二人の雲行き
プールの水中で僕は藤谷とはぐれない様にと、彼の手を掴んだ。
藤谷は、それを自然な事のようにして拒まなかった。
藤谷と水中で手を繋いだまま、僕はプール・サイドへと上がる階段へと向かった。
そして、階段の前にたどり着いた所で、僕は藤谷の手を握ってる力を緩めた。
それに合わせて、彼も僕の手を握り返してた力を緩めので、僕は左後ろに見える藤谷を横目でチラ見してから、水色に塗られたコンクリートの階段を上った。
「それじゃあ。ロッカー・ルームへ戻って日焼け止めを取りに行こうか?」と、僕が藤谷に言うと「うん。それに喉も乾いたから、ついでに売店で飲み物とか買おうよ?」と、彼が言った。
僕は「それは良いけど・・・。ロッカーに戻ってお金を持って来て、またお釣をロッカーに戻しに行くのも面倒だから、先に何を買うか調べてから行こうかな。」と僕が言うと、藤谷はクスッと笑って「後で返してくれるなら、僕が立て替えても良いよ。」と言って、水泳パンツのポケットから小銭入れを取り出した。
僕は「そんな物を持って来てたのか?小銭でも水浸しじゃないのか?」と、藤谷に聞くと「これは防水の小銭入れなんだよ。」と、
「それじゃ、お札も入れてるのか?」
「実は500円玉が4枚入ってるだけだけどね。」藤谷はそう言うと、またもクスッと笑った。
僕は藤谷に釣られて「それでも助かる。」と言って笑った。
そして(防水の小銭入れか・・・僕は考えもしなかったな。)と、自分は藤谷に比べて準備が甘いな・・・と思った。
二人でロッカー・ルームに戻ると、藤谷は直ぐに自分のロッカーの鍵を左手から外してロッカーを開けた。
そして、鞄の中から日焼け止めの容器を取り出して僕に見せた。
僕はそれを受けとると「じゃあ。このベンチに座って。」と藤谷に言った。
藤谷は「うん。」と言って、ロッカーの直ぐ前のベンチに座った。
僕は「塗れて無いのは、首の後ろの下の方から、背中で良いんだよね?」と聞いた。
藤谷は「うん。お願い。」と言って、うなずいたので、僕は彼の後ろへと回り込んだ。
そして、日焼け止めを左手の指先に絞り出すと、彼の首筋の後ろと、肩甲骨の辺りにチョンチョンっと着けた。それは後で塗り伸ばそうと思ったからだった。
そうして、背筋に触れた時だった。
藤谷が背中をビクンっとさせたので、僕は「あ・・・ごめん。」って、反射的に謝ってしまった。
それに対して藤谷が「え!?・・・あっ・・・いや。謝らなくても良いよ。僕がビックリしただけ・・・だから・・・。」と、小声で言うので、僕は何だか・・・ちょっとドキドキしてしまった・・・。
それで、そこからは二人とも無言になってしまい、僕はひたすらに彼の首の後ろと背中に、日焼け止めを塗り伸ばしてあげる事だけに集中したのだった・・・。
僕らがロッカールームから戻ると、空は少し曇っていた・・・。
「せっかく日焼け止めを塗ったのに・・・曇りか。」
そう、僕が独り言の様に言うと「紫外線は雲を通しても届いてるから、無駄じゃないよ?」と、藤谷は僕に言って笑った。
「そうなのか?・・・。だけど、そう言われても・・・何か、少し気分が違うんだよなぁ。」
そう言った僕は、自分の思い描いていたのとシンクロしてた、さっき迄の真夏の市民プールとのズレに、少し気持ちが下がるのを感じた。
「曇りでも、喉の渇きは感じてるでしょ?」と、僕を気遣う素振りを見せる藤谷の言葉に僕は「それは、そうだけどさ・・・。」と、ため息交じりに答えた。
「じゃあさ・・・あそこの売店へ行こうよ。」と、藤谷は少し離れた所にある売店を指差して言った。
そこには水着姿の数人が、何かを買おうとして集まってるのが見えた。
僕は、藤谷の提案に従う事にして「そうだな。そうしよう。」と答えると、彼は笑顔になって、売店へ僕を先導する様にして歩きはじめたのだった。
突然だが。
僕らはバイトとかした事が無い。
藤谷と仲良くなってから、彼に「バイトとかしようかな。」と僕が言った事があるのだが、藤谷は「僕もした事が無いけれど、そんなにしたいの?」と言ったので、僕らはバイトをした事が無いと互いに知ったのだった。
同じ学年の友人達には、バイトをしてるのも居る。
その殆どは生活費の為では無く、自分が使いたい何かの為になのは間違いないだろう。
だから僕らも、自分が自由に使えるお金が多く欲しいと思ってるので、バイトについて考えた事もある。
しかし、結果として?
