第27話~旅の始まり~
町の東門から馬車を繰り出すと、整備された街道が目に入った。
街道はどこまでも伸びていて、地平線の彼方まで続いていた。
「パトリック。長い旅だけどよろしく頼むぞ」
「ぶひひひん」
俺が馬車を引くパトリックに声をかけると、そうやって鳴いて俺に応えてくれる。
パトリックは俺が飼っている馬の名前だ。
普段は家の近くの宿屋に預かってもらっているのだが、ちょっと遠出を要する依頼があったりすると、すぐに連れ出してきて使っている。
こいつとの出会いは、北部砦での戦いの時だ。
そう。あの時、俺とエリカとヴィクトリアの3人を乗せて、無事モンスターの群れから逃げおおせてくれたのがこいつだ。
こいつは別に名馬というわけではないが、3人を乗せて普通に走れるくらいには頑丈で、頭も良くて命令はちゃんと聞くし、何より一緒に戦った戦友だ。
だからあの戦いでの褒美ということでもらってきて、以来飼っているというわけだ。
「パトリック、かわいいです」
ヴィクトリアなんかは生き物を飼うのが初めてらしく、そう言ってはパトリックをかわいがり、暇な時にはよく世話をしてやりに出かけたりしているようであった。
「さあ、そろそろ昼飯にするか」
町を出てから2時間後、昼飯を食べることにする。街道脇の大きな木の側に馬車を止めると、指示を出す。
「ヴィクトリア。パトリックの餌と水桶を出してくれ」
「ラジャーです」
ヴィクトリアがパトリックの餌と水桶を収納リングから出す。
「エリカ。パトリックに水をやってくれ」
「はい。『水球生成』」
エリカが魔法で水桶に水を入れる。たちまち水桶が水で満たされる。
「しっかり食えよ」
「ぶるるるる」
パトリックが喜んで餌を食い始める。
「さあ、俺たちも食うか」
エリカが弁当を広げる。
「今日は初日なので奮発しました。さあ、どうぞ」
「いただきます」
さあ、素敵なご飯の時間の始まりだ。
★★★
ああ、ホルスト君の顔をまともに見られない。
アタシ、リネット・クラフトマンは人生で初めてというくらいに動揺していた。
今まで多くの冒険に行き、多くの魔物たちと戦ってきたが、こんなに動揺したことはなかった。
今だってホルスト君に料理皿を渡してもらったときに手が触れただけなのに、心の中は汗でびしょぬれだ。。
まあ、表面上だけは普段通りに演技できたはずなので、心の中まで知られてはいないはずだ。
それだけは、自分でもよくやったと思う。
何せ彼にはすでに奥さんがいるし、その上愛人までいるのだ。
アタシのような年上の女が割り込もうとしても迷惑なだけだろう。そうに違いない。
それにしても。アタシはお父さんに対して怒りを覚えずにいられない。
アタシがこんなに悩む羽目になったのは、お父さんのせいだ。
お父さんが変なことを言うから。最期まで、死ぬまでついて行けなんて言い出すから、アタシは大変動揺してしまったのだ。
大体奥さんがいる男に娘を任せるとはどうなのだろうか。
そりゃあ、この世界では甲斐性のある男が複数の女性を妻にするのは普通だし、変な独身の男に嫁ぐよりも、妻子持ちでもしっかりした男に嫁がせた方が娘が幸せになれると考える親も多い。
だからアタシはお父さんを全否定したりしない。
でも、お父さんが余計なことを言ってしまったことでアタシはわかってしまった。
アタシは今までホルスト君のことを異性として意識していないはずだった。
いや、実際には意識していたのだろう。意識してないと自分で信じようとしていただけだ。
最初にギルドの受け付けで出会った時に既に好みの男だと思っていた。いわゆる一目惚れだったというやつだったわけだ。
そして、北部砦の戦いでその思いは決定的に強くなり、元Aランク冒険者のお父さんを倒した時にとどめを刺された。
最初に会った時、「一緒に嫁にもらってくれ」と言ったのを、自分では質の悪い冗談を言ってしまったとあの時は思っていたが、本当は冗談ではなく、アタシの本音がこぼれ出ただけだったのだ。
今回の旅だって、冒険に行きたいという気持ちがあって頼み込んだのも本当だが、それよりもホルスト君と一緒に旅をしたいという気持ちのために頼んだのだ。
それらの気持ちをアタシは必死に隠してきた。
だから、お父さんにそれらを暴露されて、動揺したのだ。
ああ、どうしよう。
いっそのことこの思いを全てさらけ出して楽になろうか。
でも、その場合失敗すれば全てが終わってしまう。
ホルスト君の前に二度と顔を出せなくなるし、せっかく仲良くなったエリカちゃんやヴィクトリアちゃんとの関係も終わりだ。
それはいやだ。
アタシはしばらく考え、決意する。
