起
昔むかしある所に龍ヶ淵と呼ばれる滝のある湖沼に龍神様が住み着きました。
龍神様は気まぐれに龍ヶ淵の流域へ鉄砲水を起こしたり、手下の水妖どもを使って人や馬を沈めたり、たいそう悪さをしておりました。
これに困った名主の太郎兵衛様は自分の娘を人柱にして、荒ぶる龍神様を鎮めようと考えられました。
人柱とは、人命を供物にする加持祈祷の事でありまして、自然を制御する文明のない時代の悲しい風習の事でございます。
人柱とされたのは、太郎兵衛様の娘であられる涼姫様というお方で、里ざとに評判となるようなたいそうお美しいお方であったそうな。
死に装束のお白いを着せられて、棺おけ代わりの輿に乗せられた涼姫様は、龍ヶ淵に捨て置かれ、ただぼんやりと龍神様さえいなければ美しい水景に過ぎないはずの龍ヶ淵の風景を眺めておられました。やがて、一念を心に決めて、手頃な岩を両手に抱えて龍ヶ淵へとその身を投げられたのでした。
水の中、息もできず沈んでいくだけの涼姫様に真っ黒な影がおおいかぶさります。影は人間なんかたやすく丸呑みできるような牙のある大口で器用に涼姫様をついばむと、大蛇よりもずっと大きなその体で水をかき分けいずこかに連れ去ってしまったのでした。
涼姫様が目を覚まされると、そこは洞穴の中でございました。光の届かぬ空間を天来の光り苔が柔らかな明かりで満たしています。
辺りの気配に目をこらすと、角牙生やして爪は鋭く、皮膚には何だかぬめりをおびた水妖どもがうごめいて、おぞましい姿で涼姫様をせせら笑っております。
そして、涼姫様の目の前には大きな龍が、龍神様がゆったりと体を横たえてたたずんでおられました。
そこは龍神様の寝ぐらだったのです。
「何用か」
龍神様は洞穴に響くような雄大な声音で涼姫様に語りかけます。
「我が住処を汚い臓腑混じりの肉なんぞで汚すとはいかなる了見か」
涼姫様は何も答えません。うつむいて濡れた衣にふるえるばかりです。
「口もきけぬか、耳もないか」
「お姿が恐ろしいのです」
涼姫様はふるえる声で、そう小さく絞り出すのでした。
「よかろう」
龍神様はそうおっしゃると、変化の術を用いて、そのお姿を中性的な美少年へと転じられました。
「これならばどうか」
しかし、龍神様がその言葉を言い終わる間も与えぬほどの一瞬に、涼姫様の華麗なるスナップの効いた平手打ちが龍神様の頬を打ち抜いていたのでした。
「あざとい!」
平手が一つ。
「姿は!」
平手が二つ。
「やめなさい!」
平手が三つ。
驚いて目玉をまん丸くした龍神様に気がついて、ついつい生来の性格がダダ漏れになってしまった事に気が付いた涼姫様は、ばつが悪そうにホホホと笑って誤魔化そうとします。
涼姫様からの抗議を承けた龍神様はならばこれはと姿を転じます。今度は龍と人の合いの子のような亜人のお姿にその身を変えられました。
その瞬間に、衣の水っ気がしぶきとなって舞い散るほどの予備動作が生み出す運動エネルギーが全面に乗った平手打ちが龍神様の頬を打ち抜きます。
「私に!」
平手が一つ。
「そんな!」
平手が二つ。
「趣味はねえ!」
平手が三つ。
極度の緊張状態の末、何かもういろんな事がどうでもよくなってしまった涼姫様は、龍神様の頬を張ったくせして、むしろ堂々と胸を張って龍神様に姿の変更を要求し、ついでに水妖どもには代えの衣を要求します。
結局、龍神様はここから数度の変化を経て、平手で頬を赤くしながら、美丈夫、現代の感覚で言う所のガチムチ兄貴に姿を転じて、涼姫様の一応の納得を取り付ける事に成功なされたのでした。
こんな目に合いながらも、龍神様には涼姫様を殺してやろうなんて気はみじんもありませんでした。
なぜならば、涼姫様のおっぱいが大きかったからです。そりゃもう、大きかったからです。
水棲万魔の王たる龍神様といえども、大きなおっぱいの前で文字通りに赤子も同然です。
こうして、涼姫様は龍神様に輿入れなされ、龍神様の寝ぐらで暮らす事になったのでした。