僕らは、バイトをする事は無かったので、使えるお金は、お小遣いだけである。
だから今回は、極めて限られた予算の中で、ちょっとした・・・いや、結構高価なオヤツを買う事になるのだ。
幸い市民プールは、利益を優先して無いので、自販機の飲み物も一般的な価格だった。
しかしそれを買って飲めるのは、プールのある所では無く、施設のロビーとか迄だった。
缶とか危険だから販売しないって事なのだろう。
勿論、持ち込みも出来ない。
なので、飲み物は売店で売ってる紙コップに入ったのを買って飲むしかない。
それは少し高いけど、如何にもプール・サイドで飲み物楽しんでますって感じするのは良いんじゃないかと僕は思った。
紙コップに、プラスチックの蓋。そしてストロー・・・。
何より真夏の外だし、氷が入ってるのが良い。
僕は、こうした経験は小学生の頃までしか無く、それは親が同伴しての事だったので、思春期って奴の真っ只中に居るらしい今の僕とは、まるで違う感覚で売店に並んで居るのを、僕は少しの恥ずかしさと一緒に並んで居るような気がした・・・。
(高校生の男子二人が、ナンパ目的でもなっく仲良く市民プールに来るのは、世間的にはどうなのだろう?)
僕はそんな事を考えて居た・・・。
しかし、藤谷は、そんな事はまるで気にして無い様子だ。
だから僕も、段々と、そんな事はどうでも良い事なのかなと思えてきたのだった。
僕はコーラ。
藤谷はメロンソーダ。
そして更に藤谷は「二人で分けて食べようよ。」と言って『ポテトチップスうすしお味』も買ってくれた。
それで僕らは、プールサイドにある幾つものパラソル付きのテーブルの席を見渡し、どこか空いてないか探して歩いた。
すると丁度、僕らが通り掛かった近くの席から、20歳ぐらいの男女のカップルが立とうとしたので、僕は「すいません。ここ、使っても良いですか?」と、すかさず聞いた。
この咄嗟の行動は(僕は良くやった!)と、後に自分を褒めてやりたい程だった。
僕に呼び止められたカップルの男性は「ああ・・・どうぞ。」と言って、席を空けてくれると、彼女らしき女性の方を見た。すると、その女性も笑顔で席を空けてくれて、僕らに小さく手を振って去って行ったのだった。
ここに限らず、パラソル付きのテーブルには椅子が四つ備え付けられてたが、僕も含めて、見知らぬ人同士が同じテーブルに着くのは少し抵抗があるらしく、多くの席は2人から4人の1グループで座って居るようだった。
そんな訳で、僕らが見付けたカップルが座ってた席にも相席してる人は居なかったので、とりあえずこの席は、今は僕ら二人だけで使う事ができたのだった。
まあ・・・。誰かに相席を頼まれたら、僕はきっと快く「どうぞ。」と、言った事だろうけど・・・。
(内心、嫌だったとしてもね・・・。)と、僕がそう思った時。
「有り難う。」
藤谷のその言葉に僕は妄想から我に返った。
「混んでるから座れないかなと思ったな。」と、僕が言うと「僕も、そう思ったから、君が直ぐに席を見付けてくれたから助かったよ。」と、もう一度、僕にお礼を言ってくれたので、僕はすっかり上機嫌になってしまった。
するとそんな僕の気持ちをお見通しなのか、藤谷は「そんな親切な貴方に、お礼の品を差し上げたいのですが?」と言ってから、手に持ってたポテトチップスの袋をテーブルに置いた。
そして藤谷は「さあ。貴方が食べたいのは『ポテトチップスうすしお味』ですか?」と言いながらポテトチップスの袋を指で摘まんで、ゆっくりとズラシつつ「それとも・・・」と、言葉に溜め作って続けると「この、ペロペロ・キャンディーですか!?」と、最後は笑いながら言った。
藤谷が指で摘まんでズラシたポテトチップスの袋の下からは、薄いビニールで閉じられた二本の小さなペロペロ・キャンディーが現れた。
僕は藤谷がやった小さな手品に、ちょっと驚いた。
しかしそれは、藤谷のトリックそのものよりも、このトリックの種。
詰まりは(このペロペロ・キャンディーは、いったい何時から藤谷は持って居たのか?)が解らなかったからだ。
(売店で、こんなの売ってたかな?・・・藤谷は僕が見てない時に売店で買ったのか・・・それとも、家から持って来たのか・・・それとも・・・?)
