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第三十六話 オウギという道具与えられ、いとにつかはし

「では、準備に急ぎましょう。仲間集め、金策、道具や武器の準備、やるべきことは山ほどありますわ」

「まあ、待て。菫よ。妾とて全てをお主に丸投げするつもりはない。その為に、各地の百本鳥居で準備を整えていたのじゃ」


 キュウビ様はそう仰ると、黒い尾をひと振りされました。

 すると、ひらりと紙が舞い、煙を上げたかと思うと、小さな赤い鳥居が現れます。


「まずは、この札をやろう。これはこのように『門』を生み出す術じゃ。この門から神々を呼び出すことが出来る。じゃが、契りを交わした神のみじゃぞ。誰もがお主と交わしたがっておるが、それぞれで契りの条件が異なる。ひとまずは、全てのものに感謝を持て。まあ、お主であればすぐにじゃろうが」

「神々との……精霊召喚のようなものでしょうか」


 グロンブーツ王国では精霊の力を使って四大元素魔法を使うという考え方でしたが、一部の地域では、精霊そのものと契約し、強力な魔法を使う一族がおり、非常に助けられたことがありますわね。


「ふむ……恐らく、近しいものじゃな。じゃが、この地の、今はジパングと呼んでおこうか。ジパングの神々は多くのものに宿っておる。神聖でありながらも身近な存在じゃ。大切なのは居ると信じることと視ようとすること、愛する事。ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「かしこまりました。……あ」


 その時、私の視界の端に、小さな緑髪を短くととのえた少女がうつります。


「なんじゃ、もう見つけたのか? うむ……アレは、松じゃな。妾の命を受け、人々を振るいにかけてもらっておった。辛抱強く、それでいて芯の強い者じゃ」


 少女は、恥ずかしそうにじっと俯きがちにこちらを見ています。


「声を掛けてくれるのを待っているのじゃろう。アレは、待つの一手のみじゃからな、お主のような引っ張り動かしてくれるようなものに惹かれるのじゃろう。よければ、呼んでやってくれ」

「はい、マツ、さん?」


 私が声を掛けると、マツさんはぱあっと顔を輝かせ、とことことこちらにやってきます。


「コレは、お主も体験したであろう、針の葉が武器となる。神の宿る木というくらいで、他の神が宿るとまた面白いのじゃが。連れて行って損はないじゃろう」

「はい、とっても慎ましい様子で、是非ご一緒したいですわ」


 そう言うと、マツさんは顔を真っ赤にして小さな両手で隠してしまいました。


「ふふふ……良いのう。では、その鳥居の中に迎え入れるが良い」


 キュウビ様にそう言われ私はマツさんを鳥居に手招きし、入るよう促します。

 入る直前に小さく遠慮がちに手を振りながらマツさんが鳥居を抜けると姿が消えてしまいました。

 そして、鳥居が消え一枚の札が私の元にひらりと落ちてきます。


「これは……」

「これで、マツの精、というべきかな。アレがお主と契りを交わした。呼び出したいときには、その札でマツと念じるがよい。ただし、マツの事を思い続けること、木々に感謝する事、それと、その精の力に応じ、呼び出すには魔力が必要となることを忘れるでないぞ」

