第129話~ボランティア部と孤児院の子たちとの思い出作り~
卒業式の次の日。
「みんな集まったようだな。それでは行くか」
俺たちはボランティア部の子たちと孤児院の子供たちを連れて町の時計塔に向かった。
時計塔は町の人たちに時間を知らせる大事な施設であるとともに、町の観光資源でもある。
有料で展覧スペースに入ることができ、いい観光名所になっている。
まあ、地元の観光名所というと、地元の人間はむしろ行ったことがないケースが多いものである。
もちろん俺も行ったことがないし、ボランティア部の子も孤児院の子たちも行ったことがないそうだ。
このメンバーの中で行ったことがるのはエリカぐらいだろうか。
確か、何かの式典の時に行ったとか、そういう話を聞いたことがある。
ということで、俺たちの卒業の記念ということで、俺たち家族6人と、ボランティア部の子たち、
孤児院のマリアさんと子供たちで行ってみることにしたのだった。
「それでは、これが料金ね」
「ありがとうございます」
入り口で俺が入場料を払い、皆で一斉に入場する。
「わー、すごーい」
中に入るなり孤児院の子供たちが大はしゃぎする。
『天空の塔』ほどでないが、時計塔も十分に高く、見上げると首が痛くなりそうだった。
時計塔の一階部分は『天空の塔』と同じようにカフェスペースになっていた。
俺はその中のお店の一つに行くと、店員に注文する。
「すみません。クレープとジュースをください」
「お客様、どの種類のクレープやジュースをお求めですか」
「みんな、何でも好きなの注文しろよ」
「僕はイチゴクレープとりんごジュースがいい」
「私はバナナクレープとオレンジジュースがいいです」
俺の言葉を受け、子供たちが次々に注文していく。
俺はこの前の文化祭の時、孤児院の子供たちにクレープを食べさせてやる約束をちゃんと覚えていた。
だから、こうしてクレープを買ってやっているというわけだ。
「子供たちが終わったら、お前たちも注文しろよ」
「はい、ありがとうございます」
もちろん、子供たちだけではあれなので、エリカたちやボランティア部の子たちにも買ってあげることにする。
「いただきます」
一通り皆に行き渡ったの確認すると一斉に食べ始める。
「僕、こんなおいしいお菓子食べたの初めてだよ」
「私も」
子供たちも非常に喜んでくれているようで何よりだ。
さて、クレープも食べたことだし、時計塔に上るとしよう。
★★★
「うーん、いい眺めだな」
時計塔からの眺めはとても良かった。
ヒッグスタウンの町は人口30万人ほどの大きな町だ。
ノースフォートレスより人口は少ないが、それでもかなり多い方なのは間違いない。
町もよく発展していて設備も充実している。
町の中心に位置する魔法大学は王国唯一の魔法研究機関だ。
ここでは日々魔法や魔道具の研究が行われており、たくさんの魔法使いたちが日々研鑽を摘んでいる。
さらに、この大学に併設されている図書館は魔導書の蔵書数が世界一と言われている。
ここへは王国中、いや世界中から魔法の知識を求めて多くの魔法使いが集まって来ていた。
まさに魔法使いにとっては智の宝庫と言えるような場所だ。
他に、この町の魔道具工房も世界一の規模を誇っている。
ここの魔道具工房で生産される汎用魔道具の数は世界一だ。
実に王国の生産量の8割を占めており、国外に輸出される物も多い。
その魔道具工房の横には職人の養成学校もある。
数多くの魔道具職人がここで魔道具の制作技術を学んでいる。
それらの人の多くはここの魔道具工房で働くことが多いのだが、中には独立してフリーになる人もいる。
うちの馬車の改造をしてくれた魔道具職人さんもその一人で、養成学校を卒業後、魔道具工房でしばらく働いた後、独立したのだそうだ。
さて、俺がそんなことを考えながら町の光景を眺めている後ろでは。
「エリカ先輩の赤ちゃん、かわいいですね」
「ほら、ホルスター君。こっちへ向いて」
ボランティア部の子たちがホルスターをいじっていた。
