前編 ~ルーナ~
ルーナの義理の姉、侯爵令嬢イザベラ・ベンジャミンは陰湿な女だった。
……いや、陰湿という表現は間違っているかもしれない。本人は恐らく同情を買おうとしたつもりなのだろうが、ルーナ達からすればそれは陰湿な嫌がらせ以外の何ものでもなかったからだ。
その嫌がらせの内容は酷く奇妙で悪質だった。何故なら、一見すると嫌がらせとは分からないものだからだ。
彼女の嫌がらせは、いつも下を向いて暗く陰気な雰囲気を醸し出し、とても高位の侯爵令嬢とは思えない格好をするというものだ。わざと地味な紺や深緑のドレスばかりを着用し、髪型は自分で三つ編みにして束ねるのだ。
そんなイザベラに初めて会ったのは、ルーナが十歳で、彼女が十二歳になる頃だった。
イザベラの父とルーナの母が再婚したからだ。つまり、ルーナとイザベラは連れ子同士という間柄である。
ルーナは出来るだけ仲良くしていきたいと思っていたがイザベラは違ったようで、家族になって以降必要最低限の会話以外をすることは無かった。
嫌がらせや無視をされた訳ではないが、距離を置かれているのは子どもにも直ぐに分かった。
ゆえに、出来るだけ関わらないように過ごしてきた。
だが、それから直ぐにイザベラの奇行が始まる。
以前は華やかな服を好んでいた筈なのに、急に地味な服ばかりを着るようになったのだ。
その上、折角髪結いの得意な侍女を付けているというのに、何故か自分で髪を結いだす。
心配した父がもっとお金を使って構わないと言うのに、義姉は地味な装いに固執して、まるで家族から蔑ろにされているように振る舞った。
父が連れ子であるルーナや母との間に出来た年の離れた弟を溺愛していたのは確かだが、だからと言って前妻の子であるイザベラを蔑ろにしていた訳ではない。
ドレスだって季節毎に新調していたし、髪結いや化粧が得意な専属の侍女も付けている。
だというのに、いつも暗い色味のドレスばかりを購入し、侍女の助言を聞かずに地味な装いばかりする。
最初は色々とイザベラに言っていた父も、暫くすればその内飽きるだろうと何も言わなくなった。
けれど父の願いとは裏腹に、それはイザベラが十六歳になって学園に入る頃になっても続けられた。
そうして学園に入った彼女は、自分の地味な格好に涙ぐんでこう呟くのだ。
『……私、義理の母や妹に虐められているんです……』
そのせいで父は、何度か学園から呼び出しを受けた。イザベラが授業中にいきなり泣き出して困っていると。
しかも理由を聞けば、朝食を抜かれ虐められているというではないか。
余りの証言に、呼び出された父は困惑した。
朝食は寝坊して食べられなかっただけだし、学用品も新品を渡している。服が地味なのは彼女の趣味だ。
そう断言し、そこまで疑うなら屋敷や使用人を調べて貰っても構わないとまで言ったらしい。
そして父のそんな言葉に、学園長は王城へ暗部の申請までしたようだ。
全てが終わってから教えて貰ったが、どうやら本当に使用人に紛れた暗部が調査をしていたらしく、非常に複雑な気分になった。
「国の暗部の方ってそんなに簡単に貸して貰えるのですか?」
「イザベラの話を鵜呑みにしたのが、第二王子殿下だったからな……」
これ見よがしに地味な装いをしていても、イザベラは美容に手を抜いている訳ではない。
食事も三食ちゃんと取っているし、美容品にはお金をかけている。
つまり、端から見れば薄幸の美少女に見えるイザベラの虚言に第二王子が騙されたらしく、危うく我が家は児童虐待に問われるところだったとか……。
「お義姉様はそんなに私や母の存在が気に入らないのですね……」
自分では決して不満を言わず、悲劇の主人公ぶることで赤の他人にルーナ達を断罪させようとしているのだ。
もしくは、虐げられている可哀想な美少女を演出しているだけなのかもしれない。
「なんだかな……」
一つため息を吐き、ルーナは頭を抱える。
と言うのも、ルーナは今日からイザベラの通う学園に入学することになったからだ。
