第二十五話 グロンブーツという王国の崩壊、いとあし・その三★
【登場人物】
ヴィオラ・ディフォルツァ
主人公。金髪碧眼だが、一筋だけ黒髪が生えている。
陰陽師の才能を持つ。
アレク・グロンブーツ
グロンブーツ王国の王子。ヴィオラを追放した人。
【アレク王子視点】
「お前ら! これより小鬼共の領域に入るぞ! 気合を入れろ!」
「は!」
グロンブーツ王国の北に広がる森で、小鬼達が増え、商人達が襲われ、困っているという訴えが届いた。
私は、その訴えを受け王国兵を引き連れ小鬼退治にやってきていた。
私の檄で多くの者が緊張感を走らせたが一部笑っていた人間がいることに私は気づいていた。そして、彼らが笑う理由も。
先日、冒険者ギルドに依頼達成できていない事をしかりに行った際に、野蛮な冒険者に絡まれ、その、漏らしてしまったのだ。
色んな偶然が重なり、出てしまったのだが、噂が広がり、お漏らし王子と私を馬鹿にする者も少なくない。
父上にもそのことを問い質され、事情を説明し分かって頂いたが、こういった話は、とにかく早く広がりやすい。早急に何か汚名返上できるような何かをしなければならないというところでこの小鬼の問題がやってきた。
日頃の行いが良い者にはこういった運が向いてくるのだろう。私は、すぐに準備を整え、小鬼討伐に向かったのだ。
「ギャロ! お前の隊で偵察に向かえ! 何かあれば直ぐに知らせろ」
「……へ~い。了解しました」
ギャロはじいっと前を見据えながら返事をし、部隊を前に進ませていった。
ギャロは『ヴィオラ』派だった。ヴィオラは、魔法がうまく使えない分剣や格闘技で己を鍛えていた。そして、時折、王城に来て、兵たちに教わりに来てまでいた。
その中でも、ヴィオラを認めていたのがギャロだった。
ギャロ自身魔法が得意ではなく、剣で戦う事を主としていた為に共感していたのだろう。ヴィオラが追放されたと聞くと、分かりやすく私を白い目で見て来た。
魔法も使えない不能が生意気に。
小鬼共は狡猾で、弱い者から狙うという。精々いい餌になればいい。
そう思って私はギャロ達を偵察に送ったのだ。それで、奴らが襲われ助けを求めた所で、私がやってきて魔法で一網打尽にする。
お漏らし王子の名も払拭でき、城の反乱分子も取り込むことが出来る。
完璧な作戦だ。
「うわあああああああああ!」
悲鳴が聞こえる。遂に現れたか! にしても、余りに近くないか。
ギャロめ、どれだけゆっくりと進軍していたんだ……。
「敵襲! 敵襲です! 報告の通り、小鬼十体ほど! 本体前方がやられています!」
「な! 本隊の方だと!?」
小鬼め! いう程の知性もないのか、明らかに何倍もの人数の本隊を狙うとは!
「ええい! とっとと蹴散らせ!」
「は! 王国兵敵は十体囲んで殺せ!」
馬から見ればなるほど前方で戦闘が繰り広げられている。
だが……。
「十体程度で随分と時間がかかっているな……」
「は! どうやら、敵の中にホブゴブリンがいるようで、ホブゴブリンは小鬼に比べ、知性も高く、連携の指揮を取っているようでして」
「馬鹿者! であれば、こちらの知性がないようではないか。もういい! 魔法だ! 魔法を放て!」
「し、しかし……!」
「早くしろ! でなければ、指揮官を交代させるぞ!」
「か、かしこまりました! 魔法兵、用意!」
慌てて指揮官が魔法兵に指示を出し始める。いちいち判断が遅い。イライラする。
ヴィオラが見ていれば烈火のごとく怒りだすぞ、この状況。あの女であれば、訓練であったとしてもだ。現に、ギャロ達の部隊が、とんでもなく怒られているのを見たことがあるからな。あれでヴィオラについていくとは、ギャロ達は変わった嗜好の持ち主なのかもしれん。気持ち悪い。
そんなことを考えている内に、魔法兵の準備が整う。
「魔法兵、魔法待て! 第一部隊、魔法に備え下がれ! ……放てー!」
指揮官の合図で魔法が放たれる。そして、小鬼達の大半が魔法によって死んでいく。流石、魔法だ。これこそが我々の武器なのだ。
「よし! よくやった! 後は、残党狩りだ! 奴を追え!」
私が指した先には運よく逃げることが出来たホブゴブリンがいた。ホブゴブリンは私を視界に捉えると慌てて森の中へ逃げ込んでいく。
「逃がすな! 追え! 徹底的に魔物を殺せ! 首をとったものには褒美をやるぞ!」
私の言葉に、兵たちが歓声をあげる。最近、小鬼共のせいでグロンブーツ王国の経済も悪化し、給金も少なくなってしまっている。こういった褒美は必要だろうと考えていたら案の定だ。
「進めー!」
私の勇ましい号令に従い、兵たちが突入していく。指揮官が慌てている。馬鹿め、判断が遅すぎる。
森の中を進んでいく。そこまで暗い森ではなかったが、先ほどの街道沿いに比べれば動きにくくなる。あのホブゴブリンも愚かだな。逃げ込めば勝てると思ったのだろうか。
「さあ、袋のネズミだ! ヤツの首を……」
「ギィヤアアアアア!」
その声は背後からだった。
振り返ると、後ろの兵が頭から血を噴き出し倒れる瞬間だった。その兵が崩れ落ちていくとその背後にいた魔物の姿が現れる。
小鬼だ。血塗れのこん棒を構えた小鬼が笑っている。
そして、方々から小鬼の厭らしい笑い声が聞こえてくる。
「な、何故!?」
「嵌められたのです! 少数で襲い、数を勘違いさせ、我々を罠に嵌めたのです!」
指揮官が剣を構えながら叫ぶ。
嵌められた? こちらが? 魔物如きに?
