君の足指は小さな勇気と希望の灯《あかし》
藤谷と二人での勉強の途中で、彼は一休みしたいと言って、ベッドに横たわり・・・そして、眠ってしまった・・・。
そんな無防備な藤谷の姿を見て居た僕の脳裏には、以前、一度だけ見た彼の裸体が、薄着で眠る目の前の彼の姿に重なった・・・。
それで僕は(藤谷の身体に触りたいのか・・・?僕は?)って思って驚いた・・・。
動揺した僕は「いや、僕にはそんな趣味は・・・。」って、小声で自分に言ってみた。
すると尚更(いや・・・あるのか?・・・無いのか?)と、自問を繰り返しながら、床の座布団から、そろそろと立ち上がってベッドへ近付き、藤谷を見下ろして居た・・・。
「藤谷ぃ~・・・早く起きないと、知らないぞ・・・?」
僕は最後通告の様な事を小声で言って、彼に近付いた・・・。
若さには、めっぽう弱いらしいという理性の箍だったが・・・僕の中のそれは、今はまだ『外れそう』なだけで、くっ付いていた。
だから(勝手に身体に触れるのは・・・その・・・失礼だ。)と思って、そもそも(そうだ・・・これが気になってた。)と、大事な事を思い出した。
それは最初に気になってた筈の、藤谷の足の爪の色。
僕は彼の足の爪を、近くで、そっと見せて頂く事にして、自分の中の自分と、ギリギリの折り合いを着けた・・・。
(何か・・・また危なかった・・・。)僕はそう思いながら腰を屈め、彼の両足の爪先を観察させて貰った。
「ごめん藤谷・・・ってか、寝てる君が悪い。」
僕はそう言って、彼の足に顔を近づけた・・・。
(藤谷はさっきシャワーに入ったばかりだからな・・・。)僕はそう思って、藤谷の足の匂いは期待できない事に、少しの落胆をした・・・。
それでも僕は、彼の爪先に、まるで匂いを嗅ぐかの様に顔を近づけて見た・・・。
藤谷の足の爪は、全てが薄い紫色に見えた。
そして、やっぱりあの時の様に、キラキラとしたラメの様に見える煌めきがあった。
それは、僕が頭の位置をズラすのに合わせ、貝殻の裏側でキラキラ光る部分の様な感じに見えた。
(これは、爪水虫の薬の訳は無いな。)と思った僕は(じゃあ、色を塗ってるって事なのか・・・?)と考えた。
そして(色を塗るって・・・何の為に?)って思って考えた・・・。
大人の女性が、足の爪に色を塗ってオシャレをするってのは知ってる。
そうした女性のオシャレとかファッション?なのかは、高校生の僕にして見ると、ちょっと近寄りづらい感じだった。
それは、もし同年代の女子が、足の爪に色を塗ってたら、何だかクドいと言うか、エグいオシャレって感じがしたからだった。
簡単に言うと好きじゃないってことだ。
でも・・・この藤谷の爪先も、そうしたファッションの一つって事なのだろうか?
なのに・・・『綺麗だな・・・。』って思ってる僕は何なのだろう?
(藤谷のは、嫌いじゃないな・・・。)いや、寧ろ好きって思ってる自分が不思議だった・・・。
そうして腰を屈めて多分10分ぐらいの長い間、僕は彼の足指を様々な角度からじっと見て居た・・・。
本当は指で触って感触とか確かめたかったのだが、寝てる藤谷に対して卑怯な気がして、間近で見る以上の観察は出来なかった。
かと言って、気になってる藤谷の足の爪の色について、本人が起きた後に質問するのも気が引けた・・・。
「これって・・・こんな色があるのかは知らないけど・・・やっぱりペディキュアってやつなんだろうな・・・。」僕は自分を納得させるつもりでそう言って、立ち上がろうとした。
「・・・いって・・・いてて・・・!?」小声のつもりで出した声だった。
長い間、腰を屈めてたので、気付かない内に腰が痛くなってたのだ。
「ぅう・・・ん~・・・?」
僕の声に反応したと思える藤谷の声が、僕の少し左後ろから聞こえた。
僕は(まずい!この距離はまずい!)と思って、直ぐに彼のベッドから離れようとした。が、まだ腰が痛くて動けなかった・・・。
「ん?何してんの?」と、藤谷。
「え?」と、僕・・・。(何してんのって・・・何してんだ僕は!?)
