2. 急いては事を仕損じるぞ
ゲオルクからの縁談の話を父達から聞いた数日後。一台の馬車がやってきた。
「どちら様でしょうか?」
レイアは使用人同然の格好で来客に応対した。
「ゲオルク様の使いのニコラスと申します。レイア様をお迎えに上がりました」
私がレイアなんだよなぁと気まずい気持ちになった。
「え?お早くありませんか?」
それにしても、気の早すぎることだ。まだ結婚式の日取りを決まっていないというのにとレイアは呆れた。
「ゲオルク様が早くお会いしたいとのことでして……」
あなたも早過ぎるって思ってんのねとレイアは同志よと心の中で肩ポンした。
「まだ準備もできていませんから、今日のところはお帰りください」
準備なんてすることはないが、この着古した格好で行くよりはマシだろう。ニコラスとやら、あなたも私がレイアと知らずに話しているという恥に気が付かなくてすむ。だから、今日は帰ってくれ~とレイアは念を出した。
「いえ!絶対にお迎えするよう言付けを預かっておりますから、せめて一目だけてお会いできませんか?」
ニコラスに念は届かなかったようだ。彼は縋るようにレイアを見つめてきた。ならば仕方ない。
「信じていただけないかもしれませんが、私がレイアです」
レイアは盛大に気取って正体を明かすことにした。
「え?」
「家事一般が趣味ですの。お恥ずかしいところをお見せしました」
オホホホとレイアは猫を二重三重に被った。ちなみに、外面の取り繕い方はこの姉妹、そっくりであった。
「そ、そうでしたか……。大変失礼いたしました!」
「いえ、私の方こそ名乗るのが遅れてしまいました。お許しくださいね」
レイアはお茶目そうに笑った。
「では、その、急なことで申し訳ないのですが、あの、もしよかったら……、ええと一緒に来ていただけると嬉しいのですが……」
ニコラスはしどろもどろになりながら、用件を伝えた。
「ええ、かしこまりました」
「ありがとうございます!では、準備ができましたらお声掛けください」
「できました」
「早っ」
ニコラスは何も持っていないレイアを見て困惑した。
「ですが……、その」
「これではいけないかしら?」
レイアは自分の物は何も持っていない。だから、何も持っていくことはできない。この古びた服も自己の所有物ではないが、さすがに全裸で行くわけにもいかない。着古した服を持ち出すくらい家族も許してくれるだろう。そして、レイアは無いものはない、受け入れてくれとニコラスに向かって開き直った。
「いいえ、そのようなことはございません。我が屋敷にも、レイア様がお気に召されるような物が一通り揃っておりますので!」
「ありがたいことですわね」
金に物を言わせて急繕えか。我々に野蛮と笑われないように対策をしたのかとレイアは推察した。それも結構。虚勢は張ってこそだとレイアはゲオルクの浅はかさに期待した。