アルバイト
「らっしゃっせぇー……」
気付いたら新しいアルバイト先のコンビニのレジに立っていた。
朝抜けていた魂は徐々に戻ってきたようで何とかたどり着けたみたいだ。
「温めますかぁ?」
温めてほしいのは俺の方だと心で泣きながら、バイトの先輩の指示で弁当を温めようとレンジの扉を開け…
「みー!」
バンッ!!
待っている客と先輩がビクッとしてた。
特に客は顔をひきつらせ、「何こいつ…」と、言わんばかりの目線を俺に向けていた。丸い小鬼がレンジ待機とかなんの嫌がらせだよ…!
お、落ち着け!バイトも初日なんだ!やらかすわけにはいかん!
もうひとつあるレンジでやれば…
「ちー?」
バァンっ!!
ダブル待機かよぉぉ!!まだ出待ちされてた方がましだわっ!
くっ…視線が刺さる…。なんでいつもいつも大事なときに邪魔が入るんだよ…泣けてくるわっ。そんな俺を先輩が見かねてか、「使い方わからないっけ?俺がやるからいいよ?」と代わってくれた。お客さんには新人なので―と、一緒に謝ってくれた。なにこの先輩、天使か。すげぇヤンキーだけど。
改めてヤンキー先輩が弁当の温めをし始める。…っと待てよ?
まだ中にいやがるのか?まてまてまて!いくら一般人には見えない生き物とはいえ、電子機器が及ぼす影響に耐えられるもんなのか?昔どっかのニュースでレンジで生き物を「チンっ♪」してえらいことになったとか言うのを見たがある…もしそんな惨状になってるとしたら…ブゥーンとレンジは音を立てて動いている…怖っ。
『チンっ!』
小鬼さんの温めが終わりましたか…?
「真砂くん、お願いー。」
「は、はい!」
無情にも先輩は俺に弁当を取れと仰せだ。
しかしこれも仕事なのだ、さっきフォローしてもらったのだから断るわけにはいかない…が…薄目でそっとレンジの扉を開け、そこにはホカホカの…弁当だ!よかった!あの丸っこいのは先輩が開けたときに外に出てたんだろう、これで奇行をしないですんだな…。ささっと袋に弁当と箸を入れてお客に差し出した。
「あーっしたぁー!」
ふぅ…無事お客をさばくことができた。そのあと先輩に「君、顔怖いんだから行動くらいは優しくやらないと苦情くるよ?」とか言われ、ヘラっと笑ってごまかしたら「睨むのやめてよ」って。
ヤンキー先輩にもビビられる俺の顔って、そんなに怖いわけ?うーん…なんで俺、採用されたんだろ?
いかんいかん!今はそんなことよりだ!さっきの小鬼はもう一匹いたんだ。バイトが終わるまで、もう時間がない。仕事しながらうまいこと追い出さなくては。先輩にレンジの使い方をもう一度教えてもらいながらなんとかしよう。
「えーとねぇー、このタイプの弁当はまず扉を開けてからこのボタンを押してー」
ヤンキー先輩…なんでこんなに丁寧で優しいんだろうか…鼻ピアスがとてもお似合いで眩しいです。っと、こっちには『ちー』の小鬼がいるはずだが…
「ちーちー!ちー!」
うおっ!?びびった。
ヤンキー先輩が開けたときに出たのか。
「ちぃー!ちちちぃー!!」
ん?なんか変だな?あっちのレンジを気にしてる?
「あの、こっちのレンジも同じですか?」
ごく自然に話を降る俺、さすが。
「こっちも同じだよ」と先輩がレンジの扉をぱっかーんと開けてそこを見たら…ぁぁあーいらっしゃいましたよ、『みー』が。さっきは弁当の下になってたから気づかなかったのだろうな、とろとろにとろけたチーズみたいになって皿に張り付いてますわ。手にはついて…ないな。てか、なんか変な汁ついてたかもしれない弁当渡しちゃったよ。大丈夫かなあのお客さん…ゾッとするわ…。
「ア、ココニヨゴレガァー!オレ、キレイニシトキマスネェ!」
「え?」
「ヨゴレガアリマスノデキレイニサセテクダサァーイ!」
「あ、うん、じゃあよろしく……。」
ごく自然に話を持ってく俺、さすが。『ちー』が横でうるさくわめいて俺の腕をつつく。ボソボソと、小声で「静かにしてろ、今助けてやるから大人しくしててくれ。」と『ちー』をワシワシと撫でてやった。
妖怪相手にこんなことするのは、ここが俺の新しいバイト先だからであって、悪さをしてなにかあっては困るからだ!仕方なくだ!そっとレンジの皿に張り付いた『みー』だったそれをペロリーンと剥がした。…あまりにも気持ちよく剥がせたので思わず「おぉ…」と声が漏れてしまった。剥がしたはいいけど、どうしたらいいんだ…これ…。
その時「すんませんー?」とお客に声をかけられ、慌てた俺はそれをエプロンのポケットに無造作に突っ込んでしまった。そこからこのコンビニのピーク時間に入ってしまい、忙しさで忘れてしまった。
「次のシフトの人来たから上がっていいよ、お疲れ様。」
ヤンキー先輩にお礼を言ってバイト初日が終了した。ヤンキー先輩は途中からあまり目を合わせてくれなかったけど…うん…早く帰ろう。着替えを終えて裏口から出ると、
「おつかれ、秋緋。出待ちの僕だよ。」
「ひっ?!」
こいつはいつの俺の心を読んでいやがるんだよ!怖いんだよ!ほんとは妖怪なんじゃないのこいつ!?
「まぁ落ち着いてよ。僕もアルバイト終わったから一緒に帰ろうと思ったんだよー。」
そういえばこいつも一人暮らしなのか?実家は裕福なのに俺みたいに入学早々にバイトするとは意外だな。…流されるままに壱弥と一緒に帰ることになった。
壱弥は、あまりよく覚えてない今日1日の俺の行動を、吹き出すのを堪えながら事細かに語ってくれた。ほぼ白目でかつ、負のオーラみたいなものを発しながら過ごしていたらしく、廊下を歩くと先生も生徒も、まるでモーゼの十戒の如く避けていたらしい。「新しいあだ名もすごいのつきそうだね」だと。うっさいわ!
しかし、帰り道も同じとか嫌な予感しかしないんだが…。
「あ、じゃあ僕こっちの部屋だから。」
予感的中だよ。同じアパートかよ。しかも隣かよ。ほんとなんで気付かないの俺っ!ばかっ!確かに水瀬の学生優先で提供してくれている格安物件はここしかないけども!
「あはは。そんなんじゃ明日の朝なんてもたないよ?しっかり休んだほうがいいよ?おやすみ秋緋。」
「あぁ、うん。おやすみ、壱弥……」
力無く返事をして壱弥を見送った。うん、飯食って寝よう。それがいい。逃げるに逃げられないものなんだな、明日からはこれ以上のことが起きないことを祈るしかない。
あー…とりあえず明日また今後のことを考えよう。眠ればもしかしたら覚めるかもしれないしな…はぁ…。
俺は夕飯を簡単に済ませ、風呂に入り早々に床についた。
「ちぃー……」
なにか聞こえた気がす…る…。
俺は相当疲れていたのか、布団に入ると吸い込まれるように眠りに入っていった。俺の祈り虚しく、翌朝からまた、心休まらない1日が始まってしまうのだった。