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報酬のオヤツは合計99円成り?

藤谷の付き添いと荷物持ちとして彼の家まで来た僕は、とても久しぶりに他人の家に上がれるので、少しワクワクとして居たのだった。

 学校から藤谷の家への帰り道は、途中までは車の通りの多い道路であったが、途中からは閑静な住宅街と言った感じだった。

そして、荷物持ちである僕は藤谷と一緒に、彼の住む家・・・詰まりは藤谷家の前に立って居た。

その家の玄関迄は、金属製の手摺(てすり)が付いた5段程の階段が続いてた。

僕は内心『あれ?話と違って簡単に上れそうな階段だけど・・・。』と、思ったのだが、そこは一応、相手は怪我人なので、「どう?(のぼ)れそうかな?」と、藤谷に聞いた。

藤谷は「う~ん。ちょっとキツそうだから、また学校の階段の時みたいに、肩をかして欲しい。」と言った。

僕は、そうなのかと思い、一旦、荷物を階段の途中に置き藤谷に近づいた。藤谷は既に階段の手摺に手を掛けて、僕を待って居た。

それから僕は、藤谷に僕の右肩に掴まるように言った。藤谷は僕に素直に従ってくれたので、僕ら二人は息を合わせて階段を上った。

玄関前に着くと藤谷は「有り難う。」と言って、直ぐに玄関の鍵を取り出し、ドアを開け中に入った。

「靴は一人で脱げそうか?」と僕が藤谷に聞くと「脱ぐだけなら、一人で出来るよ。」と言うので、僕は一旦、外の階段に置いたままの二人分の荷物を取りに戻った。

それから両手に荷物を持った僕が玄関に戻ると、藤谷は既に家の奥へと行ったらしく、玄関の中には、彼の脱ぎ散らかした靴が転がってた。

僕は玄関の木の床に、一旦、鞄を置き、その散らかった靴を並べて置いてやった。

それは、きっと普段の藤谷なら、靴を脱ぎ散らかしたりしないだろうと思ったからだった。

すると「こっちまで入って来てー。」と、家の奥の、ドアの開いた部屋から藤谷の声がした。

僕はまた鞄を持ち、その部屋へと入った。


そこはリビングだった。

夏の日差しで暖められ、暑くこもった空気が満ちていた・・・。

藤谷は少し寝そべる様にしてソファーに腰かけて居た。

少しだらしない格好だが、足を庇うために、そんな座り方をしてるのだろうと、僕は思った。

それに何より、ここは彼の住む家なのだから、寛ぐのは当然とも言えたし、僕が逆の立場であっても、そうしてる様な気がしないでも無かった。

ただその場合は、僕は客人とは思われて無い事になるのかも知れないが・・・。


 リビングには、テレビとソファー、ソファーの前には長四角いテーブルがあり、壁際には戸棚があって、その中には、ティー・カップやガラスのコップ、湯飲み茶碗などもあった。

開いた引き戸の向こうには、隣にあるキッチンも見えた。

「とりあえず、荷物を下ろして座ってよ。」

突っ立ったままだった僕は、藤谷の言葉を聞きながら「ああ・・・。」と、返事をして床に荷物を下ろした。

「そして、悪いけど、ベランダの窓を一度、開けて欲しい。」と藤谷が言うので、少し汗が流れ始めてた僕は、内心、人使いが荒いな・・・と思いつつ「分かったよ。」と、言って網戸が取り付けられたベランダの窓を全開にした。

すると網戸を通して、室内よりは涼しいと言える、暖かな空気が入って来た。

藤谷は「そうしたら、10分したらエアコンのスイッチを入れて欲しい。今は家の暑い空気を外に逃がしてるだけだから・・・。」と、次に僕にして欲しい事を続けて言った。

僕は「ああ・・・そうか。」と、藤谷は省エネを気にしてるのだなと思った。

それから、僕は改めて部屋の中を見渡しながら、彼の座るソファーに、彼から少し離れて座った。

誰でも、初めて入る他人の部屋は、物珍しさに任せて、色々と見てしまうだろうと思う。

僕も、その御多分に漏れなかったと言う事実は、僕が思う以上に僕は、極平均的な高校生男子なのだろうと思うしか無かった・・・。

「お腹、空いてる?」

そんな感じで、自分勝手に少しの絶望を味わってた僕だったが、藤谷にそう聞かれて一瞬で我に返る事が出来たのは、小さな不幸中の幸いだった。

「うーん・・・。まだ。そんなんでも無いかな・・・。」

僕がオヤツに釣られて来てると思ってるからなのだろうか?藤谷は今直ぐにオヤツを食べたいのかと聞いたのだと僕は思って答えた。

すると藤谷は「それじゃ。僕、シャワーに入りたいんだよね。」と、唐突な事を言った。

何故か少し焦った僕は「今日は足を痛めてるんだから、シャワーは明日にした方が良いんじゃないか?」と、彼に言った。

しかし、藤谷は「僕の平日のルーティングでは、帰宅後、直ぐにシャワーを浴びて心も体もスッキリしてから、リラックスして、それから勉強をするって事になってるんだよね。」と言って、僕に何かを期待する視線を送って来た。

