2
朝の気怠さに紛れて見えた緑は見覚えのあるものであった。
十分前に電車が行ったばかりというのに、ホームには既に俯く頭が山脈の如く幾つも連なっている。
わたしは半袖を着る時期になると日陰にある列に並び、ブレザーを着る時期になると日向にある列に並ぶ。今日は日向の列に並び始めて九日目だ。(きっと二桁になったら、日にちを数えるのもやめていると思う。)
張りが生まれた空気に柔らかい陽だまりが心地よい。
カンカンカン。
電車がもう少しで来る合図だ。わたしは反射的にそちらの方を向く。
緑。俯く頭が乱立するなか、ひとつの頭がずっと先を見据えるようにして、まっすぐ佇んでいる。その人物は鮮やかな緑を全身に纏っていた。思いも寄らない色との遭遇にわたしは少し面を喰らった。彼女が同じ駅を利用していることを初めて知ったのだ。同じ中学校ではなかったので、きっと駅の反対側で暮らしているのだろう。
緑の奥から柿色の電車がのそりのそりと姿を現す。わたしは緑から目を離さない。依然生気のない枯れた山々の中、青々しい茎だけがなにかを謳歌しているように感じられた。彼女だけに光が落ち、全身に輝く青い血が巡っているように見える。
電車の到着を告げるアナウンスが流れだす。山脈は移動の準備をし出し、緑は埋もれてしまった。扉が口を開ける。わたしは気を取り戻す。山脈は流れる。その一部であるわたしも、その体内へと呑み込まれていく。生き抜くために山々は思い思いの場所へ流れていく。わたしは反対側の扉前を確保し、鞄を前に抱いた。唇が閉じては、開く。扉の咀嚼が上手くいっていないようだ。山々は息を殺す。やっとの思いで、電車は走り出す。
窓に映る小綺麗なお姉さんを眺める。そして、隣にいるだらしないおじさんへ目線は動き、その後ろにいる白髪の浮いたおじさんに辿りつく。皆共通して、スマホを見下ろす虚ろな目を持っていた。
わたしは窓の外に鎮座する山々に目を移す。この土地を囲む山々はいくら車窓が流れても、図々しく居座っている。住宅街、川、田んぼ。何処に行っても、後ろには山々がそびえたっている。
きっとわたしたちは変わらないその姿にどこか安心しているのだ。そして、自身もそれに重ねる。周りと同じタイミングで葉を落とし、冬を耐え、また新しい葉を身につける。周囲を見渡して、自分は間違っていないか確かめる。それが健全で安全な生き方だ。
電車の足が重くなる。新たな山脈が流れる。アナウンスがなり、口を開く。
わたしは吐き出された。そのまま岩肌に転がされながら、ホームの端へとやられる。
耳をつんざく音がし、暫くして静寂が訪れた。わたしはベンチに雪崩れこむ。鞄を放り、その横に体を下ろす。荒い自身の呼吸だけが、ホームに響き渡っている。
またやってしまった。もうこの時間だと遅刻だろう。
脳裏にはあの緑だけが陽炎のようにちらついていた。やはり、わたしには理解出来ない。