このアタシの気持ちは一生隠しておこう。
そこまで考えると少し気持ちが落ち着き、アタシは旅に出て初めての昼食を食べ始めた。
「これ、おいしいね」
「だろ。何せ俺の嫁さんが作った料理だからな」
ホルスト君はにっこりと笑う。
この笑顔をずっと見続けていたい。そのためには……。
アタシは自分の判断を支持するのだった。
★★★
ノースフォートレスの町を出てから2週間。
旅は順調に進んだ。
「ガイアスの町まで半分くらい来たな」
「ここまでは何事もなく平和でしたね」
「まあ、ここまでは平野部でしっかり街道も整備されていたからな」
そう、ここまでは平坦でしっかりとした道が続いていた。
だからモンスターも少なかったし、盗賊などの類もいなかった。
途中に宿場町も多く、夜も安心して休める場合が多かった。
「しかしここからは山間部や森を多く通る。街道の整備が追い付いていないにところも多い。宿場町も少なく、野宿をすることも増えるだろう。モンスターも増えるだろうし、盗賊が出没するという噂もある。気を引き締めて行かないとな」
「はい」
「それでは行くぞ」
★★★
山道に入ると、移動速度が格段に落ちた。
道が悪くなったうえに坂道が増えたのだから当然だ。
「パトリック、頼むぞ」
そんな中、俺はパトリックを優しく鼓舞しながら先に進んでいく。
「ぶひひひん」
パトリックはそんな俺に応えてくれて、懸命に進んでくれる。
それでも、疲れて時々立ち止まったりする。
「パトリック、回復してあげるからね。ガンバ!」
そういう時は、ヴィクトリアがそうやって『体力回復』の魔法をかけてやっている。
「ぶるるる」
そのたびにパトリックは元気を取り戻し、再び前進を再開する。
そんなことを繰り返しながら先に進んでいくと、エリカが反応した。
「この先に何かいます」
「なにか?魔物か?」
「それはわかりませんが、私の魔法に引っ掛かりました」
「ふむ」
さてどうするか。
敵の正体がわからないのなら、とりあえず探ってみるか。もしかしたら、噂の盗賊かもしれないし。
俺は少し考えて決断を下す。
「よし、俺が偵察に行ってくるから皆は武装して待機しておいてくれ」
「はい」
俺は自分の防具をつけると馬車の外へ飛び出した。
木の陰に隠れつつ、エリカの言う方へ移動する。
「いた。盗賊か?」
というか、こんな山の中にいるなんて木こりか猟師でもなければ盗賊に違いなかった。
そして目の前の奴は木こりにも猟師にも全く見えなかった。
盗賊は現場の木の上に弓を持って待機していた。
だが、どうにも緊張感に欠けるやつで、ふああと暢気に欠伸をしている。
「他にもいるな」
他にも人の気配を感じた俺は、弓を持った奴に気づかれないよう細心の注意を払いながら、気配のする方へ向かった。
「ひい、ふう、みい……全部で20人か」
残りの連中は近くの岩の陰に隠れていた。全部で20人いた。
皆凶悪そうな面をしていていかにも盗賊といった感じの連中だ。
武器も各々好みのものを使っていて統一感がない点も盗賊らしかった。
「よし、早速帰って作戦を練るか」
俺は状況を確認すると急いで馬車へ帰った。
「おい、大変だ。盗賊が待ち伏せていたぞ」
俺は馬車に帰ると、エリカたちに状況を報告する。
「盗賊ですか?旦那様」
「ああ、間違いない。多分昨日宿場で聞いたこの辺りで旅の商人を襲ったり、村を襲撃したりしているという盗賊だろう」
「それで、ホルスト君はどうするつもりだい」
「この辺りにほかに道はないから、あそこを通るしかないですので、殲滅してやろうかと思います」
「ワタクシは賛成です」
ヴィクトリアが俺の意見に賛成する。
「そんな奴らはパパっとやっつけちゃいましょう。そうすれば他の人も安心してこの道を使えるようになります」
「そうだな。エリカとリネットさんはどうだ」
二人もコクリと頷いた。これで決まりだ。
「それでは」
「待ってくれ、ホルスト君。一つ提案があるんだが」
いざ行動に移る前にリネットさんが一つ提案してきた。
「噂によると、その盗賊たちは村を襲ったときに人さらいもしているらしい。盗賊を倒すなら、ついでにそういう子も助けてあげたらどうだろうか。多分、盗賊のアジトにいるはずだ」
「ふむ、盗賊を殲滅するなら徹底的にということですか。まあ、ここで完全につぶしておけば、帰りも安心ですからね。いいですね。やりましょう」
そうとなれば、早速準備をしなくては。作戦会議の時間だ。
本日の投稿は以上です。いかがだったでしょうか。楽しんでいただければ幸いです。
明日は2話投稿します。
1話目は12時k頃の予定です。ご期待ください。