僕はここで、何となく居心地が悪くなったので「そろそろ、エアコンを入れて良いのかな?」と、立ち上がった。

藤谷は「あ。・・・うん。お願い。」と言って、話を一旦、区切った。

僕はエアコンをスイッチを入れると「設定温度は?」と聞いた。

「今は暑いから・・・26度にして欲しい。」と言ったので、僕はその通りに設定して、その足でベランダの窓を閉めた。

そして、さっきまで座ってたソファーに腰かけた。

すると僕の動きをずっと見てた藤谷は、僕が座るのを待ち構えてたらしく「こんな暑いし、汗がベタベタして気持ち悪いから、シャワーに入りたいんだけど・・・。」と、さっき言った事を、またも言った。

しかし、その強引な展開を察した僕は「そうなのか?それなら、約束のオヤツを僕に出してくれたら、僕はそれを食べながら待つよ。」と、『僕に期待する藤谷の何か?』を反らした。

すると藤谷も、それを察したらしく「そうなの?それなら仕方無いなぁ・・・。」と、言って、痛む足を庇いながら立ち上がった。

そして、少し歩きづらそうにしながら、引き戸が開いてたキッチンへと向かった。

藤谷が冷蔵庫を開けるのが僕の座ってる所からも見えたが、開かれた冷蔵庫の扉が衝立(ついたて)の様になったので、僕の方からは中の様子は見えなかった。

藤谷は、冷蔵庫の中でガサガサとビニール袋の中をまさぐってる感じの音をたてた。

そして、左手に何かを握り締め冷蔵庫の扉を閉めると、こちらに戻り僕の隣に座ったのだが、その距離はさっきよりも近くになって居た・・・。

「はい。」

藤谷はそう言うと、左手に握ってた物を僕に差し出した。

何かと思って受け取ると、それは20円とか30円とかの、あの小さな四角いチョコレートだった・・・。

それも3個・・・。

「どうぞ。遠慮は要らないよ。」

藤谷はイタズラな感じにニッコリと笑った。

僕は「貰う立場でアレだけど・・・本当に遠慮に及ばないオヤツだな・・・これは・・・。」と言って、手の中の3個のチョコレートを眺めた。

包みを見るとチョコレートの味は、イチゴ、バナナ、チョコレート(プレーン?)だった。

僕は取り敢えず、その内の1個の包みを手の平に残して、ほかをテーブルに置いた。そして持ってたチョコレートの包みを開き、その中身を口に入れた。

冷蔵庫から出されたばかりのチョコレートは、冷たくて少し固かったが、口内で温めると溶け始めた。

口の中には、甘いチョコレートの味と風味が広がった・・・。

「シンプルなチョコレートから食べたね。」

僕の様子を見てた藤谷が、感心した様にそう言ったので「何となくだけどね。」と、僕は口の中のチョコレートを舌で横にずらして答えた。

すると藤谷は、またしてもイタズラな表情を浮かべて「何となくってのが、とても大事なんだぁ・・・。」と、言って、ソファーの背もたれに背中を預け、半分寝そべった格好をした。

「なんだよ。それ・・・。」

そんな僕を観察してるかの様な藤谷に、僕は少し不満を感じた。

すると藤谷は、その寝そべった格好から僕の膝の上に左足を上げ、載せてきたのだった。

普段の僕なら、同性にそんな事をされたら「何するんだよ・・・。」とか「鬱陶うっとうしい・・・!」とか言って、払い落としてたかと思う。

しかし、この時の僕は、痛めてる彼の足を払って良いと思えなかった。

それに『藤谷のコレはいったい、何だろうか?』と、その行動に少しドギマギしながら思ったのだった。

僕の様子を見てた藤谷は、そんな寛いだ格好のまま小首を傾げ「オヤツ。それじゃ足りないでしょ?」と、言った。

彼の瞳には奇妙な輝きがあった・・・。

しかし僕は、それにも何の意味があるのか分らなかった。

「え?ああ・・・そうだな・・・。」と言った僕は、藤谷の左脚を自分の右膝に載せたまま「それはそうだ。子供のお使いじゃ無いんだからさ。」と、冗談めかして付け加えた。

藤谷は、そんな僕をクスクスと笑うと「大人から見たら、僕らはまだまだ子供だと思うよ。」と言った。

「そうだろうけど。僕の言う子供とは、中学生以下を指す。だから、僕は大人。」僕はそう言って、テーブルからバナナの絵が付いたチョコレートを一つ摘まんで取った。

「バナナを取ったね。」と、そう言う藤谷に「どんな意味があるって?」と、僕は包み紙を開きながら聞いた。

「チョコバナナが食べたいって事じゃない?」

藤谷はそう言って、またクスクスと一人で笑った。藤谷が笑って体を揺らすその小刻みな動きは、僕の右膝の上に置かれてる彼の左脚からも伝わって来て、僕の右脚までも揺すった。

だからだろうか?