「はい」


 オフダの中でにこにこと微笑んでいるマツさんが見えるような気がして、私は胸元のオフダを思わず抱きしめてしまいます。


「さて、次に、お主のその武器、海の向こうのものであろう。五行陰陽術とは相性が悪そうじゃ。この神社の奥にあるものを持っていくがよい。きっとお主なら使いこなせよう」


 ジンジャの奥。そこには小さな家がありました。

 神様のおうちだそうです。

 開くと、中には、


「鉄扇、ですね」


 隣にいたさや様がそう呟いた視線の先には、黒いオウギが静かに横たわってしました。


 横たわっている。そう表現したくなるのは神々が見えてきたせいか。

 不思議なものでした。そのオウギの呼吸が見えるような。


 私が導かれるようにそのオウギを手に取ると、その瞬間、私の中で馴染みました。

 そして、鉄扇もまた、薄紫の魔力を帯び黒に少し紫がかった色に変わったのでした。


「紫黒ノ扇と言ったところかのう」

「シコクノオウギ……」

「今はお主の魔力に合わせておるが、実戦ではその五枚の扇の板がそれぞれ五行を司る。宿す魔力を調整しやすかろう」


 なるほど、扇は五枚の鉄の板で作られており、魔力を流せば、五行それぞれの色が現れてきます。より具体的に魔力を調和させることが出来そうです。

 それに、


「ふっ……!」


 私は、鉄扇を振るい、空を切り裂いていきます。

 その動きは、もはや身体の一部であるかのような自然さ。

 そして、風を切る音と共に、斬撃が放たれ、岩を切り裂きます。

 この重さと硬さであれば攻防一体の武器となりそうです。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきますわ」

「お、おう……お主はなんでも簡単に使いこなすのう」

「いえ、元居た所では幸いにも色んな武器を使う機会が持てただけです」

「お主の美貌があれば、そんな機会なさそうじゃが、どんな場所で育ったんじゃ……」


 普通に居ないものと扱われたので、早く独り立ちすべく、城で武器の扱いを教わったり、冒険者の戦いを見て学んだので、思った以上に機会は多くありましたが、まあ、今すべき話ではありませんね。


「では、最後に、この身体をやろう。クロ。この者を連れて行くが良い。妾程ではないが、実力はそこの鬼人族にもひけはとらぬはずじゃ」

「キュウビ様は働かないのですか?」

「お主の物言いは歯にきぬ着せぬというか、あやつに本当にそっくりじゃな……残念ながら、妾は千本鳥居と百本鳥居で流れを作り、ようやく繋げているに過ぎぬ。そもそもこのジパングは、多くの神が存在しているのでな。神の中でも陣取りが激しいのじゃよ。気を付けよ。そこの狸の父親とかは自身の領域を大事にしておるのでな。ちゃんと挨拶をせよ」


 キュウビ様がヨーリを見てそう仰います。


「ちちおや……? ヨーリの父親ですか!?」

「う、うむ……あやつと似た魔力を持っておる。オウニの国はあやつの支配下であろうよ。ああ、そうじゃ。忌々しい狸親父じゃが、義理は通す。そやつを連れ帰れば感謝もされるであろう」

「ぽーん?」


 ヨーリが良く分からないと首を傾げています。

 かわいいヨーリ。本当に良かった。


 ヨーリの父親が存在する。それも相当力を持った方。

 それだけで私は喜びに震えてしまいます。

 自分の家族が、ああだったせいもあるかもしれませんが……


「……まあ、なんじゃ。お主には妾達がついておる。家族だと思ってくれてもよいのじゃぞ」

「もしかして、キュウビ様、慰めて下さっています」

「言うは野暮じゃぞ」


 キュウビ様はぷいとそっぽを向かれていますが、しっぽはくねくねと揺れていらっしゃいます。


「私もヴィオラ様の事は家族だと思っていますよ!」

「わ、私もだ! シュカ様の生まれ変わりは我らの家族! なあ、ゴウラ!」

「おう! その通りだ! 共に死線を潜り抜けた仲! いや、共に……?」

「ぽーん!」


 皆さんが口々にそんな事を仰るので、少しばかり涙が零れてしまいました。


「菫よ。そのオウギを……妾だと思い、傍に置いてやってくれ。お主の中にある、お主の流れの中にある、懐かしいものに会えて、妾も本当に嬉しかった。このような形ではなく、しっかりと面と向かえる日を楽しみにしておるぞ」

「キュウビ様。必ず、お迎えにあがりますわ。その時は、是非『お帰り』と仰ってくださいね」

「おかえり、か……。言いたいのう……楽しみじゃのう……うむうむ、妾も『待つ』としよう……」


 紫黒ノ扇に宿る仄かな温かさを手に感じながら、私達はツルバミ百本鳥居ダンジョンを後にしたのでした。

お読みくださりありがとうございます。

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