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11. 助け人とバラ

遅くなってしまいました。ごめんなさい!

「エイダン」

「王妃さま」


 控え室に入ると、もう王妃さまは到着していた。


「名前で呼んでくれていいのに。もう変に嫉妬する旦那さまはいないんだから」

 笑いながらも悲しい目をする王妃さまを見て、自分には全くチャンスがないことを悟る。


「じゃあエグラン」

「その方がエイダンっぽいね」

 そう言って手を伸ばしてくるエグランの両頬にキスをする。これはエスリアで友人同士が行う挨拶だ。といっても僕はれっきとしたヒタルイの貴族。僕が何事もなくこんな挨拶をするのは、僕の家系が代々エスリアとの外交を取り仕切っていて、エスリアに住んでたこともあるから。


「久しぶりね。」

 そうやって笑うエグランは、どうやったって綺麗だ。こっちに嫁いできてからは、僕の前でそうやって笑うのはやめてほしいとつくづく思った。僕のものにしたいとリアムへの嫉妬でおかしくなってしまう。


 でも今は……

 今は、どうしてほしいんだろうか。


 リアムが死ぬことはもうずっとわかっていた。だから死んでも驚きはなくて、悲しかったけど、それよりもエグランのことを思う気持ちの方が強かった。


『あいつのことは頼む』


 リアムにはじめてエグランの城脱出計画を持ちかけられたとき、正直迷う自分がいた。これを実行しなきゃいけないんだろうか。僕の嫁にするのではだめなのか。


 けれど。


 今目の前にいるエグランはやっぱりリアムのことが好きで、他の男なんて見えてない。ましてや僕なんて、ただの友人だ。リアムの遺言の通り彼の隠密と計画を進めてきてよかったと思った。下手に告白しても、傷つくだけだ。


 わかっては、いるのだけれど。


 心のどこかで、まだ、彼女に思いを打ち明けたい自分がいる。


 いつか。

 いつかまた彼女がリアムを忘れることができたとき、話そう。


 そうやって、なんとか自分の感情を抑える。悲しむエグランに、今、この気持ちを伝えるべきではない。そう言いながらも、本当は告白する勇気が出ないだけだということはもちろんわかっている。


「エグラン」

「ん?」

「頑張れよ。」

「なんのこと?」


 きょとんとする彼女にしどろもどろになる。


「ほら、即位式とか、パーティとか……」

「あー、大丈夫よ、私猫かぶるの得意だから。」

「そう、だよな。」


 2人で笑い合う。こんなときだ、彼女を好きなんだと感じるのは。この笑顔は、いつまでも見ていられる。


「お妃さま」

 控え室の奥の方、ちょうど即位式が行われる広間の王族席へと続く扉の前にいる宰相がエグランに声をかける。


「今行くわ。」


 もう一度だけ、彼女はこちらを向いて目配せをしてから、軽やかな足取りで扉の方へ向かった。その姿を見送ってから、僕も広間へ向かう。彼女と反対の扉から、貴族が大勢集まる広間へ。





「おお。エイダンじゃないか、遅かったな。」

「ちょっとな」


 広間に入った途端、友人に話しかけられる。僕は今それどころじゃないから、適当に交わして、扉から遠い方へと歩く。少しでも王族席が見やすい方へ。


 この広間は謁見の間とも言われるもので、広間というほど広いわけでもない。長方形の部屋の一方には扉、他方には王とその妃が並んで座る椅子が設けてあり、そこだけ何段か高い場所にある。今はちょうど、僕から見て右の席にエグランが着席するところだった。もちろん、彼女の隣の椅子は空っぽだが。


 着席したということは、もうひと通り妃への挨拶は済んだようだ。あとは妃が新王に王冠を受け継ぐだけ。


 宰相がエグランの席の後方の扉から出てきて、一礼する。その両手には、真紅のクッションが、その上には太陽を象った王冠が載せられている。宰相は仰々しくそれを宙に掲げながら、そろそろとエグランの前まで歩き、両手を挙げたまま膝をついた。


 エグランは立ち上がって、優雅に礼をする。宰相に対して、ではなく、王冠に対して、だ。そしてそのまま王冠を手に取るかと思ったら、落ちてくる髪を押さえながら少しかがんで、軽く王冠にキスをした。


