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12. 新王とバラ2

遅くなりました。ごめんなさい。

 即位式が行われるという広間への扉を開けると、記憶にある通り美しく、王座に腰掛ける姫の姿があった。


 ああ、やっと。俺の女にできる。


 つい口もとが緩む。姫もどことなく笑いかけてくるような気がした。


 サッ。


 姫のいる舞台の前まで来て、膝をつく。


「お顔をお上げください、エドウィン王太子」


 小鳥のさえずりのような、綺麗な声が降りかかる。はい、と返事をして、顔だけあげると、声の主がきらきらとした笑顔でこちらを見ていた。


 ふっ。


 思わず、口角が上がる。周囲に気づかれないように、少しだけ、姫に目配せをする。もちろん、誘ってもいいか、了解を得るための目配せだ。結局は嫁にするが、まずは了承を取るのが礼儀だろう。女は礼儀を好むもんだ。百戦錬磨の俺には、女を落とす方法は全部わかってる。


 にこっ。


 そう効果音をつけたくなるほど、かわいらしく、姫は微笑んでいる。


 ほら見ろ。よほど城から出たくなかったんだろう。連日泣いていたのが嘘のように、俺の合図に喜んでいる。待ってろ、姫、もうすぐ声をかけるから。


 そのまま姫は立ち上がって、兄貴が退位したことと、俺が次期国王に即位することを文言通り宣言した。それが終わると、一段一段ゆっくりと舞台から続く階段を降りて、俺の前までやってくる。確認の意味を込めて、もう一度その目をのぞきこむと、微笑まれた。ビクッ。思わず、俯く。胸が高鳴りすぎて、口から出てきそうだ。


 姫が俺の頭に王冠をかぶせる。姫がかがんだ時、少しだけ俺の耳を姫の髪がかすめた。ぽわんと、甘い匂いがする。ああ、はやく抱きたくて仕方ない。


「ではここに、先王リアムの代わりとして、私が次期ヒタルイの王にエドウィン殿が着任したことを宣言いたします。」


 そう姫は高らかに言い終えると、広間に拍手がわき起こる。でも俺はまだ立てない。姫が広間から出るまでは、ずっと膝まずいたままだ。姫が広間から出ることができれば、の話だが。


 姫は背筋を伸ばすと、一礼した。そして、広間の扉の方へと歩き出す。その気配を感じた瞬間、俺の横を通り過ぎようとする姫の左手首を左手で掴んだ。


「お待ちください。」

 姫が足を止めたのがわかって、顔をあげる。困惑した瞳と目があう。


 姫は俺の手を振りほどかない。


 もし少しでも振りほどくような素振りを見せれば、夜会まで我慢してやるつもりだったが。案外姫は簡単に落とせるのかもしれない。兄貴が居なくなって、そんなに心細かったのか。


 左手首をつかんでいた左手をそのまま下へ滑らせて、姫の左手を握る。姫の戸惑う瞳を見つめながら、そっと右手を添える。姫の左手を両手で包みこみながら、その薬指の付け根を、右手の人さし指で、そっとなでた。もうそこには、兄貴との婚約指輪はない。


 思いを伝えるように、精いっぱいの微笑みを向けると、姫はわからないと言ったように少しだけ首を傾げて、歩き去ろうとした。


 あざといな。ここまできて、俺が逃してやるはずもないのに。


 姫を握る手に力を込めて、もう一度姫を振り向かせる。逃すものか。どれだけ俺が待ったと思ってる……


「エグランティーヌ姫、私と結婚してくださいませんか?」


「……」


 きょとんとした顔で姫は俺を見つめる。俺の声が広間中に響き渡ってる自覚はあった。それに合わせて、姫の返事を求めるように、集まった王族や貴族も静まり返る。皆もこの結婚を望んでることは明らかだ。だって、これがこの国の伝統なんだろう?


 はじめて、伝統とやらに感謝する。姫が手に入るのなら、なんでも俺の好きなように利用してやろう。


「エドウィン王太子、誠にありがたいお言葉ではありますが、お断りいたします。」


 は?


 ……今、なんと?


 これ以上ないほどの笑みを浮かべて、姫はいう。


「私、旦那さまを忘れられませんので。」


 姫?


 俺が戸惑っている最中にも、姫は俺の手を振りほどいて、扉の方へまっすぐ歩いていった。


 どういうことだ?


 姫は死んだやつを未だ引きずっている?俺は死んでもなお、あの兄貴に負かされるのか……


 バタンッ。


 大きな音を立てて広間の扉が閉まる。そうして、姫は私の前から去った。またしても……




 いや、だとしたら、さっきの微笑みはなんだ。俺に求婚するように仕向けたのは、誰だ?


「はははははははははは!」


 俺の笑い声が広間中に響き渡る。ああ、そういうことか、そうか、姫。俺を騙そうなんて百年早いよ。恋の駆け引きというやつだろう。私はそんなに簡単には手に入りませんよ。考えれば、姫の最後の笑みはそういう意味を含んでいた気もする。


 ああ、それならそうと言えばいいのに。ウレスのバラは本当に簡単には落ちてこない。いや、だからこそ、燃えるというのもあるのだが。


 待っていろ、姫。必ず、今夜の夜会で。あなたを落としてみせよう。


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