9. 沈黙は金、雄弁は銀
夜会の次の日、ゲオルクとレイアはいつものように朝食を食べていると、イレギュラーな事態が発生した。
「ゲオルク様、私ともご一緒してくださる?」
何と!なな何と!フローラが朝食に参戦して来たのだ。レイアは度肝を抜かれた。昨日の今日で来るとはな……。諦めない逞しさがフローラの浅ましさを際立たせていた。ネバーギブアップ!素晴らしい!
「フローラ嬢、迷惑です」
ゲオルクはきっぱりと断った。彼はノーと言える男らしい。
「ねぇ、お姉様、いいでしょう?」
フローラは甘えたな声を出してきた。副音声として早く譲れの文言付きだ。
「だめだ」
ゲオルクが姉妹の会話に横から割って入った。困った様子に見えたレイアに助け舟を出したのだろう。
「でも、私、お腹が空いていて……」
そう言いながら、フローラは上目遣いでゲオルクを見つめた。以前、レイアもゲオルクに対して使った上目遣い。フローラはその本家本元である。さすがのうるうる目だ。あれは効くぞぅ。
「お帰りのようだ。ニコラス、出口まで案内して差し上げろ」
おやおやとレイアは心の中で首を傾げた。ゲオルクはフローラの絶技・おねだりをものともしなかった。
「離して!」
フローラは子供のように暴れた。ニコラスはフローラの握り拳を腹や胸で受けている。フローラは手加減なんて知らないから、あの拳は結構痛いんだよな、良い所に入ったら尚更ねとレイアはニコラスを心配した。
「お姉様、私がこんな目に遭っているのよ!何とか言って!」
レイアは何と言おうか考えた。その1、何とか。ちょけすぎて怒られそうだ。それに、お上品な猫も被れない、論外。その2、ゲオルク様、妹がどうしても朝食を共にしたいようです。どうかご一緒していただけませんか?妹にとっての正解のセリフだな、だが、面倒だ。眠い。夜会にちょっと行っただけだが、睡眠時間はいつもより少ない。だから、普段の朝より今日は眠い、疲れた、だるいとだるんだるんである。よって、10文字以上喋りたくない、却下。その3、無言の笑み。沈黙は金と言うし、アルカイックスマイルでも浮かべようか。場の繋ぎとしてはよいかもしれない、採用。
「…………」
というわけで、レイアは何とも言えない笑みを浮かべた。
「お姉様、それでいいのね?」
「…………」
レイアは曖昧な笑みを浮かべて妹を見送った。妹は何やら不穏な言葉を残すと、颯爽と帰って行った。まるで、嵐。浅まし旋風だった。
「申し訳ありません」
レイアはとりあえず頭を下げた。妹が失礼をいたしましたは省略した。
「あなたのせいではない」
それはそうだ。だが、フローラは私の妹なのだから謝るのは当然ではないのか?とレイアは不思議に思った。この無意識に刷り込まれている価値観によって生まれた感想はレイアの両親の教育の賜物であった。
それにしても、ここのご飯は美味しいとレイアは今日も今日とても満足気に朝食を平らげた。