初夏の校舎と君の足
高校三年生の男子が抱く同性への思いがけない想い。
高校三年生の初夏。
事の始まりはクラスメイトの男子である 藤谷 敏美 が体育の授業のサッカーで、左足首を痛めた事からだった。
それで体育教師でもあるクラスの担任が、藤谷を保健室まで連れて行く付き添いとして、どうしてか分からないが、僕を指名したのだ。
何て事の無い学校生活で起きた小さな変化・・・。
そんな事で、その後の僕の運命が決定付けられるなんて事が、この時の僕は全く有るとは思わなかった・・・。
左足首を痛めた藤谷は、立ちはしたものの、歩くのは辛そうにしてるので、僕は仕方なく彼に自分の肩を貸したのだった。
藤谷は小柄な男子だ。
身長は160センチ程。体重は60キロぐらいかと思う。
特に筋肉質でも無い彼は、どちらかと言うと少し丸みのある感じの体系で、外に出る事が少ないからなのか、夏のこの時期にもかかわらず色白だった。
顔は、親しみやすい円い感じの輪郭で、目鼻立ちがしっかりした感じだ。
そして、男子にしては唇がプックリとして、妙に女性的な口元だったのもあり、よくクラスの女子達に、化粧をしたら似合うんじゃないかと、からかわれたりして居たのだった。
対して僕は、身長173センチで体重78キロの、ややガッチリとした体系で、肌は夏らしく、それなりに日焼けしていた・・・。
顔はと言うと・・・中の上・・・みたいな・・・感じだろうか?・・・きっと。
藤谷に近付くと背丈の差が有ったので、僕は少し中腰になる感じになり、藤谷の左腕を僕の首の後ろへ回してから僕の左胸の前に出し、その手首を僕の左手で握って肩に担いだ。そして僕の右手は藤谷の背中から腰の方へと回して、僕の身体に密着させて安定させた。
思い返せば、この方法は、僕が小学校から中学校まで柔道をしてたから咄嗟に出たのかと思う。
大抵の人なら、多分、相手の片腕を両腕で抱える様にして捕まえ、その時に相手の脇に自分の二の腕を入れて支えるだろうからだ。
先の僕のやり方に、藤谷は少し驚いて戸惑ったのを僕はその腕から感じとった。
きっと自己評価の低い人なら、ここで一度、躊躇してしまうかも知れないけど、しかし僕はこの時『これは日常ではなく非常時なのだ。相手は怪我をしてて、その程度もまだ不明なのだ!』と思い、それこそ柔道をしてた時の集中力でもって、藤谷をしっかりと支えて離さなかったのだった。
体格差があったからだろうけど、藤谷の身体は思いの外、軽かった。
そして更に思いの外、柔らかかった・・・。
そう。
『思いの外』と言うなら、寧ろ『柔らかかった』の方が衝撃だった。
だから、戸惑わなかった筈の僕は、この時、一瞬、戸惑った・・・。
すると、その直後。
「あ・・・あのぉ・・・。」と、既に学校の玄関へと向かって二人で歩き始めてから、密着してる藤谷が僕に、おずおずとした感じで声を掛けてきた。
藤谷は、元々この歳になっても声変わりをしてないのではないかと思える、やや高い子供の様な声なのだが、それが普段よりも少し上ずっていた。
身体を引き寄せてるせいで、その妙に可愛らしくもある高い声が右耳の近くで聞こえ、それがこそばゆく、僕は何か分からない焦りに似た感情が一瞬で沸き上がるのを感じた。
「どうかな?これなら左足に体重を余り乗せなくて良いから、だいぶ楽かと思ったんだけど。」
焦りに似た感じは、僕の心臓の鼓動を早くし始めていた。
だから僕は、それを隠すようにしながら藤谷にそう聞いた。
