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5. 守護者の隠密とバラ2

前回の続きです。

「私、あなたたちの主人にはなれないの。」


 姫のまっすぐな目をただ呆然と見つめる。リアムさまに忠告されたときから、こうなるような気がしていた。でも譲れないのは私も一緒だ。とりあえずは様子を見よう。


「なぜかだけ、聞いていいですか?」

 少し頷いてから姫は続けた。

「理由は色々あるけど。とりあえずは、私が城を出るから。知ってるとは思うけどね。でもこの先どうするか、見当もついてないわ。そんな旅に帰らなくてはならない場所がある人たちを連れてはいけない。」そう言って、姫は私を見つめた。

 姫の澄んだ蒼い瞳は、故郷の森を思い出させる。谷といえども、森は深い。ずっとずっと高いところから降り注ぐ太陽も、木漏れ日となって緑にしか光らない。リアムさまの目は、そんな森の下から見る陽の光の色をしていた。この城に来てその色を見たときから、この人が私の光だと思って、ずっと従ってきた。でも、姫の瞳は。

 谷間を流れ行く大河に似ている。

 私の里は、雨が降るとすべての水がどっと押し寄せる。谷間であるからだ。そうなると谷の先にある丘まで走るか、崖の中腹にある洞窟に逃げ込むしかない。そんな危険な場所に住んでいるからこそ、私たち一族の身体能力は高い。ただそんな雨も止むと。

 半分ほど水に浸かった木の幹。さえぎるものがなくなった水面には光が差し込んで、青々と輝き出す。この景色は丘からは見えない。急に雨に打たれて崖に逃げ込んだとき。雨が止むのを辛抱強く待って、やっとの思いでそこから這い出したとき。そんなときにしか見れない蒼い大自然。姫の目は、その青を映し出していた。

 帰らなくてはいけない場所。たしかに、私にはそういう里がある。でも、それは。

「それは姫さまも同じではございませんか?」

 たとえリアムさまがいなくなろうとも。姫を待つ人はいくらでもいる気がする。

「えっ?」

「姫さまはご自分がどれだけこの世になくてはならない存在か、ご理解していないように思います。」

「それは、どういう……」

 姫は頭の良い方だ。ほのめかすだけで、勝手に想像して思い込んで、なんとしても生きようと願うようになるだろう。そうすれば、こっちのもの。その願いを叶えさせてください、その勢いで、姫に一生仕えることを誓って仕舞えばいい。いざとなれば、リアムさまのお名前を使って。

「それに、姫さまのお腹にいらっしゃるお二方は、どうなさるおつもりですか?」

「それは……」

「リアムさま直々に頼まれております、もちろん姫さまの安全もですが、父親として、リアムさまは私どもがあなたに仕え、お子さまをお守りすることを命じられました。」そう言って頭を下げる。姫の目は動揺して揺れていたから、正直、勝ったと思った。でも、これくらいで負かされる姫がこの国で悠々と生きていられるはずがなかった。

「そう、旦那さま、よほど嬉しかったのね。あの人性格悪いから。」言葉とは裏腹に聞こえてきた姫の笑い声に思わず顔を上げてしまう。驚いた私の顔にまた満足そうな顔をして、そのまま姫は右手を私の肩に置かれた。

「何を……」今度は私の方が動揺してしまう。

「じゃあ、こういうことにしましょう。」そう言って顔を近づけてくる姫の顔があまりにも意地悪く輝いているから、少し恐怖を覚える。力では絶対に負けるはずがないのに。姫の持つなにかが、私の体をすくませる。

「レン、あなたは旦那さまの最後の命令で私を守らなくてはいけない。」姫が左手で私の方を示す。

「そして、私は、生き延びなければならない。」姫が左手を自身に向けながら言い放つ。自信に溢れる瞳に、悪い予感しかしない。

「私たちが一緒にいることはお互いに利益があるわ。だから私たちは協力者。ただの、協力者よ。どう?」そう言って意地悪く笑う。多分、姫は私たちが主人なしでは生きられないことを知っているんだろう。それなのになぜか頑なに主人になろうとしない。そんなに悪い条件でもなかろうに。嫌なら他に主人を探しなさい、そんな勢いで、姫は挑戦してくる。

 でも、食い下がれないのだ、私だって。

「では、それで結構です、姫。」

 姫の瞳を見つめ返すと、驚きの光が灯っていた。なぜ……彼女がそう問うような気がした。しばらくそう見つめあってから。姫がふっと笑って視線を外した。


「旦那さまは、ずっと愛されてたのにね。」


 予想外の一言に姫の横顔を探る。意地悪な光はどこへやら。姫の横顔は優しく微笑んでいた。

「旦那さまね、」そう言って姫はまたこちらを向く、「私に会うまで、愛なんて知らなかったなんて言うの。」

 はあ。リアムさまもそうであったが、話が飛びすぎる。ほんと、似た者どうしだ。急に惚気話をはじめるところなんか特に。

「この国に来たばかりのときは、そういうもんかなと思ってたけど。半年もいれば、バカでも旦那さまが周りに愛されてるってわかるわよね。今だってあなたは、こんな条件を突きつける私に仕えようとしてくれてる。旦那さまに頼まれたからってね。それを、」姫は一瞬悲しそうな目をして、急に私から顔を背けた。姫の目が、少し光ったような気がする。泣くのを見られたくなかったのか。

