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最優の解決を 投稿中止  作者: 雨野 素人
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最優の開始

 いつもの朝が来る。変更点があるとすれば今日から僕は高校生だと言うこと。

 突飛高校、僕が通う高校の名前だ。この高校には特殊なシステムがあるが説明は後に。

 実家から少し遠い高校なので僕は1人暮らしを始めた。毎朝設定した時刻になると電撃が走る腕輪に起こされて朝食をとる。

 ここから高校までは徒歩で20分。始業式である今日は8時半に集合完了なので少し早めに出ることにした。

 登校していると段々と同じ制服を着た生徒が増えてくる。学年の判別は胸ポケットのバッジで可能だ。それぞれ壱、弐、参と書かれている。


「おはようございます。新入生の方はこちらです」


 校門には生徒会の腕章を付けた2年の先輩が新入生を集めていた。腕時計を見ると8時15分。まあまあな時間だ。

 ある程度の人数が集まったところで先輩が新入生の案内を始めた。


「それでは、こちらへ」


 ふと案内をしてくれている学生を見る。少し黒が混ざった銀髪の女子生徒だ。

 頭髪に関する制限がなかったのか。生徒会の人が校則を守らないはずがないしな。


「はい、ここでクラスを確認して各教室まで行ってください。8時半には担任が行きます」


 案内というのにそこまで案内されている気がしなかった。校門から数歩、1分もかからない場所に案内されそこからは自分達で行けと。


「知ってるやついるかな。いるはずないけど」


 無意味な一人言を挟んだところで教室への移動を始める。

 3クラス90人、全校生徒270人か。少数精鋭と言えば聞こえはいいが1つの高校にこれだけしか生徒がいないのはどうなのか。


小鳥遊(たかなし)、くんですね。1年間よろしくお願いします。これ、紅茶です。飲んでください」


 席に座ると知らない女子生徒(恐らくクラスメイト)が僕に紙コップを差し出す。中からは紅茶の良い匂いがする。煎れたてなのかまだ湯気がたっている。


「えぇーと。うん、ありがとう」


 あまりにも突然の事で反応がいまいちになる。


「あっ。私は朝野小春です。朝野と呼んでください」


 朝野小春。茶髪のショートヘアーでザ一般生徒という感じがした。もちろん、口には出さないけど。


「朝野さん。よろしく」


「はい」


 とても元気よく答える。言われた方もとても気持ちの良い笑顔だったと思う。何か接客業でもしていたのだろうか。

 その後も朝野さんは手当たり次第にクラスメイトに紅茶を振る舞っていた。これが仲良くなるコツと言うやつなのか。

 朝野さんを観察、もといクラスメイトの観察をすること約十分。担任が教室に入る。


「皆、席につけ。私がこのクラスの担任になった浅上だ。担当科目は数学だ。よろしく。それでは本日のスケジュールを説明する」


 8時50分に入学式兼始業式。終わり次第新入生は各教室に戻り新入生テストを受ける。


「なお、この新入生テストで第一期《最優》が決まる。心して受けてくれ。以上だ」


 《最優》とは、各教科の定期テストで学年1位を得た者にのみ与えられる称号のことだ。それを所持している間は全教科の評価は保証され、学食無料といった学生には嬉しい特典がある。

 なぜこんな特別なシステムがあるのか。それはある1つの教科に特化した生徒を育成すると言うのがこの高校の売りだから。

 追加で《最優》の位を卒業まで一度も手離さなかった者にはその教科に対応した大学への特別入学が可能だ。裏口入学とかではないので誤解しないよう。


「よし、では時間もまだ少しある。各々、自己紹介しろ。ほら、1番から」


「はい。私の名前は朝野小春です。紅茶が好きです。数学が苦手なので誰か教えていただけたらありがたいです」


 それを数学教師の前で言うのはどうなんだ。


「ほぉ、私の前でそれを言うのは挑戦か?」


 やっぱり。


「あ、いえ。そんなことは」


「まあいい。このクラスから《数学の最優》が出たらそいつに教えてもらえ。はい次」


 そして30人が自己紹介を終えるとちょうど良い時間になった。


「よし、それじゃあ体育館まで移動だ。廊下に並べ。番号順で二列に」


 男女別の番号順ではないため一部の生徒は異性に挟まれている。僕は何とか後方に男子生徒を確保できた。


「なあ小鳥遊。今日テストがあるって知ってたか?俺は知らなかったんだけど。ノー勉で平均値いけるかな?」


 僕より1つ後の番号の高安だ。ザ・体育会系の体格をして髪型は短くスポーツ刈りと呼ばれる類いのやつだろう。少し金色が混ざっていてヤンキーみたいだが気楽に声がかけられそうな雰囲気をしている。

