後編 ~イザベラ~
「皆様のお蔭で、性悪な義母と義妹を追い出すことが出来ました。ありがとうございます」
そう言ってクラスメイト、特に第二王子殿下に対して丁寧な謝辞を述べたイザベラは、今までに見たこともないような華やかな格好をしていた。
それに苦笑を漏らしたのは王子殿下だけではなかったが、これでイザベラが静かになるのならそれでいいと、クラスメイトは特に何も言わなかった。
だが、それをいい事に、イザベラの愚痴が再び始まった。
「しかし殿下、どうかわたくしの話を聞いていただけないでしょうか?」
「………今度は何だい?」
「元義母と義妹は、あろうことか心優しいガイアス様を頼ってザルトブルグ侯爵家に居候しているのです。あんな性悪共を屋敷に入れれば我が家のように乗っ取られるのは目に見えています。どうか殿下からもガイアス様に二人を追い出すように言って頂けないでしょうか?」
「それは無理だよ、イザベラ嬢。だって、夫人は生家に帰っただけなんだから」
「生家?」
「君の元義母はザルトブルグ侯爵家のご令嬢だ。現侯爵とは兄妹にあたる。兄妹仲は良好と聞いているし、実の妹を追い出すほど侯爵は無情ではないだろう。それに、ガイアスとルーナ嬢は従兄妹同士で婚約者だ。後三年もすれば彼女はガイアス殿と結婚する。何故追い出す必要があるんだい?」
「えっと、その……」
「君が二人は元平民だと言い張るので入れ替わりなども調べたが、彼女達は間違いなくザルトブルグ侯爵家の人間だ。侯爵と元義母殿はよく似ていて、血縁関係があるのは端から見ていても分かる。……余り言いたくはないが、もう彼女達は君と無関係な人間になった。これ以上、君の思い込みで悪評は流さない方がいい」
驚いた顔をしたイザベラと、他にも数人、青褪めた顔をしている令嬢達がいる。
イザベラの話を真に受け、親に話した生徒かもしれない。
「いい機会だから皆にも伝えておく。どうやらイザベラ嬢は色々と勘違いしていたようだが、ルーナ嬢は亡くなられた前クライバー伯爵の実子だ。ガイアス殿と婚約したのも七歳の時で、イザベラ嬢と家族になる前の話である。ゆえに、ルーナ嬢とガイアス殿の婚約について、イザベラ嬢は無関係だと私が宣言しよう。彼ら二人は今後、イザベラ嬢との交流を一切断つと言っているので、皆もそのつもりで接するように」
女子生徒の呆れた視線がイザベラを見つめる。
横恋慕していたのがイザベラだと分かったからだ。
「ねぇ、イザベラ様。わたくし、今日ルーナ様をお見かけしたのだけれど、それはもう以前とは比べられないくらい華やかな装いをして楽しそうでしたわ」
「カリーナ様……」
「何でも、何かある度に貴女が癇癪を起こすので、今まで地味な装いしか出来なかったそうですわね。お可哀想に……」
「そ、そんなことはありませんわ!あの子はいつもそうやって私を悪者にするのです!」
「でも実際、学園に入学された頃はいつも地味な装いをされていたわ。そう考えれば、貴女と彼女は似たような境遇だったのかもしれないわね。お互いに無理をしていたのなら、ご両親の離縁は良い選択だったのかもしれませんわね」
「そうですわ!これでもう元義母達に振り回されることもありませんし、我が家も安泰ですわ!」
「良かったですわね。……ところで、イザベラ様。話は変わりますけど、卒業後はやはり王城勤めを目指してらっしゃるの?」
「急に何を……?」
「だって、後継は腹違いの弟君よね?」
「それはそうですけど……」
答えながらイザベラは思い出した。
そう、ベンジャミン家の後継は弟なのだ。
父が強硬に弟の親権を主張したのは、家を継がせるためだ。
………では、イザベラは?
