パソコンお姉ちゃん
「お姉ちゃん、パソコン運ぶの手伝ってよ」
「うん、いいけど」
私は弟に頼まれて、パソコンを運び始めた。
しかし、突如弟がバランスを崩した。
「あっ!!」
気づいた時には、私の目の前にデスクトップパソコンが降ってきた。
ガッシャーン☆
「お姉ちゃんをパソコンで圧死させちゃった!!」
「生きてるわよ、馬鹿……」
私はよろよろと立ち上がった。……まったく、あんな鉄のかたまりが降ってきて、よく無事だったものだ……。
と、弟が、
「あれ、パソコンは?」
「……?」
さっき運んでいたはずのパソコンは、なぜかどこにも見当たらなかった。
「お姉ちゃん、僕の高性能デュアルプロセッサーCPU内臓のパソコンどこにやったのさ!!」
「知らないわよ!」
そしてこの日は、ごく平凡に過ぎていった……。
しかし、次の日に大変なことが起こった。
この日は、私の大嫌いな数学の小テストがあった。
「よーしじゃあ始めろー」
数学の先生の声で、テストが始まる。
また、解けもしないテストで無為に60分を過ごすのかあ……。
そんなことを思っていると、
突然、脳と指先が猛烈な勢いで動き始めた。
そして気づいた時には、テストの回答が全て埋まっていた。
そのテストを提出し、やがて返却されると、文句なしの100点がついていた。
その後も、出された小テストは99点or100点の日々が続いた。
なんなのだいったいこれは。
この異常な事態に対して、私はある仮説を考えた。
前に弟のパソコンとぶつかってから、急にテストの点が取れるようになった。
そして、弟のパソコンは消失した。
……このことから考えると、つまり私は、弟のパソコンと合体したのではないだろうか?
弟からあとで聞いたところによると、あのパソコンには高性能CPUとメモリ、そして大容量ハードディスクが内臓されていたらしい。体力を使わない学科は全く不得意だった私のテストの成績が急に向上したということは、そのパソコンの能力が私に乗り移ったとしかいいようがない。
これはとんでもないことになった……。
高校の先生はそんなことも知らず、私のことを急にほめそやかすようになった。
「西村さんは、見違えるように我が校始まってのすばらしい生徒になりましたね!」
「体育は100点なのに他の教科の点数がほぼ赤点近くでしたからねぇ……よほど影で努力されたのでしょう」
その褒め方が多少見当はずれなのはともかく、褒められて悪い気はしなかった。
と。
「西村、貴様最近調子に乗っているな」
廊下を歩いていた私の向かい側から、白衣を着た男の先生がやってきた。
「マニアックな研究ばかりしているせいで生徒からあまり評判のよくない科学の富岡先生、どうかしたんですか」
「一言余計だばかもの。……それはそうと君が突然知的になったのを不思議に思ってね。私のテストで過去に赤点を連発&授業逃亡を繰り返したにも関らず、急に満点続きとはおかしいと思ったのだ。何か理由があるんじゃないか」
その富岡先生の表情と口調が妙に真剣だったため、私はつい、例の「パソコン事件」のことを話してしまった。
「そうか、弟のパソコンと合体したというわけか……」
「まあ特に不都合はないし、天才少女扱いされるのも悪くないかなーって」
「それはいかんぞう」
富岡先生は言った。
「確かに今はいいかもしれない。しかし、永遠にその能力が続く保障は無い。その能力が突然失われてしまったとしたら、西村は一体どうするつもりだ? 大学の入学試験直前、あるいは働くようになってから突然その能力が失われたら?」
「……」
私は言葉が出なかった。
「将来の不幸を恐れるようになってしまうより、今のうちに大人しく分離したほうがいい」
「……でも、どうやって」
私がしばらく逡巡したのちに言葉を捻り出すと、
「大学の理工学部で非常勤講師も兼任している私に任せておきたまえ。私はすでに、こんな事例がやがて起こりうるだろうということを予測していたから、ある装置を秘密裏に開発していたのだ」
そう言って、富岡先生は口笛を鳴らした。
するとどこからともなく白衣を着た生徒がやってきて、1台の機械を私たちの前に置いていった。
「見たまえ、これが私の研究の成果の一翼、『有機物・無機物分離装置』だ」
「どう見てもファミ○ンのコントローラとブラウン管テレビにしか見えないんですけど」
「違う! これはどんな有機物と無機物でも切り離せる次世代ハイパーコンピュータとコントローラだ! これで君と、君の弟のパソコンを切り離す」
「あやしすぎる……」
「とにかく、コントローラに触ってみたまえ」
富岡先生に言われて私がコントローラに触れると、そのブラウン管テレビ? のモニターに、かつて消失した弟のパソコンのような物体が映し出された。
「やはりパソコンと合体していたようだな……。よし、では今から分離するぞ」
富岡先生は白衣から謎のスイッチを取り出し、カチっと押す。
ビビビビビ……という謎の擬音が辺りを包み込む。
私はその瞬間、意識が遠のいていった。
ああ、パソコンが分離されていってしまうのか……。
さようなら、高性能CPU……。
さようなら、天才だった私……。
後日、高性能パソコンと分離した私のテストの点数は、元の赤点スレスレに戻っていた。
しかし、一時でも天才少女扱いされたことがなんだか忘れられず、気づけば私は、暇があると教科書を開く習慣がついていた。
そして「パソコン事件」から少し期間は開いたが、成績はそれなりに向上するようになった。
「パソコンと合体してた時より頭がよくなったんじゃないか」
富岡先生はそんなことを言ってがはは、と笑っていた。
その笑顔は、心から嬉しそうな笑顔だった。
「でも、あのパソコンが常駐してたらもうちょっと楽だったんだけどなあ」
私はそう思いながらも、次のテストに備え、参考書とシャーペンを準備することにした。