「あ・・・うん。確かにだいぶ楽・・・だけど・・・。」
その藤谷の答えを聞きながら、僕は得体の知れない気持ちを落ち着かせようと思い、彼を校舎の玄関に連れて行く事だけに集中し「だけど?なんか問題があるのか?」と、聞いた。
なのにだった・・・。
「えっと・・・。ちょっと恥ずかしい・・・。」
その答えと、今まで聞いた事の無い、少しの恥じらいの込められた微かに掠れた藤谷の声のトーンに、僕はドキッとした。
『気温はどれぐらいだろうか?』
急に暑さを感じた僕は、一瞬そんな事を思った。
「恥ずかしいって・・・。藤谷は怪我をしてるんだし。男に支えられてる方が、女子に支えられてるよりも気恥ずかしく無いと、僕は思うけどな・・・。」
僕は平静を装いながら、藤谷を言い包める様な事を言った。
「そう・・・。それなら・・・。」
と、そこまで言った藤谷は一呼吸置いて、僕の顔を見上げる様に上目遣いをし「君が恥ずかしく無いなら、僕も良いよ。」と言って、それまでブラブラとさせてただけの自分の右手を使って、僕の体操着の右腕の部分をギュッと掴んできた。
それは、自分の身体を更に相手に預ける動きだったろうと、この時の僕は思って居た。
いや。
思おうとしただけ、なのかも知れない・・・。
実際、夏の日差しのせいとも言えたけど・・・僕は、それとは違う顔の火照りを感じて居たのだから・・・。
だから・・・僕はこの時、誰も僕の顔を前か見る事が無い事に助けられたと思って居た。
それは当然、今、僕の隣に密着して足元ばかりを気にしてる、藤谷からもだった・・・。
僕ら2人は、片足を結んで無い二人三脚の様な・・・或いはフォークダンスの動きの中の一瞬の状態を繰り返し練習してるかの様な格好で、まだサッカーの授業が30分以上も残ってるグランドを後にし、校舎1階に在る保健室へと向かった。
サッカーの授業の補欠要員や観戦者となって、グランドのベンチや木陰で休んで居る幾人もの暇なクラスの男子が、保健室に向かう僕らの後ろ姿を面白がってざわついてるのを僕は背中で感じた・・・。
グランドから保健室へ藤谷を運び込むのに10分近くも掛かった。
その主な時間は、校舎の玄関に入る迄に使われた。
校舎に入るのに僕は、靴を上履きへと履き替えたが、藤谷は土足のまま上がらせた。
藤谷は痛む足を庇いながらも靴を履き替えようとしたので、僕がそれを止めたのだ。
そでも藤谷は「学校の廊下を汚したくないなぁ・・・。」などと言うので、僕は思い切って藤谷を背中に乗せた。
つまり オンブ したのだ。
藤谷はオンブされた後になってから、僕の背中で嫌がったが、僕は時間が勿体ないし、まだ授業中なので誰も廊下に居なかったし、藤谷の言い分もこれで解決したと思っての行動だったので、藤谷の言い分も聞かずに彼を運び始めた。
でもそれは、それは言い訳に過ぎなかった様にも思う。
僕はこの時『藤谷の身体の柔らかさを、もう少し確かめたい・・・!』と思ってたのだから・・・。
藤谷を背負った僕は、両手を藤谷の両太股を掴んで支えた。
男子の体は、何かしらの弾みで触ることは良くある事だったが、こんなに柔らかな太股を触ったのは初めてだった。
それは、もしかしたら女子のよりも柔らかいのではないかと僕には思えたのだが・・・。
残念ながら、比較対照とするデータは、僕の短い人生の中には、まだ無かった・・・。
詰まり、そのデータは今後、無数に蓄積される筈なのだが・・・兎に角、今はまだ無い!
