜けな理由で【筒師】との縁ができ、その後自分を使役していた人物が亡くなり、自由になったことでひと暴れようとしたとしたところを止めに入ったのが、絶世の美女だったという我らが真砂の曾祖母。
彼女に一目惚れしたことで改心し、そのままうちの使用に――……女性専用の使用人として居座っている。
俺にはただの女好きとしか思えない……のだが、いつの時代もイケメンは許されてしまう。名前だってそうだ、慈愛を灯すって意味で灯慈なんてモテないわけがない。
そう名乗ってるくせに俺に対する態度からはそんなあったかさなんて微塵も感じたことない……なんでなんだろな。
「……誰なのこの子」
やっと質問できた。
『ガーン』という音が聞こえるくらいの悲しげな表情を見せる女の子と、今すぐ首を飛ばそうかと言わんばかりの茨木の表情。
俺なにかまずいこと言ったかな?ごく普通のことだと思うんだけど……今度は俺が泣きたい。
「姫子様は秋緋様の姉……お名前は――」
「結緋じゃ!」
えーっと。
まずどこからツッコめばいいのかな?
「えっと……いくつなの?」
とりあえず無難な質問をしてみる。
茨木は「女性に歳を聞くとかありえない」とぼそりと言う。ほっとけ!
「1、2……」と、結緋……さんは両手を使って数え始め「んっ!」と俺の顔の前に両手を広げて見せた。
「100じゃ!」
「それは10だよっ!あほかっ!」
「なにか間違えたかのう?」と茨木と一緒に首をかしげる結緋さん。
うぅん……もう姉とかそういう次元の話ではない。
下手しなくても俺のひぃばあさんとかだろう!幼女だけど!幼女じゃ婆さんでもないんだけど!違う違う、そうじゃない!大混乱です!助けてください!
頭から煙を出している俺を見て、結緋さんは自分の事を一生懸命に説明してくれた。
「はは様にはちょっと複雑な事情があって……その……そこは父に聞いてもらって……えっと……わしのことを覚えていないのは……秋緋が3歳くらいの時に表の世界から少々離れておって……えっと……見た目と年齢が釣り合っておらぬ理由は……真砂家直系の女子は産まれた時から特別な役目を担っていて……そのせいで幼子のままで……でも!でも!お姉さんなのはほんとうじゃ!戻ることを許された時……どうしても最初に秋緋に会いたかったのじゃ~~!!」
話しかけようと頑張っていたが、恥ずかしくてこっそり見てるしかなかったらしい。
上目遣いの可愛らしい仕草に衝撃的事実を簡単に認めてしまいそうになる……そもそも母の思い出があまりないから『複雑な事情』と言われても俺は……俺はどう答えたらいいのかわからない。
とりあえず……ソワソワと不安そうにしていた結緋さんの頭を撫でる。
理解できたわけでもないし、気を使って「わかった」などと声に出したわけではない。
けど……撫でられたことで安心したらしく、ずっと泣き顔だった彼女の顔が笑顔になった。
「さて……?ご挨拶も済みましたし帰りますよ姫子様」
茨木が結緋さんを俺から奪うように抱き上げた。
どうやら結緋さんの頭を撫でたのが相当気に入らないご様子……女好きなのは仕方ないがこいつの守備範囲はどれくらいなのだろうか?結緋さんは特殊だから引き合いに出せないな……。
「まったくイチャイチャと……秋緋様?夜遅くまで失礼しました……お休みなさいませ」
強制連行されていく結緋さん。
ポカポカと茨木の背中を叩きながら「嫌じゃ!離せ!」と大騒ぎ。
そんなことお構いなしに部屋を出ていった茨木さん……ドアの閉め方か荒く、壁にヒビが入ったうえに、振動で机の上のコップが倒れ、俺のズボンに水がかかった。
……修繕費用は……請求してもいいよな?
音と揺れで不信に思ったのか、実は様子を見ていて落ち着くまで待っていたか……おそらく後者なんだろうが……壱弥が部屋にやってきた。
「秋緋~?なにかあった?」
「……俺に幼女の姉ができた」
「え?なに言って……うわ……漏らしたの?なんで……?さすがに引く……かな」
言い訳をする気力もなく……静かに夜が更けていく。




