第112話~ヒッグスタウン包囲戦1 序曲~
私、レイラ・エレクトロンは高くて堅牢なヒッグスタウンの城壁の上から魔物の軍勢を眺めて震えていた。
「怖い」
思わず口から本音がこぼれ出てしまう。
だってそうでしょう?
何せ30万にも及ぶ魔物の軍勢に包囲されて、いつ攻撃されてもおかしくない状況なのだ。
そんな状況で怖くないという奴なんて、私はアホだと思う。
「ぐおおお」
私がそんなことを考えていると、突然魔物の軍勢の一角から、魔物たちの遠吠えが聞こえてくる。
「ひっ」
あまりの迫力に私が短く悲鳴を上げた次の瞬間。
ビュッ。
敵陣から大量の矢が襲い掛かってくる。
「『矢防御』」
すぐにこちらの魔法使いたちが防御魔法を展開するが、それでも多少の隙間はある。
「ぐっ」
「うが」
結構な数の兵士や魔法使いに矢が命中する。
私の周囲でも同級生の子が何人か負傷して倒れるのが確認できる。
「う」
それを見て私の顔がさらに青くなる。
血をダバダバ出す同級生を見て思わず吐きそうになるが、何とかこらえる。
「医療班は負傷者をすぐに後方へ輸送して手当てを。急いで」
負傷者が出ると部隊の隊長が指示をだし、負傷者が後方へ搬送される。
もちろんこちらもやられっぱなしではない。
すぐさま反撃が開始される。
「『火矢』」
「『火球』」
「『風刃』」
まず魔法使い部隊が次々に魔法を放つ。
ドン。ドカン。ザシュ。
ヒッグス一族の魔法使いが放った魔法は次々を魔物たちを撃破していく。
「『火矢』、『火矢』」
私も頑張って魔法を放つ。
ボン。ボン。
私の魔法も何匹か魔物を焼くことに成功する。
この時だけは、先ほどの恐怖もどこへやら、内心が歓喜に包まれ、顔に笑みがこぼれる。
さらに。
「今だ!長弓隊、矢を放て!」
「は!」
ビュッ。ビュッ。
長弓隊が矢を一斉に放つ。
ドス、ドス。
連度の高いヒッグス家の弓隊の攻撃は正確で、魔物たちがバタバタと倒れていく。
「わー、わー」
魔法使いと弓隊の攻撃が成果を上げたのを見て、城壁の上が一瞬歓声に包まれる。
だが、それも束の間のことだった。
「全然減ってないぞ!」
誰かがそんなことを呟き、全員が意気消沈する。
そうなのだ。全然敵の数が減らないのだ。
折角敵の軍勢の一角に穴をあけたのに、すぐ後続が出てきてその穴を埋めてしまうのだ。
先ほどからこの繰り返しだ。
私は正直絶望した。
こんなにたくさんの魔物をどうすれば倒し尽くせるというのか?
うちの無能兄貴が魔法1発で10万の魔物を倒したとかいう噂があるが、そんなの絶対に嘘だと思った。
私は壁にもたれかかり、うなだれる。
そして、どうして今自分がこんな目に遭っているのか、思い出す。
★★★
事の発端は3日前だった。
その日、私は朝から普通に上級学校に登校していた。
私は上級学校の魔法使い養成コースの2年生だ。4月からは3年生、つまり最上級生になる。
だから、こうやって毎日頑張って登校している。
私がクラスに入ると同級生たちが挨拶をしてくる。
「レイラ様、おはようございます」
「あら、アイリンちゃん、おはよう」
「レイラ様、おはようございます」
「メイちゃん、おはよう」
同級生に挨拶された私は気さくに挨拶を返す。
みんなが私のことを”様”付けで呼ぶのは、私の方の家柄が高いからだ。
何せ私の家はヒッグス一族の中でも、1、2を争う重臣の家柄なのである。
父は魔法騎士団の団長だし、母もやはり重臣の家の出だ。
次のヒッグス一族のご当主様は、父方の祖父のお姉さんの息子、つまり父のイトコだし、近い親戚に重臣も多い。
たまに、無能兄貴のような落ちこぼれも出るが、基本優秀な一族だ。
そして私は魔力もかなり高い。
無能兄貴ほどではないが、あのアホは魔法も使えないはずなのに魔力だけはバカみたいに高い、私もかなりの魔力を有している。
その魔力はヒッグス一族でも上の方だと思う。
少なくともクラスの中では1番だ。
だから、こうやって同級生のみんなに尊敬されて、レイラ様と呼ばれているのだ。
同級生との挨拶が終わってしばらくしたら、授業開始だ。
「火系統の魔法は……」