二年先に入学したイザベラのせいで、ルーナは彼女を虐めている義妹としてそこそこ有名らしい。
本当に勘弁して欲しい気持ちで一杯だったが、王立学園に通うのは貴族の義務である為、逃げることも出来ない。
「すまないな、ルーナ……」
「お父様は何一つ悪くありませんわ」
対策はしている。
アクセサリー等の装飾は一切止め、持ち物も出来るだけ落ち着いた色合いの物にした。
色やデザインだけを見れば、男性の持ち物だと言われても納得出来るほどに地味な物ばかりだ。
当然学園へ通うためのワンピースも地味な色合いの物を着用し、髪型も一般的なハーフアップにしている。その姿を見た母が、まるで学園案内の冊子に登場する優等生のような装いだと評していたが、無用な嘲笑を避けるためなら何でもいい。
事実、学園に入学してから好奇な視線に晒されることが多々あった。
イザベラの話を聞いて意地悪な義妹とやらを見に来た上級生がいたからだ。
彼らは一様にして地味なルーナを見て驚いた顔をし、そして笑いながら去っていく。
『派手な悪女だと思ったのにガッカリ……』
『やっぱり彼女の虚言じゃないかしら?』
そんな言葉が何度も囁かれた。
そしてそんな中、イザベラと親しいと聞いていた第二王子殿下もやって来て、複雑そうな顔でルーナに問い掛けてくる。
「えっと君は、その地味な……、いや落ち着いた色合いの物が好みなのかな?」
「好みという訳ではなく諸事情により、いつもこのような色合いの物を使用しております」
「そうなんだ……」
「ところで殿下は義姉と仲が良いとおうかがいしましたが本当でしょうか?」
「……いや…まぁ一応……」
「では、義姉から色々なお話を聞いておられると思います。その全てに対して否定する術も証拠もございませんが、私は義姉に対して一切の敵愾心を持っておりません。そのことだけでもご理解頂ければ幸いです。……では、御前失礼します」
それだけを言ってルーナは殿下の傍を離れた。
殿下が頭ごなしに怒鳴ってくるような短絡的な人物でなくて良かった。
恐らく、学園長や王城暗部が提出した書類を見ているのだろう。
それでも実際に義妹を見てやろうと思い、ルーナに接触してきたに違いない。
そして多分イザベラは、どこからかこっそりと様子を見ているはずだ。
この後、あれは義妹の擬態だとか殿下の前だからわざと地味にしているのだとか言うのだろう。
それを聞いた殿下や上級生がどう思うかは分からないが、言いたいことはちゃんと伝えられたと思う。
嘘だと思うか真実だと思うかは分からないが、ルーナがイザベラに対して敵愾心を持っていないという意思表示が出来れば十分だ。
後は出来るだけ関わりにならないように気をつけるだけである。
「はぁ~、ホント勘弁して欲しいな……」
「お疲れさん」
「ガイアス……」
「イザベラさん、相変わらずだな……」
苦笑と共にやってきたのは、従兄弟のガイアスだ。
彼は母方の従兄弟であり、ルーナの婚約者だ。
本来なら今頃華やかで可愛い格好をして、婚約者との楽しい学生生活を満喫出来る筈だった。
それなのに、イザベラのせいで地味な学園生活の幕開けだ。
「俺が贈った髪飾りも駄目そう?」
「ごめんね、ガイアス。出来れば私も着けていたいけど、今は何を着けても華美だと言い掛かりを付けられそうで……」
「はぁ~~~、イザベラさんは何がしたいんだろうな……」
実際、彼女が何を考えているのかよく分からない。
地味な格好をして同情を集めたいのは分かるが、同情を集めてどうしたいのかが分からないのだ。
ルーナと母を追い出したいのかもしれないが、ルーナや母が地味な生活をしているせいか、彼女の発言を信用している人は意外に少ない。
当然、今日の王子殿下のような人もいるが、彼もどうやら半信半疑な様子だったので、イザベラの虚言を信じきっている訳ではないらしい。
もしかしたら、イザベラの狙いは王子殿下なのだろうか?
