もう一つのクリームパン
僕は食後のデザートとして、鞄に入ったクリームパンを取り出そう思い、そっと手を伸ばした。
すると、そんな僕の動きを見てた藤谷が「もう、クリームパンを食べるつもりなの?」と、聞いてきたので、僕は「デザートだから良いだろ?せっかく美味しい珈琲もあるし?」と言いながら鞄を開けると、満面の作り笑顔でクリームパンを取り出した。
「デザートって言ってるけと、それは菓子パンだよ?」
藤谷の言葉に、僕の作り笑顔は少し引きつった。
僕は(この論戦に負けるわけにはいかない!)と思い「菓子パンがデザートだとまずいのか?」と、切り出した。
「そこまでは言わないけど。人に依っては、それだけでお昼ご飯になると思うけど?」
「今は食べ盛りの年頃だから、これぐらいは食べるだろ?」
「そんなに食べて眠くならないの?」
「珈琲も飲んでるから、眠くはならないと思うよ・・・多分。」
「多分って・・・。」
「ああ・・・そっか。」
「?」
「食べたいんだな?藤谷も?」
「そんな事は言ってない。」
「食べたいんだろ?」
「言ってない。」
「言って無いけど思ってる。」
「思ってない。」
「いや。思ってる。」
「思って無い。」
「少しも?」
「・・・。」
言い合いながら、僕は鞄から取り出したクリームパンの袋をさり気なく開けた。
部屋の中には、珈琲の香りに混じって、菓子パン特有の甘い匂いが微かに広がった。
それから、藤谷が食べたくも無いと言ってるので、僕はクリームパンを一人で食べようかと思いながら、藤谷の方を見た。
すると藤谷はジッと僕の方を見てるので、僕は少し食べづらくなったのだけど、そんな眼差しに負ける訳にはいかないと思った僕は、思い切ってクリームパンに噛り付いた。
「本当に食べちゃった・・・。」
僕は掛けても無いメガネを直す仕草をして「その為のクリームパンです。」と、自信満々に答えた。
「眠くなるためのクリームパン。」
「そうでは無い・・・。来たるべき時に備えてのクリームパンだ。」
「ふ〜ん・・・。」
それらからの少しの沈黙の時間の合間を利用して、僕はクリームパンを食べ続けた。
そして、それを半分ほど食べたところで僕は「そんなに絡んでくるなら、しょうが無い。」と言って、半分ほど食べたクリームパンを藤谷に差し出すと「君には負けたよ。さあ・・・残りは全部、食べてくれ。」と言った。
「そんなつもりは無かったけど。」
「僕の食べ掛けは食べられないか?」
「そんなつもりで言っては無いけど。」
「じゃあ、食べなよ。」
「・・・しょうが無いなぁ。」そう言って藤谷は、僕の食べ掛けのクリームパンを受け取り、一口たべた。
(これは間接キッスって事なのだろうか!?)
そんな計画の元に藤谷にクリームパンを渡した訳では無かった僕は、今さらだがドキドキした・・・。
直後「あれ?・・・・?」と言った藤谷の表現はキョトンとしていた。
僕は、藤谷が何を思ってるのかと思い、今度は別の感覚でドキドキした。
「美味しい・・・。」
(え?)「そんな答え?」と、僕は笑ってしまった。
「だって・・・自分でも以外だったから。しょうが無いじゃ無い。」そう言って藤谷は、ちょっと不服そうな表情で僕を見た。
「食後のクリームパンを気に入ってくれたのなら、新しい発見だったのかな。」
「そうだね。・・・カロリーが高すぎるけどね。」
「若いから、まだ代謝が勝るだろ。」
「君はそうかも知れないけど・・・。」
「藤谷も大して変わらないよ。」
「そんな、事無い。僕の方が・・・その・・。」
「確かに、ぽっちゃりしてるな。」
「そう、ハッキリ言わなくても良くない?」
「何かとハッキリさせたい性格じゃなかったっけ?藤谷は?」
「そうでも無い事も多いよ・・・色々と・・・。」
そう言った藤谷は袋に入ったクリームパンを一噛りだけすると、それをロー・テーブルに置いた。
それから珈琲に砂糖とミルクを入れ、珈琲をかき混ぜる事無く珈琲を飲み始めた。
以前、この部屋で藤谷が淹れてくれたインスタント珈琲を一緒に飲んでた時に藤谷に聞いたのだが、彼は珈琲に砂糖とミルクを入れても、それをかき混ぜずに飲むのが好きだと言った。
何でも『不均等な方が、一口毎に味が微妙に違ってて、その方が最後まで美味しく飲めるから』なのだそうだ。
それを聞いた時の僕は(そうなると、最後の一口は、カップの底に溜まった溶けた砂糖の甘味が強いだろうな・・・。)と、思ったのだった。
そんな風にして目の前で珈琲を飲む藤谷に合わせる様に、僕も珈琲に口を付けた時だった。
藤谷が「じゃあ、僕は先にシャワーに入るから、君は残りのクリームパンを食べながら待ってて。」と、僕に言った。
僕は咄嗟に「ん!?」と、なって、珈琲を飲み込むタイミングを間違えそうになった。
それでも僕は、やっとの思いで空気と一緒に珈琲を飲み込むと「ちょ・・・ちょっと待て!」と、咽そうになりながら言った。
「なんで?僕は何時もシャワーに入ってから・・・」と藤谷の言葉を遮るようにして僕は「と!・・その前にさ!」と、言った。