 教室から体育館までの移動中、近くに同性、それも話しやすそうな奴がいれば話したくなるのは学生の性なのだろう。出会ってまだ数分と言うのに会話が続く。


「さぁ。でもこのテスト対策の勉強をしてる奴は日頃からやってるだろうから。高安みたいな奴がこの学年に過半数近くいれば希望はあるんじゃないか?」


「それ、遠回しにバカにしてないか?」


「いやいや」


「そこ、私語は慎め」


 話に夢中になっていた気はしないがもう体育館前まで来ていた。僕が思っていた以上に体育館が近かったのだろう。


「入るぞ」


 体育館の中は盛大な拍手の音が響いていた。先輩達が新入生の入学を祝っているというような光景。

 3組が入場し着席すると拍手の音は止みちょっとした物音も聞き取れるぐらいに静かになる。それを確認した司会が会を進行させる。


「これより入学式を執り行います。全体、礼。校長からの祝辞」


 校長と思われる男はステージに上がりマイクの前に立った。校長と言うからには頭が少し残念なおじさんを想像したのだが予想に反して若そうでふさふさとした男性だった。


「おはようございます。えー新入生の皆さん。入学おめでとうございます。見ての通りまだ校長になりたて、というよりも僕も皆さんと同じで今年ここに来たので扱い的には僕もそっちなんですよね、ははは」


 祝辞、とは思えないそれは会場の空気を一瞬で緩くした。堅苦しい校長よりも好感が持てそうだ。


「こほん。それじゃあ、ここからは生徒会長に任せようかな」


 予想以上に早く終わった校長からの祝辞?に新入生を含めた学生全体が驚いたことだろう。そして校長は祝辞を生徒会長に投げたのだ。


「はい」


 生徒会長はあの時に僕達を案内した黒銀髪の彼女だった。校長が退場して代わりにマイクの前に立つ。その行動に無駄はなく凛としていた。


「生徒会長の深夜(みや)鷹音(たかね)です。新入生の皆さん、ひとまずは入学おめでとうございます。でも、ここからが始まりです。入学できたことに慢心せず向上心を持って高校生活を送ってください。簡単ではありますがこれで終わらせてもらいます」


 丁寧にお辞儀をして退場する。完璧な生徒会長と言うのがこれまでの彼女を見ての僕の感想だ。実際にそう思っているのは僕だけではないようで彼女が退場してから新入生が隣と話している声が少し聞こえてくる。

 僕の隣人も例外ではないらしく小声で話しかけてきた。式中に話すのは嫌だったので返答は頷くだけにする。


「これで入学式を終わります。続けて始業式を執り行います。全体、礼。校長の言葉」


 また校長か。すぐに終わるな。と会場全体が思っているだろう。

 校長は呼ばれることを予期していなかったのか少し驚いた様子でステージに立った。


「えぇ、はい。このあと新入生はテストがあると思います。《最優》の座をかけたテストですので気合いを入れて挑戦してください。逆に2年3年の生徒はこのあとは下校ですが気を抜かずに学業に励んでください。終わり」


 さっきよりもまともな内容だった。

 普通の始業式なら後は校歌を歌って終了だが何かあるだろうか。


「連絡のある先生方おられませんか?」


 ・・・。え、もう終わり?