「あう、あう」
呼ばれたホルスターがヨチヨチ歩きでボランティア部の子の所へ向かうと、彼女たちがキャッキャともてはやす。
それを見てエリカたちがうんうん頷いている。
多分、自分の息子やかわいがっている子がちやほやされてうれしいのだと思う。
一方、子供たちやマリアさんは時計塔からの眺めを楽しんでいた。
「シスター、町見えてすごーい」
「本当ですね。私もこうやって眺めるのは初めてです」
子供たちのみならずマリアさんまでも手摺から身を乗り出さんばかりにして町の景色を楽しんでいた。
そんな皆の楽しんでいる様子を見ていて俺は思う。
ここに連れてきてよかったな、と。
★★★
時計塔を出た後は場所を移動した。
目的の場所はそんなに離れていない。
商業区にあるちょっとした集会所だ。
「みんな、入って、入って」
俺はみんなに中へ入るように促す。
この集会所は貸しスペースになっており、今日は俺が借りている。
集会所の中のホールにみんなを誘導する。
「うわー、すげえ」
「お菓子がいっぱいだあ」
ホールに入るなり子供たちが狂喜乱舞する。
というのも、集会所のホールには料理やお菓子が所狭しと並べられていたからだ。
気の早い子供など、早速料理に手を伸ばそうとするが、
「まだ駄目ですよ。ホルストさんの用事が終わってからですよ」
と、マリアさんにたしなめられしゅんとする子もいた。
そう。これらの食事をする前に俺たちにはすることがあるのだ。
★★★
「……それでは、ここに剣術基礎コースを修了したことを証する」
そう言うと、俺は子供の一人に剣術修行終了の終了証を渡してやる。
終了証といっても俺が勝手に書いて渡しているだけなので、公的な価値は何もない。
あくまで、子供たちを喜ばせるためにやっていることだ。
「よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
終了証を渡す時に子供たちの頭を撫でてやると、子供たちは嬉しそうに笑い、自分の席に戻っていく。
今俺たちがやっているのは、俺とリネットに剣術を習った子供たちへの剣術修行の終了証の授与式だ。
折角俺たちに剣術を習ったんだから、その努力と成果を称えるために企画したイベントだ。
一通り子供たちに終了証を渡した後は、俺が挨拶する。
「みんな、よく頑張ったな。これで俺とリネットの剣術講習は終わりだ。終了おめでとう」
パチパチ。
俺は手をたたいて子供たちの努力をほめたたえる。
パチパチ。パチパチ。
俺が手をたたいたのを見て皆も一斉に拍手し、会場が拍手の渦に包まれる。
拍手が静まった後、俺は話を続ける。
「もし、この後も剣術の修業を続けたい人がいるんなら、俺の師匠であるヒッグス軍の師範に教えてもらえるように頼んであるから、希望者は俺に言ってくれ。今度連れて行くから」
ヒッグス軍の師範は俺に最初に剣術を教えてくれていた人だ。
とても優しい人で、魔法が使えない俺を差別することもなくよく世話をしてくれた人だ。
だが、俺に優しくするのをやめろ、と言われてそれを断ったところ、ヒッグス領内の辺鄙な街の部隊長に左遷されてしまった。
完全に俺のせいだ。
だから「俺のせいで、ごめんなさい」と謝りに行ったら、「ホルスト、気にするな」と、優しく頭を撫でてくれたのを覚えている。
なお、今は師範に復帰して新人に剣を教えている。
ヒッグスタウンに帰郷してすぐ、エリカのお父さんに事情を話に行ったら、「そんなことがあったのか。わかった。僕に任せておきなさい」と言ってくれ、呼び戻してくれたのだった。
それで、今回子供たちのことを頼みに行った時も、「構わないよ。連れてきなさい」と、快く引き受けてくれたのだった。
さて、子供たちのアフターケアも終わったことだし、後は楽しく卒業記念パーティーだ。
★★★
「さあ、どんどん食べてくださいね」
「いただきます」
修了式が終わると卒業記念パーティーの開催だだ。
「すげー、こんなの食ったことねえ」
「こんなにお腹いっぱいお菓子が食べれて、幸せ」