藤谷は腰掛けたベッドから立ち上がろうとしてたが、僕の言葉で動きを止めてベッドに座り直すと、僕の顔を見た。
そこで、なんとか藤谷の行動の先を制した僕は、ここで気持ちを落ち着けると、やや演技掛かった感じで「明日から夏休みだよね〜。」と、言った。
そんな僕の雰囲気を察するでも無く、藤谷は「それは、そうだよ。」と、言ってキョトンとした。
上手くいったと思った僕は、藤谷に向かって続けた。
「明日からは学校に行かないって事だな〜。」
「それは、そうだよ。」
「しかし、明日もここで、勉強会するよね?」
「そのつもりだったけど?・・・嫌なら・・・」
「嫌じゃないよ!」
「そう・・・なら良いけど。」
「うん。・・・だだ、そうなると、明日からは学校帰りじゃ無い勉強会になるのかぁ〜。」
「それは、そうだね。」
「じゃあ・・・。学校帰りの藤谷と会えるのは、今日で暫くおあずけかぁ・・・。」
「学校帰りの僕?・・・なに?それ?」
ここで藤谷は『嫌な予感がする』って顔をした。
しかし僕は、それでも怖気づかなかった。
だから言った。
「そうなると、放課後の藤谷の匂いとも、今日で暫くお別れだな〜。」と。
「な!?・・・何それ!?」と、僕の言葉に驚いた藤谷は「僕ってそんなに臭ってるの!?」と、強い口調で僕に聞いた。
「あ。いや!そんな事は無いよ!」
「ホントに?・・・それなら・・・良いけど。」
藤谷はホッとした表情をした。
しかし僕は、ここで藤谷の顔を上目遣いで見詰め「ただ・・。」と、意味深に言った。
言った直後に僕は(この言い方は、怪談で聞き手を恐がらせる前振りに似てるな)と、思った。
そこで僕は、ちょっと調子づいた。
藤谷は、僕が次に何を言い出すのかと警戒して僕に注視してる様子なのが、僕の中の何かを刺激し、僕はソワソワした。
そして、ここで僕は、本題を切り出した。
「他の若い男よりも臭く無いってだけで、藤谷にも、それなりの匂いはあるよ。」
僕は(これは藤谷でも気にしてるんじゃ無いか?)って、想いで言ったのだ。
この時の僕は、藤谷に赤面して欲しかったのだろう・・・きっと。
しかし、藤谷は「・・・若い男よりもって・・・。」と、苦笑いして「君と僕は同い年なのに、それって、なんかオジサンみたいな言い方じゃない?」と言って、クスクスと笑った。
「オジサン・・・!?・・・ま、まぁ、良いか。」と、心外な事を言われて、一瞬、戸惑った僕だったが「じゃあオジサンみたいついでに、オジサンみたいな事をさせて欲しい。」と、話の流れに乗って言った。
途端に藤谷は、さっきよりも『嫌な予感がするっ!』って顔をして「・・・それはいったい・・・?」と、おずおずと僕に聞いた。
そこで意を決っした僕は、彼の目を真っ直ぐに見て正直に答えた。
「シャワーに入る前に、藤谷の足指を見せて欲しい。」
藤谷が一瞬、息を止めたのが分かった。
そして、直後。
「ええ〜!?なにそれ!?」
「どうだろうか?」
「『どうだろうか?』じゃ無いよ!ヘンタイか!!」
「ヘンタイ!?・・・そうなのか?」
「そこで悩むな!」
藤谷にそうツッコまれた僕は、腕組みをして考えてしまった。
それで、僕は次の言葉を探して居たのだが、そこで藤谷は「はぁ・・・」っと溜め息をしてから「明日から君に会う時の僕は、素足にスリッパだと思うから、明日からなら家では何時も素足だよ。それに、スリッパは爪先は空いてるし、ここで座ってる時はスリッパも脱ぐから、僕の足指なら、明日からここで見られるけど?」と、言った。
僕は藤谷の言葉を聞きながら(そうじゃないんだよな・・・。)と思った。
それでここから、藤谷と僕の問答が続く事になりました。
「そうじゃ無いんだ。『放課後の藤谷の足指は、今日を逃すと暫くは見られない』って事が問題なんだよ。」
「言ってる意味が分かりません。」そう言った藤谷の視線は、明らかに不信に満ちていた。
なので藤谷は『意味が分かりません』と言いながら、本当は分かってるんじゃ無いかって僕は思った。
すると僕は『このまま押せばイケる!』と、勝手に確信した。
それは平和な日々の微温湯に浸りきってた僕の中に、僅かに残っていた『野生の勘!』ってヤツだったのかも知れない。
「藤谷にとってペディキュアは、特別な意味があるんだろ?」
「・・・まあ、そうだね・・・本当は『特別な意味なんて無くなったら良いのにな』って想いで塗ってるんだけどね。」
「うん。そう・・そうだった・・・。それでだ!」
「・・・・。」
「今日も藤谷は、それを実行してたのかなって気になってるんだ。」
「・・・・今日は塗って・・・よ。」
「ん?」(語尾の声が小さすぎて良く聞こえない)
「実は・・・ってた。」
「何?」
「実は・・・塗って・・・た。」
意外な答えだった。
今日は授業が少なく、水泳も無ければ体育も無かったが、僕は藤谷が本当にペディキュアを塗って登校してるとは思って無かったからだ。
しかし、ここで驚きを見せる訳にはいかなかった。
僕のしたい事は、この先にあるからだ!
