10. あべこべ
翌日の昼間、つまりはゲオルクが仕事で屋敷に不在の頃。妹が両親を引き連れてやってきた。まるでレイアを心配してわざわざ足を運んだ麗しい家族である。
「デーテ、席を外してくれますか」
「ですが……」
デーテは心配そうにレイアを見た。
「家族水入らずで話したいの」
浅ましさを堪能したいのという本音を隠して、レイアは儚気に笑った。
「わかりました……」
デーテが仕方なさそうに部屋から出ていくと、家族三人の慎ましやかな雰囲気が一掃された。
「お前はフローラに何をしているのかわかっているのですか?」
母はゆっくりと口を開いた。ゲオルクがフローラに靡かないのはレイアのせいと決めつける。何と身勝手でフローラ中心主義で、浅ましいことだろう。
「……いいえ、私は何もしていません」
翻訳みたいな文章がレイアの口から出た。特に何の感情も籠っていない。
「では、なぜあの男はお前なぞに固執している?」
父は低い声で言った。固執ときたかとレイアの心の中は抱腹絶倒だった。フツーにフローラが迷惑で嫌という概念はないのだろうか。ないんだろうな、ウケる。
「私にはわかりません」
薄っぺらい声がレイアの口から出た。
「どうしてそう可愛げのない子なのかしら。とても我が子とは思えない」
母は頭痛がするとでもいうように頭を抑えた。いちいち動作の大げさな人だ。
「私はあなた方のことを親と思っています」
浅ましいあなた方の子だよ、私はとレイアは自嘲した。
「ならば、親の言うことを聞きなさい!」
ヒステリックに母は叫んだ。父もそうだが、大きな声を出せば人が動くと思っている。うるさいから言うことを聞いてあげているだけだよ。であるにも関わらず、自分が偉い、上等な存在と思っているようだ。阿呆みたいに浅ましい。最高と言う他はない。
「……私は何をするべきですか?」
「この屋敷から出て行きなさい!」
母のキーンとけたたましい声が屋敷中に響いた。
「主の意思は無視のようだな」
「きぃあっ!」
母は素っ頓狂な声を出した。びっくりした。仕事中のはずのゲオルクが帰ってきたのだ。ゲオルクの後ろからデーテが顔を出している。彼女が呼んできたのだろうか。
「俺はレイアと結婚する。フローラ嬢と夫婦になることはない」
それにしても、きっぱりと物事を言うタイプだなとレイアは改めて思った。
「その子の何が……、フローラの方が!」
母は喚いた。自分に似ているフローラの方がかわいいと信じて疑っていないようだ。自己愛も織り混ざって、醜く、浅ましい。レイアは強がるように口角を上げた。
「俺が愛しているのはレイアだ。だから、彼女の門出を祝えないあなた方は結婚式に来ないでほしい」
「何ですって?」
母はけったいな声を上げた。レイアもえ?と声が漏れそうになった。初耳だなぁ。
「君はそれでいいのか、ゲオルク君」
父が重々しく口を開いた。
「俺は構いません」
「フローラと結婚すればこんなことにはならないぞ」
「何度でも言いますが、俺はレイアと結婚する……。陛下のお許しもいただいていますので」
「なっ…………!」
国王陛下の御名が将軍ゲオルクの口から出たことで、小心者の父はすっかり萎縮してしまった。
「レイア、私がゲオルク様と結婚した方がいいとお前も思っているでしょうに……。かわいそうね!」
フローラはキッとレイアを睨んだ。
「…………」
レイアは何とも言えない笑みを浮かべた。沈黙の多用である。捨て台詞はかわいそうね!だったようで、三人は屋敷から出て行った。ひとまずの撤退といったところだろう。
レイアはフローラがゲオルクと結婚した方がいいとは思っていない。ただ、ゲオルクがフローラに靡いたら面白い、浅ましポイントブチ上がり間違いなしではあった。あーゆー実直そうなタイプから出る浅ましさはとても良いものがあるのだ。
「……夫となるのが俺でもいいか?」
ゲオルクは今更の質問をレイアにぶつけてきた。ここで嫌だと暴れたら面白いかしらとレイアに好奇心が芽生えたが、やめた。あまりにもゲオルクが不安そうな顔をしていたのだ。
「ええ、もちろん」
だから、ついそう答えてしまった。
「よかった」
ゲオルクは満足そうに笑った。
「あなたの家族はいつもああなのか?」
そして、さっと顔を曇らして、レイアに訊ねた。
「ふふふ、そうですね」
ゲオルクにとって名状し難い家族だったのだなとレイアは微笑んだ。
「愛しているのか?」
「え?」
「結婚式に来るなと一方的に言ってしまった」
ゲオルクは仮にもレイアの家族の結婚式の出席権を自分が勝手に剥奪してしまったことを申し訳なく思っているようだ。真面目である。
「別に構いませんわ」
そう構わない。来たかったら来る人達なのだから。
また、レイアは家族を愛しているのか?と聞かれたら、ええ、もちろん、家族だから愛していると答えるだろう。あの浅ましさが好ましい。いつからかそう思うようになった。昔はあれが大嫌いだった。だが、レイアは逆転の発想に辿り着いた。白は黒、黒は白、好きは嫌い、嫌いは好き!
そうやって、レイアは家族を愛した。




