30. ラストステージはいつやるの?
フローラが行ってしまうと、ゾフィーはふうと息をついてレイアの方を見た。
「お待たせしてしまいましたわね」
「いえ、おかげで妹の顔が見れましたから」
わざとだろうとレイアはゾフィーのにっこり顔を見返した。故意でなくとも予測はしていただろう。ゾフィーに待たされているレイアにちょっかいだすフローラ。3時間後のお天気予報よりも遥かに容易い。お膳立てされた気分ですとレイアはげんなりした。養殖物の浅はかさよりも天然物がいいのだとレイアには妙な拘りがあった。
「……レイアさんは刺繍がお上手ね。落ち着いている証だわ」
「ありがとうございます」
「焦るのはよくないのに……」
ゾフィーは皮肉気に笑う。指し示すはフローラのことだろうか。それとも、王太子のことだろうか。レイアは判断がつかなかったが、ひとまず、双方落ち着きなしと結論付けた。
「ゲオルク将軍は用意周到ですこと。わたくしが欲しかった証拠がもう揃っている」
満足気にゾフィーは微笑んだ。ゾフィーはもう準備万端、いつでもフローラを引きずりおろせるようだ。あとは機を待つのみらしい。
「あなたにはフローラの件が片付いてもそばにいてほしいわ」
レイアは率直に面倒だと思ったが、未来の王太子妃殿下に誘われるまたとない機会であるのも事実と熟考することにした。王太子妃の友人は煩わしいことも多いが、そこには必ず浅はかさがある。権力闘争は必ずあり、どろどろに煮詰まった濃厚な浅ましさが見れるかもしれない。
「興味深いものは見れますか」
「ええ、すごいものを見せてあげるわ」
「それは……、惹かれますね」
ゾフィーの言うすごいものとは何だとレイアは唾を飲み込んだ。この誘いに乗ってもいいかもしれないという気持ちに傾いた。
「そうしたらね、あなたには美術館を手伝ってほしいの」
「難しいご相談ですね」
レイアはこの誘いに乗らない方向に舵を切った。向いてない面倒事はやりたくないのだ。みーんなそうだろう。そーに違いない。
「多種多様な作品を収納してね」
「太っ腹ですこと」
レイアはテキトーな合いの手を打った。
「隠れ家みたいなところにしたいわ……」
ゾフィーは少々夢見心地で話している。
「あなたも力を貸してちょうだいね」
「……ご随意に」
レイアはとりあえずの返答をした。それにしても、美術館かとレイアは頭を巡らす。美術品を収集するにはかなりの金と権力がいる。見つける力、作らせる力、収集しても咎められない力が必要だ。
「ゾフィー様は王妃になりたいのですか」
「どういう意味かしら」
「他意はありません」
マジで他意はない。大規模の美術館建築のためにはかなり、国に匹敵する者がいないほどのパワーが必要と考えたレイアはゾフィーが国で一番の権力者になりたいのかと思っただけである。根拠のない妄想、ただの戯言だ。
「……そうね。わたくしはほしいと思ったものはすべて手に入れるわ。だから、見ていればわかります」
「はあ……」
高みを見ているのかもしれないとレイアは聞かなかったことにした。高みを見るグループに入れられたらたまったもんじゃない。レイアは下を見て浅はかさを楽しむタイプなのだ。何にせよ、ゾフィーは王太子妃、王妃になることが必要で、そのためには王太子が他の女と結婚することは避けたい、しかも王太子に借りが作れるなら万々歳と言ったところかとレイアは思考に仮の終止符を打った。
「ゾフィー様、王太子殿下がお呼びです」
王宮の侍女が部屋に入って、ゾフィーに告げた。
「ご用件は?」
「その……早急にと」
まごまごあわあわと侍女は可哀想なほど動揺している。
「わかりました。すぐ参ります。レイアさんもご一緒に、ね」
「かしこまりました」
来てしまったかとレイアは思ったより早い浅はか劇場の開幕に胸を躍らせた。ゾフィーの意味深な様子と呼びに来た侍女の慌て様。王太子がゾフィーに婚約破棄を言い渡し、フローラとの結婚を宣言する場に招待されたと思ってよいだろう。楽しみが前のめりでやってきったとレイアは変に緊張した。レイアは一つ大きく息を吸い、落ち着きを身につけた。
では、妹の晴れ舞台を見に行こうか。