「し・・しかし、なぁ。そうは言っても、本当に塗ってるのかなぁ。」と、僕は訝しむフリをした。
「明日から夏休みだからね。それで今日は体育も水泳も無と思って・・・。だから何日か前から、今日は塗ろうと思ってたんだ。」
僕は(藤谷は相変わらず大胆なところがあるなぁ・・・。)と、感心してしまった。
しかし、ここで戸惑っていられないと思った僕は「そう・・なのか・・・。いや、しかし、この目で確かめないと本当なのかは分からないからな。」と、本当は疑ってる訳でも無いのに言った。
「べつに分かって貰わなくても良いけど?」
藤谷の、そんな素っ気ない返答に、僕はちょっとヘコんだが「ここまで一緒に勉強会とかしてきた仲なのに、それは無いと思うけどな。」と、ローテーブルを挟んで言い寄った。
藤谷はベッドに腰掛けたまま、身を固め無言になった。
(これは、無言のOKサインってやつなのか?)そう思った僕だったが、経験の無さが災いしてなのか、更にクドい再確認をした。
「良いかな?」
言った僕に藤谷は「『良いかな?』じゃ無い!」と言って、自分の身体を抱き締める仕草をしながら、僕から身を引いた。
「良いだろ?」そう言って僕は、床から尻を離し藤谷に向かって身を乗り出した。
藤谷はベッドの上で更に身を引きながら「ヘンタイか!」と言った。
(ヘンタイ!?僕が!?)
戸惑った僕だったが「ああ!ヘンタイさ!!」と開き直た僕は、ロー・テーブルの右側を迂回して藤谷に近付いた。
「やめろ!ヘンタイ!!」と言った藤谷は、両腕を胸の前でクロスさせ、何故か胸を守ってた。
そんな藤谷のポーズに触発された僕は「大きな声を出すな!君の母さんが下に居るんだぞ!」と、理屈がある様な無い様な脅迫じみた事を言った。
気が付けば僕は、背筋がちょっとゾクゾクしていた。
「もう!どんな脅しだよ・・・!」
本気で脅した訳では無かったし、藤谷だってそれは分かってる筈だったが、それでも彼は急に大人しくなった。
これはチャンスと思った僕は、空かさず立ち上がると、ベッドに腰掛けてる藤谷の足元に片膝立てで座った。
これもきっと、野生の勘だったのだろう。
藤谷の顔を見ると、さっき迄の批難する視線は無くなり、それと入れ変わって、ちょっと恥ずかしがってる感じに見えた。
それを証拠に、藤谷は僕から視線を外し、ベッドの上に置かれた自分の右手の甲を見て居た。
その頬は、少し赤くなってる。
(これこそOKサインって事だろうか?)
僕はそんな事を考えながらも、藤谷がハッキリと拒絶しないって事は、この先に進んでも許されるって事なのだろうと思った。
それに、ここで「これって良いって事なんだよね?」とか、同意を求めるのは、さっきよりずっと野望って事なんだろうとも思った。
異性では無く同性が相手だったが、僕はネット動画で見た昔の音楽の『大人の階段をを上って』とか、恋の『A・B・C』とかを体験してる真っ最中なのかも!?と、興奮のあまり少し混乱した。
僕は、彼の左足の黒い靴下に手を掛けた時、自分の指先が少し震えてる事に気が付いた。
(何だろう?この興奮は・・・?)
知らない内に口の中に溢れた唾液を藤谷に気が付かれない様に飲み込むのに苦労した。
「左足の踵を少し持ち上げて貰っても良いかな?」
そう言った僕の声は少し上ずってたかも知れない。
藤谷は少しうつ向いたまま僕に視線を合わせる事もなく、無言で踵を持ち上げ、座ったままの爪先立ちをしてくれた。
僕は、彼の制服のズボンの裾を両手の指で持ち上げて、その中に隠れてた靴下の上の部分に両手の親指を掛けた。
それから藤谷の爪先立ちを利用して、靴下をずり下げ、それを丸める様にして爪先へ持っていった。
そして、最後は右手で藤谷の足首を掴んで左手で靴下の爪先を掴み引き抜いた。
そこには、もう一つのクリームパンがあった。
(黒い靴下は、このモッチリとした素足を包むための袋だったのか?)
部屋の中には、藤谷の足の汗の匂いが微かな甘みと酸味を持って広がり、それを吸い込む僕の鼻腔を心地良く刺激し満たした・・・。
つづく




