32. ベールは取れたが靄がかかる
ゾフィーはにこりとフローラに向かって笑いかけた。あの笑みを見ると笑顔は威嚇なんだと感じる。まだ、ゾフィーは攻勢を譲る気はなさそうだ。さて、次に打つ手は何だろうかとレイアはまだ他人事のように見ていた。
「フローラさんは王太子の寵愛を笠に着てわたくしに対して侮辱をなさっておりました」
ゾフィーに対して、フローラの目もまだ爛々と浅はかに光っている。闘う意思があるらしい。
「ねぇ、レイアさん」
「はい」
レイアはついはいと返事した。矛先がたびたびこちらに向くなぁとレイアはドキッとした。
「その女のことを信じられるのか?」
「ええ……、レイアさんは友人ですし、フローラさんの振る舞いに関しては被害者同士ですから」
被害者とか言っちゃうんだーとレイアは思った。ただ思っただけである。
「証人でもいるのか?」
「はい、もちろん。フローラさんの近くにいる方ならばどなたでも証人です。では、そこのあなた。フローラさんの隣にいらっしゃる」
「は、はい……」
フローラのそばに控えていた侍女にゾフィーは声をかけた。侍女はややおどおどとした様子である。
「お名前は?」
「チネッテと、も、申します」
「チネッテ、レイアさんについてお話を聞かせてくださいな」
ゾフィーはチネッテと目を合わせて優しく微笑みかけた。
「……申し上げます。レイアお嬢様はフローラ様や奥様、旦那様に酷い扱いを受けておりました」
お嬢様……、久々に聞いたなぁ。それにしても澱みなく喋りやがる。先程のおどおどさが嘘のようだ。ゾフィー様パワーだろうか。レイアはチネッテからすっと目を逸らした。
「それはどうして?」
「フローラ様と区別するためです」
「いつ頃から差別していたの?」
「……フローラ様がお生まれになってしばらくしてからでしょうか。……そういえば、レイア様がまだ幼い頃、旅先で出店のハンカチをじっと見つめていることがありました。すると、浅はかでみっともない真似はやめなさいと奥様はその、折檻をなされて……。あれ以来、レイア様を使用人同然のいをするようになったと記憶しております」
それだけではありませんとチネッテは続ける。しゃべればしゃべるほど報酬が貰えるのだろうか。どーせゾフィーが買収したのだろう。浅はかなやり方だ。旦那様はレイア様を顔が気に入らないと殴りました。奥様は事あるごとにレイアを詰りました。フローラ様は機嫌が悪いといつもレイアを呼び出して憂さ晴らしをしていました。チネッテはつらつらと続ける。一文字いくら貰えるのだろうというくらい暴露が止まらない。
レイアはチネッテの暴露中、目を逸らし、顔を俯かせていた。そんなことあったかな、不愉快すぎて忘れることにしたのだろうかとレイアの頭の中に蘇ってほしくない記憶がほじくり返される。レイアはゆっくり顔を上げ、妹と両親の方を順に見た。妹は何でそんなこと言うの?私はやってないと声を震わせ、母はチネッテを鬼の形相で睨みつけ、父は困ったような顔で母を見ている。彼らは自分のことに必死でレイアを気にも止めていない。それもそうだ、彼らはそういう人間だとレイアは口元にぎゅっと力が入った。レイアの思考に靄がかかるように不愉快な思い出が充満していく。
「違います!ゾフィー様、あなたが仕組んで」
フローラがキンとよく通る高い声で叫びだした。相変わらず耳障りだ。
「あなた方に呼ばれてここに来たのですよ。突然のことですから、仕組む時間もありませんわ」
フローラを遮るようにゾフィーが口を挟んだ。
「どうしてこんなことできるの?何もしていない人に罪を被せられるなんてひどいわ!」
ゾフィーに構わず、フローラは目を潤ませ、右目からきらりきらりと大粒の水を溢した。あれはただの水、涙なんて意味のあるものじゃない。
「ねえ!みなさん!」
そして、大きな声で周囲の人間に呼び掛ける。助けてと悲壮な叫びだが、フローラの味方だった人間は揃って目を逸らした。
「殿下!!!」
隣にいる王太子にも助けを求めた。しかし、王太子はスッと顔を背けた。フローラはゾフィーに虐められていると王太子に嘘をつき、姉を家族絡みで虐める酷い女。王太子や取り巻きから、庇いようがなく、庇っても利益がないと思われたのだ。ざまあみろ、ざまあみろ……とレイアは鬱屈した思いを感じた。今まで浅はかさでキャッキャッしていた昂揚と同じ強さであった。
「え…………」
フローラは顔を引き攣らせ、紙のように顔色を白くさせた。両親も含めたみんなが自分の味方をしてくれない。そのような経験は初めてだろう。レイアもフローラのあんなみっともない顔は初めて見たと思った。
「殿下、わたくしに婚約破棄をされるような瑕疵はありませんわね」
ゾフィーは王太子に対してさりげなく勝利宣言をした。
「…………そうだな」
王太子は思いの外しっかりした声で敗北を認めた。
「殿下に偽りを言った方の処分はもちろん殿下にお任せいたします。では、わたくしは失礼いたしますわ」
そうして、ゾフィーとレイアはその場を立ち去った。後には、唇を噛んで悔しがる女とその女を冷たく見る男、そして身の振り方を考える有象無象が残されていた。そんな面白い光景を振り返ることなくレイアはスタスタと立ち去った。