「婚約はまだでしたわよね、イザベラ様?」
嫌味のように笑うカリーナの瞳。
それを見て、イザベラの頭が急速に冷えていく。
邪魔なルーナを追い出せば、自動的に自分がガイアスの婚約者になれると思っていた。
だから弟が家を継ぐことに反対しなかった。むしろ、彼が家を継いでくれないと困るとさえ考えていたのだ。
「あ、あの……、えっと……今はその、縁談の吟味をしているところで……」
「まぁ、そうなんですの?イザベラ様に吊り合う高位貴族の殿方はみな婚約者がおられますから、隣国の方かしら?」
「それはその……、父に任せているので……」
「うふふ、素敵な方とご縁があるといいですわね」
「ええ……」
楽しげに笑うカリーナから目を逸らすように周りへと視線を向ける。
すると、イザベラの視線から逃れるように男子生徒が静かにサッと移動した。
彼には確か婚約者がいない。でも、格下の子爵家など論外だ。
そう思って視線を横に向ける。
今度は目があった公爵家の嫡男が視線を逸らした。彼には婚約者がいる。
けれどイザベラの方が綺麗だし、乗り換えてくれるんじゃないだろうか?
それなら殿下だって、気の強い公爵令嬢ではなくイザベラを選んでくれても良いような気がする。
「あの殿下……」
「何だい?」
「その……」
「悪いが、私の王子宮では人員の募集はしていないよ」
「え、ちが…っ、そうじゃなくて……っ」
さすがに公衆の面前で乗り換えてくれとは言えない。
「あの、今度一緒に観劇などいかがでしょう?」
「婚約者がいる身なので、他の女性と出掛けるのは遠慮させて貰ってるんだ」
「そうですか……。で、では、エイリッジ様はどうでしょう?」
殿下の隣に居た令息に声を掛ける。
だが彼は困った顔を隠しもせず、ため息交じりに断りの文句を口にする。
「イザベラ嬢。婚約者がいる男性を観劇などに誘うのはマナー違反ですよ。今の言葉は聞かなかったことにするので、今後はお控え下さい」
「も、申し訳ありません……。その…、エイリッジ様が婚約していることを知らず」
「彼は私の婚約者ですわよ?同じクラスなのに本当にご存知なかったの?」
「カリーナ様……」
「もし良ければ、婚約者がいる方のリストを作ってお渡ししましょうか?それなら無作法にもならないかと思いますわ」
「結構です…っ!」
「あら、そう?では、以降は無闇に婚約者のいる男性をお誘いしないで下さいませね。さすがに目の前で婚約者を観劇に誘われるのは気分がいいものではありませんので」
嫌な笑みを浮かべるカリーナを睨むが、彼女はそんな視線など気にしないように婚約者であるエイリッジに腕を絡ませた。
なんてはしたない真似をするんだろう。
そう憤って周りに視線をやれば、何故かクラス内の男女が腕を組み始めた。
どうやら婚約者がいるアピールのようだ。
婚約者が同じクラスにいない者達も、何故かそれを羨ましそうに見ているし、婚約者のいない男子生徒はイザベラと目を合わせようとはしない。
その疎外感に、無意識に唇を噛む。
「殿下、体調が優れませんので今日は早退させて頂きます……」
「分かった。先生方には私の方から話しておこう。お大事に」
殿下の言葉には、体調を気遣う以上の何かを感じた。
今後の進路に関して、言外に言われているような気がする。
「まずいわ、お父様に相談しないと……」
登校してきた時とは真逆の心境で、イザベラは帰宅を急ぐ。
今朝この道を通った時はあれほど晴れやかな気持ちで馬車に揺られていたというのに、今は気が急いて仕方ない。
「イザベラ様、何かありましたか?」
学園に行ったはずのイザベラが帰ってきたことで、慌てた執事が玄関へとやってくるが、のんびり事情を話している時間はない。
一刻でも早く縁談を調えて貰わねば、恥ずかしくて学園に行けそうもなかった。
「お父様は在宅かしら?」
「執務室にいらっしゃいます」
「分かったわ」
仕事中だと止める執事の制止を振りきり、イザベラは執務室へと向かった。
ちょうど部屋から出て来た秘書を捕まえ、強引に部屋へと入る。
仕事を中断された父が厳しい顔をしていたが、娘の一大事だ。少しだけ我慢して貰おう。
「どうしたイザベラ?」