「旦那さま自身に伝えることができず仕舞いだったのが悔しいわ。」かすれた声で、姫がそう言った気がした。

「姫、リアムさまは……」

「いいの、もう別に。」そう言いながら、姫は目元を拭って、こちらをまた向いた。精いっぱいの笑顔を作っている姫。そんな方を陥れようとしていた自分に嫌気がさす。

 この方はなんなのか、と迷う。かけ離れた美しさ、頭脳を持つ完璧な姫。でも一方では、亡き夫を思い出すだけで涙する未亡人でもあり。どれが本物の彼女なのか、はたして演技なのかすらもうわからない。


どうすればいい……


「レン、あなたは、」姫が揺れる瞳で、こちらを見る。そうだ、はじめて見たときから、私のことを疑いもしないまっすぐな目。騙し騙されの城の中で、それでも疑いを持たない眼差し。

 この方は、まだ子どもなのだ、と思う。まだ17なのだ。どれだけ優秀でも人を疑うことを知らない、危険なまでに無垢な子ども。リアムさまは姫のそんなところに惚れたのだろうし、またそれを私たちに守らせたかったのだとやっと理解した。

「あなたはずっと、旦那さまに仕えていてね。」涙を浮かべながら、姫が言う。見ていられなくて、ただ頭を下げる。

「はい。」

「ありがとう。」そう言って姫は、ふーっと息を吹き出すと、またもとの明るい調子に戻って続けた。

「あなたが旦那さまの最後の命令を聞いてるうちは、旦那さまがあなたの主人よ。もう一度言うけど、私たちはそのための協力者でしかない。それがダメになったら、また相談してね。」そう言って笑って、姫は立ち上がる。相談してねということは、やっぱりこの姫は私たちが主人を必要とすることを知っている。もちろん、主人が死人なんて前代未聞だ。それを里の人たちに納得させるのがどれだけ大変か…… 知っていて、それでもなお、この仕打ちだ。仕事ばかり増やすところも、リアムさまそっくりだ。顔を上げると、姫はまた意地悪そうな瞳でこちらを見下ろしてくる。

「心配してくださるのでしたら、いっそのこと姫に主人になっていただきたいです。」

「いやよ。」そう言って高らかに笑う。でも、もし姫にとって私たちがどうでもいい存在なら、相談してね、なんて言ってくださらないだろう。それなりに気にかけてくれていると自信を持っていいのだろうか。全く、むずかしい人である。

「もうそろそろ行った方がいいんじゃない?」そう姫が言う通り、3つ先の廊下からこちらに向かってくる足音がする。姫も聞こえるということか……

「はい、城を出る日取り、道筋などは追って連絡します。」

「やっぱり、もう計画立ててるのね、旦那さま。」

「はい。」そう言って私も立ち上がる。立ってみると、姫を見下ろす形になる。そうしてもう一度、姫の幼さを実感する。

「旦那さまのことを忘れないでね。」目が合うと急に姫が呟いた。そしてすぐに恥ずかしそうに目をそらす。軽く言ってはいるが、痛みを感じさせる言葉だ。今日はもうあの愚弟の即位式だから、そうか、もうリアムさまも過去の王、か。戦争ばかりのこの国では、王の死をいたわっている隙など誰にもない。倒れれば次の王を立てるだけ。未来を見ていないと、すぐに隣国に飲み込まれてしまうから。でも。

「リアムさまのお名前は後世まで残るような気がいたします。」

 大陸に6年とはいえど平和をもたらしたリアムさまは、それほどの王だ。

「ええ、過去の王としてね。」そう皮肉を言ってから、姫はまたベッドに腰掛けた。姫の中では、リアムさまはまだ生きているということだろうか。

「はい」返事をしてから、また私は天井裏へと舞い戻る。そのまま姫の様子をうかがおうかとも思ったが、それを見越したように、天幕から手を出して追い払う仕草をする姫を見て、そのまま部屋を後にした。

 新しい主人は手に入らなかったが。今日もそれなりに収穫があった。まず、姫に協力者として、仕えることができるようになったこと。そして、姫がリアムさまを心から愛していた、いや、今もまだ愛していることがわかったこと。これで姫は、リアムさまがおっしゃったとおりに動くのだろうとだいたい予想がつく。次は…… そう考えながら、リアムさまに頼まれた仕事を着々とこなす。

『とりあえず共にいれれば、まずはそれでいいよ。一緒にいれば、必ず隙ができる。そうしたらそのときに、君たちの主人にして仕舞えばいい。』リアムさまはそう言った。こうなることをすべて見越していたのだろう。協力者、であれば主人であることにほとんど変わりはないと思うのだが、姫は何がそんなに嫌なのだろうか。ほんとうに、リアムさまの言う通り。姫はまったくわからない。

『でもそれが楽しいんだ』

 次何をするかわからないから、目が離せなくなるんだ、そう言ってリアムさまは笑っていた。そして、今、私の口元もいつとなく緩んでいる。

 これが楽しい、なのかもしれない。

『ランは意外と身内には脇が甘いから。』

 いつになったら、姫を私たちの主人にできるか。いつになったら、隙ができるのか。たしかに、そればかり考えてしまう。

 たっぷり信用させて、「身内」となろう。そうしていつか、私たちの主人にして仕舞えばいい。自然とそう思う私は、やはり性格の悪さにおいて、リアムさまにいくらか似てしまったんだろう。

日曜日は投稿を休ませていただいて、また月曜日の0時に投稿しようと思います。

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