「あ・・・ええっと・・・さ・・・寒そうだったから、タオルケットでも掛けてやろうかとか思って・・・。」
「それで、5分以上も、腰を曲げて止まってたの?」
「!・・・起きてたのか?」
「う~ん・・・君が辛そうな姿勢をしてから何分経ってたのかは、知らないけどね・・・。」
「・・・そうか・・・。」と言って、僕は座布団が敷かれてる自分の席に戻ろうとした。
すると藤谷は僕を引き留めるように「で?何してたの?」と、もう一度、訊いてきた。
それで、最早、言い訳するのも限界すぎるだろうと思った僕は、自分の興味にも逆らえず、彼の「藤谷の足の爪の色を観察してた。」と、正直に話す事にしたのだった・・・。
短い僕の話を寝転んだまま聞いて居た藤谷は、僕が話し終わると身体を起こしてベッドに腰掛けた、そして、自分の左側に座るようにと僕に言った。
それから少しの間があってから、彼は僕の足元にスッと自分の左足を出した。
だから僕は、自然と藤谷の爪先を見た・・・。
「君が思ってるとおりだよ・・・。僕はペディキュアを塗ってるんだ・・・。」藤谷はそう言って、横目で僕の表情をチラッと見た。
僕は(やっぱり。)と思ったが、驚きはしなかった。
しかし隣に座る藤谷にどう返せば良いか、言葉が見付からなかったので、黙って居た。
下を向いていた僕は、ずっと藤谷の左足の爪先ばかり見て居た・・・。
すると、藤谷は続けた。
「時々こっそり塗ってたんだけど・・・2日前に塗ったばかりだから・・・見付かっちゃったね・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、きっと違うよね。体育の時に、僕が足を捻挫君してしまって、君に保健室に連れて行ってもらった時に・・・養護教諭に靴下を脱がされて・・・その時に多分、養護教諭には気付かれたんだけど・・・君も僕の爪先をじっと見てたから・・・それに、家まで送ってくれて、その・・・シャワーの時もあったから・・・。」
「・・・。」
お互いに黙ってしまった、この時。
僕は、そうだったと思った。
藤谷の言うとおりだと思ったのだ・・・。
僕は「ごめん・・・。」と、言った。
「ごめん・・・って・・・?」そう言って藤谷は僕の方を見た。
「何となくだったけど・・・。あの時から、ずっと、藤谷の・・・その、足の指の色が気になって・・・見てた。」
「・・・・・・。」
「それで、ここで一緒に勉強をするようになっても、藤谷はいつも素足だったから・・・。だから、最初に見た時よりも、足の爪の色が無くなってるのに、気付いてた・・・。」
「・・・・・・。」
「だから、何となくだったけど・・・藤谷は足の爪に色を塗ってるんだろうって・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、僕は男が足の爪に色を塗るって・・・その・・・。」
「気持ち悪い・・・?」
「・・・いや。・・・確かに、藤谷じゃない男の人が・・・ペディ・・・キュアをしてたら・・・そう思ったと思う。」
「・・・。」
「だけど・・・。女の人のは見た事は何度もあるけど・・・最初に・・・男のペディキュアを見たのは、藤谷のが初めてだったから・・・。」
「・・・。」
「そうしたら・・・なんかその・・・気持ち悪いとか無くて・・・。」
「・・・。」
「以外って言うか・・・どちらかって言うと・・・。」
僕はここまで言ったのに、次の言葉を言って良いのか分からなかった。
ただ、自分の中で、色んな思いが交錯してるのだけは分かった・・・。
「そう・・・良かった・・・。」藤谷は、そう言って、はぁ~っと、息を吐いた。
そして、フローリングの床に着けてる僕の右足の上に、藤谷の足を、重ねてきた・・・。
僕の足の甲には、彼の足裏の熱が伝わってきた・・・。
それが、なぜか心地好くて、僕は黙って受け入れた。
すると藤谷は、重ねた足の指を使って、僕の足の甲をキュっと摘まんで「それで・・・。君には僕の、この足指が何に見えたの?」と、聞いてきた。
藤谷の行為にドキっとした僕は、同時に質問までされ少し混乱した。
「何にって・・・。」