パーティーが始まると同時に子供たちが食い物に食らいついていっている。
ひたすら食べている。
そんなに慌てて食ったら食い物がのどに詰まるぞ。
そう心配になるくらいの勢いで食っていた。
「みなさん、そんなに慌てて食べたら体に悪いのでゆっくり食べてください。おかわりも用意していますから、なくなる心配などしなくて大丈夫ですからね」
「は~い」
見かねたエリカがそう注意したことで、ようやく子供たちも落ち着きを取り戻し、おとなしく食べるようになった。
しばらくはそうやって、楽しく食事をしていたが、やがて。
「そろそろ、ビンゴ大会するぞ」
ビンゴ大会が始まった。
これは孤児院の子供たちにおもちゃを配るための企画だ。
ビンゴを先に抜けた子から順におもちゃを取っていくようになっていた。
「ワタクシも参加したいです」
と、またヴィクトリアがバカなことを言ってきたので、
「アホか!これは子供のための物だぞ!お前は何歳だ!」
そう怒ると、悲しそうな顔でしゅんとしてしまったので、見るに堪えなくなった俺が、
「しょうがない。かわりに、ビンゴの数字が入ったボールをひく係をさせてやるからそれで我慢しろ」
と、言ってやると、
「わーい。ありがとうございます」
妙に喜んでいた。
うん、よくわからん。
なお、銀には参加を許可しておいた。
ちょっと趣旨から外れるかもしれないが、銀は子供だし、パーティーに参加しているのに一人だけゲームに参加できないのはかわいそうだと思ったからだ。
「やった!一抜けだ!このベーゴマいただき!」
「私はこのクマさんのぬいぐるみをもらうわ」
「私はパズルもらう」
おもちゃをもらった子供たちは大いに喜んでいた。
「えへへ、ホルスト様。銀も狐ちゃんのぬいぐるみもらえちゃいました」
銀もおもちゃをもらえたようで、俺に寄ってくるとそううれしそうに笑っていた。
俺がそうやってビンゴ大会を眺めていると。
「ホルスト様、ありがとうございます」
マリアさんがお礼を言いに俺の所にやってきて、頭を下げながらそう言った。
「子供たちを時計塔に連れて行っていただいたばかりか、このようなパーティーまで開いていただいて。本当に感謝の言葉もありませんわ」
「いやいや、俺たちの卒業パーティーに参加してもらって、お祝いしてもらってこちらこそありがとうございます」
「お礼などとんでもないです。こちらこそ子供たちに楽しい思い出を作っていただき、子供たちも非常に喜んでおります」
そう言うと、マリアさんはもう一度頭を下げた。
その後はしばらく二人で雑談をしていたが、やがて。
「そうそう。子供たちからホルスト様たちに贈り物があります。パーティーの最後に是非お受け取りください」
「俺たちに?それはありがとうございます」
「それでは、また最後に」
そう言うと、マリアさんは俺から離れて行った。
★★★
「ホルストお兄ちゃん。今までありがとうございました」
子供たちの中で一番大きい子が代表でそう言うと、俺に一枚の色紙を渡してきた。
それは子供たちの寄せ書きであり、俺に対するお礼の言葉が綴られていた。
「ありがとう」
俺はそうお礼を述べると、子供と握手した。
俺に続いてエリカたちも子供たちから次々ともらい、
「ありがとう」
そうお礼を述べていく。
「私たちも先輩方に贈り物があります」
子供たちの番が終わると、今度はボランティア部の子たちが贈り物をくれた。
花束と、やはり寄せ書きだった。
「ありがとう」
もちろん、ボランティア部の子たちにもお礼を述べる。
さて、俺たちへの贈り物贈呈イベントも終わったことだし、締めるとするか。
「みなさん、今日は俺たちの卒業記念パーティー並びに子供たちの剣術修了証書授与式に集まってくれてありがとうございました。みなさんのおかげで、最後に楽しい思い出ができました。感謝いたします」
俺が頭を下げると同時にヴィクトリアたちも頭を下げた。
すると、会場から拍手が沸き上がる。
それを聞いて俺は思う。
最高の学校生活を送れたな、と。