「私の今後のことで相談があります!私の縁談はどうなっていますの?!」
「縁談?全て断っているに決まっているだろう」
「どうしてですか?!」
「お前が言ったんだろ、侯爵家以下の男と結婚する気はないと。今更何を言ってるんだ?」
「それはっ!でも、ガイアス様と結婚するつもりだったから!」
そう叫んだイザベラに、父は呆れたように重いため息を吐き出す。
「彼はルーナの婚約者だと何度言ったら理解するんだ?いい加減にしてくれないか?お前が変なことを吹聴したせいで妻に離縁されるし、我が家の評判は最低なことになっているんだぞ。そもそもどうして彼女を平民だと思ったんだ?私は何度も彼女とルーナは貴族の出身だと言ったはずだ」
「それはその……」
まさか後妻が本当に元侯爵令嬢だと思わなかったのだ。
父が平民の愛人を妻にするにあたり、知り合いの家に頼んで養子にしたのだと思い込んでいた。
だから何度その話を聞かされても、所詮は下賤の血だと聞き流していたのだ。
それにガイアスだって本当はイザベラと結婚したいのに、年齢差ゆえにたまたま同じ年だったルーナと婚約しただけと思っていた。
同じ家門内で婚約者を入れ替えるなら婚約破棄にはならない。だから何度も二歳下であることなど気にしないとガイアスに言ったのだが、その話をする度に彼が不機嫌になったので、余り強引に話を進めることは出来なかった。
正義感の強い彼はルーナとの婚約解消を言い出せずに辛い思いをしているのだと思っていたが、今思えば、イザベラの発言が気に入らなかっただけなのだろう。
「それにお前の縁談だが、侯爵家どころか今は格下の男爵家にすら断られている」
「ど、どういうことですか?!」
「どうもこうもない!原因はお前の奇行だ!」
「奇行なんてしていません!」
少し地味な装いをして、涙を流しただけだ。
そして、ただ少しだけ元義母やルーナの出生を誤解していただけだ。
奇行などと言われるほどではない。
「じゃあ何故王子殿下は我が家の虐待を疑って暗部まで派遣するんだ!お前が要らぬことを言ったからだろうが!」
「そ、それは殿下が大げさに……」
「お前が突然授業中に泣き出さなければ殿下もそこまでしなかった筈だ!ルーナを貶めて被害者ぶるのはそんなに楽しかったか?!地味な格好をして悲劇の主人公を気取るのは楽しかったか?!王子殿下まで巻き込んで、私の親としての立場を貶めてそんなに楽しかったのか?!!!!」
声を荒げた父が、机の上に置かれた書類を怒りの形相で投げかけてきた。
大して痛くはなかったが、バサバサと舞う紙の向こうでイザベラを睨んでいる父の姿に肝が冷える。
そして気が付いた。父が非常に怒っていることを……。
「あの……私、そんなつもりじゃなくて……、少し誤解をしていただけで……」
茶会で平民の新しい義母に馴染めないと少し言うだけで、みんながチヤホヤしてくれるのが嬉しかっただけだ。
王子殿下が親身に話を聞いてくれたし、地味な格好をするだけで皆が慰めてくれるので調子に乗ってしまった。
それに、ずっと憧れていた侯爵家のガイアスがルーナさえいなければ自分の婚約者になるんじゃないかと思うと、悔しくて堪らなかったのだ。
「申し訳ありません、お父様。今後は絶対にしませんので……」
「もう遅い……」
「でもっ…!」
「お前の虚言癖や奇行は社交界でも噂になっている。今更どうにもならん」
イザベラの婚約どころか、弟の婚約者選びも難航している状況だと言われた。
だが、姉よりも先に弟が婚約者を見つけるなどありえない。
「まだ五歳のあの子に婚約者は不要でしょ?それよりも私の縁談を…っ」
「何度も同じこと言わせるな。お前の縁談など、どこからも断られる。それでもと言うなら、この中から好きに選べ」
そう言って父が机の引き出しから数枚の釣書を差し出してきた。
それを奪うように手元に引き寄せ、イザベラは爵位の高い男を捜す。
だが、釣書に書かれていた相手は、イザベラが希望するような結婚相手ではなかった。
「なにこれ………」
「お前ご希望の侯爵だ。伯爵もいるな。若いのがいいなら一番下の商会主がお勧めだ」
侯爵も伯爵も全員四十代で、しかもその全てが後妻という縁談だ。確かに平民の商会主が一番若いとはいえ、平民と結婚するなんてイザベラの矜持が許さない。