僕は、これは藤谷流のテストか何かなのだろうか?と、思って、直ぐに答える事が出来なかった。それは、彼の期待するような答えを僕が出来なかったら、どうしよう・・・と、言う不安からだった。
「ペディキュアに見えるんでしょ?」
「それは・・・そうだけど。」
「男がしてるペディキュア・・・だよ?」
「だから・・・それは、別に・・・。」
「僕のだったから、気持ち悪く無いの?」
「・・・うん。」
「じゃあ・・・もしも、別の男がペディキュアをしてるのを見たら?」
「それは・・・やっぱり・・・。」
「気持ち悪い?」
「・・・多分。」
「って事は・・・やめて欲しいって事だよね?」
「そうだね・・・少なくても、僕の近くには来て欲しく無い・・・かな。」
「じゃあ・・・そんな人は、居なくなって欲しいんじゃないかな?」
「そこまでは・・・。」
「違うの・・・?」
「いや・・・・違わない・・・かも。」そう言った僕は、得体の知れない罪悪感を感じたが、でもやっぱり、こう言う以外の言葉は見付からなかった。
「じゃあ・・・ペディキュアを塗った僕が、海や、プールに行ったり・・・公衆浴場に入ったら、どうなると思う?」
「それは・・・なんか危ない気がする・・・。どう危ないかは、ハッキリ言えないけど・・・。変な目で見られたり・・・。銭湯とかサウナなら、あからさまに避けられたり、最悪は通報されるかも知れない。」
僕の答えを聞いた藤谷は、ふぅ~っと、溜め息を一つした後「・・・そうだね。・・・君の言う通りだと思う。」と、言って「じゃあ・・・君が友達とか、或いは一人で、そんな場所に居る時に、ペディキュアを塗ってる僕じゃない男子や、男の人を見たら・・・君はどう思・・・。いや・・・どう、感じる?」と、続けた。
僕は藤谷の言う場面を想像し「それは・・・多分・・・。多分『とても気持ち悪い』って、感じる。」と、想像のままに答えた。
「・・・・・・。」
何か、間違った事を言っただろうか?
僕は、藤谷との問答の中で、彼を不快にしてないかと・・・そればかりを気にして、彼の顔をまともに見れずに居た・・・。
気付けば、僕に重ねてる彼の足の指は、ギュット握られたままになっていた・・・。
それで僕は、彼も緊張してるのを感じた。
(僕を質問責めにしてる筈の藤谷が・・・どうして緊張してるのだろう?)
そう思った僕は、彼の質問の意味をもう一度、考えてみた・・・。
(藤谷のペディキュアは、気持ち悪くない・・・。『僕にそう思われてるのが嫌』なら、今日だってペディキュアが見付からないように隠すだろう。いや、そもそも塗らないんじゃないか?・・・でも、色を塗ったばかりで目立つ時に、とても無防備にして居た・・・。じゃあ・・・何が問題なんだろう?)
分からなかった僕は藤谷の顔を見た。
そして、思い切って聞く事にした。
「藤谷は、もしかして・・・僕にペディキュアを見せたかったの?」
「・・・それもあるよ。」
「それもって事は・・・他にも?」
「それは、君がさっき言った事と繋がってるんだ・・・。」
「ごめん・・・分からない。・・・教えてくれないか?」
「君は『藤谷のペディキュアは気持ち悪く無い』でも『それ以外の男のペディキュアは気持ち悪い』って言ったよね?」
「うん・・・。」
「僕の事を気持ち悪いって思われないのは・・・正直に言うと・・・嬉しいんだ・・・。」
そう言った藤谷は、少し照れた表情をした。そして「これからも、僕は君の前と家族の前だけでは、この足を隠さなくても良いから・・・。」と、言って、モジモジとした彼は、僕の足に重ねてた左足を、僕の内股の方にずらし、彼のふくらはぎが、僕の右足の脛に当たるようにしてきた・・・。
そんな藤谷の密着行動に、戸惑いも、ドキドキも、不思議と感じなかった僕は、彼の置かれてる状況を思い始めた・・・。
それで(そうか・・・彼のペディキュアは、家族も認めてるのか・・・。)と、僕は改めて驚き。そして(そんな事少し考えれば、あり得る事だったのに・・・何で気が付かなかったんだろう・・・僕は?)と、胸の中に悔しさが沸き起こるのを感じた・・・。