魔法の先生が何か言っているが、私はあまり話を聞かずに、教科書を読むふりをしながら、最近お気に入りの小説を読んでいる。
別に私はさぼってなどいない。
天才の私にはもはやこの程度の授業など、子供が絵本を読むのと変わらない程度の内容なので、真面目に聞く必要などないからだ。
だから小説を読んで、有意義に時間を使っているだけに過ぎない。
そして、その時が来たのは2時限目の授業の時間だった。
「全校生徒は至急校庭に集合するように」
教頭先生が廊下を走り回って全校生徒にそう声をかけ始めたのだ。
仕方ないので私たち魔法使いコースの生徒も校庭へ行く。
「一体急にどうしたのでしょうか」
「寒いからあまり外に出たくないですね」
同級生たちとそんなことを言い合いながら、校庭へ出る。
「クラスごとに整列して」
先生たちの指示で校庭に整列する。
生徒たちが整列したのを確認すると、校長先生が話し始める。
「みなさん、一大事です。ヒッグスタウンが魔物の軍勢に包囲されました」
ざわざわ。
校長の話を聞いて全生徒が一様にざわつく。
「今、ヒッグス家の騎士団や魔法使い隊の方々が応戦していますが、敵の数が多すぎて手が足りない状況です。そこで、町の住人や学生たちにも動員令が下りました」
ざわざわ、ざわざわ。
学生も動員されると聞いて、生徒たちがさらにざわつく。
「それでは、生徒たちは担任の先生の指示に従って行動するように」
こうして、私たちは平凡な学生生活を中断して、突如戦場に行くことになった。
★★★
夜になると敵の攻撃は止んだ。
「ふう、これで一休みできる」
ただ、休むことは休めるが場所は城壁の上だ。
いつ敵が攻撃してくるかわからないので、全員がここで寝るのだ。
「お腹いっぱい」
量だけは十分な食事を取ったらすぐに寝る。
小さなストーブの回りに仲間で集まり、暖を取りながら支給された寝袋に潜り込んで寝る。
動員以来、ずっとこんな生活だ。
風呂にも碌に入れず、髪の手入れも満足にできないので、肌はべとべとしてきて、私の自慢のいつもフワフワに巻いている長い黒髪にも、艶がなくなってきていた。
横になる時、ある建物に明かりがついているのが見えた。
あそこは確か司令部だったと思う。
こんな時間にも明かりがついているということは、現在も父やご当主様たちが会議しているのだと思う。
まあ、私には関係のない話だ。
「そんなことより早く寝なくちゃ」
明日も激しい戦闘が予想される。
それに備えて私は眠りにつくのだった。
★★★
一方その頃。
ヒッグス軍の司令部では会議が行われていた。
当主代理兼総司令官のトーマスが上座に座り、息子のユリウスをを筆頭に、オットー以下部隊の司令官が勢ぞろいして、会議を進めていた。
「それで、オットー、戦況はどうだ」
トーマスがオットーに戦況の説明を求めると、オットーが答える。
「は、現在戦線は膠着しております。日々、激戦を繰り返しておりますが、敵の方が数が多いため、徐々にこちらの被害が増えている状況です」
「そうか。それで援軍のあてはどうだ」
「王国が派遣部隊を用意してくれておりますが、何分30万の魔物に対応できる部隊となるとすぐには用意できないみたいで、1か月ほど待ってくれとのことです」
「1か月か。長いな。しかし、それだけ待てば何とかなるか。それでは皆の者、引き続きどうやって1か月持たせるか考えるように」
「はは」
これで、会議は終わった。
短い会議だったが、今のところ全力で守りを固める以外の作戦がないのだから仕方なかった。
会議が終わると、トーマスは窓から夜空を眺めた。
夜空にはあまたの星が輝いていた。
トーマスはその空を見ながらつぶやく。
「何としても孫の顔を見るまでは死ねない!」
トーマスは全力で町を守り抜くことを誓うのだった。
新作の異世界恋愛短編小説を投稿します。
来週の12月15日木曜日18時05分に投稿します。
新作とありますが、本作のヒロインの一人であるヴィクトリアの祖母のアリスタを描いた作品です。
本作を読んでくださっている読者の皆様はもちろん、そうでない方にも楽しんでいただける内容となっておりますので、是非読みに来てください。