「しかも、兵が急に走り出したのです! これは、たこっ……くの……!」
指揮官が飛んできた矢に頭を貫かれ倒れ込む。
矢だと……! 一体どこから、打ったヤツを探そうとしても視界が悪く、また、周りに魔物が殺到し、見つけることが出来ないまま防戦一方に持ち込まれる。
あれだけいた兵があっという間にいなくなっていく。
そして、あのホブゴブリンが目の前にやってくる。
私は、上級魔法を練り始める。だが、ホブゴブリンはそれを待つことなく殴りかかってくる。慌てて私はその攻撃を地面に這いつくばりながら躱す。
無粋なホブゴブリンは待つという事を知らない。嗤っている。魔物の癖に!
死。
抗えない恐怖が私の背中に貼り付く。
そして、地面に尻と手がくっついたかのように離れてくれない。
「あーあー、やっぱそうなったかあ」
我々がやってきた方から声が聞こえる。
振り返ると、騎士が剣を投げようとしているのが見えた。ギャロだ。
「うっ……らああああああああ!」
ギャロが投げつけた剣は私の横をすりぬけ、ホブゴブリンの肩に突き刺さる。
そして、間髪入れず駆け出したギャロは私の方を見たかと思うと、私の剣を引き抜く。
「お、おい! それは私の剣……!」
「キレイな剣だなあ、刃こぼれ一つない。戦ったことのない剣だ」
ギャロはそう言うと、ホブゴブリンのまだ動かせる右手の横薙ぎをしゃがんで躱し、両足を切り裂きホブゴブリンの体勢を崩す。
そして、そのまま体当たりをかますと、仰向けに倒れたホブゴブリンの首に剣を突き立てる。ホブゴブリンが反撃しようと起き上がった勢いもあってホブゴブリンの首に私の剣が深く突き刺さる。そのままギャロは両手で地面に剣を突き刺し、足を思い切り上げホブゴブリンの腹を踏みつぶす。
すると、ホブゴブリンは動かなくなり、首に剣が突き刺さったまま止まってしまった。
気付けば、小鬼達もギャロの部隊に一掃され、生き残りもホブゴブリンの死に気付くと、慌てて森の奥へと逃げていった。
「は、はひ! ギャ、ギャロよくやった! お前達には褒美を、褒美をやろう!」
「その褒美は何処から出るんだよ……? 民衆の懐からだろ? あんたらは何をしてるんだ? 仕事をした民衆の懐が痛んで、仕事も出来ねえお前らは偉そうにするってどういうことだよ。ち。お嬢様の言う通りになってきやがった」
「ギャロ、お前……何を言っている……」
私がギャロを見上げると、ギャロは冷たい目で私を見て口を開く。
「王子、すみませんねえ。俺達も抜けさせてもらいます。一言だけ。……人の事言えないが、ちゃんと出来てないと分かったら馬鹿じゃない限りは手の平を簡単に返しますよ。魔物は簡単に殺せる人間の元へ向かう。国の人間だって駄目な国と見限れば簡単に出て行く。そして、味方だと思っていた国も……それでは、今までお世話になりました」
ギャロは深々と礼をし、部下たちを連れて、グロンブーツ王国とは逆方向へと歩き出した。事前に用意しておいたのであろう、馬車を伴って。
私の剣が首を貫き絶命したホブゴブリン。
その剣に映る私の顔がまるで死んでいるかのように青白く、その、顔がいつの間にか流れ落ちるホブゴブリンの赤黒い血で見えなくなってしまった。
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