第538話~セイレーンの手料理~
ホルストとその嫁ズが王都で楽しくデートをしていたのと同じ日。
エリカの実家の王都屋敷ではヴィクトリアの祖父であるクリントが娘のセイレーンが作る料理が出来上がるのを今か今かと待ちわびていた。
娘のセイレーンが生まれてから人間ならばとっくに発狂してしまうくらいの年月が経っていたが、その間、クリントは自分の娘の手料理を一度も食べたことが無かった。
セイレーンは家では料理や洗濯などの家事は一切しなかったのだ。
「まったく!うちの娘は一体全体どうしてこうもずぼらなのかしら!」
妻のアリスタなど何もしない娘を見てはそう腹を立てていたのだが、クリントはその件で娘を怒ったことはなかった。
「まあ、いいじゃないか」
それどころかそんなセリフを言ってはアリスタをなだめたりして、セイレーンのことを甘やかしていた。
ただ、いくら娘を甘やかしたところでクリントに特に見返りがあったわけではなく、娘が料理やお菓子を作ってくれたことなど無かったのだ。
そんな娘が自分のために料理を作ってくれるという。
その事態にクリントの胸は高まった。
そんなクリントの期待を一身に受けてセイレーンは銀と一緒に料理を作っていた。
「え~とお。う~ん。コショウの量はこれくらいで良かったのかしら。あっ!お塩入れてなかったわ。えいっ!」
と、今も塩を入れたつもりが間違って砂糖を料理にぶち込むという初歩的なミスをしていた。
おまけに火加減を間違っていて、具の肉や野菜がところどころ焦げていて焦げ臭かった。
この分だとセイレーンの料理がすごいものになりそうだというのは容易に想像できた。
それとは対称的に。
「うん。お肉の良い香りがしてきましたね。もう少しでおいしいハンバーグができそうです。ホルスターちゃん喜んでくれるといいな」
と、銀はセイレーンと比べてはるかに手際よくハンバーグを作っていた。
こっちの方はハンバーグの焼き加減も良く、良い香りがしてとてもおいしそうだった。
よく考えれば当然だった。
銀が長い時間をかけて料理の腕を少しずつ上げてきて今に至っているのに対し、セイレーンはエリカにちょっと教えてもらっただけで、二人の料理の腕前にはかなりの差があったのだ。
だから、二人の料理の出来に差があるのも仕方がないのだった。
ちなみにセイレーンが作っているのは焼きそばである。ハンバーグではない。
ハンバーグはセイレーンには難度が高く確実に失敗しそうだったので。
「最初は簡単な料理から始めた方がいいですよ」
と、エリカに勧められたのでこれにしたのだったのだ。
これなら肉と野菜を切ってそれを焼いて、下味をつけて、麵をぶち込んで、ソースで仕上げをすればできるから、セイレーンでもできるだろうと思ってエリカが教えたのだが、結果は既に述べたとおりである。
「「さあ、できました!」」
それはともかく、そろそろ二人の料理が出来上がりそうだ。
果たしたして二人の料理の味はいかに?
★★★
出来上がった料理がクリントとホルスター、二人の前に差し出された。
クリントの前にはセイレーンお手製の焼きそば、ホルスターの前には銀の愛情がこもったハンバーグが置かれた。
「うわー、銀姉ちゃん、とてもおいしそうだね。ありがとう」
「どういたしまして」
銀のハンバーグはデミグラスソースの匂いがとても香ばしく、非常においしそうだった。
それを見たホルスターは銀にお礼を言い、お礼を言われた銀も、うれしいのか、頬を赤らめるのだった。
それに対して、セイレーンの方はというと。
「お父様。私の作った料理はどうですか?」
「うん、うまそうじゃないか」
と、一応セイレーンもクリントに褒めてもらっていた。
ただ褒めるクリントの顔こそ笑顔だったが、その目は決して笑っていなかった。
理由はセイレーンの出してきた焼きそばが具も麺もかなり焦げていて、これを素知らぬ顔で食べるにはかなりの根性がいるからだ。
隣の銀のハンバーグと比べればその出来栄えの悪さは明らかだった。
ただいくらできの悪い料理とはいえセイレーンが折角作ってくれたものだ。
食べないなどという選択肢はなかった。
しかし、この料理を食べたら確実に……。
さて、クリントはこのピンチを乗り切れるのだろうか。
★★★
結局、クリントは娘の料理を頑張って食べた。
セイレーンの料理は見た通り、いや見た目以上に最悪の味だった。まあ砂糖と塩を間違えて入れていたくらいだから当然の結果なのだが、それでも頑張って食べた。
「銀姉ちゃんの作ったハンバーグ。とてもおいしいね」
「ホルスターちゃん、本当?うれしい」
自分の横でホルスターが銀が作ったハンバーグを幸せそうに食べているのを羨ましそうに眺めながら、頑張って食べた。
そして、見事に完食した後、笑顔でセイレーンにこう言ったのだった。
「セイレーン、とてもおいしかったよ」
「本当ですか。お父様に褒めていただけてうれしいです」
こうしてミッションクリアに成功したクリントは娘との絆を深めることに成功したのであった。
★★★
メインディッシュを食べ終わった後はデザートの時間だった。
こっちの方は、クリント的には、安心して食べることができた。
デザートはクッキーと甘いジュースだったのだが、クッキー生地を作ったのは主に銀みたいで、セイレーンは型でクッキーの成形しただけみたいなので、味の保証があったからだ。
ということで。
「セイレーンが焼いたクッキーはうまいなあ」
と、今度こそ本当の笑顔を見せながら食べることができたのだった。
それはそれとして、クリントがクッキーを食べている横では。
「ホルスターちゃん。このストローを使ってジュースを一緒に飲まない?」
「うん?一本のストローに飲む所が二つあるね。ちょっと変わったストローだね?」
「これはヴィクトリア様にもらったものなの。何でも恋人同士が愛を深める時に使う物なんだって」
「そうなんだ」
「でも、ホルスターちゃんにはちょっと恥ずかしいかもね。これで銀とジュースを飲むのは嫌かな?」
「いいよ」
「本当!?じゃあ、飲もうよ」
「うん」
と、カップル専用の例のストローを使ってラブラブな雰囲気でジュースを飲んでいるのであった。
ヴィクトリアは何を考えているんだ。子供にあんなものを持たせるとか。……でも、ちょっとだけ羨ましいぞ。
熱々な二人を見てそんなことを思ったクリントは、今度ヴィクトリアに同じストローをもらって妻に頼んで一緒にジュースでも飲んでみようかなと思ったりするのだった。
と、こんな感じで休日の午後は過ぎて行った。
もうすぐ潜水艇の修理が終われば、このような日々も終わりを告げ、再び忙しい日々が始まるのだった。