「ではこれにて始業式を終わります。各自教室に戻り担任から指示が来るまで待機してください。解散」


「早かったな。校長も若そうで校長感ないし。なぁ小鳥遊」


「そうだな。ここからテストって考えるとなんだかもう疲れが」


「早えよ。でもまあ気楽に行こうぜ。どうせ《最優》なんて目指してないだろ?」


 残念ながら僕は少し興味があった。たった1つの教科の学年1位をとるだけで授業の評価を気にしなくてすむ。つまり、サボっても文句は言われないということ。


「ちょっと取ろうかな。あの教科なら希望があるし」


 そしてテストは9時半に始まった。教科は国語、数学、英語、化学、物理、生物、地理。全て中学までの内容を問われた。

 全教科一時間、間休憩が10分、昼休憩に50分。終わったのは6時頃だ。


ーーーーー


 テストを終えた僕たちは学校の敷地内にある寮で疲れを癒していた。今日は特別にここに泊まれることになっている。


「部活専用の寮に泊まるなんてこれが最初で最後だろうな」


「え?小鳥遊は部活入らないのか?」


「入らない。中学の頃入ってたけどほぼ3年間幽霊化した。あんまり楽しくなかったしな」


 何を思って入ったのかはもう思い出せないがあれは僕には合わない。顧問が熱血気味で応援が強ければ勝てると本気で信じていた。今思い出してもそれはとんでも理論だと思う。


「皆さーん。紅茶を煎れましたので飲んでください」


 相も変わらず朝野さんは紅茶をクラスメイトに振る舞っていた。

 今僕達が親睦会擬きを行っているのは大広間。各クラスに1部屋与えられそこで晩御飯を食べた。寝るのはもちろん男女別でそれぞれ少し大きめの部屋を準備されている。


「あー頭痛えなー。全教科を1日って今考えるとヤバくね?」


「それなー。今日は疲れでぐっすり寝れそうだよな」


「朝野さん。その紅茶ってダージリン?」


「よくわかりましたね。紅茶、好きなんですか?」


「ええ。今度専門店に一緒に行かない?」


「行きたいです」


 長時間のテストから解放された反動と疲れからか皆ほぼ初対面にも関わらずフラットに接していた。これが親睦会か。


「お前らー。この部屋はもう閉めるから全員出ろ」


 浅上先生が扉を開けて部屋に入ってくる。時間はすでに8時を越えていた。この後はクラス別に時間制限つきの風呂の時間があり後は各自で睡眠になる。

 部屋を出た後、男女別の大部屋に移動して男女別の親睦会みたいなのが始まった。


「小鳥遊ー。そういえばお前あの教科ならって言ってたけどよどの教科が得意なんだ?」


「かろうじて数学が。で、それがどうしたんだ?」


「よし、それならここ教えてくれね?全く手がつかなかったんだ」


 個人的に中学数学に難しいところはないと思っている。今日のテストで僕は手が出なかったところはなかった。正誤は別として。


「えーとこれは。連立方程式か。なるほどな。面倒な前置きがあったから引っ掛かったのか。ただな、実際に頭をフラットにして考えてろ。内容はとても分かりやすいから」


 連立方程式と言えば無意味な行動の計算だ。例えば池の回りをAさんが分速何メートルで走り数分後Bさんが逆向きに分速何メートルで走りました。さて彼らは何秒後に出会いますか?とか。点Pは秒速何メートルで直線上を走ります。また、点Qは秒速何メートルでこの直線の垂線上を走ります。0秒から何秒の間で最も面積が大きくなるのは何秒後ですか?とかだ。


「なあ小鳥遊。点Pはどうして動くんだ?」


「うん、少し黙ろうか。いやその気持ちはわかるけどさ」


ーーーーー


 ある程度の説明をしたところで高安は僕を風呂に誘った。八割説明は終わったので後は自力でさせることにして僕はその誘いにのった。


「にしてもこんなときはさゆっくり入りたいのに時間制限あるとかおかしくないか?」


「ま、3クラスも入るんだ。後に入るクラスのことを考えれば妥当だろ。ほら、行くぞ」


 この寮は3階建てで3階が女子専用、2階が男子専用、1階はエントランスと風呂に食堂。晩御飯を食べた大広間も食堂の1つだ。


「お前さ、もしかしなくても《数学の最優》になるんじゃないか?教え方も上手かったし」


 学年順位が1位というどこまで点数を取れば良いのかというラインが曖昧なため実感がない。ま、とれてないと思うけど。


「そうだといいな。授業をサボれるのが何よりいい」


「そっちかよ。学食無料がでかいだろ」


 そういえば《数学の最優》になったら朝野さんに数学を教えないといけないんだったな。友好関係の構築にとってはいいことだ。


「これが風呂場ね。銭湯みたいな入口だな」


 普通の家にある風呂の延長線上だと思っていたのだが外観明らかに銭湯のそれだ。寮に泊まったことがないからそこら辺がいまいち分からない。


「いいねぇ。これだよこれ。早く入ろうぜ」


「そうだな」


 脱衣所で服を脱ぎ風呂場に入る。共通認識の銭湯がそこにはあった。


「はー。これはいい。マジで銭湯じゃねえか」


「いいな、これは」


「やっと来たか君ら。勉強真面目族かってほど僕達の声が聞こえてなかったよな。まったく」


 たしか(おおとり)千博(ちひろ)。典型的でクールなイケメンという形を実体化させたような見た目をしている。残念なことに髪は普通の黒。ここは金とかにして欲しかったな。キャラが分かりやすいから。

 鳳が僕と高安を見つけてそう言う。そういえば部屋には僕と高安しかいなかったな。あれ、それじゃあまさか。


「後10分しかないぞ。手早く済ませるんだな。交代時には完全撤退だ」


 高安の唯一の願いであった風呂にゆっくり浸かるというのは達成されず僕と高安は他のクラスメイトに見られながらせかせかと体や髪を洗った。風呂に浸かれたのはわずか2分だけだった。


「くっそ。小鳥遊、お前の説明が上手すぎるから時間が経ったんだぞ」


 誉めてるのか貶してるのかよくわからない愚痴を聞かされながら風呂場を後にして説明会第2フェイズが始まった。次は図形について。円のなかに四角形などが入っていて相似を見つけたりして解く問題だ。


