第145話~地底湖への洞窟 後編 新たなる神獣その名は……~
もう少しで地底湖への洞窟というところまで来た。
「いよいよですね」
ヴィクトリアが妙に張り切っている。
いや、ヴィクトリアだけではない。
「伝説の地底湖。どんなところでしょうかね」
「楽しみだね」
「銀も早く見たいです」
皆未知なる湖への期待で胸を躍らせているようだ。
さて、皆の士気も高いようだし、このまま張り切って進むとしよう。
★★★
「旦那様、あれは?」
街道を移動していると、ある町で検問をしていた。
何だろうと思ってみていると、その兵士はクラフトマン宰相家の家紋入りの鎧を身に着けていた。
ということは、この兵士たちはクラフトマン家の兵士ということになる。
俺は近づいて何があったか聞いてみる。
「すみません。何があったんですか」
「うむ、実はこの近くに我々が管理している洞窟があるのだが、そこから急に魔物が湧き出てきてね。それで、ここでそこに誰も近づかないように検問しているんだ」
我々が管理しているこの近くの洞窟。多分、地底湖への洞窟のことだろう。
そこから魔物が湧き出ているとか……もしかして、いや、もしかしなくてもやばい状況だった。
もっと詳しい話を聞きたいが、これ以上部外者に教える気はない。
兵士の目はそう語っていた。
となると、ここはあれの出番だな。
俺は懐からクラフトマン宰相家のペンダントを取り出すと、兵士に見せる。
それを見た兵士が目を丸くする。
「こ、これはクラフトマン宰相家の……まさか、あなた様は……」
「うん、すでに宰相家の方から連絡が行っていると思うが、俺がホルストだ。俺たちはどうしても洞窟に行かなければならない。状況を詳しく説明してくれないか?」
「は、畏まりました」
その後、俺たちは兵士から事情を聞くことになった。
★★★
「5日前のことでした」
兵士が何があったか話し始めた。
「我々はいつも通り洞窟の警備についていました」
その日は朝から小さな地震があったことを除けば何事もない日だったという。
それに地震もここではごく普通の現象であるので、兵士は後で思い出したらそんなこともあったなと思いだす程度のものだったという。
「警備中も特に何かあったわけではなく、もうすぐ昼休憩かなという時刻になったころでした」
突然、洞窟の中から魔物の群れが現れたのだという。
洞窟の警備は外から洞窟の中へ入ろうとする者へ対しての警備であり、洞窟の中から何者かが現れた時に対応するための警備ではなかった。
だから、突然洞窟から現れた千を越える魔物の群れに対応できず、命からがらここまで逃げてきて、被害がこれ以上広がらないように検問しているということだった。
「それで、これからどうするつもりなんだ」
「はっ。今王都に援軍を要請中であります。援軍が到着し次第、魔物への攻撃に移り、奴らへの排除を刊行する予定であります。ということで、それまでは洞窟に近づくのは禁止となっております」
援軍は要請しているのか。まあ、妥当な判断だが、それでは遅すぎる。
突然洞窟から魔物が現れたということは中ですでに何か起こっている可能性が高い。
援軍の到着を待っていては手遅れになる可能性が高かった。
だから、俺は兵士にこう言った。
「そういうことなら俺たちに任せておけ。魔物たちから洞窟を奪還してやる」
★★★
それから2時間後。
俺たちは地底湖への洞窟の前にいた。
「旦那様、結構な数の魔物でしたね」
エリカの言う通りここへ来るまでに数百匹の魔物を討伐してきた。
兵士の話だと千を超えていたという話だったが、俺たちが来たのと反多雨の方向にも町があるので半分くらいそっちへ向かったのだとしたら、この程度の数しかこっちにいなかったのも納得できるというものだ。
洞窟の前には城壁が設置されており、外からの侵入者に対しての備えは十分であったが、城壁は内側から破られていた。
「よし、皆準備はいいか?」
「「「「はい」」」」
準備もできたので、俺たちは洞窟の中へと侵入した。
★★★
「うーん、困ったな」
洞窟に入った俺たちは早速困難に直面することになった。
なぜかって?