「君は、僕のペディキュアは認められても、他人のは認められないって言ったね。そして、僕が一人で君や、家族以外の人の前でペディキュアを見せると、他の人達は不快に思うだろうって、言ったよね?」
「それは・・・誰も藤谷の事を知らない人達の前で、そんな事をしたら・・・。」そこまで言った僕は、彼に忠告をしようとしてる訳では無かった筈だった。
だから、忠告めいてしまってる、この言葉の続きを言うのを躊躇ってしまった・・・。
(それは、つまり・・・。)と、僕が思った時。
藤谷は「他人から見たら、僕のペディキュアは気持ち悪いって事なんだよ。・・・そして、それは、僕と君との出会い方が違ってたら、君も僕のペディキュアを気持ち悪いって思うって事なんだと思う。」と、言った・・・。
僕は「それは・・・!」と言って、藤谷の目を見た。
「違うの・・・?」そう言った、彼の眼差しは真剣だった。
そして「見て。」藤谷はそう言って、ベッドに座ってる僕の両脚の太股に、自分の左足を乗せてきた。
これは、僕が初めて藤谷と仲良くなった・・・彼が左足を捻挫した、あの日の再現だと、僕は思った・・・。
僕は彼に言われるままに、彼の左足の爪先を見た。
少し小さめで、丸みがある藤谷の足は、まるで子供の足の様にも見えた。
ただ違うのは、薄紫色でラメの入ったペディキュアを塗ってる事だが・・・それさえも今は、子供がイタズラして塗ったのかも知れないと思える感じだった・・・。
(それにしては・・・綺麗に塗れ過ぎてるか・・・。)
僕がそう思った後。
藤谷は心に秘めていた想いを、僕に静かに語り出した。
「僕はね?・・・こんな小さな事が、どうして問題になるのか分からないんだ・・・。」
「・・・・・・。」
「だって・・・。足の爪に色を塗ったって事なだけだよ?」
「誰にも迷惑を掛けないし・・・それに・・・女の人なら良くって、男ならダメってのも・・・分からない・・・。」
「・・・。」
「例えば、お葬式の時に赤いペディキュアを塗ってるとか、結婚式の時に黒いペディキュアを塗ってるとか・・・それがダメだって言うなら分かるんだ。」
「・・・。」
「そういう礼節とかって礼儀って意味で、男でもペディキュアの決まりがあるのなら、それを破りたいとかは思わない。でも、そもそも、女は良くって、男はダメって・・・。何でなのかな・・・どうしてなのかなって・・・。」
藤谷の疑問を聞きながら、僕も彼の疑問について考えて居た・・・。
彼は続けた。
「皆が問題にしても無い事で僕だけが目立つ行動をして・・・それで、他人を困らせたい訳じゃない。」
「・・・。」
「それに・・・それに僕だって、そんなに強く無いから・・・変に注目されたくは無いんだ・・・。ただ・・・きっとまだ、僕がしてる事は、皆が普通に思うには、ちょっとだけ早すぎるんだって・・・それだけなんだって思ってる。」
藤谷の、その言葉に、僕もハッとした。
そして(そうかも知れない・・・。)と、思った。
「だから・・・この淡い色・・・薄紫色のペディキュアは、そんな社会に対する、僕の小さな抵抗なんだ・・・。」
社会に対する抵抗?・・・。
僕は毎日の高校生活の中で『社会』を習っても『社会に対する抵抗』をしようとか、一度も考えた事は無かった。
そもそも、自分が生きてる日常の周りが『社会』だと思った事が無い。
あるのは、家と家族と学校と友達と先生と、それに街とか他人とかだった。
だから僕や、周りに居た友達の社会への抵抗とは、精々「髪型や髪の色を自由に!」とか「制服のスカートの長けをもっと短く!」とか、校則に対しての不満とか、そんな程度だった・・・。
きっと多くの僕と同じような高校生なら、そうした事と藤谷のペディキュアとは、問題にしてる事は『学校での自由なファッションを認めろ!』と言う意味で『同じだろう』と、思うんじゃないかと思った。
でも、不思議だった。
藤谷の言葉を隣で聞いて居た僕は、そうした主張と藤谷の主張は、似てるけど・・・全く違うと思えたのだ・・・。
「似て非なるって・・・こう言う事だったのか。」
僕はそう呟いて、藤谷の足の指を左手で撫でた・・・。
つづく
つづく!