「だぁー頭が。よくこんなの解けるな。そろそろ頭が爆発するぞ、俺は」


「うぐぐ。まさかここを間違っていたとは。ほんとによくわかるね、君は」


 いつの間にか高安以外にも鳳など他のメンバーも参加していた。そのため紙ではなくたまたま部屋においてあったホワイトボードでの説明に切り替えた。


「いやいや、ここはまだわかるだろ。ほらここが弧ABに繋がるから角EDGの角度がここと同じになってこことここも同じだからこれとこれが相似になってだな。って寝るな!起きろー」


 せめて問い3までは解けるようになってほしい。個人的には。

 後に、このクラスの男達はこう語った。小鳥遊は数学の鬼。分からない奴の気持ちが分からない、と。


ーーーーー


 翌日。場所は違えど日課は日課。電撃の走る腕輪で起きる。他はまだ寝ていた。学校の敷地内だからこんなに早く起きる必要もなかった気がしなくもない。

 部屋にいても暇だったので1階のエントランスの椅子でコーヒーを飲むことにした。


「あっ。小鳥遊くん。朝は得意な方なんですか?」


 そこには先客、朝野さんが優雅に紅茶を飲んでいた。


「まあね。これのお陰だけど」


「腕輪、ですか?」


 パッと見るだけではただの腕輪に見えるそれでどうやってと不思議な顔をする。


「設定した時刻になると電流を流すんだ。痛みで起きる、みたいな」


「そうですか。紅茶、飲みますか?」


「ありがたくもらおうかな」


 朝に紅茶というのもなかなか良いものだ。朝紅茶は昨日が初めてだったけど。

 今日は昨日のとは違う匂いがする。この匂いだけで品種を当てられる人がいるとか。そこら辺はコーヒーと同じか。コーヒーよりは違いが分かりやすい気がする。


「小鳥遊くんって数学が得意なんですか?」


「どうして?」


「昨日、お風呂場から部屋に戻っているときにたまたま聞こえちゃいました。《数学の最優》なんじゃないかって」


 そういえば昨日はその話で持ちきりだったな。だが、他のクラスの状況が分からないしそうは言い切れない。


「さぁ。少なくとも今言えるのはこのクラスの男子の中では僕は数学ができる部類の人間だってことだろう。他のクラスにはまだ見ぬ秀才がいるかもしれないし」


「そこは素直に喜ぶところですよ。まあ私、数学が大の苦手なんですけどね」


 自虐気味に笑う朝野さん。僕が《最優》でなくとも教えてあげたいな。


「先生の話では今日に結果が返ってくるそうですよ?先生のお仕事も辛そうですよね」


「90人分のテストの丸つけを1日、いや半日って一種の拷問かよ。ほんと教師ってブラックだな」


「ふふ、そうですね。でもそれが楽しくて教師という仕事を続けている人もいると思いますよ」


「そうか?まあ教師ほど人を育てるという面で実感を感じられる仕事はないだろうけど」


 それでも僕は教師になりたくはないかな。


「もし、小鳥遊くんが《数学の最優》だったら教えてもらってもいいですか?」


「別にいいけど。今のところあまり評判はよくないぞ?昨日は数学の鬼とか言われたし。あ、あと悪魔とか」


「面白いですね。こちらは勉強の話よりも趣味の話が多かったですよ。ほら、私が紅茶好きなのはもうクラス全体に知れ渡ったことですし」


 確かに。あれだけ紅茶をクラスメイトに配ればもう紅茶の人と覚えられているだろう。


「まあね。分かりやすい趣味を持つのはいいことだよ。うん」


 紅茶を一杯飲んだところで部屋に戻ることにした。ちょっとしか話していない気がしたが意外にも時間が経つのは早かった。


「それじゃあ、また」


「はい。また教室で」


 やっぱり朝はコーヒーだな、と思い帰りに自販機でコーヒーを購入。その場で飲み捨てて部屋に戻った。コーヒーの苦さがまだ眠気を帯びていた目を覚まさせる。


ーーーーー


 案の定クラスメイトのほとんどは起きていた。まだ起きていないクラスメイトはもれなく往復ビンタをくらっていた。

 すでにそこまでの友好関係が築けているということだ。さすが。


「お、小鳥遊。どこ行ってたんだ?」


「エントランス。起こすのも悪いと思って外にいたんだ」


「へぇ。健康的な生活をするんだね君は」


「いい加減小鳥遊って呼んでくれ。君って言われるのは少し、気味が悪い」


「ひどいな、き。小鳥遊は」


 現在僕が気軽に話せるのはまだ高安と鳳くらいか。もう少し広く関係を築くべきだな。今後の課題になりそうだ。


「朝食はここでとれるんだろ?もう少しゆっくりしようぜ」


「もとよりそのつもりだ。あれか、数学の勉強がしたいか?そうかそうか。そうならそうと言ってくれよ」


