第630話~エリカに説教される妹と妹たちの友情のお話~
「さて、レイラさん。事情を話してもらいましょうか」
妹の家に着き、エリカにそう問われた妹の奴は、絶対に逃げきれないと悟ったのだろう、素直に話し始めた。
「実は髪の毛を早く伸ばしたくて育毛剤を買ったの。その育毛剤が偽物で、おかげで髪の毛が傷んで切っちゃたの」
「なるほど。偽物の育毛剤のせいで髪の毛を切る羽目になったと。で、これがその育毛剤ですか」
妹の奴に買ったという育毛剤を出させたエリカはそのビンに張られていたラベルを見る。
そして、驚いた顔になる。
「レイラさん。この便の成分表には『赤色カミツキガメの甲羅』とありますね。赤色カミツキガメと言えば育毛剤の材料としては高級品。偽物とはいえ、赤色カミツキガメを使っているとうたっている以上、高かったのではないですか?」
「はい。一ビン銀貨五十枚の所セールで一ビン銀貨十枚だということだったので、三便で銀貨三十枚使いました」
「銀貨三十枚。それは結構な値段ですね。というか、あなた、お小遣いを制限しているはずなのにそのお金はどこから出したのですか?」
エリカに問い詰められた妹の奴は、まずいと思ったのか、顔を蒼ざめさせ全身をプルプルと震わせた。
明らかに言いたくなさそうな表情だが、エリカにそんな表情を見せたところで許してもらえないのが分かり切っているのだろう。一分も経たないうちに話し始めた。
「育毛剤を買うお金は手持ちでは足りなかったので、エリカお姉さんに非常用だと言われて持たされていた貯金箱から出しました」
そうやって、すべて正直に白状した。
「まさか。非常用の貯金を使ったのですか。あれは本当に緊急の時にしか使うなと言ってましたよね。どういうつもりですか?」
非常の用のお金を使ったと聞いたエリカはじろっと妹のことを睨みつける。
「ごめんなさい。でも、私ギルドで髪の毛が短かったせいでお兄ちゃんと間違えられたの。それが悔しくて、それで髪の毛を早く伸ばしたくて、使ってはいけないお金に手を付けてしまったんです」
睨まれた妹は再びプルプルと震え、言い訳を交えながらひたすら謝り続けたが、エリカは容赦せずきっちりと説教した。
「ほう。男の旦那様に間違えられたのですか。まあ、確かにそれは女の子にとって悔しいことだと思いますが、だからと言って私との約束を破るのはいけませんよ。しっかり反省しなさい!」
そんな感じで三十分ほど説教され、説教が一通り済んだ頃には妹の奴は陸に打ち上げられたイカのようにすっかりと干からびていた。
どうやら怒られて相当まいったらしかった。
それを見て妹の奴が十分に反省したと感じたのか、今度はエリカが妹に優しい言葉をかける。
「まあ、いいでしょう。レイラさんも十分反省したみたいだし、それにレイラさんは自分の行いを正直に話してくれました。説教はこれくらいで勘弁してあげます。ただし、反省の意を示すために来月のお小遣いは半分にしますからね。それと使い込んだお金はちゃんと弁償するのですよ」
「はい」
エリカに罰を言い渡された妹の奴はうなだれながらもそれを大人しく受け入れた。
抵抗など無駄なことだし、本人も悪いと思っているはずだから大人しくしたがったのだと思う。
それはともかく説教が終わった後のエリカは妙に優しかった。
「それにしても悪い薬屋に騙されて髪を切る羽目になるとは……。髪は乙女の命。それをこんなことで失うとはあなたもつらかったでしょうね」
そう同情的なことを言っている。
まあエリカや嫁たちも髪の毛の手入れは怠っていないから、髪の毛を失った妹に同情的なのだろうと思う。
「まあ、嘆いても髪の毛は戻って来ませんからね。今日は美味しい物でも食べて辛い気分を吹き飛ばしましょう」
そして、最後はそう言うと妹たちを連れて、予定通りご飯に行くのだった。
★★★
ご飯は妹の希望で最近流行っているというビュッフェ形式の店へ行った。
この店は一人銀貨三枚と値段は高いがその分料理の質が良いらしく、ちょっとした祝い事などにここで食事をする人も多いらしい。
さらにオプションで追加料金を払えば、より高級な酒や料理も提供してくれるらしい。
これも非常においしいらしくノースフォートレスの町のお金持ちには人気らしかった。
