7. 浅ましさから生まれる浅ましさ
夜会当日、レイアはいそいそと準備を始めた。予定があるとその時まで過ぎる時間が早いなとレイアは初めてしった。
「ゲオルク様がご用意したものです」
とデーテが言いながら、レイアにコバルトブルーのひらひらドレスを身に纏わせた。ドレスというものはとてもとても一人で着れる代物ではない。ビビデバビデブーで着れたらいいのになとレイアは夢想した。
「ゲオルク様はパーティーにはよく行かれるのかしら?」
レイアは続いて髪をセットしてくれているデーテに話しかけた。
「……滅多に行きませんね」
デーテは少し考え込みながら答えた。
「そうですか……」
やはりな、ならば、ゲオルクはどんな風の吹き回しで夜会に行くのかとレイアは不思議に思った。まあ、どうでもよいが。
準備を終え、レイアは玄関で待っているゲオルクの元に向かった。せっかちな人である。
「……よく似合うな」
「ありがとうございます」
ゲオルクも中々におしゃれしているとレイアは感じた。普段と違って、でこ出してるし、詳しくないから知らないが。
二人は馬車でガラガラガラと夜会へ向かった。
「手を」
馬車から降りる際、ゲオルクはレイアに向かって手を差し出した。
「ありがとうございます」
行き届いたエスコートだ。素晴らしい。レイアもさもエスコート慣れしてますよの如く手を取った。ここまではいい。レイアの猫被りで何とかできた。しかし、この後に一つ問題があった。レイアはダンスができないのだ!貴族の子女としてあるまじきことだが、厳然たる事実である。何とかダンスを回避したいなとレイアは考えた。とても夜会に参加する心持ちではない。
会場に着くと、何と!なな何と!フローラがいた。レイアはなるほど!と膝を打った。ゲオルクを夜会に誘ったのはあなたか?あれか、お願いは夜会に一緒に行こうだったのか、ははーんとレイアは点と点が一つに繋がった快感を感じていた。
「どうしてお姉様が……」
フローラは邪魔虫を見るような目でレイアを見ている。おがつくようなかわいらしい目線ではない。すまんな、いるとは知らなんだとレイアは心の中で陳謝した。
「パートナー同伴のパーティーだから当然だ。俺は婚約者の妹と浮気をしていると変な誤解は生みたくない」
ゲオルクは理路整然と説明した。なるほど、まあまあ理に適っている。だが、フローラははらわたが煮えくりかえっているようだ。心なしか、髪の毛が逆立っている気がする。レイアはこれもまたありだなと思っていた。現実を受け入れられず、身勝手に怒り散らす様も大変浅ましい。自分に靡くと信じて疑わない浅ましさが打ち砕かれて生まれる浅ましさ。良いな、良いぞ!浅ましくて最高!とレイアはこの三人の中で誰よりも楽しんでいた。レイアはフローラの思う通りにいかない様を初めて見たため、新しい種類の浅ましさを浴びていた。
そして、その昂揚が落ち着くと、ここでフォローしないと後で面倒だなとレイアは我に返った。お前の分際でフローラに逆らうなとよく分からんことを両親が後からグダグダ言ってくる。想定しやすい未来だ。浅ましポイントは高いが、面倒なのも事実だった。
「ゲオルク様、実は私……、踊れないのです。もしよかったら、フローラと踊って来てくださいませ」
レイアは静々と言った。完璧ムーブだ。100点であると自画自賛した。レイアは踊らなくてすむ、フローラはゲオルクと踊れる。一石二鳥、ウィンウィンだ。
「実は俺も踊るのは苦手で」
「私が上手ですから大丈夫ですわ!」
ゲオルクの言葉を遮るようにフローラは言った。必死過ぎる。猫がほつれているなとレイアは分析した。
「レイア以外と踊るつもりはない。……帰ろうか」
「……ええ、わかりました」
本当にいいのか?とレイアはフローラの朱に染まりつつある顔を見た。だが、正直に言うとありがたい。夜会の雰囲気はあまり居心地が良くなさそうだとレイアは感じていたのだ。
「ゲオルク様!私はどうすれば……」
「好きになさるといい」
取り付く島もなくゲオルクは言った。なるほど、冷徹だ。そんなにフローラが職場に来るのが鬱陶しかったのかなとレイアは思った。
帰ろうとする二人を見て、フローラはきいーっと指を噛んでいた。幼い頃からの癖だ。成長してからあまり見られない癖が出ているとは、かなり猫をかなぐり捨ている。
レイアは胸がすくとフローラの姿を見て思った。これは、浅ましさがひっくり返されることによって現れる浅ましさはまた格別ということなのだろう。そのようにレイアは結論付けた。まるで、自力で裏道を見つけたような高ぶりだった。