だが、それ故に、僕は藤谷の身体の柔らかさに、引き付けられてしまったのだろう。
だからいっそのこと、この保健室へと続く廊下が、どこまでも続けば良いのにと、思ったのだった・・・。
保健室の引き戸を僕は足でノックした。
それは勿論、藤谷をオンブしたまま保健室へと送り届けるためだったが、グランドで先生に付き添いを頼まれた時の、ちょっとした使命感とは、今や大分違うものとなっていた。
それは詰まり『僕が藤谷の世話をしたい。』と思ってる、と言う事だった。
そんな僕の足ノックが済んだと同時に、保健室の引き戸は勝手に開いた。
自動ドアで無い引き戸が直ぐに開いた事に僕は少し驚いたが、それは当然、部屋の中の人が開けてくれたと言う事だった。
「どうぞ。」
戸を開いてくれたのは、優しい感じの女性。
養護教諭だった。
先生は保健室の中から僕らの様子を見て、中に入る様にといった仕草をしてから歩き出し、部屋の奥の窓際に足を向ける形で置かれてる、真っ白いシーツの敷かれたベッドへと、僕らを案内した。
「ここから、グランドの様子を見てたのよね・・・。だから来るかなって思って待ってた。」先生は、そう言いながら、机の上から銀色のトレーをベッドの近くの椅子の上に置いた。その中には包帯と湿布とハサミ、それと消毒液と医療用の白いテープが入れられてた。
僕らが来る前にと、先に準備してくれてた様だ。
先生の歳は28と、以前に誰かから聞いた事があるが、見た目からすると25歳ぐらいに見える。
年下の僕が思うのも変だけど、美人と言うよりは、可愛らしいと言った感じの先生で、学校内にはそれなりの数のファンが居た。
保健室はエアコンが程よく効いてたので、夏の暑さと、藤谷を支えたり背負ったりして滲んだ汗が冷やされて乾いてくのが心地好かった。
先生は「そのまま、そこのベッドの上にそっと座らせてあげて。」と僕に言うので、僕は「あ・・・。はい。」と返事をし、言われたとおりにベッドへと向かった。
そして僕はベッドの前で振り向き、そこに背を向ける格好で腰を下げ中腰になりながら、背中に乗せた藤谷を優しくベッドに座らせた。
藤谷は、ベッドに座ると同時に、またも少し掠れた高い声で「ありがとう・・・。」と、僕の右耳に囁いた。
その声に何故なのか、またも僕は動揺したのだが、先生に見られてる事を意識して、何事もなかったかの様に立ち上がろうとした。
それで藤谷は、それまで僕の首に回してた両腕を解き、両手を使ってベッドの上の自分の身体を支えた。
僕は背中でその動きを感じ取ってから立ち上がり、ベッドから少し離れた所に立った。
背中に残った彼の体温は、僕の滲んだ汗が乾くのと一緒に、薄らいでいった。
しかし、藤谷を背負った柔らかな[感触]は、この後も暫く僕の背中に残っていた・・・。
先生は一度、保健室の扉を閉めに行った。
そして、戻ってくると「足のケガかな?」と、僕らに聞くので、僕は「サッカーの授業で、足首を変に捩じったみたいです。」と言った。
藤谷は、その僕の言葉に頷き答えた。
二人を見比べた先生も頷き「そう、足首ね。」と答え「では、痛い方の足を見せてね。」と言って、藤谷の前にしゃがみ込んだ。
二人から少し離れて、先生の右横に立った僕は、藤谷の左足の運動靴を見詰めながら、これで自分の役目は終わったと思った。
それで、何故か少しの名残惜しさを感じて居た。
保健室の先生は、直ぐに藤谷の足の様子を確かめ始めた。
そして、痛がってる左足の外靴を脱がそうと、両手を掛けようとしたのだが、それを藤谷が避けた・・・。
「大丈夫だよ。あまり痛くしない様に、ゆっくりと脱がすから。」先生は、下から藤谷の顔を覗き込みながら、優しい言葉を掛けた。
