第84話~地獄は続く~
ここは大規模訓練場の魔法訓練室。
「はい、みなさん、魔力を集中する時はもっと全身の力を抜いて、力を一点に集中するイメージでやってみてください」
「魔法で大事なのはイメージですよ。詠唱をいくら正確に唱えても、イメージが伴わないと、魔法はうまく発動しませんよ」
ここではエリカとヴィクトリアが中心となり、全員で円陣を組んで魔力操作の訓練やイメージトレーニングの訓練をしていた。
妊娠しているエリカ以外は床に座り込んで座禅を組み、集中して魔法の訓練に励んでいる。
誰も一言もしゃべらない。
それくらい訓練に集中した。
だから、魔法実習の訓練は静寂そのものだった。
一方、魔法訓練室から窓一つ隔てた外の練兵場では様子が違っていた。
「うおー」
「しゃー」
「ぎゃー」
戦闘訓練という名の地獄の宴が今日も開催されていて、訓練生たちの気合の入った雄たけびやら悲鳴やらでとても賑やかだった。
それらの声は当然のように魔法訓練室にも響いてくる。
「先生、うるさくて、とても魔法の訓練などできません」
最初のうちは魔法実習生たちの間からそういう苦情も出たが。
「何を言っているのですか。この程度の声で集中できず魔法を使えないようなら戦場で魔法など使えるわけがありません。慣れなさい」
とのエリカの訓示を受け訓練を続けた結果、今では多少の騒ぎに動じることなく、訓練を行えるようになっていた。
「エリカさん、ホルストさんから連絡ですよ。そろそろ来てくれですって」
「そうですか。それではみなさん、一旦訓練を中断してください。そろそろ、実習に行きますよ」
「はい」
エリカたちは全員訓練を中断すると、魔法実習室を出て、外の練兵所へと向かうのであった。
★★★
大規模訓練場、大練兵場。
ここでは地獄で悪魔に鞭でたたかれる方がましと思えるほどの激しい訓練が行われていた。
今やっているのは剣術の実践訓練だ。
朝から体力が尽きるまで素振りをさせた後、昼食を食わせて、午後からこれをやっている。
訓練が始まってからすでに1週間が経過している。
この間訓練について行けず、10人ほどが脱落している。
これは仕方がない。
どんなことにも向き不向きがあり、向いてないと思ったら別の道を模索するのも悪い話ではないのだから。
寧ろよく90人以上も残ったと褒めるべきだろう。
うん、素晴らしいぞ。
訓練を始めた当初は、
「教官殿、食べれません」
と、午前中の訓練が終わった段階で、昼飯ものどを通らないくらいへばっていた訓練生たちだったが、
「すみません。おかわりください」
「あいよ」
今では、そうやって食堂のおばちゃんにおかわりを要求できるくらいには成長していた。
飯はしっかり食わないと訓練に耐えられないからな。俺も学生の頃、防衛軍で実践訓練を受けた時は、そうやって食べさせられたものだ。最も、家では飯を食わせてくれなかったので、防衛軍で訓練してる方が食事的にはよかったけどな。
まともに飯が食えたのが、軍隊とエリカの弁当だけだったなんて、あの頃は本当に最低だった。
俺は昔を思い出して、思わず苦笑いする。
おっと、今は訓練の最中だった。そんな感傷に浸るのはあとだ。
「うおおおお」
訓練生が3人ほど剣を構えて俺に突撃してくる。
この目の前の3人は、訓練当初は素振りをさせても剣をまっすぐに振り下ろすことさえできなかったものだが、今では多少体力と筋力がつき、かなりまっすぐに剣を振り下ろせるようになっていた。
これならば、大上段から振りぬけば、ゴブリンに致命傷を与えることも可能だろう。
だが、まだまだだ。
この程度で天狗になられても困るので、思い切りぶちのめしてやることにする。
キン。キン。キン。
3人の剣を受け流して3人の態勢を崩してやる。
ドス。ドス。ドス。
そして、隙だらけになった3人の肩に一撃入れてやる。
「「「ぐ」」」
3人が痛みに耐えかね、剣を地面に落とす。
「おりゃああ」
完全に無防備になった3人の腹に1発ずつ蹴りを入れてやる。
「「「ぎゃん」」」
3人が頭から無様に地面は転がされる。
そんな3人を俺は怒鳴りつける。
「お前ら、この1週間で何を学んだんだ!武器を失ったからといってぼうっとしている奴があるか!例え武器を失ってもそれで終わりじゃない。すぐさま、次の手を考えなければいけないと教えただろうが。おい、お前!」
俺は倒れたのとは別の訓練生を指さす。
「はい、教官殿」
「こういう場合はどうすればいいか言ってみろ」
「はい、こういう場合はすぐ予備武器を出して備えるか、一気に近づいて格闘戦に持ち込むか、何らかのアイテムや魔法を使うか、最悪の場合は距離を取って逃げるかの手段があると思います」
「その通りだ。よくできた。下がっていいぞ」
「は」
俺はもう一度倒れた3人を見る。
「武器を失ってもこれだけの手段があるというのに、お前らは何もせず、ボケっとしているだけだった。もしこれが俺ではなくモンスターだったら、腹を蹴られるくらいではすまず、命を落としているところだぞ。わかっているのか!」
「「「は、はい」」」
3人は腹を抱えて呻きながらもなんとか返事をした。
以前はこれだけダメージをもらうとまったく反応できなかったので、多少はタフになったと思える。
しかし、それで武器を失って身動きが取れなかったという失態が帳消しになるわけではない。
「お前ら、訓練が終わったら、夕飯まで居残ってランニングな。自分の犯した失敗を骨の髄まで染み込ませろ!」
「「「……」」」
「返事は?」
「「「い、イエッサー」」」