「藤谷。」
「ん?何?どっちにするか決まったのなら、正直に言いなさい。」
「それなら言うけどさ。」
「うん。どっち?」
「万引きは犯罪だぞ?」
「え?・・・はぁ!?・・・してないよ!!」
「じゃあ、このペロペロ・キャンディーは、いったいどこから出て来たんだ?」
「そんな、手品師の手品を見た直後に、その種明かしを手品師に求めるって失礼だと思うけど?」
「藤谷は手品をしたが手品師じゃないから聞いてる。」
「それにしたって失礼かと思うけど?」
「万引きじゃないとは僕も初めから思ってたよ。」
「それじゃあ何?」
「そのペロペロ・キャンディーをさっきの売店で買ったのを僕は見て無い。そうなると、何時から藤谷はソレを持ってたのかが気になってるって事。」
すると藤谷は「ああ・・・。もしかして、これが僕の水泳パンツの中に仕込まれてて、プールの水をしこたま吸い込んでるのでは?とかって思ってるの?」と、ちょっとイタズラな表情を僕に向けた。
その藤谷の言葉と表情に僕は「その通りです。」と、溜息交じりに言った。
すると藤谷は、お腹を押さえてクスクスと笑いながら「君の心配は半分正解!」と言った。
予想の一つが当たった事で、僕は驚きと不安を同時に感じた。
それは(じゃあ藤谷は、水泳パンツの『どの場所にペロペロ・キャンディーを入れてたのか?』)と思ったからだ。
(それなら普通は、水泳パンツの横に挟んだ?・・・いや、もしかしたら、お尻の方に・・・いやいや、それならペロペロ・キャンディーの形が浮き出て目立ってたはず・・・となると、もしかして『前の膨らみ』になぞって入れてたのでは!?)
と、僕がそこまで考えた時。
そうなるとペロペロ・キャンディーが吸ってる水分の多くはプールの水だったとしても、他の水分の何パーセントかは・・・。
(それは、もしかしたら『藤谷の汗』なのでは!?)
それも、その挟まれてた場所によっては・・・。
ゴクリ!っと、僕の喉が知らない内に鳴った。
「もしかして君さぁ・・・。」
「え?」
「何か変な事を考えてない?」
「そ・・・!そんな事は無いよ!・・・ってか、それは、藤谷が変な疑いを持たせるからだろう?」
「変な疑いって何?」
「え!?それは・・・。」
「心配無用だよ。」
「?」
「このペロペロ・キャンディーだって、ちゃんと別の防水ポーチに入れてたんだからね・・・。」と言って、藤谷は小銭入れとは違う防水ポーチをテーブルに置いた。
「え?・・・・なんだ・・・そうだったのか・・・。」
「ただ・・・。」
「?」
「この暑さと僕の体温で、ちょっと溶けてベトベトしてるかもだけど・・・。」
藤谷のその言葉に僕は(なんだと!?それは・・・寧ろ舐めたいじゃないか!)「くっ!」と呻いた後「じゃあ・・・ペロペロ・キャンディーで!」と即答したのだった。
気のせいか頬が少し熱いが、それは真夏の気温のせいだったと思う!
「え?そうなの・・・まさかペロペロ・キャンディーを選ぶとは思わなかったけど・・・。」と言った藤谷は「じゃあ!正直者の君には、両方を差し上げましょう!但し。僕と二人で仲良く分ける事!!」と言った。
藤谷とパラソル付きテーブルに着いた僕は、途中から藤谷が何をしたいのか解らなくなったけど、それでも何だか楽しくなった。
それならと僕は「飲み物が温くなる前に、ポテチが食べたい!ペロペロ・キャンディーはデザートで!」と言った。
藤谷は「そうだね。じゃあ開けて。」と言って僕にポテトチップスの袋を差し出した。
僕は『開け口』を使って、ポテトチップスの袋を縦長に切った。
完全に切り取ると、切り取った端のビニールが風に飛ばされるかもと思って、袋にくっ付けるようにして残すのを忘れなかった。
「どうぞ。」と、僕はコレを買ってくれた藤谷に、ポテトチップスの袋の口を向けて進めた。
藤谷は「うん。じゃあ・・・。」と言って、数枚のポテチを右手で摘まむと、そこから器用に1枚を唇で挟んでから、指と舌を使って口の中に入れた。
そしてパリパリと小気味良い音をその頬から漏らした。
それはそれは、満足そうな横顔だった。
「どうしたの?食べないの?」
藤谷のその言葉に、僕は彼の食べてる横顔に見惚れてた事に気が付いた。
「あ・・・うん。じゃあ貰うよ。」
そう言った僕は彼を真似て、片手で数枚のポテチを摘まんだのだけれど、そこからは纏めて口の中に放り込んで、バリバリと食べたのだった。
真夏のプールで、知らぬ間に水分と一緒に塩分も抜けてたらしい・・・。
僕はポテトチップスの美味しさを噛み締めながら、なんだか怪しくなってきた雲行きを見上げた。
そして、まだ氷の残ってるコーラの入った紙コップを手にしたのだった・・・。
つづく
つづく!




