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33. 靄はあれども地面はあり、いつかは晴れるだろう

 レイアは王太子に呼び出される前にいた部屋、つまりはゾフィーのテリトリーに戻ると待ち人がいた。

「あら……、ゲオルク将軍」

 ゾフィーが声をかけると、ゲオルクは黙って頭を下げた。

「いろいろありがとうございます。おかげで殿下に甘言を弄していた不届者を処罰できそうですわ」

 にこりとゾフィーは清らかに笑った。口に出す物騒さと内面の狡猾さとは合致しない無垢さと可憐さである。

 王太子に甘言を弄していたのはいわゆる王太子派と呼ばれる集団である。次期国王に取り入ろうとする若年層が主なメンバーだ。今回の件で彼らは大なり小なりダメージを負うだろう。父である国王がゾフィーに婚約破棄を言い渡した時にあの大広間にいた人間を集めよと命を下したらしい。ようはお灸を据えるのだ。もとい、助長する派閥に手を打ったとも言える。後者の方が的確なのかもしれない。だが、何にせよ、王太子派は急激に勢いが萎むだろうことが予想される。王太子の力を削ぐこと、これがゾフィーの目的だったのではないか。レイアはゾフィーの上機嫌な様子から以上のように推察した。考えすぎかもしれないが、ちょうどいいだろう。嫌なことと一気に向き合わずにすむとレイアは自嘲気味に斜め下を見た。

「本当に助かりました」

 ゾフィーは心の底から礼を述べた。

「国のためですから」

 ゲオルクはぶっきらぼうに応対した。

「本当に?」

 いたずらっ子のような笑みをゾフィーは見せる。本当に機嫌が良さそうだ。

「国のためで()あります」

「そう、ふふふ……」

 ゾフィーはレイアを横目で見ながら笑った。

「証拠集めも証人の確保もゲオルク殿がやってくれましたわね」

 へぇとレイアはゲオルクをまじまじと見た。意外や意外という心境である。証拠集めは置いといて、証人の確保とはつまり、フローラの侍女・チネッテを抱き込んだのはゾフィーではなくゲオルクだったようだ。

「これからもよろしくお願いしますね。ゲオルク将軍、レイアさん」

 にこりとゾフィーは念を押した。これからも?とレイアはゾフィーの言葉が引っかかった。レイアが難しい顔をしていると、ゲオルクがレイアを心配そうに見遣った。

「……大丈夫か」

「……へーき」

「そうは見えない」

「ちょっと疲れたんです。ちょっとね……」

「そうか」

「うん」

 レイアは特に何ともないと強がった。ただ疲れたのだ。それだけである。

「……今、あなたの家族を捕らえるための王命をもらいに行かせている」

「電光石火の早技ですね」

 展開が呆れるほど早い。フローラが王太子の寵愛をついさっきまで受けていたとは思えない転落ぶりだ。

「……手を触っても?」

 ゲオルクは何食わぬ顔で脈絡のないことを言った。

「は?無理ですけど」

「そうか」

 急に何だとレイアはゲオルクを睨んだ。ゲオルクはちょっと残念そうに出しかけた手を引っ込めた。なに了承されると思っているんじゃい。

「当たり前でしょう。ゾフィー様もいらっしゃるんだから」

「わたくしのことはお気になさらず」

 ゾフィーはお構いなくと腹立たしいほど見事なアルカイックスマイルを浮かべている。

「とおっしゃってるが」

「が、じゃない」

 レイアは右手で額を抑えた。先程感じていた疲労感とは異なるものが積み上がる。

「嫌、ではないんだな?」

「は?」

 怪訝な顔をしているレイアを差し置いて、ゲオルクはレイアの左手に触れた。触れるだけでは飽き足らず、にぎにぎしている。

「……何?好きなの?私の手」

「もちろん」

 ゲオルクから潔い返事が放たれた。

「……………はぁ」

 レイアは大きなため息をついた。ため息と一緒に頭の靄が少し抜けていく。

「ふふふ、仲のよろしいこと」

 によによと微笑ましそうにゾフィーは見ていた。

「……べつにそーゆーわけでは」

「レイアさんは意外と照れ屋さんなのね」

 そして、ごゆっくりどうぞと言うと、ゾフィーはどこかに向かった。王太子の案件の片付けかなとレイアはその背を見送った。

 レイアは手をにぎにぎしているゲオルクの顔を見上げていると、アレ言っといた方がいいかもな~みたいなことを思い出した。

「そういえば、思い出せた気がします」

「何をだ?」

「あなたと初めて会った時のこと」

「え」

 ゲオルクは鋭い目を大きく開けた。

「思い返しますと、鬱憤溜まった子供そのものの顔をしていらっしゃいましたね~」

 何事も気の持ちようとレイアは家族に関して、嫌なことは忘れようと努力し、浅はかだと楽しむようにしていた。つまりは、心のゴミ箱で記憶と感情を封じていたのだが、ゴミ箱にも容量があり、またあるきっかけで開くこともある。チネッテの言葉を引き金にレイアは今まで目を逸らし続けていた不愉快な過去と向き合わざるをえなくなった。レイアにとってフローラと両親の思い出と真っ当に向き合うことは、底なし沼に足を取られ、靄で前が見えないような状況と同義であった。そんな暗靄の中に一等星のような思い出があった。

「あ、ああ……、うん」

 ゲオルクは気恥ずかしそうにそっぽ向いている。一番グレている時のことを言われると、後悔しているかを問わず、羞恥心でいっぱいになるのは万人に共通している。

「今みたいに眉間に皺を寄せて、目を斜め下に伏せておられました」

「……随分思い出したな」

 まだ恥ずかしそうに、だが、ちょっと嬉しそうにゲオルクはレイアの方を見て笑った。

「いや、そこまで詳しく思い出せるワケないでしょ」

 昔のことだしとレイアは肩をすくめた。

「この……」

 ゲオルクはレイアが自分を揶揄っていたことに気づくと、レイアの頬を引っ張った。

「痛いですよ」

 レイアはゲオルクの頬を引っ張り返した。そして、ふふふと地に足がついたような安定感のある笑顔を見せた。











 

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