僕は、そんな藤谷に釣られて・・・と言うか、藤谷の左脚から笑いの波動が伝染したらしく、すこし楽しくなって来たのだった。

部屋でも、外でも、誰かと二人っきりで居て、相手がこんなに楽しそうに笑うのを、僕はどれ位の間、見て無かったのだろうか・・・?

僕は、楽しそうにしてる藤谷を眺めながら、そう思った。


「藤谷って、笑いのセンスが独特なのかもな・・・。」さっきからの彼の行動を見てた僕は、バナナ・チョコレートを口に運びながら、そう言った。

それは僕の素直な見解だった。

「え?・・・そ、そう?」少し驚いた藤谷は、笑いから覚めながらキョトンとした表情した。

「誰かに、そう言われた事は無い?」僕の口の中にはバナナ・チョコレートの風味が広がった。

美味しい・・・。

「う~・・・あるって言えば・・・あるかな?」天井の照明器具を見ながら、そう言った藤谷は、何気ない感じで右脚を上げ、それも僕の膝の上に載せて来た。

それに構わず僕は「そう言って、実は何度もあったんじゃない?」と、更に聞いた。

「そんなには、無いよ。」そう言った藤谷の印象は、他人事を語ってる感じにも見えた。

しかし、それは、僕には不快な印象には映らなかった。

寧ろ、面白いと言うか・・・好ましいと言うか・・・そんな感じだった。

だから僕は楽しくなってしまい、少し笑いながら「そんなにはって・・・。それは、何度もあったって言うんだよ。」と、彼に言ったのだった。


僕の言葉に「そっか・・・。」と、言った藤谷は、またも他人事の様にキョトンとした表情を僕に向けたまま、動きを止めた。

藤谷は、これまでの自分を振り返ってる様だった。

僕を見てるようで、見てない様な、そんな視線を僕に向けたまま、何かを考えてる様子だった。

僕は膝に載せた藤谷の脚を床に落とさない様に左手で彼の脚を抑えつつ、食べ終えたチョコレートの包み紙をテーブルに置くのと入れ替えに、最後の一個のチョコレートを手に取った。

まだ藤谷は、記憶の旅に出てる様子だった。

手に取った包み紙にはイチゴの絵が描かれていた。

急に静かになった藤谷を横目に、僕はチョコレートの包みを開いた。

その中の四角い小さなチョコレートを食べようと摘まもうとした、その時。

「嫌い?」

突然の藤谷の質問に、僕は一度、動きを止めた。

「嫌いなら、食べようとしないけど?」

「そうじゃなくて。」

「?」

「僕みたいなタイプは嫌い?」

「何言って・・・。」

「じゃあ・・・。好き?」

「男同士で、好きとか嫌いとかって、あんまり聞かないと思うけど。」

「あんまりって事は、時々はあったって事じゃないの?」

それは、さっきの僕の言葉に対して、藤谷が奇妙な質問返しをしてきた様に僕には思えた。

「うぅ~ん・・・。あったとしたら、小さな子供のころじゃないかな・・・。」そう言った僕に、なにか明確に思い出せる出来事は無かった。


「そっか・・・。大人になると、みんなそうなっちゃうのかなぁ・・・。」


「さっきは、僕の事をまだ子供じゃない?と、藤谷は言ったけどな。」

今度は僕が、藤谷の言葉を立て続けに引用して返した感じだった。

「そうだけど・・・。」と、藤谷は困惑している様子でそう言って「ふぅ~・・・。」っと、ため息をついた。

僕は彼の次の言葉を待ちながら、手の中で温められて溶けそうなイチゴ味のチョコレートを気にした。

「食べなよ。チョコレート。」

「え?あ・・・ああ・・・。」

「手が汚れると、僕が困るから。食べて。」

「そっか・・・。じゃあ・・・。」

僕が困ると言う藤谷の言葉の意味は解らなかったが、僕は、少し柔らかくなったイチゴ味のチョコレートを口に入れた。

温められたチョコレートは、さっき迄のチョコレートよりも、ずっと早く口の中で溶け始めた。

「両手を僕に見せて。」

藤谷の言葉に、僕は両手を彼に向けて開いて見せた。

「うん。汚れてないね。」

何の意味が?と、僕が思った直後。

「それじゃあ。僕の靴下を脱がせて?」

「え?」

「だって僕。ケガ人だし。」

「自分で出来るだろう?それぐらいは?」

「出来なくも無いけど、もう、こんな体制だから、そのまま君が脱がしてくれたら楽だし、何よりも安全だと思ったんだけど?」

『安全』とか言われると・・・。と、そんな理詰めをされると、僕も弱ってしまったのだった・・・。



 つづく

つづく

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