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単純作業は案外好きだ。
わたしは今、プラスチックの透明パックにキャベツの千切りを詰めている。
他の葉物が入っていない、ただのキャベツの千切りなど買う人がいるのだろうか、とバイトを始めた当初は思っていたが、案外お弁当と一緒に購入する人は多い。一五〇グラムきっかり、パックに詰めていく。
わたしの通う学校はバイト禁止であるが、親の了承は得ていた。お弁当屋のキッチンなど、誰も覗かない。先生にもばれず、もう半年くらいは働いている。別に、理由はなかった。学費に困っている訳でもないし、特に目立った出費もない。ただ、暇だったから、なんとなく始めてみたのだ。
「うつ病って怖いよねぇ。わたしにはさぁ、無縁のものだったけどさぁ」
レジに立つパートのおばさんの声が聞こえた。
今は四時。店内には、帰宅ラッシュ前の静けさが広がっている。
「なんか、色々あるみたいっすよ。統合失調症? とか?」
「ちょっと、俺にはよくわかんないですけどねー」
大学生がおばさんに応える。
今は、わたしを含めたこの三人しか、店内にいない。
わたしは、胸のずっと奥に衝撃を受けた。痛くはないが、どっしり重い。
こういう類いのものには、一生慣れない。心臓に斬撃を喰らい、体の重心がずれて倒れてしまうような感覚に陥る。
それでも変わらず、黙々とキャベツを手に取る。
「へぇ、そうなんだ。大変ねぇ。生きづらいでしょうに」
「適応障害とかもありますよねー。なんか、社会に適合できない? みたいな?」
「え~! 可哀想にぃ。うちの娘は健康でよかったわぁ」
二人は、大きな声で会話を続けながら、こちらをちらちらと見ていた。わたしはキャベツに目を落としているが、どうしても視界の隅に彼らが映り込む。
彼らは楽しそうだった。語気には意地の悪い、ねっとりしたものを感じる。きっと、彼らの顔にも同様に、粘着質な笑顔が張り付いているのだろう。
早く時間過ぎないかな。
ひたすらに、わたしはそう思った。
ソファに座ると、鋭い夕陽がわたしの目を刺した。思わず、眉間に皺を寄せる。
ごめんなさいね。眩しいでしょう、そう言って、先生はブラインドを下げる。
「で、今週はどんな感じでしたか」
先生は老眼鏡をかけ直し、パソコンと向き合う。目の前のわたしに目をくれることはない。
「いつも通りです。何か変わった出来事はありません」
わたしは先生の小綺麗にまとめられた白髪を眺めながら答える。成り行きまかせの白髪ではなく、白一色に染め上げた髪。ブラインドからこぼれた光が先生の髪を照らす。きっと、豊かに年を重ねてきたのだろう。まっさらな髪の毛に気後れしないほどの肯定感を感じる。
「そうですか。夜はちゃんと寝られていますか」
あまり。
「食事はちゃんととれていますか」
はい。
「では、寝つけるように少し強い薬をお出ししますね。大丈夫ですか」
はい、問題ないです。
「分かりました。今日はこれでおしまいです。来週また来てくださいね」
はい、ありがとうございました。
わたしは隣の薬局に行き、今週分の薬を買った。この為だけに、わたしはこの病院に通っている。以前は治す為に通っていたが、先生はその気がないようだった。いくら相談しても、
「あぁ、そうですか」
この言葉しか先生は言わない。きっと、赤の他人の苦痛など興味がないのだ。仕事だから、彼女はわたしに聞くけど、それは形式上でしかない。
皆、同じく面倒なのだ。他人の悩みなど、面倒でしかないのだ。だから、わたしは期待するのをやめてしまった。
薬に寄りかかり、いつか治るのを待つ。いつ来るかも分からない、来るはずがない『いつか』をただ時間に漂いながら、願ってみるのだ。自分でも、それは愚かなことだと分かっていた。