一章 : 少年、『要塞』に入国する。
真昼。一面の草。草原と呼称するには十分で、小動物たちも平和にはしゃぎまわっている。
その丘の上に一人の少年。
十代半ばだろう。背中には大きな荷物を背負っている。どうやら旅人のようだ。
少年は独り言のように
「どこまで来ても、終わりが見えないや。」
と呟きながら、コンパスを持って歩いている。
すると、少年の背中のバッグから、本がひとりでに飛び出した。
飛び出すなり、本は
「この景色を楽しんでおくのも悪くはないけど、そんなこと考えてたら心、折れるよ。」
と、経験したかのように喋る。
実際、この本は少年の祖国で行われたキメラ実験で作り上げられたもので、人間と本が合成されているみたいだ。
それより、少年達は東へと向かっているようだ。東には大きな壁で作り上げられた、周りからは『要塞』と俗されている国がある。その名に恥じぬ防御・政治体制で、国家機密を知ったものはもちろん、転売にきた商人達ですら壁の中に入ったきり出てこなかったという。
「あぁ…僕たちが何か大罪を犯したらどうしよう…」
その外見、もとい表紙からは想像できないほど、本は国の噂に怯えている様子だ。
「大丈夫だよ。今まで僕たちがそんなことしてきた?」
「してないけどさ…怖いじゃん。」
「大丈夫だよ」
少年は本に言葉をかけながら、歩き続ける。
「本。距離あとどれくらいかわかる?」
「だいたい200mくらいだね。あともう一息だよ。」
「わかった」
そうして少年たちはしばらく歩き続け、草原を出た先に、金属でできたいかにもな城壁を見つける。
城門には3人の見張りがおり、三人ともスーツを着ていた。腰には護衛用の拳銃が装備されている。
「ここかな」
「怖い…」
少年は「すみません、入国してもいいですか?」と、見張りへ言った。
見張りはお互いに顔を見合わせたあと、「カードをお願いします」と言う。
この世界でカードといえば、一般的に『人間登録証明カード』のことを指す。全世界で使える住民票と思ってくれたら早いだろう。
少年はそれを渡す。見張りは一瞬怪訝そうな顔をしたが、間も無く「ようこそ我が国へ。存分にお楽しみください。」と言い、門を開けた。
門をくぐるなり、本は「怖かったぁ…」と弱音を吐く。
「怯えすぎだよ。悪い人じゃなかったでしょ?」
「でも目つきが怖いし!カード見たときも一瞬怪訝な顔してたじゃん!?」
「あれは僕の若さに驚いたんだよ」
「そうだとしても怖かった!!もう2度と来たくないよ…」
「はいはい」
少年は本の言葉を受け流し、綺麗に整備された道を歩く。
その城壁からは想像できないほどに町は穏やかで、中世の街並みのようで、とにかく発展していた。
「すごいね。ここは。」
少年は素直に感心した。今までに訪れた国の中で一番発展してるからだ。
と、突然大きな音がなる。
グギュルルルル…
「…。お腹、なったね。ご飯食べに行こっか。」
最寄りのレストランについた少年たちは、入店し、席に着く。
一般常識では本は一人でに宙を浮くことはないので、おとなしくカバンの中に入ってもらうことになっている。
しかし、本はその間も主人の視界を見ることができる。
「注文はここでやるのか…?すごいな…」
テーブルにはタブレットがあり、これで注文をするらしい。
メニューを見ると、見たことない、美味しそうな料理がたくさんあった。
「これが一番美味しそう…!」
注文し、料理が運ばれてくる。
壁際に設置された高速コンベアが、できたての料理をすぐに運んでくれるようだ。
「すごい…」
少年は感心した。まだ食べてもいないが、そのシステムが画期的すぎたのだろう。
運ばれた皿の上には、蒸された海老の身と、まわりにおしゃれなソースが盛り付けられている。
その横にはパン。ふわふわで、湯気が出ている。焼きたてなのだろう。
「いただきます!」
少年は手を合わせ、海老を緑色のソースにつけた。色味からして、バジルソースだということがわかる。
口に運び、咀嚼。少年はあまりの美味しさに驚き、一瞬だけ、思考が止まった。
「…美味しい…!」
パンをちぎって口に運ぶ。海老の旨味とパンの旨味が上手く絡み合っている。
少年は他のソースも試し、そのたびに美味しさに驚いた。
その勢いであっという間に一皿食べきってしまい、それだけで十分だったようだ。
少年は料金は机の端にあった投入口に入れた。どこまでも配慮がなされている。
そうしてから、荷物をまとめて店を出る。
「美味しかった?」
「うん。とても。」
「それは良かったけど、野菜成分足りてないんじゃないの?」
「『ソースには多種多様の野菜を使用しており、推奨されている摂取量の約3分の1が含まれています。』って書いてあったから、大丈夫だよ。」
「ほんとかなぁ…?それ。」
「疑ってもいいことないよ。さ、宿探さなきゃね。」
少年たちは、そのまま大通りに出て、通行人に近くの宿を聞きながら歩いた。
「すいません、このあたりで、安くて、シャワーとベッドがついてる宿ってありますか?」
「あぁ、それなら『ヴァルハラ』ってとこがおすすめだよ。格安で、旅行者や旅人には人気なんだ。君もそうかい?」
「ええ。『ヴァルハラ』ですね。ありがとうございます。」
「頑張れよ。」
「はい。……『ヴァルハラ』だよ。覚えといて、本。」
「はいはいわかってるよ。本だから忘れるわけないでしょ」
こうして行くべき宿の場所も記憶した少年たちは、道を歩き始めた。
道を北に歩き続けた少年たちは、目的地の看板を目にする。
「あ、ここだね。案外大きな場所だ。」
少年たちはドアを開け、宿内の受付へと行く。
「すいません、部屋に空きはありますか?」
「少々お待ち下さい…………はい。いくつかございます。」
「シャワーとベッドがついてる、一番安いところで。」
「でしたら、スタンダードルームへご案内いたします。何日ほど滞在されますか?」
「2日です。」
「了解しました。料金が2500オヒになります。」
「はい。」
「ちょうどお預かりします。部屋番号122番です。カードキーをお渡しします。ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとうございます。」
カードキーを受け取った少年は、ふかふかの地面を歩き、エレベーターを使って、13階へ行く。
「ねえ。」
「なに?本。」
「…つかれたね。」
「そうだね。今日はシャワーを浴びたら早めに寝るとするよ。」
「それがいいよ。」
短い会話をしているうちに、エレベーターは目的の場所のランプを点滅させ、ドアが開く。
少年たちは廊下を歩き、122番のドア前へ辿り着く。
カードキーを通し、解錠する。靴を脱いで、少年はベッドにダイブした。
「あ〜〜〜…………気持ちいい…………」
「ちょっと。早くシャワー浴びて。くさいよ。汚いよ。」
「キミ鼻ないでしょ。」
「だとしても汚い。早く入って。」
「わかったよもう…」
少年はベッドから起き上がり、服を脱ぐ。
いつもの姿からは想像できないほど細く、白く、きれいな身体をしている。
シャワールームに入った少年は、5分で出てきて、髪をドライヤーで乾かしたあと、寝ようとしたが、本に「歯磨き。」と威圧され、しょうがなく歯磨きをしていた。
ようやく歯磨きが終わり、少年は、「…もぅ寝ていい?」と眠そうに言った。本は、「いいよ。おやすみ。」と優しく囁き、少年を眠らせた。
「おやすみ。ノエル。」