最優の・・・
僕達が研修所に戻ると真冬達がロビーから出てきてで迎えてくれた。
「遅かったじゃないか」
会ってすぐに言われた言葉がそれだ。鳳、後で覚えとけよ。
「無茶言うなよ。あの広さから短時間で見つけてきたんだ。速かったな、が妥当だろ」
「小鳥遊さま。ご無事で何よりです」
「すみませんでした」
声をあげたのは神凪。今回の件、大体は栞が悪い。が、大元の神凪が悪いとも言えなくはなかった。
「気にしなくていいよ、神凪さん。全部高安が悪いんだから」
でも、まあこの通り、人を責めるような面子ではないけどな。
「そう、だな。さすがに反省してるよ。すまない」
近道を所望した高安。その事自体に罪はない。ただ、時の巡り合わせが悪かっただけ。
「んで、晩御飯は何食べたんだ?」
「食材だけ購入しここのキッチンを使わさせてもらうことになりました。今、朝野さまと塩枝さまが調理されています」
「なんか、悪いな」
「気にすることない。僕らも君達を残して悠々とご飯を食べるほど冷徹ではなかったということだ」
「では、食堂に向かいましょう。そろそろ完成している頃だと思います」
こんな短時間で完成するなんて。三分クッキングかな?と、ネタが言えるようになるくらいには落ち着いてきていた。
ーーーーー
食卓に並んでいたのはカレー。レトルトのかもしれないが今日はそれの香りがしっかりと僕の身を包み込んでいる気がした。
「あんな裏技があるなんて、塩枝さんは物知りですね」
「テレビ番組でしていたのをたまたま見ました。他にはパイナップルなどが使えるそうですよ」
女子二人が談笑していたところに男三人女二人が加わる。
「あ、小鳥遊さん。心配しましたよ」
「いや、パイナップル聞こえてたよ。でもまあ、心配してくれてたのは本当だろうしありがとう。塩枝さんも巻き込んでしまってすまなかった」
「いえ。むしろ参加させてもらった側なのに何もできてなくて申し訳ないです」
「そんな堅苦しいのはもういいからよ、早く食べようぜ」
この雰囲気の中で一人、高安は椅子に座り手を合わせる。
「まったく。君というやつは」
それに合わせて一人、また一人と席につき手を合わせる。
手口が多少強引ではあるもののこの少し暗い空気を明るい方向に持っていける高安に感謝しないといけないな。
「皆さん、きちんと座りましたね?では、いただきます!」
「「いただきます」」
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食後、風呂までの一時間、僕達は教室を借りて復習を始めた。というのもここには今日先生役をした三人が集まっている。塩枝さんの提案で更なる学力向上を、ということらしい。
「塩枝さんは真面目だよな。俺、そろそろ耳から知識が出てきそうだぜ」
「耳栓つけてあげようか?」
「はは、冗談きついぜ」
数学には高安と神凪、地理には従夜、理科には朝野さんが参加した。
「ここ、違います」
「あれ?マジか。てかなんでここだけ二人体制なんだよ。リンチか?」
「馬鹿言うな。たまたま数学が得意な神凪が生徒側にいるだけだ」
まあ僕から教えることがないから放置してる。
「小鳥遊さんから教えてもらうことなんてありませんから」
「だそうだ。諦めろ、高安」
「嘘だろー」
「ギブ、ギブ!」
教室に鳳の声が響き渡る。いや、先生側がギブアップしちゃダメだろ。
「何してんだ?」
「いや、従夜さんがすごい突っ込んできてな。返答に困ってんだよ」
「私はただ疑問に思ったことを質問させていただいただけなのですが」
まさか《最優》を質問攻めする者が現れるとは。
「しかも何がすごいって発言の全てが的を得てるんだ。何者だよ従夜さん」
「小鳥遊さまの」
とまで言って僕の方に助けを要求する。従者と言わなかっただけましか。
「友人だよ。真冬にとっては第一村人的な、ね」
嘘は言ってないはず。
「あー。そういえば従夜さんを学校復帰させたのは小鳥遊だったな。なるほど、それでここまでなつかれているのか」
なつかれてるって人を動物みたいに。
「それじゃあ私が二号に立候補します。いいですか、従夜さん」
「お、俺も」
「別に改めて言わなくても」
「ありがとうございます。すみませんが、少し席を外します」
真冬はそこまで言い切ると急いで教室を出ていった。
「どうしたんだ?」
「ちょっと見てくる」
初めて見る真冬の態度だ。真冬と言えばいつも冷静さを保ち何でもできるルームメイトという印象だが。
教室を出るとロビーから外へ出ていきそうな真冬が目についた。
「おーい、真冬」
僕の声が聞こえていないのか、もしくは意図的か。そのまま真冬は外に出ていく。
忘れ物を取りにというには少し余裕がなさそうだ。
「待てよ真冬」
真冬の腕をつかんで引き寄せる。少し強引になってしまったが山に行かれるよりはましだ。
「すみません。ですが、顔を見ないでください」
うつむきながらこちらを向く真冬。ポタポタと滴が地面へと向かっているのを見るに泣いていた。
「何かあったのか?」
「いえ。ただ、あのような暖かい場は始めてで。あんなにもはっきりと友達と言ってもらえたことが嬉しかったのです」
「そっか。まあなんだ。あんまり気にするなよ。僕もだけど真冬を雑に扱おうとするやつなんていない。万が一があれば僕がいる」