同情で気を引いて、そのまま恋仲になるつもりなのかもしれない。
それというのも、十八歳になるイザベラにはまだ決まった婚約者がいないからだ。
「イザベラさんの婚約者ってまだ決まってないんだよな?」
「ええ……。何人かとお見合いしたみたいだけど、どれも気に入らなかったみたい」
ルーナの婚約者であるガイアスは侯爵家の嫡男で、イザベラはどうやらそれが気に食わないらしい。
ルーナへの対抗心からなのか、ガイアス以上の婚約者を望んでいるようだった。
だが既に高位貴族の嫡男には婚約者がいるため、イザベラの希望する公爵家や侯爵家との婚約は厳しい状況である。
むしろ彼女の虚言のせいで余り良いとは言えない家族関係が露見しており、イザベラの縁談は益々決まらない。
本人は平気なふりをしているが、焦っているようだと侍女達が話していた。
「王子殿下とくっついてくれたら収まるのかしら………」
誰でもいいからイザベラを引き取ってくれないかと、祈るように空を見る。
けれど、爽やかな青が広がるだけの空からは、イザベラが気に入るような男性は落ちてはこなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は、生徒会主催の茶会にようこそ」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
「……えっと不躾な質問で申し訳ないのだけれど、今日の君の装いについて聞いてもいいかな?」
「もちろんです」
「君は華美な装いが嫌いなのかな?いや、もちろん責めている訳じゃないしマナー違反でもないんだけど気になってね」
新入生歓迎のためという名目で開かれた生徒会主催のお茶会。
だと言うのに、招かれた新入生はルーナとガイアスのみで、他には誰一人新入生はいない。
一応、順番に新入生を招いていると聞いたが、恐らくイザベラの件で呼び出されたと思っていいだろう。
当然ルーナとガイアスもそれには気付いていたので、二人して地味な装いだ。
そんな装いで現れたルーナ達二人を、殿下をはじめ生徒会の面々が驚いた顔で見ている。
生徒会主催のお茶会だと言えば、誰も彼もが華美な装いで来るのが常識だったからだ。
「殿下、彼女は好きでこのような格好をしている訳ではありません」
「と言うと?」
「彼女が少しでも華やかな格好をすると義姉であるイザベラ嬢が酷い癇癪を起こすため、渋々このような地味な装いをしております」
殿下の質問にどう答えるべきかルーナが悩んでいると、見かねたガイアスが苦い顔で答えた。
「ちょっと、ガイアス……」
「ルーナ、イザベラさんが出席しない茶会くらい好きなドレスを着たっていいだろ?」
「駄目よ。出ていくのを毎回確認してるから……」
「はぁ……」
ルーナとガイアスの会話を、殿下が非常に気まずそうに聞いている。
イザベラから聞いていた話と大きく齟齬があるので戸惑っているのだろうか?
「殿下、イザベラ嬢から何を聞いたのか分かりませんが、ルーナは彼女に気を使って俺が贈った髪飾りさえ着けられません」
「それは何故かな?」
「……以前、それは私に贈られる筈だった物だと、お茶会で吹聴されたからです」
イザベラは、ルーナの髪を見て涙ぐむ。
そして、どうしたのかと慌てる周りの令嬢に窮状を訴えるのだ。
けれど、彼女は決して怒ったりしない。
自分よりも義妹の方が似合うから良いのです……と、必ず言うのだ。
「ルーナの方が似合うから仕方ないと言うんですよ。でもね、それは俺が彼女の為に贈った物なのだから当たり前なんです。けれど、その言葉を聞いた人は、ルーナがイザベラ嬢から奪ったのだと勘違いをしてしまう。彼女はそれが分かっていてわざとそのような話し方をするのです」
「そ、そうか……。ところで、君は元々イザベラ嬢の婚約者だったと聞いたが本当かな?」
「ありえません。俺とルーナが婚約したのは七歳の時で、彼女達が姉妹になる前です」
そう、ルーナとガイアスが婚約したのは七歳の時で母の再婚前、伯爵であった実父が亡くなって直ぐの頃だ。
実父が亡くなり、伯爵家の相続関係で父方の叔父と揉めた際、母の実兄であるザルトブルグ侯爵がガイアスとルーナの婚約を提案してくれたのだ。無理に伯爵家を継がなくてもガイアスと結婚してうちで暮らせばいいと。
ガイアスのことが好きだったルーナは喜んで叔父に伯爵位を譲り、以降は母の再婚までザルトブルグ侯爵家でお世話になっていた。
しかし何故かイザベラは母を元平民だと思っているようで、外でもそのことを言い触らしている。
何度も義父が母もルーナも貴族出身だと説明しているのだが、まるでこちらが嘘を吐いているような視線を投げてくるのでイザベラは信じていないのだろう。
「義姉は殿下にどのようなお話をされているのでしょう?」
「それは……」
「もしかしたらですが、母は元平民で、私は父の隠し子だと話していませんか?」
ため息交じりに紡いだ言葉に、殿下が少しだけ驚いたように顔を上げる。
まさか、ルーナが自分から言い出し難い話題を口にするとは思わなかったようだ。
「母はザルトブルグ侯爵の実妹で、私とガイアスは従兄妹同士にあたります。亡くなった実父も伯爵家の人間で平民ではありません。父が亡くなったことで母は生家に戻り、義父と再婚しました。連れ子同士の再婚で、決して義父が母と不貞を働いていた訳ではありません。疑うようなら幾らでも調べて頂いて構いません」
暗部の調査にそのことは書かれていなかったのだろうか?
