第四十話 グロンブーツという王国の崩壊、いとあし・その五★
【アレク王子視点】
その日、私は、父であるアルムス王に呼ばれ、玉座の間へとやってきていた。
アリアを突き飛ばした時に痛めた手首が痛む。
「父上、お呼びでしょうか」
「来たか、アレク。遅かったではないか」
父上は不機嫌な様子を隠そうともせず、私を見た。
「申し訳ありません。少々、ロレンツと打ち合わせをしておりまして」
「ふん。まあ良い。それより、此度の件、お前はどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「惚けるでないわ! 周辺国との関係が悪化している事だ!」
「あ、ああ、その事でしたら、まもなく解決致します!」
私の言葉を聞いて、父上は大きく溜息を吐いた。
そして、玉座の肘掛けに頬杖をつき、私を見据えた。
「命からがらで帰ってきた使者たちが言う事には、諸外国は『アレク王子を使者に送れ』と。……この意味が分かるか?」
「わ、私が来れば、話をすると! それだけ期待をしてくれているという事ですね」
「違う」
じいっとこちらを見る父上の瞳は光がなく、
「騎士団を連れた使者すらも困難な旅をお前にさせろ。痛い目を見れば、言い訳だけでも聞いてやろう、という事だ。彼らは、ヴィオラ・ディフォルツァを追放した事に対して怒っている。そして、こうも言っている。『彼女を寄越してくれたならば、いくらでも協力を惜しまなかったのに』と」
は?
馬鹿な馬鹿な馬鹿な。
あの女にそんな価値はない。
「アレクよ、使者として行ってまいれ。そして、なんとか協力を取り付けろ。出来るまでは帰ってくるでないぞ」
「待ってください! 出来るまで帰ってくるなとは……わ、私はこの国を継ぐ、王となる……!」
「黙らんか! お前は我が国の重要人物を追放した恥晒しとなってしまったのだ! その汚名を雪ぐ機会を与えてやるというのに、なんだその態度は! いい加減にしろ! この国の危機を招いてしまったのだぞ! 何故、それが分からない!」
父上の怒鳴り声に、頭がくらくらする。
私が、何をしたと言うんだ。私は、ただ、国の為に……。
「父上、私は……」
「うるさい! もういい! 話は終わりだ。続きは帰ってからだ! さっさと行け!」
「し、しかし!」
「口答えをするな!」
結局、父上は聞く耳を持たなかった。
そして、そのまま私は他国との交渉の為の使者として旅立たねばならなくなった。
しかも、護衛としてつけられたのは、数人の騎士だ。
「……私は王子なのだぞ……」
思わず口から漏れてしまった言葉に、騎士達がびくりとする。
更に、小声で「す、すみません」と謝ってくる始末だ。
ああ、苛々する。
「貴様ら、私に何かあれば、一族郎党全て処刑だからな」
「ひいっ!」
私の言葉を聞き、騎士達は顔色を変えた。
そう、それが普通の反応だろう。
何故、私だけがこんな目に合わなければならないんだ。
あの女のせいで私は、もうすぐ殺されるかもしれないという恐怖と隣合わせで生きていかねばならないのか。
なんとも言えない気持ちのまま、私は馬車に乗り、国境へと向かう事になった。
そして、国境を越えようという瞬間だった。
「おい、止まれ」
「……なんだ、お前たちは」
私の行く手を阻むように現れたのは、フードを被った者たちだ。
人数は十人程だろうか。
皆、剣や槍を持ち、武装をしているようだ。
「俺達は、グロンブーツ王国の王族による悪政に苦しんでいる国民達だ」
リーダー格の男なのであろうか。
彼は一歩前に出て、私に向かって話しかけてきた。
「ほう? それで?」
「あんたがアレク王子だな?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「単刀直入に言う。金目のものを全部置いていけ」
「はあ?」
突然の要求に私は間抜けな声を出してしまう。
私から金品を奪おうというのか? 馬鹿げている。
それに、こいつは先ほどなんて言った?
……王族の悪政に苦しむ国民だと? ふざけるな。一体どの口がそんな戯言を言うのか。
だが、
「断る。お前たちにやるくらいなら、死んだほうがマシだ」
「へえ。じゃあ死んでくれよ!」
男はにやりと笑うと、私に向けてナイフを投げつけた。
それを咄嵯に避けて、腰に差していた剣を抜く。
「ちっ、外したか。まあいい。全員、殺せ!」
男の掛け声と共に、私を取り囲んでいた者達が一斉に襲ってきた。
私も応戦しようと構えるが、相手は一人一人の力はそこまででもない。
これならば、簡単に倒せるはずだ。
なのに、
「くそ! お前たち! 何をやっている!」
だが、何故か私の部下達が誰も動かない。
それどころか、武器すらも抜かず、怯えた表情を浮かべながら震えている。
どういう事だ?
「貴様ら! 何故戦わない!?」
「お、俺達は、先のゴブリン討伐で足りなくなった兵士の代わりに雇われた冒険者で、只運ぶだけで金をくれると言われたから、引き受けたんだ。戦闘は依頼に入ってない!」
「はあ!?」
ど、どういうことだ!? それでは、まるで……。
「ぎゃーぎゃーうるさいんだよ、おっさん」
「ぐっ……」
背後にいた男に殴られ、意識を失う。
情報が、漏れていたのか……。
父上たちは、私の命なんてなんとも思っていないようだ。
だが、であれば、兵士たちに殺させれば事足りたはず。
コイツ等は、別の……。
何故だ、何故、私がこんな目に……!
「は!」
気付けば、私は一人だった。
ほぼ全てを奪われてしまったようだ。
服も襤褸切れをかけられ、ほとんど裸だ。
父上から渡された書状だけは無事だったようだ。腰に縄で巻き付けられていた。
その書状の下、地面に気付く。
『周辺国に行くそうだな。無事に辿り付けることを祈る。精々みっともなく足掻け』
ふざけるな。武器も金もなく、国境に放り出されて、どうしろと言うんだ!
だが、帰ることは出来ない。あの兵士たち、いや、クズ冒険者達を寄越したことからどうなるかの予想はつく。
行くしかない。
「アギャァアアアアア!」
「ひぃいいいいい!」
魔物の鳴き声がする。し、死ぬ!
私はほとんど裸で走り始めた。
馬鹿にしていた周辺国に頭を下げに。
絶望の旅が始まった。
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