「冗談きついぜ。昨日の内容を頭に詰め込むのにまだ時間がかかりそうだ。また今度にお願いするぜ」


「あっそ。鳳は?」


「僕も今はいいかな」


 まだまだ教える事はたくさんあるのに残念だ。さすがに昨日は言い過ぎたか。鬼とか悪魔と僕に言うほど彼らにとっては苦行だったのだろう。


「そっか。まあ朝だしいいか」


 昨日晩御飯を食べた大部屋へと移動する。


「小鳥遊って見た目だけだと声かけづらいよな。目付き悪いし」


 移動中、僕の顔をまじまじと見て高安が言う。


「そうか?まあずっと目を細めればそうなるさ。逆にそんな目を開けて乾かないのか?」


 目が大きくても利はない。すぐに乾くし光が眩しいだけだ。


「いや、こっちが普通でそっちが異常なやつだから。な?鳳」


「普通かどうかは知らないけど君、小鳥遊は目が細い方だと思うぞ」


 鳳も僕ほどではないが目が細い部類だと思っていた。そんな彼に言われるくらいに僕の目は細いらしい。


「ま、個性ってことにしといてやるよ」


「話始めたのそっちな」


 朝食はシンプルに食パンに目玉焼きだった。


ーーーーー


 身支度を整えてから各自退室。朝は昨日と同じくらいに集合とのこと。誰が《最優》になったのかの発表をするらしい。


「遅刻なしか。おはよう。いい朝だな」


 いい朝、とは。起きてすぐは晴れていたはずなのに今は素晴らしいほどに雨が降っている。


「冗談だ。気にするな。それでは《最優》を発表する。心の準備はいいな?」


 全七科目の《最優》。単純に考えればクラスに2人いる。


「それでは《国語の最優》から。《国語の最優》は残念ながらいない。次、《数学の最優》は。おめでとう小鳥遊、お前だ」


「だー、やっぱりか。そうだよな」


 高安を筆頭に男子からはやっぱりなーという反応、女子からはすごいなーみたいな反応をされる。僕自身は少し意外に思う。あれぐらいでとれるのならこれからもとってみようと思った。


「それじゃあ朝野の数学教育係よろしくな。はい次」


「よろしくね、小鳥遊くん」


 あーはい。教師公認の教育係になりそうだ。


「《英語の最優》はいない。物理、化学、生物もいなかった。さーて、《地理の最優》はいるのか。面白そうだし投票してみようか。いると思う奴は手をあげろ」


 3分の1が手をあげた。無論、僕はそのうちの1人になる。最低限もう1人はいてほしいという希望的観測だが。


「そうか。では手をあげた奴、おめでとう正解だ。そして鳳、お前が《地理の最優》だ」


 意外だなー。とクラスのほとんど、僕を含めて思っていることだろう。特に男子からは。


「ははは。残念だったな小鳥遊。僕も《最優》だ。地理を教えてやろうか?」


 少し自分を誇るように、そして数学でやられたことをやり返してやると目で訴えてくる。地理は僕の一番の苦手科目だからやめてほしい。


「断る」


 即答だ。


「は?受けろよ。教えてくれた恩を返させろよな」


 絶対それ恩じゃなくて恨みだろ。


「ハイハイ。気が向いたらな」


 ひとまずこの場はてきとうに受け流す。絶対にこいつには捕まらないようにしなければいけないと決意する。


「はいそれじゃあ終わり。《最優》の2人は放課後生徒会室に行けよ。解散、一時間目には間に合うようにしろよ」


 浅上先生はそう言って教室を出た。先程の決意を胸に僕も教室を出ようとしたところで高安と鳳に捕まる。


「逃がさないよ。さあ教えてあげるよ手取り足取り!」


 《最優》の特典、もう1つあったな。クラスメイトに捕まる確率が上がる。

 その後僕は《地理の最優》、鳳に一時間目が始まるまでの10分間地理について一方的に話しているのを聞かされた。


ーーーーー


 放課後、浅上先生に指示された通り生徒会室に鳳と向かった。その間も鳳から地理についてを聞かされた。聞いても分からないことをペラペラと隣で語られる僕の気持ち、わかるかな。耳に穴が開きそうだ。


「それでだな」


「ほら、ついたから。もういいから」


 生徒会室前。文化部の部室に似た趣がある部屋だ。とは言え文化部のそれよりもしっかりとしているように見える。


「失礼します」


「遅かったな。君たちで最後だ」


 深夜生徒会長が少し怒り気味で言う。


「まあまあ。時間までまだ5分あるじゃないですか深夜会長」


 生徒会の1人。ゆったりとした人が生徒会長を落ち着かせる。


「まったくお前は。まあいい、全員集まったので本題に入るとしよう。第一期《最優》は生徒会に入ることになっているんだ。3人選出だ。2年間やってもらうから慎重に決めろよ」