「よろしい。では次の訓練生の邪魔だから、歩けるくらい回復したら、練兵場の隅っこで寝ていろ」
「「「はい」」」
俺は最後に3人を一瞥すると、次の訓練生との訓練に移ろうとした。
ちょうどその時。
「ホルストさ~ん、来ましたよ」
ヴィクトリアたちが魔法訓練室からやってきた。
「ヴィクトリアちゃんたちも来たみたいだし、ホルスト君、ここは一休みとするか」
「そうですね。……おい、お前ら喜べ。休憩の時間だ」
俺の言葉を受け、訓練生たちがほっとした表情になる。
ここの訓練所では、回復系の魔法使いは当然だが、攻撃系の魔法使いにも初級の回復魔法を覚えさせるようにしている。
なぜなら、初級の治癒魔法が使えるだけでも生存率がぐっと上がるからだ。
だから、ここでは攻撃系の魔法使いにも治癒魔法を覚えさせるようにしている。
それで魔法実習生たちがここに来た理由だが。
「みなさん、それでは治療を開始してください」
「はい」
エリカの指示で魔法実習生たちが動く。
「『小治癒』」
「『小治癒』」
「『小治癒』」
魔法実習生たちが一斉にけがをした訓練生たちに治癒魔法をかける。
そう、彼女たちをここに呼んだのは、治癒魔法の練習をさせるためだ。
「魔法は積極的に使わせた方が上達が早いのです」
そうエリカが言うので、魔法実習生たちにも訓練生たちの治療を手伝ってもらっているのだ。
治療されている実習生の中には顔を赤くしてデレデレしているのが多い。
魔法使いコースには若い女の子が多く、また訓練生には若い男が多い。
同世代の女の子に優しく治療されて単純にうれしいのだろうと思う。
訓練中に不謹慎かもしれないが、
「こういう機会に知り合ってパーティーを組むことが多いんですよ」
と、ヴィクトリアが言うのと、厳しく鞭を与えるばかりでは訓練として失格で、たまにはこういう至福の時間も必要だろうということで何も言わないことにしている。
「ホッルスットさ~ん、お疲れではないですか」
俺が訓練生たちが治療されているのを見ていると、ヴィクトリアが近寄ってきた。
「いや、大丈夫だぞ。まだまだ十分働けるぞ」
「いいえ、そんなことはないと思います。ほら、朝から訓練生たちの相手をしているせいで、顔に少し疲れの色が見えているみたいですよ。だから、ワタクシが治療してあげます。『体力回復』」
そう言うと、ヴィクトリアが半ば強引に魔法を使ってきた。
癒しの光が俺を包む。
ヴィクトリアの言う通り俺は疲れていたのだろうか。それで体中から疲れが抜け、体が軽くなった気がした。
俺はヴィクトリアにお礼を言う。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、これくらい大したことないです。……それで」
ヴィクトリアが急に口ごもる。いつもなら言いたいだけ言うこいつにしては珍しいなと思った。
「なんだ?」
「あの回復魔法のお礼を求めているわけではないのですが、一つお願いを聞いてくれませんか?」
「お願い?」
「はい、実は魔法実習生の子に聞いたのですが、今度のおじい様の生誕祭の前夜祭の日に、ワタクシの好きなお話の演劇があるらしいのです」
おじい様の生誕祭。今度行われるクリント様の生誕祭のことだろう。
「それを聞いてワタクシも見たくなって、実習生の子にチケットを取ってもらったのですが、その席が男女のペアチケットだったらしくて。それで、一人で行くのも何だかなと思って。そこで、ホルストさんも一緒に行ってくれませんか?」
「えーと」
突然のことに俺は困惑した。
エリカ以外の女の子からこのような誘いを受けるのが初めてだったからだ。
正直こういう場合どう返事をすればいいかわからない。
それにエリカだ。
ヴィクトリアと二人で演劇を見に行くことについて彼女がどう反応するかわからない。
もしかしたら怒るかもしれない。
そう考えるとますます俺は困惑した。
そんな俺の心を見透かしたかのようにヴィクトリアが言う。
「もしかして、エリカさんのことを考えたりしてます?大丈夫です。このことを話したら、『そういうことなら、行ってきなさい』とちゃんと許可をもらいましたから」
「そうなのか」
「はい。だからエリカさんは大丈夫です。それとホルストさんはそういうのに男女で行くのは恥ずかしいと思っているのでは?でも、心配いりませんよ」
心なしか、ヴィクトリアの声が上ずっているように聞こえる。
「チケットを手に入れた実習生の子もペアチケットのことは知らずに自分のを買ったようで、どうするのかと聞いたら、誰か適当に男の子を誘っていくとか言ってました。ペアチケットといってもその程度の物です。決して男女交際、デートとかそういうのではなく、単に一緒に劇を見るだけの話ですからね。だから、もっと気楽に考えてもらっていいです。ワタクシとちょっと一緒に劇を見るくらいに思って、付き合ってくれたんでいいです」
「わかった。そこまで言うのなら、一緒に行くか」
「ありがとうございます」
ヴィクトリアがそこまで言ったところで、ちょうど訓練生たちの治療が終わったのだろう。
「みなさん、帰りますよ」
エリカの言葉で、実習生たちが帰ろうとしていた。
「それでは、ワタクシも帰ります。前夜祭の日楽しみにしていますね」
「ああ」
「それでは」
それだけ言うと、ヴィクトリアは去って行った。
後に残された俺は、いきなりデート?をすることになってしまって戸惑い、その日の残りの訓練も心ここにあらずという感じで終えるのだった。
うん、ヴィクトリアと劇を見に行くくらいで動揺して仕事が手につかないなんて、教員失格だな。
 




