閑話休題20~その頃のオヤジ~
「ほら、カイラ出かけるぞ」
「はい、旦那様」
その日の昼。
ホルストの父親であるオットーは妻のカイラを連れて出かけた。
カタカタカタ。
馬車を走らせて目的地へと向かう。
「すいません。これください」
「ありがとうございます」
途中、お菓子屋に寄って子供用のお菓子を買う。
そのお菓子を大事そうに持って二人は移動する。
目的地はそんなに遠いところではない。
お菓子屋を出て10分もしないうちに着いた。
着くなりオットーは門番に声をかける。
「オットー・エレクトロンだ。ここを通してくれ」
「これは魔法騎士団長様。今日はどういったご用件でしょうか」
「うむ。今日は月に一度のあれの日だ」
「ああ、あれですか。わかりました。どうぞお通りください」
門番の許可が出たので、オットーたちは目的地へ入って行った。
そう。ここはヒッグス家の屋敷。
そして、今日はオットーたちが月に一度だけホルスターに会える日であった。
★★★
「どうぞ、こちらです」
屋敷の執事が二人をリビングに案内してくれる。
「おう、お前ら来たのか」
すると、リビングの前には、エリカの祖父でヒッグス家のご隠居であるセオドアがすでにいた。
「それでは入りますか」
3人は合流すると、一斉にリビングに入る。
ホルスターにはオットーたちの他にセオドアも一緒に会うことになっている。
3人で会える時間は1時間。
「3人一緒に会うんだから3時間にしてくれ」
と、ホルストに直談判してみたが、
「嫌なら、0でもいいんだぞ」
そうにべもなく言われてしまったので、泣く泣く今の形態を受け入れている。
3人の間でのホルスターの取り合いも激しい。
「ほーら、ホルスター、おじいちゃんがお馬さんになってやるぞ。背中に乗りなさい」
「ほうら、ホルスター、おばあちゃんがお菓子持ってきてあげたからね。食べなさい」
「ホルスター、ひいおじいちゃんはおもちゃ買って来てやったぞ。これで、遊びなさい」
3人ともホルスターの気を少しでも引こうと必死だ。
しかし、これでもまだましな方だ。
初期のころはもっとひどかった。
ホルスターと別れた後、3人で言い合いになることもしょっちゅうだったのだ。
今は3人の中で役割分担というか、住み分けができてきたので、喧嘩することもなく共存できるようになっている。
ただ、それも孫(もしくはひ孫)かわいさゆえだ。
それはホルスターにも伝わってはいるようで。
「じいじ、ばあば、ひいじじ」
最近はそう呼んでくれるようになった。
ただ、そうやってホルスターと楽しくやっている3人を見張っている存在がいた。
「まあ、楽しそうなこと」
それはエリカの母親のレベッカだった。
3人がホルスターといる間ジッと監視していた。
3人はメアリーのことを悪魔とひそかに呼んでいる。
3人はホルスターに余計なことを言わないという約束で面会の許可を得ている。
「あら、今余計なことを言いましたね」
レベッカにそう判定されたら即面会終了だ。
だから、3人はレベッカの前ではびくびくしながら過ごしている。
そのようにして3人は楽しい時間を過ごしたが、楽しい時間はあっという間に終わるものだ。
「はい、はい。もう時間ですよ」
1時間経ち、レベッカにそう告げられた。
「ホルスター、それじゃあね」
「ばい、ばい」
こうして3人のホルスターとの楽しい時間は終了したのであった。
★★★
「さて、それでは反省会ですよ」
ホルスターとの楽しい時間が終わった後は、反省会という名のレベッカのお説教タイムだ。
この反省会は3人にとってつらいものだった。
なぜなら、今の自分たちの立場の惨めさを思い知らされることになるからだ。
反省会はまずレベッカのお説教から始まる。
「あなたたち、またたくさんホルスターにお菓子あげてましたよね。あげるのはいいけど、たくさん食べさせたらご飯食べなくなるからほどほどにしなさいと言いましたよね」
「いや、レベッカ違うんだ。これは……」
「言い訳無用!全員、懲罰点1点です」
「「「!!!」」」
レベッカの宣告を聞いて3人の顔が恐怖に歪む。
懲罰点。これは3人が不始末を犯すたびに1点ずつたまっていき、3点たまると次のホルスターとの面会が禁止になるのだった。
「レベッカ、そんな……」
3人が抗議しようとするが、レベッカは聞き入れなかった。逆に、
「私の決定に逆らうというのなら、懲罰点を2点与えますけど、そちらのほうがよろしいですか?」
と、脅してきたので、3人は黙り込むしかなかった。
お説教の後は反省文の作成だ。
「最低でも、この紙2枚分は書いてくださいね」
反省文は2つ書く。
ホルスターとの交流についての反省文と、ホルストにしてきたことの反省文だ。
これを大きめの紙にびっしり2枚ずつ書かなければならなかった。
「オットーと父上、ここ字間違ってますよ。書き直し!」
しかも、レベッカのチェックは厳しい。
内容は当然だが、誤字脱字、字のきれいさまできちんとチェックされる。
「さあ、それでは写経の時間ですよ。丁寧に写してくださいね」
反省文の後は、聖書の写経という名の精神修行の時間だ。
「今日はアリスタ様のお言葉第二章を写してくださいね」
レベッカの指示通り3人が聖書の該当箇所を写していく。
写経というか他人の文章を写すというのは正直面倒だ。
どうしても自分で文章を書く場合よりも作業感が強く出てしまうからだ。
しかし、手を抜くことはできない。手を抜いたのがレベッカにバレたら懲罰点をくらってしまう。
だから3人は一生懸命写経する。
「まあ、合格ですかね」
何とか写経の試練が終わると反省会は終了する。
これで、ようやく3人の苦行は終了した。
★★★
ヒッグス家からの帰り道。
オットーたちは嘆いていた。
「何で孫に会うだけで毎回こんな目に遭うのだ」
今や孫に会うことだけがオットーたちにとって唯一の楽しみだった。
娘は犯罪をとがめられて修道院に追いやられて会うことができないし、帰ってきたところで世間の目があるのでもうあまり構ってやれない。
家督をホルストに譲って収入が減ったせいで使用人を減らさざるを得なかったので家の中もだいぶ寂しくなった。
おまけに仕事場での居場所もなくなりつつあった。
部下たちにホルストとの仲の悪さを知られてしまったからだ。
おかげで部下たちの視線がきつく、そのうち仕事を辞めざるを得ないだろうと思っている。
正直きつい生活だった。
まあ、それもこれもホルストに酷いことをしていた報いが帰ってきただけの話で、因果応報というやつである。
それでも、二人、いやセオドアをいれれば3人か、にとって唯一の希望はホルスターだけだった。
「ああ、もっとホルスターに会いたい」
オットーはそう決して叶わない望みを呟くしかないのであった。




