【第一章】蒼炎のプロローグ(9)
「ありじごく……」
「……相変わらずネーミングセンスないわね、この店。でも味は保証するから食べてみて、キティ」
「はい。いただきます」
名前におののきながら恐る恐るチーズケーキを口にはこぶ。一口食べた途端、普段あまり表情の分からないキティの目が幸せそうに細くなった。
「これは……とても美味しいです。ふわふわです」
「でしょ! 甘さ控えめのクリームと瑞々しいチェリーも最っ高に合うの!」
大事そうに少しずつケーキを食べるキティの様子を見て、フィルも身を乗り出して語る。仲のよい姉妹のようなやりとりをしながら舌鼓をうつふたりの前にそっと紅茶を置いた。
「気に入ってもらえたようでなによりだ」
「このケーキはレイスさんが作られたのですか?」
「ああ。レシピはマスター謹製だけどな」
「意外よねー、こんな景気悪そうな顔してる割にお菓子づくり趣味なの」
フィルがからからと笑う。俺は苦い顔になるが否定もできないので黙っておく。
「それで……昼休憩の話なのですが」
しばしチーズケーキを堪能したのち、キティがそう切り出した。やはりというべきか、ある程度予想はしていたので、自分用のコーヒーを淹れながら俺は小さくうなずいた。
「まあだいたい想定通りってとこだな」
「そうなの? いっちゃなんだけど、結局はケインズ先生次第っていうか、宙ぶらりんな気がするんだけど……なんかわたしも怪しいっぽくなってるし」
キティの演習相手がフィルとイワンだったことをいっているのだろう、すこし唇を尖らせるフィルの様子がおかしく、思わず苦笑を漏らしてしまう。
「安心していい、誰の処分もないままうやむやになるはずだ」
「……なんでよう」
「Aクラス担当教師のケインズとしては自分のクラスから退学者は出したくない。だが明らかにキティが起こした魔術なのであれば処分せざるを得ない……そんなときに別の可能性を提示してやったんだ、当然飛びついてくる」
「それはそうかもしれないけどさ、学院側は黙ってないでしょ」
最後のチェリーをフォークに刺してピッと俺に向ける。なぜちょっとしたり顔なのかは分からん。
「そのときは伝家の宝刀『軍に捜査を要請してくれ』だ」
「レイスさんも仰っていましたが……本当に軍の捜査が入ればもっと大事になるのではないでしょうか」
「いや、学院は魔術教育の場として政治や軍の不干渉を訴えてる。簡単には軍に頼ったりはしない。自分たちで魔跡調査ができるような機材も揃えてるくらいだしな」
「なるほど……」
そういうとキティは少し胸を撫で下ろしたようにみえた。軍の高官を輩出するハウゼンブルク家としては、軍がからむと色々と軋轢があるのかもしれない。
「でもさ、それでも誰か処分しろって学院からいわれたら?」
なおも食い下がるフィルのカップに紅茶を注いでやる。
「まあ、イワンが処罰を受けることになるだろうな」
なにげない俺の一言にフィルとキティは並んで目を丸くした。分かりやすく顔に出るやつ出ないやつで対照的だが、ふたりとも揃ってこてんと首を傾げる。
「現場に残っていた魔跡のリスト、お前は見ただろ。今日の話を聞いたケインズも改めてリストを確認してイワンの名前があるのに気づいているころだ」
「えっ? たしかにイワンの名前もあったけど、わたしとかポルカの名前もあったよ?」
「イワンさんの……あっ」
混乱するフィルのかたわら、キティははっとして口に手を当てた。そう、キティを糾弾するときにイワンが吐き捨てた言葉。
「『俺も火系統一本でやってきた魔術師だ』。……お前やポルカが【蒼炎】に水魔術で対抗していたとき、火系統専門のイワンは魔力を何に使っていたんだろうな」
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