いや、もしかしたら殿下はご存知で、噂についての確認なのだろうか?
実際に、私達が従兄妹同士だと言っても、殿下に驚いた様子はなかった。
「殿下、俺とルーナの瞳の色は同じで、これは我が侯爵家の血筋を表すものです」
「ザルトブルグ侯爵とルーナ嬢のご母堂が実の兄妹というのは間違いないんだね?」
「はい」
「色々と変なことを聞いてすまないね。ご母堂がザルトブルグ侯爵家の娘だというのは知っていたんだが、イザベラ嬢が縁談の為に養子縁組をしているだけだと言い張るので……、その……、御家の乗っ取りも含めて調査をしていたんだ」
「そうなのですね……」
どうやら虐待ではなく、御家の乗っ取りまで疑われていたらしい。
それならば、国の暗部が動くのも納得だ。
しかしわざわざ暗部まで動かさなくても、母が侯爵家の実子か養子かなんて親世代、それこそ陛下や王妃殿下なら当然ご存知なことだと思われる。
そんなルーナの疑問は顔に出ていたのか、殿下は気まずそうに事情を説明してくれた。
「今回の件、最初にイザベラ嬢から話を聞いた時、直ぐに私は父上にベンジャミン家を調べてくれと訴えたんだよ。けれど父には問題ないと一蹴されてね……。多分、父はご存知だったんだ。それなのに、私が余りにもムキになるものだから兄上が暗部を貸してくれたんだよ」
「……もしかして王太子殿下が?」
「兄は自分が納得するまで調べればいいと言ってくれたんだ。その時に、片方の言葉を決して鵜呑みにするなと教えてくれたのに、イザベラ嬢の訴えに耳を傾け過ぎてしまった。すまない……」
「頭をお上げ下さい、殿下っ!悪いのは義姉であって殿下ではありません」
そう、悪いのはイザベラであって殿下ではない。
それに殿下はいくらでも権力を使ってルーナを詰問することも出来たのに、対話して真実を知ろうとする努力をしてくれた。
「ルーナ嬢、ガイアス殿。側近の我々からもお詫びを……」
「皆さま……」
「ですが、どうか殿下を責めないであげて下さい。殿下だってお辛い立場だったのです。毎日イザベラ嬢が泣きながら教室で訴えてくるので授業に支障をきたすことも増え、仕方なく暗部まで使ってお調べになったのです」
「大変なご迷惑を……」
「それは構わないんだよ。私も王族として色々と勉強になったからね。けれど、暗部からの結果は白。その事を彼女に伝えても、偽装しているんだと信じてくれず泣き暮らすばかり。もしかしたら巧妙に何かが隠されているのかと疑わざるを得なかったんだ」
「………正直、イザベラ嬢は毎日毎日殿下が宥めるまで泣き続けるので大変でした。殿下はお優しいので必死に彼女の言葉の裏づけを捜しておられましたが、どんなに調べてもイザベラ嬢の証言の裏付けが出来ずに頭を悩ませる日々で……」
殿下はイザベラの言葉を信じて必死に色々と調べていたそうだ。
侯爵令嬢が捨て身であそこまで嘆くのだから絶対に何かあるのだろうと思ったが、結果はどこまでも真っ白。
どれだけ調べてもこの二年、彼女が訴える虐待も御家乗っ取りも確認できなかった。
最後の手段として、ルーナと直接話す機会をうかがっていたそうである。
「粗末な部屋に押し込められているというので、それを確認する名目でそちらに伺って君やご母堂の話を聞きたかったんだけど……」
「高級家具に囲まれた日当たりの良い部屋に住んでますが……?」
「うん、暗部の調査で知ってるよ……。だからそれを確かめたかったんだけど、私の婚約者から待ったが掛かってね。私が直接行けばイザベラ嬢がその……、調子に乗るからと……」
「賢明なご判断です」
「ですので、我々側近が殿下の代わりにお伺いしたのですが、彼女は部屋を見せてくれるどころか、ルーナ嬢にも会わせてくれませんでした。その上何故か侯爵家に行った翌日に縁談の話がくるしで……」
「見合いの邪魔だからその日は母と外出して欲しいと義姉に言われておりました」
「は?……見合いって嘘だろ………?」
彼らが帰った後、半信半疑で父が釣書を送っていたのを覚えている。
当然結果は惨敗だったのだが、自分が拒否されているとは思いもしないイザベラに、釣書を出すのが遅いからだと父が責められていた。
それにしても、聞けば聞くほどイザベラの奇行が身内として恥ずかしすぎる。