すると藤谷は「はい・・・。」と、小さな声で返事をして、先生の手に左足を委ねた。
先生は藤谷の表情や動きを気にしながら、慎重に靴を脱がせる。
すると、靴の上から見えてたが、白い靴下を履いた少し小さな足が現れた。
靴下が靴に覆われて無かった部分は、少し土で汚れてたので、靴に覆われてた部分は、より一層白く見えた。
保健室は校舎の西側に在って、窓も西向きだったので、窓からの夏の日差しは直接入って来る事は無かった。
『なのに・・・。』と、僕には藤谷の白い靴下が眩しく感じ、目を細めて居た・・・。
先生はそのまま、少し足の状態を確かてる様だった。
それから、ゆっくりと白い靴下を足首の方から剥く様にして脱がし始めた。
僕はその様子をジッと見て居たのだが、何故か急に藤谷の顔を見たくなった。
藤谷は僕や先生から右下に顔を背ける様にして座って居た。
僕の位置からは、その表情や視線を確かめる事は出来なかったのだが、顔色は見えた。
藤谷の頬は少し赤くなっていた。
最初それは、夏の暑さのせいだろうと思ったが・・・何か別な表情にも感じられたのが自分でも不思議だった・・・。
藤谷の左足がその爪先まで露わになった瞬間、僕は得体の知れない胸の高鳴りを感じ、目を逸らしたい気持ちと、もっと良く見たい気持ちが交錯し、顔を逸らす様にしながらも、その視線は、しっかりと藤谷の足に注いで居た。
「あ・・・。」
そう小さく声を漏らしたのは、先生だった。
だから僕は、藤谷の足の状態が、予想以上に悪いのかと思い、覗き込んだ。
しかし先生は、何事も無かったかの様にして「今のところは、腫れも無いね・・・。」と言った。それから直ぐに「ちょっと、触るね。」と言いながら、藤谷の足の状態を確かめるのに触診を始めた。
藤谷は、ベッドに座らされたままの格好で、その様子を無言で見て居た。
僕は、ベッドの上に座る藤谷が自分の身体を支えてる彼の手と、その指を見て居た。
痛みに耐えてるのか、それともくすぐったさに耐えてるのか分からないが、彼の白い指は、白いシーツをギュッと握ってシワにし、その指先を薄桃色にし・・・そして・・・微かに震えていた・・・。
先生は触診を続けて居た。
その様子に気を取り直し、藤谷のケガが気になった僕は、彼の足の状態を確かめる様にして、少し前屈みになって藤谷の左足に見入った。
『さっきの靴下よりも、肌の方が白いのでは?』
そんな訳は無い筈なのに僕はそう感じ、その眩しさに、またも目を細めた。
実際、藤谷の足は、爪先まで輝いて見えた。
汗が光ってる訳では無い。
肌が輝いてるのだ・・・。
そして、僕の視線を引き付けたのは、それだけでは無かった。
足の爪。
それは、例えるなら、ラメと言うか・・・。
そう、海水浴の時に拾った、空になってるツブの中や、貝の裏側の様にキラキラとして見えるのだ・・・。
この時の僕は、それは藤谷の足の爪が窓からの光で輝いて見えてるだけだと思ったのだが、その爪先は僕の目に強く焼き付いてしまったのだった・・・。
それから少しの間、先生は藤谷の足に触れたり、その足を両手で持って、少し動かしたりして、ケガの程度を探って居たのだが、結果的には大事無いとなって、彼の足首に湿布をして包帯で軽く固定し、その上にもう一度、靴下を履かせ、治療は終了となった。
実際、そうするだけで、足首の状態を少し確かめた藤谷は「さっきよりも、かなり楽になった」と言った。
それで先生は「この後の授業はどうする?」と、藤谷に聞いたのだが、彼は「これなら、出られます。大丈夫です。」と、答えたので、保健室での治療はそれで終わりとなったのだった。