 2年間変わらず生徒会になるのか。どうにかして回避したいところ。


「それじゃあ自己紹介しませんか?その方が話しやすいと思うんです」


 違うクラスの人が提案する。断る理由もないため頷く。他の面々も同じように頷き、それを見た彼女が口を開く。


「それでは私からしますね。私は1年1組。《国語の最優》真木野(まきの)(ひな)です」


 小柄で高校生と言うよりは中学生のような愛嬌がある。茶髪を肩まで伸ばしていている。中学生みたいとは本人には失礼だろうか。


「同じく1年1組。《物理の最優》赤宮だ」


 話し方からも伝わる通りにクール系といったところ。赤い髪で目付きが鋭い。他人とあまり関わりたくないという気がひしひしと伝わってくる。


「ハーイ、次私。《英語の最優》メトーデ・イリー。よろしく!あ、1年3組デース」


 外国人か。外国人がいるなら《英語の最優》をとるのは困難だったろうな。

 食いぎみに自己紹介を始めたのはメトーデ・イリー。これぞ金髪だと思える金髪を肩よりも伸ばしている。高校生とは思えない、大人の女性を彷彿とさせる顔立ちをしている。


「それじゃあ次は私ですね。同じく1年3組。《化学と生物の最優》塩枝彩です」


 2教科の《最優》か。そうか、条件は学年1位だからできるのか。それにしても2教科で学年1位とは単純にすごいな。

 塩枝彩。眼鏡をかけ制服の上から膝まである白衣を着ている。見た目からもう理系女とわかる。


「では次は僕が。1年2組。鳳千博、《地理の最優》だ」


「同じく1年2組。《数学の最優》小鳥遊」


「ほぉ。《数学の最優》は君か」


 深夜会長が僕を見て言う。


「会計は必須の仕事だからな。君は確定で入ってもらう」


 え。何その《数学の最優》限定の特典。何でそんなに《数学の最優》特典多いの?


「よかったな小鳥遊。それじゃあ僕も志望しよう」


 お前がいくなら俺もといった風に鳳も立候補する。


「仲がいいんですね」


 真木野さんが微笑ましそうにこちらを見る。やめて、その目でこっち見ないで。いやほんと、そんなんじゃないから。


「ほら、他のクラスの人が入りづらいだろ」


「ハイ!私入りたーい。日本の文化!」


 メトーデさんがそんなこと関係ないと元気よく立候補する。


「言った者勝ち、と言うわけではないが他にないなら決定するが。どうする?」


「いいですよ」


「異議なし」


「私も問題ないです」


 他の《最優》達はあまり生徒会に興味がないなか立候補しなかった。


「では決まりだ。解散。生徒会に入る者は残ってくれ」


 各クラスに2人、3組には2つの《最優》を1人が持っている。彼らとはクラスの枠を越えて長い付き合いになりそうだ。変わらずに《最優》のままでいられたらだけど。

 3人が退出したのを確認してから会長が話を始める。


「では3人とも、生徒会にようこそ。私は《国語と地理の最優》深夜鷹音だ。彼は会計で《数学の最優》」


空間(からま)(さだ)だ。よろしくな」


 入室時に生徒会長を落ち着かせた人だ。鳳がクール系イケメンとするなら空間先輩は爽やか系イケメンだろう。


「それで彼女が」


「今は何の《最優》でもない結実(ゆうみ)(かなで)。私みたいにならないように気を付けることね」


 結実先輩はパソコンに向かって何かを必死に打ち込んでいた。黒髪を肩よりも少し長くまで伸ばしており前髪で少し目が隠れている。


「おいおい、そんなこと言うなよ。今はそうかもしれないど《化学の最優》とは毎回接戦じゃないか」


 空間先輩は彼女らの精神安定剤か何かだろうか。ムードメーカーと言えば聞こえはいい。


「さて、会計は空間に。それ以外は私たちが話す。空間、隣の教室に行け。話が聞きづらいだろうから」


「はいはい。新人には丁寧にな。じゃ、行こうか」


 空間先輩は僕に先に外に出るように促す。自分は資料を持ってくるからと。


「会計か。面倒くさそうだよな」


 会計と言えば学校の金を取り扱う役職、少しのミスも許されないであろう役職だ。第一期《数学の最優》が強制的に生徒会の会計をさせられると知っていたなら点数を無理にでも落としたというのに。

 と、廊下の隅から視線を感じる。ギリギリ見えたのは黒いフード。制服の下から着ていた上着の絵柄は何かの顔を模しているのか顔を食べられそうになっているという構図が出来上がっていた、気がする。