「本当に皆さまには義姉の妄想話でご迷惑をお掛け致しました。重ねてお詫び申し上げます。ですが、それも暫くのことかと存じます」
「どういうことかな?」
「母は義父との離縁の準備をしております」
「え?」
「母と私が義姉の奇行に耐えられなくなりました。義父は非常によくしてくれているのですが、さすがにもう限界です」
地味な装いをする程度ならば良かったが、こう何度も王族や貴族に疑惑の目を向けられるのは堪えるのだ。
母も先日、何も事情を知らない男爵夫人に『平民の成り上がり』と嫌味を言われたらしい。
周りの夫人に母が元侯爵令嬢だと言われて顔を青くしていたそうだが、どうやらその男爵夫人は娘から話を聞いたようである。
当然その娘とはイザベラのクラスメイトだ。
そして、この一件で母の中で何かがブチッと切れた。
現在は弟の親権問題で揉めているが、離縁は時間の問題だろう。
「最近ではガイアスにまで変な噂が飛び交っていて、本当に限界なんです」
「俺は、元平民の尻軽な妹に乗り換えた無能だそうですよ」
ガイアスが自嘲気味に苦笑をもらせば、殿下や側近達が押し黙る。
「義姉を気遣って、私も母も常に暗い色のドレスばかりを着用し、華美にならないように気をつけていました。それは、急に家族が増えたと言われて戸惑う義姉の心情も理解出来たからです。でも、もう六年です……」
「再婚した当時、ルーナは十歳でした。戸惑ったのはルーナも一緒だし、生活環境が変わった彼女の方がイザベラ嬢よりも負担は大きかったんです。それでも彼女はイザベラ嬢と仲良くなろうと頑張ったし、彼女が嫌がるからといつも地味な装いをしております。……でも、その結果が入学してからのこれです」
殿下だけじゃなく、何人もの上級生から事情を尋ねられた。
みんな頭ごなしに責めるようなことはしなかったが、何度も事情聴取のように開かれるお茶会には辟易したし、見定めるように値踏みされるのも堪えた。
実際、イザベラの話を全員が信じている訳ではない。単純に面白いという理由でルーナを招待し、茶会での話のネタにしているのだ。
「無礼を承知でお願い申し上げます。もう、私は義姉とは無関係の人間になります。今後は義姉関係のお呼び出しをご遠慮いただければ有り難く存じます」
「では今後、イザベラ嬢の件で君たちを呼び出すことがないよう、私の方から他の者にも通達しておこう」
「宜しくお願い申し上げます」
その後、殿下からは謝罪と共にイザベラに関する色々な話を聞いた。
入学したルーナがイザベラの話した悪女のようには見えないと言われる度に、変な言い訳を重ねているそうだ。
毎日一日一度は必ず泣くらしく、殿下だけでなく、生徒会の方々も疲れた様子でため息を吐いていた。
「義姉が本当に迷惑をお掛けしました。両親の離縁の話は広めて下さって構いませんので……」
「分かった。もし今回の件で何か言われるようなら、私達に相談してくれ」
「ありがとうございます」
思ったよりも殿下は良い方だった。
優しさ故に義姉の怪しい訴えも無下に出来ず、二年もの間、無駄に我が家の調査をさせてしまった。
事情を知っている筈の陛下や王太子殿下が止めなかったので、恐らく社会勉強の一環だったのだろうと殿下は笑って下さったが、申し訳ない気持ちで一杯だ。
ちなみに婚約者の公爵令嬢とは仲が良いらしく、イザベラに対して想うところは全く無いとのこと。
むしろ、公爵家の婚約者と聞いて嫌なことを思い出した。
イザベラの件でルーナを最初にお茶会に招いたのが、その婚約者である公爵令嬢だったのである。
あれは婚約者に粉を掛ける義姉をどうにかしろという圧力だったのかもしれない。
申し訳ないことをした。
ガイアスと相談して、殿下の婚約者にはお菓子を贈ることにした。
お詫びと、今後はイザベラと無関係になることの詳細を書いた手紙も同封して送ると、受け取った旨の返事とスイートピーの花束が届いた。
スイートピーの花束とは珍しいと思っていると、【門出】を祝う花言葉があると侍女が教えてくれた。
その気持ちを有り難く頂戴する。
こうして数日後、両親の離縁が正式に成立し、ルーナは母方の実家へと帰ることになった。