もちろんいつもお金に困っている妹の奴がこんな店に来られるわけがないので、今日俺たちにおねだりして来たという訳なのだ。
ということで、ごちそうを目の前にして妹の奴が張り切っている。
「さあ、折角評判の店に来たんだから元以上に食べなくちゃ!」
さっきまでの落ち込んだ顔はどこへやら、そんなことを言いながら原価の高そうな料理を狙って食べていた。
それを見てうちのヴィクトリアも。
「妹ちゃんには負けていられませんね!」
と、これまた料理の山に突撃して行っていた。
お前ら食うのは構わないけど、ここは割と高級店でギルドや町の偉い人がいたりもするからな。
行儀良く食ってくれよ。
俺は二人が競い合うように食うのを温かく見守りながらそう思うのだった。
★★★
そんな感じで始まった食事会なのだが、もちろん食べるだけでなくおしゃえりもする。
それで今日の酒の肴にされたのは妹の髪の毛の話だった。
それも妹に同情的な話が中心だった。
「妹ちゃん。不本意なことでまた髪の毛が短くなっちゃって辛かったですね」
「レイラさん。まあ、髪の毛なんてすぐに伸びますから、また頑張って伸ばしましょう」
「何なら、私が育毛剤を作ってあげますから、それを使ってみますか」
「しかし、その薬屋許せないよね!見つけ出して成敗してやりたいね!」
と、妹に言葉をかけて慰めてやっている。
「お姉さんたち。ありがとう」
妹の奴も慰められてうれしいのか、素直にお礼を言っている。
それに妹の仲間の子たちも妹を慰めることに徹してくれている。
どうやら妹の仲間の子たち、妹が非常用の貯金箱のお金を使ったことまで知らなかったようなのだが、というか妹の奴言い出しにくかったとはいえそんな大事なことを内緒にするとかいい加減にしろ、仲間の子たち別にそのことで怒ったりせず。
「「「レイラ。そこまで髪の毛が短いことで悩んでいたなんて……。相談してくれてればお金も貸してあげたし、髪の毛のことも一緒に考えてあげたのに……」」」
と、物凄く優しかった。
これには妹も感激したようで。
「みんな、ごめんね。黙っていて。でも、ね。こんな私的なことでみんなに迷惑かけたくなかったから、黙ってやっちゃったの。だから許して」
「「「別にいいよ。レイラの気持ちもすごくわかるから」」」」
そう仲間たちに大人しく謝り、仲間の子たちも快くそれを許したのだった。
本当妹にはもったいないくらい良い仲間である。
そんな妹たちを見て、エリカも感動したのか妹の仲間の子たちに優しく声を掛けた。
「マーガレットさん、ベラさん、フレデリカさん。あなたたちは本当に優しい子ですね。こうやって常に仲間のことを思いやれる。良いことです」
「「「いいえ。それほどのことでも」」」
「そんなに謙遜しなくても良いです」
そこまで言うとエリカは次に妹の奴に声を掛けた。
「レイラさん。あなたを思ってくれる仲間の子がこんなにもいるのですから、大切にしなければなりませんよ」
「はい」
と、こんな感じでよい雰囲気の中食事会は進んで行ったのだった。
★★★
そうやって二時間ほど食事会をやった後は解散してそれぞれの家へと帰宅した。
その帰り道、嫁たちが俺にこんなことを言って来た。
「それにしてもレイラさんを騙したとかいう薬屋。腹が立ちますね」
「本当だよ。女の子の髪の毛をダメにするようなものを売りつけるなんて、女の敵だね!」
「こういう輩には制裁を加えるべきです!」
「旦那様、ここは明日にでも警備隊に被害を届け出ておくべきでは?このまま放って置けばその薬屋またどこかで同じことをするかもしれません。そうなってはまた女の子が被害に遭います。その前に何とかするのがSランク冒険者である私たちの責任だと思います」
と、俺に薬屋を何とかしろと訴えてきた。
俺もそれは思っていたことだ。
その薬屋、確かに放って置くことはできない。
聞くところによると雑誌に広告を出していたりもしていたそうなので他にも被害者儀るかもしれない。
俺達が暮らすこのノースフォートレスの町にそんな奴をのさばらせておくわけにはいかない。
ということで。
「そういうことなら、俺が明日ギルドと警備隊に行って相談してくるよ」
そういう結論に至り、明日ギルドと警備隊へ行くことになったのだった。