「お待たせ。待った?」


「いえ」


「とりあえずこれ。簡単な説明書。一通りこれを呼んでもらってから質問を受けるって感じにしようか。説明するのも難しいからね。後は実践あるのみかな」


 紙の束。ざっと十枚以上は確実にある。それも一枚一枚にびっしりと文字や図が書かれている。見ただけでため息が出そうだ。


「さすがに今は無理か。そうだな。ま、質問はその時々にでもいいか。それじゃあ今日は解散。お疲れ」


 やっぱり緩いよなこの先輩。ということで暇になったので先程目についたものの正体を確認しようと思う。


「えっと。この角に隠れてたよな。この先は屋上のはずだから追いかければ見つかるよな」


 隠れられたら面倒だし少し早足で階段をかけ上がる。


「屋上か、いいな。中学の頃は立ち入り禁止で鍵かけられてて行けなくなってたんだよなって、ちょっと待て。ここの屋上、鍵ついてないのか?」


 外から見た屋上にはフェンスがついていなかった。まさかとは思うが、ロープとか使って下に降りたとかあるか?

 それはないとは思うけど何かあってはまずいため早足を走り足に切り替えて屋上に向かう。

 そこにいたのは先程見た通りのフードをつけた人。スカートをはいてる点から女子生徒。


「えっと、何か用か?いや勘違いなら恥ずかしい限りなんだけど」


「《数学の最優》。次は負けない。それだけ、さよなら」


「えーと。1年1組の神凪(かんなぎ)だろ。残念ながら知ってるんだよな、数学学年2位」


 情報源は浅上先生。何となく《数学の最優》を狙えそうな立ち位置にいる奴のことを聞いていたのが功を奏した。まさか見た目の特徴まで教えてくれるとは思わなかったけど。


「お前達、そこで何をしてる?」


「深夜会長、なぜここに?」


「空間から聞いた。君が解散後屋上に向かったってな」


「そうだったんですね。何もしてないですよ。視線を感じたから来てみただけです。それこそもう解散の流れですよ。な、神凪」


「呼び捨て。それじゃあ」


 呼び捨てはまずかったか。神凪は少し怒った態度で屋上を後にする。残ったのは僕と会長。


「本当に何もしてないのか?」


「どうしてそんなに聞きたがるんですか?」


 屋上と言ってもフェンスがないだけで特段何かあるわけでもないだろう。いや、フェンスがないのって結構な問題だろうけどさ。それなのに屋上で何をしていたのか、もしくは何をしようとしていたのかを妙に聞きたがるというのには理由があるはず。


「過去に自殺があったからな。気をつけろよ。にしても普段は南京錠で閉めてるはずなんだが。誰が壊したんだ?」


 あれ。そんなのあったっけ?まさか、な。


ーーーーー


 翌日、屋上は立ち入り禁止だと言う注意が朝の放送でされた。昨日はあれから帰宅して会計説明書を一通り読んだ。内容自体はすべて理解したが実践でできるかどうかはわからない。