それで僕は保健室の先生に「藤谷は、教室に戻って休んでても良いですよね?」と訪ねた。
「そうね・・・藤谷君がそれが良いなら・・・。」と、先生は藤谷に聞いた。
藤谷は「はい。後は1人でも戻れますし、今日はサッカーはもう出来ないですから・・・。」と言った。
「そうね・・・。じゃあ、担任の先生には、あなたから伝えてもらっても良いかな?」と、先生に聞かれた僕は「はい。僕はグランドに戻りますから、伝えておきます。」と答えた。
「それじゃ、宜しくお願いするね。」と言って、保健室の先生は治療道具の片付けをしながら、僕らを送り出したのだった。
「有り難うございました。」
僕と藤谷は保健室の扉の前で軽く頭を下げ、引き戸を閉めた。
僕がグランドは戻るのに玄関へと向かって廊下を歩き出すと、何故か藤谷も付いて来た・・・。
僕らの教室へ行くには、こっち側からだと遠回りになるのにだ・・・。
「教室なら、向こうの階段を使った方が近いぞ。」
僕が彼にそう言うと。
「そんなの分かってるよ。どうせ、この後は教室に一人だから、お礼の見送りをするだけだよ。」と彼は言い、それで結局は玄関まで来たのだった。
そして僕が外靴へと履き替えてるのを、藤谷は片手を使ってロッカーを支えにしながら立って見てたのだが、僕はここで気が付いた。
「そう言えば。藤谷は外靴のままだったな・・・。」
「え?」
「帰りまではずっと校内だから、上靴に履き替えようか?」
「履き替えようか?って、手伝ってくれるって事?」
「ああ。良いよ。」
何故だか分からないが、僕のその一言で藤谷の目は輝いた。
「じゃあ・・・頼もうかな・・・。」
藤谷は、こっちが少し恥ずかしくなるような甘えた感じで答えたので、僕は何だか恥ずかしくなって「おう。」と、答えつつも、彼から身を引いてしまった・・・。
それは、この歳になって同姓に甘えられる事など、滅多に無かったし、甘えるにしても、もっと違う感じしか知らなかったからかも知れない。
それでも僕は直ぐに気を取り直し「確か玄関の隅に、いつも椅子が置いてあったよな・・・。」と、一人言の様に言って辺りを見回り、直ぐに小さめの 折り畳み式パイプ椅子 を見付け、藤谷の元に持って来た。
そして玄関から一段上がった廊下の上に、それ展開して置いた。
「座って。」
そう僕が藤谷に言うと、彼はパイプ椅子の背もたれに掴まりながら座ろうとした。咄嗟に僕は、それでは不安定だと思い、右手でパイプ椅子の背もたれ、左手で座面の端をそれぞれ手で掴んで支えてあげた。
「有り難う。」
そう言った藤谷は、安心して椅子に身体を預けてきたので、僕の右手には彼の左の肩甲骨の辺りが。
そして、僕の左手には、彼のお尻の左側がしっかりと当たった・・・。
そこは、太股よりも更に柔らかく、余りにも触り心地が良かったので、僕は『もっと触れて居たい・・・!』という衝動に駈られた。
だから、必要以上の時間、僕は、この体制を維持してしまってたようだった・・・。
「あの・・・。」
藤谷の小さく膨らんだ柔らかそうな唇が動き、そう言った。
その戸惑った声は、僕の直ぐ目の前から聞こえた。
気付けば、彼の顔と僕の顔は、とても近かったのだ。
僕は「え・・・?あ・・・ごめん。」と言って、慌てて離れた。
「別に、謝らなくても良いけど・・・。」
藤谷が少し不満そうにそうなりながらも、そう言ってくれたので、僕は気持ちを落ち着けて、彼の靴の履き替えを手伝いはじめた。
僕は藤谷のロッカーから、彼の白い上履きを取り出した。
手に取って見た、その上履きのサイズは24cm程だろうか?
