20. 旅行は計画中も楽しい
レイアは屋敷でリラックスしていた。肩の力をやや抜くことができていた。ありのままでいてほしいとゲオルクに言われたあの日から、レイアはありのままとは何ぞやと考えていた。その結果、とりあえず、レイアはゲオルクに対して、猫を被ることなく、また、気軽な敬語を使うという方針で落ち着いていた。それから、気がラク~になっていたのだ。
レイアがボーッと気の向くままに刺繍をしていると、ゲオルクが近づいて来た。何やら用があるらしい。珍しいことに昼間からゲオルクが家にいたのだ。たまの休みとのことらしい。
「新婚旅行、行かないか?」
「え……」
何ですか突然とレイアはバッと顔を上げた。
「候補をいくつか用意してみたが……」
「へぇ」
しげしげとゲオルクが用意してきた資料に目を通した。都市と特産及び名物等が会議資料のように記されていた。用意周到が過ぎているなとレイアは苦笑した。
「嫌ならいいが……」
ゲオルクはレイアの出方を伺うように目を送った。
「……ザーカナならいいですよ」
レイアはゲオルクが提示した案にない都市を言った。ザーカナとはゲオルクとレイアが暮らす王都から程近い海沿いの都市である。
「いいのか……!」
ゲオルクは珍しくパッと顔を明るくした。
「え、ええ……、あなたがそこでもいいなら」
レイアはゲオルクの様子に気圧された。ゲオルクの案にない都市を言って、ちょっと意地悪をした気持ちだったのに……とレイアは罪悪感で胸がチクチクした。
「もちろん」
ゲオルクは嬉しさと安心に浸るように目を瞑った。
「仕事で近くを通ったことがあるが、海が綺麗だった」
「お魚が有名でしたよね」
言ったからにはとレイアは知ってるぞアピールをした。
「地酒も美味いらしい」
「それはいい」
よいよいとレイアは深く二度頷いた。レイアはそこそこにお酒が好きだった。
「あとはどこに行きましょうか」
海と魚と酒、他には何があるのか、どんなところなのか。レイアはワクワクし出していた。
「たしか……、温泉があったな」
ゲオルクは顎に手を置いて、何やら悶々と考え込み始めた。レイアは温泉か、いいじゃないかと気乗りしていた。
「で、何泊の予定ですか?」
「……三泊四日だ」
「なら、だいぶゆっくりできそうですね」
移動時間を合わせてもゆとりがあるなとレイアは算段した。
「その、短くないか」
ゲオルクは気まずそうに言った。
「物足りなかったらまた行けばいいんです」
「それもそうだな」
ゲオルクはフッと安心したように息を吐いた。そして、二人は喧喧諤諤と話し合い、予定を立てた。
「とりあえず、これで行こう」
「まあ、道中、変えてもいいですしね」
二人は楽しみだな、ええそうですねと穏やかに笑い合った。
それから数日後、ゲオルクが暗い顔で旅行に行けなくなったとレイアに報告してきた。
「すまない……」
ゲオルクは頭を下げたまま、無念そうに拳を強く握り締めていた。
「大変なお仕事ですね~」
レイアは何ともなしに言った。皮肉でも何でもない、ただの感想である。何やら、王都近くで暴れ回っていた盗賊の根城が判明したらしい。そして、その指揮をゲオルクが任命されたそうだ。いやー、大変だ!ご苦労様である。
「本当に……、すまない」
しょげとゲオルクはより頭を下げた。
「謝られても困ります」
ゲオルクが悪いわけでもない。そして、謝ったところで行けるわけでもない。レイアはたしかにザーカナに行けなくて残念と気落ちしていたが、ゲオルクにこれほど落ち込まれてもなぁと当惑していた。
「また、いつか行きましょう」
なぜだか、ゲオルクを励ますような言葉がレイアの口からついて出た。
「いいのか」
深く垂れ下げていた顔をゲオルクはパッと上げた。
「私はいつでも暇ですから」
「そうか……」
ゲオルクはちょっとは持ち直したようだと、レイアは心持ちが落ち着いた。
「それより、ご無事で。何事もないといいですね」
「うん」
感慨深そうにまじまじとゲオルクはレイアの顔を見た。
「レイア、ありがとう」
そう言うと、ゲオルクは満足気にレイアから離れた。
一人残されたレイアは何が?はあ?と怪訝な顔をしていた。