簡単な話だ。入口から少し入ったところでいきなり道が分かれているからだ。
しかも、3つにだ。
「ホルストさん、どうしましょうか」
ヴィクトリアが俺が困っているのを見て、心配そうに声をかけてくる。
手としてはいくつかないこともない。
通常のダンジョンのようにマッピングしながら行くというのが一番堅実な手だが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。
何せ今は緊急事態だ。時間が惜しい。
頭をかきながら、何とかしようといろいろ考えるが、いいアイデアが浮かんでこない。
焦りの感情が頭の中を駆けずり回り、余計に思考を鈍らしてしまう始末だ。
こうなったら、一か八か、運を天に任せて突っ込羽毛かと思った、まさにその時。
「お困りですか?」
突然誰かから声をかけられた。
「誰か、何か言った?」
俺は他の4人に聞いてみたが、
「さあ、声なんかかけていませんよ」
と、誰も俺に声をかけていなかった。
「こちらです。こちら」
また声がした。
俺たちは急いでそちらの方を見る。
「白いネズミ?」
そこには白いネズミがいた。
★★★
「拙者の名はネズ吉。アリスタ様にお仕えする神獣の一匹でございます」
白ネズミは俺たちの前に立つとそう名乗った。
「まあ、あなたはおばあ様の所の神獣なのですか。そういえば、おばあ様の神殿のお庭で会ったことがあるような気がしますね」
「その通りでございます。ヴィクトリア様。あなた様とは以前にお会いしたことがございます」
どうやらヴィクトリアの知り合いの神獣らしかった。
知り合いということがわかって、緊張の緩んだヴィクトリアの口調が軽くなる。
「それで、あなたはここで今何をしているのですか」
「はい、拙者は現在この洞窟の管理をアリスタ様に任されております。それで、皆様がそのうち来るだろうから、来たら協力してほしいとアリスタ様に仰せつかっております」
協力か。それはありがたい話だった。
協力してくれるというのなら、これほど心強いことはない。
ただ、その前に是非とも聞いておきたいことがある。
「それで、一つ聞いておきたいんだが、今この洞窟からたくさんの魔物が湧き出ているようだが、どういう状況なんだ?」
「はい、実は数日前、この洞窟の奥『封印の扉』の前に突如転移魔法陣が現れまして、そこから魔物が湧き出してきているのです」
封印の扉?
そういえばリネットのおじいさんがそんなものがあるとか言っていたな。
「それと、もう一つ問題があります」
「なんだ?」
「実は封印の扉の向こうには地底湖があり、『カリュドーンの猪』という神獣が守護しているのですが、転移魔法陣が出現したのと時期を同じくして、連絡が取れなくなりました。拙者とカリュドーンの猪は2匹で協力してこの地を守護する使命を負った身。今まで常に連絡を取り合ってきた身なのですが……こんなことは初めてです」
ネズ吉が心底心配そうな声で言う。
長年の同僚の安否が不明で、さぞ不安なのだと思う。
「わかった。そのカリュドーンの猪のこともどうにかしてやる。ただ、順番というものがあるからな。まずは転移魔法陣を消し飛ばして魔物を何とかしてから、地底湖へ突入するということでいいか?」
「はい、お願いいたします」
「よし、それでは封印の扉まで案内してくれ」
「畏まりました」
こうして、俺たちは白ネズミのネズ吉の案内で封印の扉へ行くことになった。
★★★
それから1時間後。
「やっと着いたな」
俺たちは封印の扉へとたどり着いた。
「ここに来るだけでも結構な数の魔物を倒しましたね」
「ああ、大した相手はいなかったけどな」
本当に大した相手はいなかった。
この洞窟に来るまでに戦った巨大ミミズやらソルジャーアントやらばかりだった。
ただ、洞窟の中は狭くて強力な魔法で吹き飛ばしたりしたら俺たちにも被害が及ぶ可能性があったので、俺とリネットが二人で力づくで排除した点だけが、外との戦闘スタイルの違いだ。
まあ、雑魚相手の戦闘経過など、どうでもよい。
今は目の前の転移魔法陣と封印の扉をどうにかするべき時だ。
「『空間操作』」
俺は『空間操作』の魔法を使い、目の前の転移魔法陣の座標を書き換えてやる。
具体的にはこの転移魔法陣の入り口と出口の座標を同じにしてやるのだ。
これで転移元の転移魔法陣からこちらに来られなくなるはずだ。
ちなみにこの方法を教えてくれたのはヴィクトリアだ。
「ホルストさん、転移魔法陣の効果を打ち消すのにはこういう方法があるんですよ」
そう教えてくれたのだ。
正直ぶっつけ本番で臨むわけでうまくいくか自信がなかったのだが、
「お、転移魔法陣の光が消えたな。これで向こうとのリンクが切れたというわけだ」
どうやらうまくいったようだった。
「それでは、リネット。後は頼む」
俺の言葉を受け、リネットが宰相からもらった小箱を抱え扉の前に立つ。
そして、小箱を開け、中から赤い宝石を取り出す。
そう、この宝石こそが扉を開けるための鍵だった。
リネットは宝石を手に取り、扉に押し当てながら言う。
「伝説の扉よ。ドワーフ王の子孫たるリネットが命ずる。今こそその封印を解き、我らを約束の地へと導け!」
ゴゴゴゴゴ。
リネットの言葉とともに勝手に扉が開く。
「やったな。それでは先へ行くぞ」
「「「「「はい」」」」」
いよいよ、俺たちは伝説の地底湖へと進むことになった。