僕の26・5cmから比べると、とても小さく感じた。
そして、とても綺麗だった・・・。
毎日持ち帰って洗ってる訳は無いのだが、もしかしたら『毎週末に持ち帰ってるのでは?』と、思える程だった。
僕は思わず、今、自分が履いてる上履きを見た。
薄汚れてた・・・。
何か、急に恥ずかしくなり、僕は両足を隠したくなったのだが、今更、隠しようも無い事だと思い直すと同時に『今週末には、上履きを持ち帰って洗おうか・・・。』と、考えてしまった・・・。
「じ・・じゃ・・・先に右足を出して。」
僕は先にケガをしてない足から履き替えさせようと思い、そう言った。
「うん・・・。」
藤谷は、素直に僕に従って、その小さな足を差し出した。
僕は椅子に座った彼の前に片膝を付き、両手で彼の足を持ち、ゆっくりと靴を脱がせた。
すると、保健室では左足を見て居たのだから予想できてる筈なのに、僕は間近に現れた白い靴下を履いた彼の右足に、ドキドキとした。
心臓が速くなるのと同時に体温も高くなり、背中に汗が滲んでくるのを自分で感じた。
それでも僕は休まず手を動かして、直ぐに上履きを履かせた。
すると藤谷は、無言で右足を差し出した。
僕は一瞬、彼の顔を上目遣いで確かめた。
彼は僕と目が合うと、ほんの少しの笑顔を作って見せた。
『[微笑]と言うのは、こうした表情なのかも知れない・・・。』
僕は、ケガした彼の左足に手を掛けながら、そんな事を思った。
「ゆっくり、脱がすから。」
言葉のままの意味だったが、僕は少し変な気持ちになった。
藤谷の顔をチラ見すると、彼は痛みに備えてるのか、すこし緊張した表情をした。
僕は彼に痛みを与えないようにと、自分の身体と顔を彼の左足に近づけ、慎重に靴を脱がし始めた。
「痛っ《いた》・・・。」
しかし、靴を脱がせ始めて直ぐに、藤谷は僕に小声で痛みを伝えた。
「ごめん・・・。」
「あ・・・ううん。大丈夫。」
「やっぱり、止めようか?その方が、帰りに履き替えなくても済むし。」
「大丈夫。続けて・・・。」
藤谷が、そう言うので、僕は続ける事にした。
するとそこからは、意外にあっさりと靴が脱げた。
それと同時に、靴の中に押し込められて充満してた湿布の匂いが、周囲に広がっていった。
「凄い湿布の匂いだな・・・。」
僕が少し笑いながらそう言うと「湿布の匂いしかしないなら、それで良いよ・・・。」と、藤谷が少し恥ずかしそうにいうので、僕は『彼は足の臭いがしないかと不安に思ってるのだろう・・・。』と、察した。
「なんだ?足の臭いを気にしてるのか?」どうしてそんな事を直接聞くのかと、自分でも思ったが、僕は藤谷に質問した。
「そんな、直接的に質問されても・・・。」
「気にしてるのか・・・。」
「誰でも気にしてると思うけど。」
「そうかな・・・程度に依るんじゃないか・・・。」
「それは、臭いの?・・・意識の?」
「どっちもじゃないかな・・・。ただ・・・。」
「ただ?」
「僕の足は少し臭いかも知れないが、藤谷の足は全く臭くないと思うよ。」
「それなら良かったけど・・・。」
「けど・・・?」
「まだ、3時限目の体育が始まって直ぐの時間だったから、臭わないだけかも知れないよ。」
「帰りには蒸れて臭うのか?」
「そんなの、自分では分からないよ。」
「そうか?僕なら自分でも分かるけどなぁ・・・。」
僕はそんな奇妙な会話をしてる内に[藤谷の足の今の臭い]がとても気になってしまった。
それに『僕が気にしてる以上に藤谷が気にしてるらしい』とも思った。
それで僕は、その二つの疑問の答えを即答するために『今出来る行動は一つしか無いのでは?』と、強く思った。
だから気がつけば、僕は片膝を着いたままの姿勢で前のめりになり 白い靴下を履いた彼の左足の爪先 に、自分の鼻を近づけて居たのだった・・・。
つづく
つづく!