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 さて、それからしばらくしてのこと。

 田畑の経営によって懐具合が十分に温まった龍神様たちは、洞穴を引き払いお屋敷暮らしとなっておりました。

 ある日のこと、涼姫様は二人の間でなした幼子をあやしながら、龍神様にこのようなことをおっしゃります。

「この子に滝の登り方を見せてあげてはくださいませんか」

 何ともいえない沈黙が漂います。

「滝を登ってどうする」

「空を飛ぶのです」

「誰が」

「あなたが、それからいつかこの子が」

「なんじゃ、神通力(じんつうりき)のことか」

「それでございます。この子にそれを教えましょう」

「子どもの世話は任せたはずじゃ、私は仕事で忙しい」

「はい、存じています。ですが、この子は龍の子であり、人の子です。私には人の教えはしてあげられても、龍の教えをしてあげることはできません。この子は半分だけでも立派に龍です。龍とはいかに生きるものかも教えてあげなければ不憫(ふびん)というものでございましょう」

「口で聞かせりゃすむだろう」

「子は親の背を見て育つといいます」

 幼子はくりくりとした目を輝かせて、龍神様に笑いかけます。

「龍は滝を登って天に舞い上がるといいますでしょう。こんなこと、私には教えてあげることなどできません。ですから、あなたにお手本をしていただきたいのです」

 龍神様はむむむとうなってから、またごろ寝をきめこみます。

「休みの時ぐらいごろごろさせろ、何かと便利に使われて最近ごろごろできんのじゃ」

「日はまだまだ高いですよ。これが終わったら三人そろってごろごろいたしましょう」

「今ごろごろしたいんじゃ」

「今登っていただきたいのです」

 龍神様は控えにいる水妖たちに助け舟を出すように目配せを送ります。しかし、水妖たちはみな顔を背けて、そそくさと逃げてしまいます。

 子どもの教育方針は家庭内の問題なので、他人がむやみに口出ししないのがデリカシーなのでした。

 龍神様はそれがなんだか気にくわなく思います。

 最近では、水妖たちは涼姫様にべったりです。困ったことがあれば涼姫様が龍神様にとりなしてくださるので、すっかり涼姫様に頭が上がらなくなっています。おまけに、次代の大将である幼子のお世話などもございます。

 その結果水妖たちは、何かにつけて涼姫様の肩ばかり持つので、龍神様はぞんざいに扱われるような気分にさせられるのです。

 そんなわけで、龍神様はなんだかへそ曲がりな気分になってしまうのでした。

「ずいぶんこの姿ばかりだったから、戻り方を忘れてしもうたよ」

 涼姫様はふて寝をする龍神様の頭に膝枕をします。

「あなたならきっと出来ますよ。神様ですもの」

「おだてたってだめだぞ」

「では、はげまします。がんばれ、がんばれ」

「お前は私を手の平の上で転がすようなところがあるな」

「ずっと、あなたにすがっているだけなのですよ。あなたが転がったから、私も一緒に転がれるのです」

「私が転がったならば、お前が人を使ってこっそりしていることは成就するのか」

「大義名分は立つはずです」

「私は神なのだぞ、願えばよかろう。こうして、言葉だって交わせるのだから」

「神様にお願いなんてできないことなのです。愚かな人の願いだから、人がやらねばなりません」

「お前に初めて()うた日から、お前をさいなんでおるものを取り払ってやりたかった」

「十分良くしていただきましたよ。あら、あなたは私の胸が目当てだとばかり思っていましたが」

「むろん、それもある」

 お二人はくすくすと笑いあいます。

「どれ、ではそろそろ我が子にいい格好をしてやろうとするか」

「わがままばかりでごめんなさい」

「良い。私にも責められるべきところはある。人の心を知らぬ私にはそれが分からなんだ」

 龍神様は立ち上がります。

「どれ、いつものやつで景気付けしておくれ。あれがないとどうにも怠けたくなってしまう」

 涼姫様は、龍神様の頬に平手をそっと添えて、その感触を確かめるように優しくなでます。

「また」

 平手が一つ。

「お会いできる日を」

 平手が二つ。

「待っています」

 平手が三つ。

「この子を頼むぞ。あとついでに水妖どももな。あいつら、恩知らずにもほどがある」

「はい、お任せください」

 龍ヶ淵の滝壺の前、龍神様は幼子と涼姫様に手を振っておられます。

「よぉく、見とれよ。これが父の威厳じゃ」

 龍神様はたちまちに大きな龍へと変化なされ、滝を逆流れに登って行きます。そして、天辺に辿り着いたかと思いきや、滝を登る姿をそのままに雲の上の大空へと舞い上がって行ったのでした。

 雲をさいて泳ぐ龍神様の後ろ姿をを涼姫様と幼子は二人でじっと見送ったのでした。

 空を泳ぐ龍神様のお姿を見上げていたのは涼姫様たちだけではございませんでした。

 水妖たちも、涼姫様の元で働く人間たちも、そしてふもとの村の者たちと太郎兵衛様も見上げておりました。

 人界のうごめきもつゆ知らず、龍神様はゆるゆると大空のかなたへと飛んで行かれるのでありました。

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