「こんな相手など認められません!」
今まで見下していたクラスメイト、何よりルーナより劣る結婚相手など絶対に嫌だった。
だが、国内の高位貴族にイザベラと吊り合う男が居ないのも事実。
カリーナの言葉に従うのは癪だが、ここは隣国に留学してそこで相手を見つけるのがいいかもしれない。
それに、留学すれば学園でルーナの顔を見ることもないし、クラスメイト達に嫌な視線を向けられることもないだろう。
「お父様、私を隣国に留学させてください」
「……何故そんなことをしなければいけない?」
「もちろん婚約者を見つける為ですわ。絶対に素敵な男性を捕まえてみせます!」
断言したイザベラを、父が冷たい目で見つめる。
そして大きなため息の後、憎々しげな口調でイザベラを突き放す。
「留学するのにどれだけの費用が掛かるか分かっているのか?」
「それはその……」
往復の旅費に、向こうでの滞在費。
当然一人では何も出来ないイザベラは使用人を連れていく必要もある。
だが、我が侯爵家であればその費用くらいは簡単に出せるはずだ。
それなのに父はその費用を出す気はないと言う。
「今回の私と妻の離縁はお前の奇行が原因ゆえに、慰謝料が発生している」
「慰謝料……?」
「そうだ。妻とルーナへの六年分の精神的苦痛に対する慰謝料だ。それに加え、迷惑を掛けた王子殿下やガイアス殿へもそれなりの謝罪が必要だった。それはお前の為に貯めていた結婚費用や持参金を使っても払いきれる金額ではなかった。ここまで言えばさすがのお前も分かるな?」
「お金がないということですか?」
「そうだ……」
「それに、私の持参金や結婚費用を使ったってどういうことですか?!」
「言葉のままだ」
「酷いですわ!持参金が無ければ、まともな縁談など望めないではないですか!」
だからあんな高齢貴族の後妻や平民の商会主との縁談しかなかったのだ。
「イザベラ、私はもう疲れた……」
「お父様……?」
「再婚してからずっと、お前は何が気に入らないのか妻やルーナを虐げてきた」
「違います!虐められていたのは私です!」
「……だったら何故私に言わない?訴えるのは親の私ではなく他人にばかり。二人が気を遣って離れに移ってもお前は変わらなかった……」
嫌味のように屋敷の離れに移った二人が気に入らなくて、逆に『私と同じ屋敷で過ごすのは嫌だと言って………』と周りに吹聴して泣いてやった。
噂を聞いて直ぐに二人はまた同じ屋敷で過ごすようになったが、その陰で父がそこまで心を痛めていたとは思わなかった。
「再婚などしなければ良かったと、何度思ったか分からない……。だが、彼女との再婚で愛しい息子ができた。だから私はもうランベルトさえいればそれで十分だ」
ランベルトとはイザベラの腹違いの弟だ。
五歳になる弟の親権で、後妻とはかなり揉めたと聞いている。
だが、ランベルトさえいればいいとはどういうことだろう?
「イザベラ……、今の私は突然母や姉と離れてしまったランベルトを気遣うのに精一杯だ。悪いが今後は寮に入ってそちらで生活してくれ」
「な、何を言ってるんですか、お父様?!寮なんて下位貴族が入る所ですわ!侯爵家の私が入るなんて冗談ではありません!それに、今はランベルトのことよりも私の縁談をどうにかしてください!もう贅沢は言いません!初婚の若い男性であれば格下の伯爵家でも構わないです!」
もうこの際ルーナより下が嫌だと贅沢など言っていられない。
婚約者がいない若い貴族であれば家格が落ちても構わない。
「お父様は意地悪ですわ。どうせ、持参金がないなんて脅しですわよね?可愛い娘のために、本当はちゃんとあるのでしょ?」
「……私の可愛い娘はもういない。いるのは、嘘ばかりつく悪い娘だけだ……」
そう言った父は、それからイザベラを見ることはなかった。
もう話す気はないとばかりに背を向ける。
「学園を卒業するまでの面倒は見よう。だが、その後はしらん。好きにしてくれ。お前はどうやら地味な生活が好きなようだし、平民になっても生きていけるだろ」
「な、何を仰ってるのですか?私が平民?冗談はよしてください」
