月の宴②
まだ月はアーチの穴までは届いていない。
月が繋がるその時に合わせるため、暗闇の中、曲が始まる。
舞台の真ん中に沙織里が座りスタンバイし、舞台の四隅に、琵琶、琴、太鼓、そして中間の位置に俺、先輩は詩を歌う。
波の音が一瞬消える。これが始まりの合図……先輩の心地よい歌声が響き演奏が始まった。
バンド演奏の時とは違って、二重になって聞こえなくなった序曲は、静かでありながら荘厳な音を奏でている。
本当に儀式の曲なんだ……ただ、俺が見えてる音の粒は変わらないので、フルコンボ目指して頑張らなければならない。
多分、皆とのこの心情の温度差は俺にしかわからないだろう……できれば純粋に聴く側、見る側として楽しみたかった。
シャンシャンシャン……と、すずを鳴らしながら舞い始める沙織里。
「きれいだ……」
思わず声を漏らしてしまった。元々美人な沙織里だ。なにをしても様になるのだが、今回はいつもと違った美しさ……天使もわざわざ出てきて見ようとしたのも頷ける。
少しずつ……月の明かりが穴からこぼれ始め、先輩がなんとなくソワソワしてるような表情で天を見上げたりしている。
恐らく、来るかどうかもわからない笛の奏者を探してるんだろう。
「わっちょぉ??!!」
変な声出た。
演奏に支障は……無さそうで良かった。だってなにか黒い鳥みたいのが俺の背後からすごい速さで横切ってくんだもん。
それは、序曲が終わる本当に直前の出来事。
リーン……
鈴の音が響き序曲が終わった。
「風夜!!」
先輩の声が響く。
かざ……や?誰だろう?
「べ、別に……お前のために来たんじゃねぇから!皆のためだから……勘違いすんなよ!」
なんというツンデレのテンプレセリフ。だが、横切った黒い鳥は、この黒い羽を持った妖怪で……先輩の待ちに待ったベースの人。
「わっ……烏天狗だ!始めてみたかも……!」
本曲までの少しの間、休んでいた沙織里が話しかけてきた。天狗か、なるほど……先輩は、幅広い妖怪に慕われてるんだな。
「わかってる、話は後でゆっくりしよう?さ、時間だっ」
「まかせな……っ!」
後ろを振り向くと、穴と月が重なる寸前だった。
慌てて俺も準備をする。なんせ本曲は知らないから初見フルコンボをしなければならない……くそ!なにこの苦行!
空を飛んだまま風夜は笛を奏で始める。
その音は何故か物悲しい気持ちにさせるが、どこかで聞いたことのあるような懐かしく、心が温かくなる音……それに合わせるように琴、琵琶、太鼓、先輩の詩が重なっていく。
聴き惚れていたら連打の連続攻撃をくらって我に返る。
他の奏でる楽器も激しくなっているが、これのどこが雅楽かと……完全にロックだぞ?どうなってんだ。
俺の鈴の連打と呼応するように沙織里の舞も激しくなって、シャンシャンシャンシャンとすずの音が響き渡り。
月が、重なる。
眩い光が舞台を飲み込み道を作る。
舞を踊る沙織里のすずが鳴ると、ひとり、ふたりと……花道を半透明の状態で歩いていた人や妖怪が姿を現し、反対側に設けられた階段から舞台を降りて岩場の宴会場まで歩いていく。
「(人……?)」
忙しいコンボ攻撃に集中しつつも、明らかに妖怪だけではない事が気になってしかたない。
確かに夜兄は『縁のある』、とは言ってたけど……それに人も含まれるのか?
考えているうちに本曲の終わりが訪れ、一瞬の静寂が訪れる。
本曲はそれほど長くはなかった。しかし、叩くだけでどんだけの体力使わされてんのかと……終曲までの1時間ちょっと、しっかり休んでおかねば。
「ふぅ、なんとか無事にみんな来れたみたいだ……良かった」
「沙織里も、お疲れ様」
ぽんぽん、と。沙織里の柔らかい髪に触れる。意識せずとも勝手に手が動いた。こんなことをしたのは、夜兄が都度動いていたおかげで体が覚えていたせいかな?沙織里は「えへへ」と可愛いテレ顔を向けてくれた。
「僕の出番なかったのは残念だけど、この光景をゆっくり見れたのは良かったかも……ほら、秋緋も古泉さんも、みてごらんよ」
舞台の下で隠れて待機していた壱弥の指差す方を……岩場に集まる人や、妖怪たちを、見た。
月の道から来た者たちは、薄ぼんやりと全身輝いているからわかりやすい。いつの間にか集まって来ていたこの世の妖怪たちが、いつぶりがわからない再会を喜ぶ姿が微笑ましい。
酒を飲み、美味しいものを食べて、笑い合う。
「感慨深い……」
わずかとはいえ、俺が手助けしたんだと思うと、胸が熱くなる。
四隅に置かれている楽器たちにも、人が。
「しっかりと手入れされておるな」
「えぇ、良い方と巡り会えたようですね」
最初の持ち主かはわからないけど、生前、奏でていたであろう琴や、琵琶、太鼓を変わらぬ姿のまま、手に取り懐かしんでいる。しばらく見ていたら、小さな演奏会が始まった。
付喪神として新たに生まれたとはいえ、かつての主人に再び演奏してもらえるのは、とても嬉しいだろうな。
「あれは温羅さん?あの女の人誰だろう?きれいな人だねっ」
先輩ももちろん、この宴を楽しんでいるひとりだ。凄い美人と手を取り合って、仲睦まじく波打ち際で話し込んでいるみたい……誰だろな。
「へぇ……あの人桃太郎だって」
「ももたろう?!ももたろうってあのももたろう?!」
「落ち着きなよ、まあ気持ちはわからなくはないけど……おとぎ話として僕達が知ってる事なんてほんの一握りなんだなぁって、この光景を見ると思うよね」
これは……後で先輩から聞いたんだけど、昔はやんちゃしてた鬼だった先輩は、島にやってきたあの桃太郎に一目惚れ。そこから心を入れ替えて人の住む世界に渡り、人の為になることをしながら生きてるんだって。
「ずっと想い合ってるってすてき~……」
「お、俺だって……ずっと……!」
「僕もいるんだから空気読んでくれる?」
空気読むのはお前だ壱弥。
まぁ沙織里も沙織里で、俺の声なんて聞こえないくらい見惚れて先輩たち見てるけど。
飲んで踊って騒いで笑って……また会えたことに浸って……短いこの瞬間を、みんな大切に楽しんでいる。
けど、月はもうすぐその明かりを閉ざそうと、沈んでいく。
タイムリミット……終曲が始まろうとしていた。




