【お年玉企画】幻の料理人
「それでは今回受賞した感想を先生から頂きたいと思います」
司会者が話を振ってきた
係員に促されて壇上に上がる
目の前には人、人、人
こんなに多くの人間から注目されたのは初めてかもしれん
いや二度目、だな
新人賞の時もこうだったはず
もっとも緊張しすぎて憶えていないがな
おかげで思いっきり緊張した
こうなったのもすべてあの人のおかげだ
もっともそう言ったら
「あなたが頑張ったからでしょうに」
と嫌な顔をするだろう
天邪鬼だから
いや今ならツンデレか
あの大きな身体でツンデレ
なんか笑えてきた
おかげで緊張が少しだけ減ったような気がしてきた
あれは3年前のことだった
とある雑誌の新人賞をとったオレは兼業作家としての道を歩んでいた
新人賞の作品は結構売れた
だがその後は出す本がどれもロクに売れなかった
山あり谷ありどころか谷ばかりの道だった
ウチの会社が兼業OKでよかった
どんなに売れなくても本業で食べていけるからな
とはいっても出版社も商売だ
そろそろ本気で見捨てる事態になってきた
次の作品を社内で読んで不評なら今後の付き合いはなかったことに
担当の編集さんが内々に教えてくれた
まあ所詮は一発屋だったってことだ
次回作を全力で書いてソレでダメなら諦めよう
そう心に決めた
担当さんは
「全力でサポートします!」
って頑張る気満々だった
オレの受賞作を最初に読んだという自称フアン1号だからな
「資料でもアイデアでも何でも持ってきます!」
とか言っているけどアイデアは不味いだろう
盗作になるぞ
まあそんなわけで頑張ってみよう、と言う話になったわけだ
そんな担当さんがおかしな話を持ってきた
幻の料理人がいる
最初は小説のネタだと思ったね
でもリアルの方の話だった
なんでも困っている人を助ける料理を作る料理人がいるそうだ
担当さんの先輩が「秘密だぞ」とコソッと教えてくれたそうだ
昔、先輩が担当している作家がスランプに陥った時に助けて貰ったんだとか
料理を食べた作家は見事にスランプを抜け出して今では大河ドラマの原作の常連だそうだ
・・・絶対にあの人だな
そんな訳で担当さんが幻の料理人に連絡をとったところ会う事になった
全部混み混みで1万円
・・・安すぎね?
<ピンポーン>
玄関のチャイムが鳴ったので出ると知らない男性が居た
「さあ行きましょう」
そう言って待っていた作家と担当さんを連れ出した
近くのスーパーに
幻の料理人はオレにカゴを持たせるとポイポイと商品を入れていった
ホット○ーキミックス
牛乳
卵
袋入りの餡子
・・・スーパーに餡子が売っているのを初めて知った
何でも売っているもんなんだな
「マーガリンとチョコクリームと蜂蜜と生クリームはありますか?」
幻の料理人が聞いてきた
最初の一つはまだしも他は20代後半強の成人男性の家にあるものではないと思った
「マーガリンはあります」
そう言うと残りのものをかごに入れていった
・・・幻の料理はどうしたと言いたい
家に帰ると料理が始まった
「では鍋にホット○ーキミックス一袋と牛乳を入れて掻き混ぜてください」
なぜか依頼主の作家が料理をしていた
解せん!
だがニコニコとしている幻の料理人に向かって文句は言えなかった
小説を書く内向的な人間にコミュニケーションを求めるのは無理だということだ
・・・ちくしょう
菜箸がないので普通の箸でかき混ぜた
おかげで指先がホットケーキミックスまみれだった
「舐めてもだいじょぶですよ?」
なぜが火を通していないブツを勧めてくる
ニコニコニコ
笑顔の圧力が凄い
Noと言えない小説家なのが悔しい
<ペロッ>
無理矢理なめさせられた
甘っ!
焼いていないのに甘かった
びっくりしたオレの顔を見たドヤ顔の幻の料理人の顔がウザかった
ああそうだよ
料理しないから知らなかったよ!
内心ヤケくそで罵った
「では焼いてみましょう」
幻の料理人に言われるままにお玉で少し掬って熱したフライパンに載せた
<ジュッ>
いい音がした
1分ほどすると表面がブツブツとしてきた
「ひっくり返して下さい」
言われるままにひっくり返すと確かにどらやきの皮?ができていた
これだけだと半分なので次々に焼いていった
もちろん幻の料理人と担当さんは見ているだけ
・・・なんか間違っていないか?