「冗談ではない。学園卒業と同時にお前をベンジャミン家から除籍する。それが嫌なら自力で学園にいる間に結婚相手を見つけるんだな。但し持参金は出さない」
「お父様!」
「……仕事の邪魔だ。連れ出せ」
縋るイザベラに目もくれず、父の静かな声が部屋に響く。
そして父の言葉に追従するように、部屋の中で静かに成り行きを見守っていた侍従がイザベラを扉へと追いやった。
「お嬢様、ご退室ください」
「嫌よ!どうかお父様、話を聞いて下さい!反省しました!反省しましたから、どうか侯爵令嬢でいさせてください!絶対にもう我が侭は申しません!縁談も貴族であればどんな方にでも嫁ぎますから!だからどうか!お父様!」
「……では、四十代の伯爵家の後妻になるか?お前より年上の子どもがいるが構わないんだな?」
「四十代と言えばお父様より上ではありませんか?!お父様は私にそんな方に嫁げと?!」
「………誰でもいいと言った傍からそれか……」
「いや、でも…!限度が…ッ!」
「もういい。お前に期待した私が馬鹿だった……」
それが、イザベラが聞いた父の最後の言葉だった。
その後は父にも弟にも会わないまま、イザベラは学園の寮に押し込まれた。
「どうしてこんなことに……」
どうやら父はイザベラが最後の話を呑むならば反省しているとみなし、遠縁の男爵子息に嫁がせることも考えていたそうだ。
寮へとイザベラを送り届けた執事が、哀れみを含んだ声でそう教えてくれた。
イザベラは最後の最後で許して貰える機会を失ったのだ。
「あは、あははは……っ」
押し込まれた寮のベッドの上、無意識に笑いが漏れた。
人間、思いもよらない状況に追い込まれたとき、面白くもないのに笑うこともあるんだと初めて知った。
「……どうしてお父様はこんな意地悪をするのかしら?そうだわ!どうせ後妻に何か言われたに違いないわ!……酷いわ!離縁してまで私を虐めるなんて……っ!」
絶対そうに違いない。
優しい父がイザベラを見捨てる筈ないのだから!
「ねぇ、みんな聞いて下さいませ!父が後妻に騙されて私を寮に押し込みましたの…!」
寮生の集う談話室に乗り込み、談笑していた令嬢達に愚痴を吐き出す。
そうすれば、いつものようにイザベラを取り囲んだ令嬢達が必死で慰めてくれた。
中には親を通じて抗議してくれるという令嬢も現れ、イザベラは父が迎えに来てくれるのを待ち望んでいた。
だが、決して父がイザベラを迎えにくることはなかった。
それどころか、イザベラの話す虐め話が全て嘘だと知れ渡り、今では彼女が談話室に現れるだけで皆が逃げるように自室へと篭ってしまう。
「ねぇ誰か話を聞いて……。お父様ったら酷いの……」
しくしくと泣くけれど、誰も駆け寄って慰めてはくれなかった。
いつもなら明るいお喋りで賑やかな談話室は静まり返り、イザベラの泣き声だけが小さく響いていた。
「ねぇ、どうしても誰も慰めてくれないの?……おかしいわ、親に家を追い出されて、私とっても可哀想なのよ。………もしかして、みんな気を遣ってくれてるのかしら?そうよね?可哀想な私のことをみんなが無視する筈がないわよね?……そうだわ!お優しい殿下なら必ず助けてくれるはずよ!だって私は可哀想なんですもの!」
しかしその後、殿下やクラスメイトに訴えてもまともに取り合ってくれることはなく、余りにも泣いて授業に支障をきたすため、自習室での個別授業を言い渡された。
当然そんなイザベラに寄り添ってくれる友人などおらず、気付けば学園でも寮でも一人で過ごす日々が続く。
このままではいけないと結婚相手を探し始めるも、寄ってくるのは遊ぶのが目的の素行の悪い男ばかりだった。
焦ったイザベラはガイアスや王子殿下に付き纏うようになり、相手にされないと知ると今度はルーナに嫌がらせまで始めた。
その所為で結局は侯爵家に連れ戻され、卒業を待たずに修道院へと押し込まれる。
修道院に押し込む際も、護送の騎士相手に冤罪で虐げられる悲劇の主人公を演じていたそうだ。
「ねぇ、私とっても可哀想なの…っ!どうか私を連れて逃げて!」
これからも彼女は不幸な自分に酔ったままで生涯を過ごすのだろう。
義母や義妹に虐げられた可哀想な令嬢として……。