「あ……」


 声とも言えないようなため息が周囲から漏れる。それほどこの行為は稀なことだった。


 冠へのキス。それは永遠の愛をこの国では表す。だからこそ結婚式には、王族でなくても皆冠を被り、誓いを立てる際には互いの冠にキスをする。


 でも、エグランが今キスをしたのは、もう亡き人の冠。しかも、それは、王族に代々伝わるものだ。私は旦那さまにキスをしたのよ、とエグランならどや顔で答えるだろうが、人によればそれを無礼だと批判する者もいるだろう。何代も受けつがれる王冠に気軽にキスなどするものではない、と。


 それをいちいち気にする彼女でもないだろうけど。なにせ、ヒタルイはエスリアほどスキンシップが多くない。


 エグランは王冠を宰相から取り上げると、それを持ったままもう一礼し、膝の上に乗せるようにして座った。宰相がクッションを持って控え室の方に戻っていく。


 あとは、受け継ぎだけ。


 貴族たちが察したように、後ろの扉から王族席までの道を開ける。今から新王がここを通って、王座につく。


 皆が道をつくると、ガタンと音を立てて、両扉が開き放たれる。そこから、2人の従者を従えて、新王が登場した。


 エドウィン。リアム同様、僕の幼馴染ではあるが、リアムとはびっくりするくらい頭の出来が違う。何がどうなったらそうなるんだという突拍子のないことばかり言いだす。もちろん、悪い意味で。性格も過激な部分があるから、僕はどちらかというとリアムの方が気が合った。


 エドウィンはずっと真っ直ぐに歩いていく。口もとには気味が悪いほどの笑み。なにか楽しみがあるんだろう。エドウィンの楽しみ以上に恐ろしいことはないのだけれど。


 エグランが座る壇の前まで来ると、エドウィンは膝をついて深々と礼をする。


「お顔をお上げください、エドウィン王太子」


 精いっぱいに微笑みながらエグランがいう。


「はい」エドウィンは答えると、膝をついたまま、エグランの方を向いて、にやっと笑った。


 嫌な、予感がする。


 エグランは相変わらず微笑んだままだ。あいつのことだから、平常心でいようと必死なんだろう。異様な雰囲気を醸し出すエドウィンの笑顔の意味をなにもわかってない。


 そのくせにこにこしてるから、これはエドウィンに勘違いされても仕方ない。


 エスリアはなにかとオープンな国だ。男女の恋愛だって普通に声をかけてはじまるし、人前でもかなりのいちゃつき度だ。対してヒタルイは大陸でも珍しいほど控えめだ。だいたいの場合、女から男に声をかけるのはご法度で、男から声をかけるときも、アイコンタクトでOKのサインを女性からもらえないことには話しかけられない。エドウィンは馬鹿だけど、それぐらいのマナーはわかってるから(リアムと違って相当のプレイボーイだし)、今エグランは無意識的に了解を出してしまったことになる。


 はぁー。


 だから嫌だったんだ、即位式にエグランを出させるのは。


 宰相にも執事にもこの件はずっと相談していたが、2人とも話は理解しても伝統を破るということに関しては首を振り続けた。


 まあ、さすがのエドウィンも即位式でどうこうすることはないと安心しよう。仕掛けてくるなら、夜のパーティでだろう。


 エグランはというと、もうすでに壇上から降り、跪くエドウィンの前に立っていた。その両手には、ヒタルイの王冠。長い上文のあと、エグランは少し屈んで、王冠をエドウィンの頭にかぶせた。


「ではここに、先王リアムの代わりとして、私が次期ヒタルイの王にエドウィン殿が着任したことを宣言いたします。」


 エグランのその声とともに広間中に拍手が湧き起こる。そんな中、エグランは一礼をして、エドウィンが来たようにこちらの扉から出て行こうとしたが……


「お待ちください。」

 そう言って、跪いたまま、エドウィンがエグランの左手を握った。拍手の音がうるさくて、エドウィンの声ははっきりとは聞こえなかったから、そのまま何事もなかったように歩いていくこともできたはずなのに。まだ本調子でないエグランは、気づかずその歩を止めた。茶色と青の目が合う。


 少しの沈黙。


 いや、エドウィン、お前まさか……


「……」

 エグランが少しだけ首を傾げてから、歩き去ろうとしたとき、エドウィンは言った。


「エグランティーヌ姫、私と結婚してくださいませんか?」


 あの野郎。

明日の0時に頑張りたいです……

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