声を大にして言いたかった
「さあ食べましょう」
リビングの机の上にはどら焼きの皮?が多数乗った皿と餡子を盛った皿があった
皮を一つとる
餡子をスプーンで掬って塗る
皮をもう一個とり餡子を挟む
どらやきの完成だ
・・・家でも作れるもんなんだな
<ぱくっ>×3
3人で同時に食べた
「うまっ!」
思わず声を上げた
まず最初にどらやきの皮の甘さが口に広がった
その次にくるのが餡子の甘さだ
咀嚼すると二つの甘さが混ざり合ってとても美味しい
身体に甘さが沁み渡るようだった
思わず二つ目を作って食べたら幻の料理人が笑っていた
ああそうだよ
美味いよ
アンタの思惑通りだよ
思い通りになったのがなんか悔しかった
「マーガリンを付けて食べるともっと美味しくなりますよ」
幻の料理人が言ってきた
悔しい
くやしい
クヤシイ
そう思いながらどらやきにマーガリンを塗ってみた
「うまっ!」
思わず声が出た
ただのマーガリンを塗っただけなのにさらに美味くなった
「餡子のかわりにチョコクリームを挟んでみましょう」
「蜂蜜をつけてもいいと思いますよ」
「生クリームを含めて全部載せましょう」
・・・全部美味しかった
その後皿洗いを含む後かたづけをした
作家がな!
・・・依頼主がするのは間違っていると言いたい
「では失礼します」
そう言って幻の料理人は帰って行った
・・・どこに作品を書かせる料理があるのかと思った
書く気が増えたかと言われると微妙だ
担当さんにそう言うと
「とりあえず今日の所はこれでおしまいにしましょう」
と逃げられた
結構期待していたけど、そんなに期待していなかった
そんな態度だった
・・・人間の心の不思議ってやつだな
あるいは溺れる者藁をも掴むというやつだろう
とりあえず甘いものをたらふくたべて ~ホットケーキミックスの大袋全部使った~ せいでお腹が一杯だ
おやつを食べ過ぎたというやつだ
だから昼寝した
その夜、甘いものを食べたおかげか頭に栄養がいったようで凄い勢いで話を書き上げた
小説を書き始めてから新作を出すたびに初版どまりでいままさに没落がけっぷちのいままでの状況をせきららき脚色したという優れもの(自評)
夜の11時から書き初めて朝の6時までノンストップなので長大作になった
後で見直すと中二病満載で部屋の床をゴロゴロと転げ回ったと言うシロモノだ
書き上げた途端、担当さんに送ってしまったため正気に戻った時にはもう取り返しがきかなかった
過去に戻って殴ってやりたい
切実に思った
あまりの赤裸々過ぎる告白のため担当さんだけでなくその上の編集長まで不憫すぎて涙したらしい
・・・校閲から真っ赤になって帰ってきた原稿を修正したことは脳内の記憶から消したので一行も憶えていません
内容に問題がありすぎるので売れないだろうと思っていた
そしたら売れたよ
「作家としてここまでさらけ出すとはスゴイの一言だ」
映画化されたこともあるどこかの有名作家がコメントしたせいだ
そりゃそうだ
出版第二作がコケて絶望した挙句、部屋の壁を殴り倒して両手が血まみれで救急病院に担ぎ込まれたとか平気で書いてあるからな
怖いもの見たさの一種のお化け屋敷感覚かもしれん
おかげで『あの問題作家』などという不名誉?な称号が付いた
まあそのおかげでキワモノの企画が持ち込まれるようになった
あぶない小説!(あるいはエッセイ)はヤツに振れ
・・・金になったけど全然嬉しくない
まあ悪名のおかげでそこそこ売れるようになった
色モノ芸人ならぬ色モノ作家
・・・泣いていいかな
まあそんな不名誉な称号を返上すべくコツコツ書き上げた
異世界ファンタジー
元々オレの専門はこっちだ
・・・マッチ一箱持って樹海に入り1カ月過ごしたことを書くノンフィクションが専門だとは認めたくない
何度も書き直した上、担当さんにも読んでもらい推敲に推敲を重ねた一品だ
ネタに困った時には自分でどらやきを作り担当さんと食べながら議論した
なぜかどらやきを食べると話し合いが上手く行った
おかげで有名な賞を受賞できる傑作がかけた
今思うとたしかに幻の料理人という称号に相応しいといえた
当時は全然思わなかったけどな
思わず受賞のスピーチで
「幻の料理人のおかげです」
と言いたくなった
報道陣がいるので言ったら明日の朝には全国的に広まっていることだろう
・・・いや、やらないけどな
お祝いですとかいって袋入りの餡子(1kg)を口に無理矢理突っ込まれそうだからだ
でも、もう一度食べたくなった
担当さんに連絡先を教えて貰おうかね?