【第一章】蒼炎のプロローグ(5)
「あのさ……イワンもいってたけど、その魔蹟ってなんだっけ」
にへらっと笑うフィルの言葉に、俺とポルカはそろってため息をつく。
「お前なあ、実技でトップクラスだからって座学を捨てるのはどうかと思うぞ。……まあ魔力がない俺のいえたことじゃないが」
「フィル〜、魔蹟ぐらい7つになる弟でも知ってるよ? もうちょっとがんばらないとね〜」
「し、知ってるからね? ちょっといまド忘れしただけだから!」
ぶんぶんと小さく手を振って抗議するフィル。ポルカは優しくうなずき、のんびりとした声で答える。
「魔蹟はね、簡単にいえば魔術を使った後に残る痕跡だよ〜。魔力を色濃く残すから、魔術が使われた場所で術者の識別をすることができるってわけ。軍とか学院くらいしか所有してない、特殊な機材が必要だけどね〜」
「念のための確認だが、魔力が術者固有のものなのは知ってるよな」
「それくらいは知ってるから! だったらさ、まずはダメ元でその魔蹟を調べてみようよ! もしかしたら全然フィルと関係ない術師の魔蹟が出るかもしれないでしょ?」
フィルは外部からの襲撃者の仕業だと信じているらしい。ポルカはうなずいた。
「そうだね〜。いま、ケインズ先生と一緒に来た他の先生が魔蹟の鑑定をしてるから。そろそろ結果が出ると思うよ」
ポルカが見やった先では、Aクラスの教室で作業を終えた教師が立ち上がるところだった。生徒の立ち入りを禁じられたAクラスから教師が廊下に出るのを待って、フィルが訊ねる。
「先生、魔蹟なんですが……」
「ああ、フィル君。今回はお手柄だったね。……魔蹟だけど、やはりキティ君のものだったよ」
生真面目そうな教師の言葉を受けて、フィルとポルカが落胆した表情を浮かべる。俺はできるだけさりげなく横から口を挟んだ。
「ほかの生徒の魔蹟はありませんでしたか」
「ほかのというと、キティ君以外のってことかね? そりゃもちろん、事の対処にあたってくれた諸君の魔蹟は残っていたよ。ええと、フィル・バレンタイン、ポルカ・エル、イワン・グラハム、ベレッタ・ルウ、それから……あれ? 君、Fクラスのレイス君じゃないか?」
魔蹟の鑑定結果が記された紙に目を落としていた教師が、この場にいるべきではない俺の存在に気づく。
やばい、ばれた。
* * *
「で?」
目の下にできた隈をぐいぐいと押し込みながら、Fクラス担当教師リズボン・タバサは不機嫌そうな声でうなった。
鑑定の教師にFクラスまで連行された俺はつつがなく残りの授業を受け、その後そのままリズボンに教員室まで連行されていた。
「で、といいますと」
「なにかつかんだんだろう。……というか、ろくに魔術も使えないのにAクラスまで行き、本当にただの野次馬で授業サボってましたというのなら私はすり潰さねばならん」
パキッと小気味のいい音をたてて指をならすリズボンに、なにをですかとは恐ろしくて訊けなかった。不健康な風貌で気だるげに振る舞うわりには妙に茶目っ気があり、勘が鋭い。つかみどころがなくどうにもやりにくい。俺はすべて見透かされているような落ち着かない気分で答える。
「……まあ、キティ・ハウゼンブルクが処分を受けないようにすることはできると思います」
リズボンは薄くルージュを塗った唇の端で小さく笑った。
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