過去を知って、僕ができなかったことを知った。あの時、なんでこんなことすらできなかったのかという後悔。別に許してもらおうなんて思ってはいない。でも、これで少しは胸を張って神塚に会える気がするんだ。
それから、真冬は泣き続け教室に戻ったのは風呂に入る5分前。鳳達が真冬が泣いていた跡を見つけ僕が誤解を解くのに3分。その間、真冬はただじっと黙って僕達の会話を聞いていた。
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高安が待ち望んでいた風呂の時間。オープンダッシュを決めるとか言って先に部屋を出ていった。
「そういえば神凪さんの下の名前知ってるか?」
そういえば聞いたことがないような。
「神凪、雫だったと思う」
あの記憶からその名前が出てくる。いつ聞いたのかは思い出せない。
「へえ。よく知ってたな」
鳳に疑い深い目を向けられる。
「まあ、な」
「小鳥遊、君は何でも知ってるんだな」
「そんなことはない。こと地理においては鳳の方が物知りだろ?」
「なぁ、どこまでが演技なんだ?」
温かかったはずの空気が冷める。冗談ではなく本気で、鳳は僕と話す。僕としては冤罪でここまで疑われるとは思っても見なかったけど。
「僕が演技派に見えるか?それとも自分の知らないことを知りすぎてる人間がそんなに怖いか?」
「いや。でもな、僕はだんだんと君がわからなくなってきているんだ。怪我の件も、神凪さんが山で遭難した時の行動も、それにこの勉強会自体、君が何のためにしているのかわからない」
そう発言する鳳の顔からは焦りがうかがえる。今回の勉強会関連の行動を鳳なりに見て不審にしか思えなかったのだろう。鳳からしてみて僕はそんな行動をとるような人間ではなかったから。
「いつかに話したよな。僕は鳳がイメージしてる小鳥遊そのものではないって。それとの相違点に困惑するのはわかる。でもそのイメージを本人に押し付けるのは違う。だから、わかった気になってるだけじゃダメなんだ。常に更新し続けないといつか自分自身でさえ見失うことになるぞ」
いつまでも昔のままじゃ何も発展しない。むしろ昔にすがって退化し続けるだろう。僕の場合は過去を知らなかったからこそというのがあるけど。
「はぁ。ほんと、今の君は僕のイメージから離れすぎてるよ」
納得はできていないだろうけどそれでも鳳は作り笑顔を浮かべ僕に答えて見せた。
「すまなかった。早く行こうか、どうせ高安が待ってるだろうし」
「そうだな」
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予想通り、高安は脱衣所で待っていた。遅いだの何だの言われたがそれなら先に入ればよかったのにと答えるとただ無言になり僕たちが脱ぎ終わるのを待った。
「にしても広いな、ここも」
ここの風呂場も学校の寮の風呂並みに大きい。そもそも基本サイズがわかってないので普通がこのくらいなのかもしれない。
「存分に疲れをほぐして今日は寝落ちするまでゲームしようぜ」
「お前、明日は確認テストあるぞ。大丈夫か?」
2日目は確認テストが主だ。昼にはここを出る予定になっている。
「あ。いや、俺なら大丈夫だ。たぶん、おそらく、きっと」
「よしよし。寝落ちするまで勉強な」
「お前、鬼か何かかよ」
「そう言うなよ。ほら、地理も追加しといてやるよ。な、鳳」
我関せずといった様子で一人身体を洗っていた鳳に話を投げる。
「僕に振るなよ。でも、そうだな。数学ばかりじゃ飽きるだろうし参加してあげよう。もちろん、君もやるんだよ」
「その前に心が折れないようにな。本気でしごきにいくからな」
「いや、参加させたいんじゃないのかよ」
「僕の方に刃が向かないように前もって折っておこうかなと」
「絶対に君に地理をさせてやる」
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風呂から上がった僕達は予定通り復習会を始めた。その際、鳳の提案で女子も呼ぶことにした。そして集まるもはや見慣れた面子。
風呂前の復習会とは違って今回は各自で復習しわからないところを《最優》に質問するというシステムにした。
「なあ、雫」
「急になんですか?あなたに名前呼びを許した覚えはありませんが」
「いや確認。嫌ならいつも通りにする」
違った認識のままではいけないと思っただけで意味はない。
「別に。どちらでもいいです」
「小鳥遊さーん。少しいいですか?」
「私が行きます」
この後も雫に仕事を奪われ続け僕は鳳に拘束され地獄の時間を送った。
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翌朝、確認テストを終え昼には解放された。僕たちはお疲れ会と称してファミレスにいた。
「「お疲れ!かんぱい!」」
皆手にコップを持ち上に掲げる。テーブルには様々な料理がバラバラにおいてあった。各自で頼んだものではなく皆で食べられるような料理を複数。
「もはや見慣れた面子だよな」
「言うてだろ。俺らのクラスの面子に神凪さんと塩枝さんが加わってるだけだろ?」
「まあそうだけど」
確認テストを一週間後に控えた僕たちの最後の宴。そして、《最悪》が訪れる一週間前の僕たちの姿がそこにはあった。