 本格的に僕達新入生が生徒会として働くのは2学期から。それまでは研修期という扱いらしい。


「やあ小鳥遊。昨日は屋上で何をしてたんだ?」


「聞かないでくれ。それより鳳はあれからどんな話を聞いたんだ?」


「ん?あぁ。簡単な説明だけかな。事務作業とかそこらへんだ」


「あの外国人、メトーデさんはどんな感じだった?」


 今後、同じ生徒会のメンバーとして活動するならば仲間のことは知っておいて損はないはず。


「なんだ、狙っているのか?」


 からかうようにニヤリと笑いながら訪ねる。


「いや違うから」


「おー。生徒会のお2人さんじゃねーか。どうだ?」


 高安が僕と鳳の間を割って入ってくる。この言い方だと鳳ととても親密だと思われるか。よし、撤回しよう。


「どうだって言われてもな。特に。それで、何か用か?」


「いんや。特にはないぜ。それでよ、他の《最優》達に会ったんだろ、どんな奴なのか教えてくれよ。クラスの奴もたぶん気になってるぜ?」


 確かに他の《最優》について教師からの報告はなかった。気になる奴もいるにはいるのか。


「わかったよ。《国語の最優》は・・・」


 中略。


「へぇ。2つ同時に取ってる奴がいるのか。すげえな。《物理の最優》はそんな奴から座を取ったわけか」


 腕組みをして感心したような素振りを見せる。絶対わかってないだろ。


「どうしてそうなるんだ?」


「いや、だってよ。化学と物理と生物って中学の頃はひとまとめに理科だっただろ。なら必然的に化学と生物と物理、全てが得意になるんじゃないかってよ」


「単純シンキングかよ。ただ単に物理だけが苦手ってだけだろ。あれは理科のなかでも数学よりだし」


「へー。じゃあ小鳥遊の出番じゃん」


「どうしてそうなるんだよ。物理特有のあの考え方、僕苦手なんだよな」


 わかるかな、あの力とかエネルギーとか色々考えなきゃいけないやつ。


「あっそ。ま、俺みたいにどの教科も平均ぐらいだと体育系ぐらいにしか取り柄を見いだせないんだよな」


「そっちの方がつらいよ、本当に」


 そのセリフには自分でも驚くほど感情が込もっていたと思う。


「ま、今日の一時間目は物理だぜ?」


「おうふ」


ーーーーー


 放課後になって僕は生徒会室に向かった。というよりここ数日間は生徒会室に来いと会長に言われた。他はどうか知らないけど僕個人だけを呼びつける理由もないからおそらくは。


「やあ、小鳥遊。今日は早いな。1年では一番乗りだ」


 1年では。2年生はすでに各々の仕事に取りかかっていた。


「昨日の件で会長が怖くなったんじゃないか?」


「おう空間。このあと屋上な?」


「ヘーイ。おはよー小鳥遊くん。おりょ?こんにちはーカナ?」


 メトーデさんがドアを力強く開けて入ってくる。その後ろには鳳がいた。


「仲のよろしいことで。なぁ鳳」


 朝僕がされた風に少しいたずらに言ってみる。特に意味はない。ただ単に鳳をいじりたかっただけだ。


「嫉妬か?今朝もメトーデさんについて聞いてきたよな」


 そう解釈したか。てか、その話を本人の前でするの止めて。すごい恥ずかしいから。


「ん?私のこと?教えてあげるよ。いつでもなんでも」


 男に何でも教えるってそれは。メトーデさんは大人の女性のように見えて多少の天然を含んでいるようだ。


「また後で。少しだけお願いするよ。それで今日は何をするんですか」


「あぁ。屋上の件だよ。小鳥遊には少し話したかな」


 屋上。過去にあった自殺の件か。


「昨日のことも含め屋上にフェンスを設けることにした。工事期間中、今と変わらずに南京錠をつけてはいるが監視は続けた方がいいだろう。昨日は壊されていたことだし。日替わりで見回りのスケジュールを組みたい。各々、どの日を担当できるのかを言ってくれ」


「毎日生徒会室に行けば済むのでは?屋上に続く階段はここの前の廊下の先だし」


「ってなるよな。やっぱり。ほら、深夜は少し警戒しすぎなんだよ。な?」


「空間は黙ってろ。まあそのことも含めて意見を聞きたいと思う」


「私は異議なし。どうせ休日もここに来ますし。私が常に監視するって言うのもありです」


「それじゃあ僕もいますよ。どの部活にも入る予定ないんで」


 1人に仕事を押し付けるのは気が引ける。それに相手は先輩だ。後輩としてもこう提案すべきだろう。


「別に1人で十分」



 そう結実先輩は冷徹に切り捨てる。


「まあまあ結実。後輩くんが関わろうとしてくれてるんだ。素直に受け入れてやれって」


「空間、後で屋上な?」


「結実まで」


 空間先輩。このあと2人から屋上で何をされるのだろうか。


「ハイハーイ。私も!皆と仲良くなりたいカラやりたいです」


「僕は部活に入る予定だからあまり行けないけど行けるときには行こうと思います」


 鳳も何やかんやで来ると。1年組は全員か。


「無論、私は会長だ。常にここにいる」


「あらら。僕も行くし結局全員集合じゃん」


「いや、お前は部活行けよ。サッカー部のエースだろ」


「ありゃ?ひょっとして僕拒まれてる?」


 かわいそうに。なむなむ。


「ちょっと哀れみの目を向けないでよ、小鳥遊くん!」


 顔に出ていたのか。先輩達のやり取りがギャグみたいに面白い。


「そうだ!メールアドレス交換しようよ。その方が何かと便利だし。情報共有が楽になるよ」


「いいですね。賛成デース。はい、これ。私のメールアドレス」


「準備がいいねメトーデさん。ま、僕もだけど」


 メトーデさんと鳳が準備していたかのように自身のメールアドレスを書いたメモを机の上に置く。先輩方も用意しているのか同じように紙を出す。残念ながら僕は準備していなかったのでとりあえず彼らのメールアドレスをメモしておく。


「ん、小鳥遊くん。スマホは持ってきてないのか?」


「え?」


 ここはあくまでも学校。校内でスマホを使っていいはずがないと思っていた。見ると先輩達は普通にスマホを出してメールアドレスを入力している。


「いや、生徒会が破ってどうすんですか」


「残念ながら校内でスマホを触ってはいけないと言う校則はない。後でちゃんと校則は読んでおくんだな。生徒会として仕事をする上では必須事項だぞ」


 マジか。


「はは、やっぱりそうなるよな。僕も最初はそうだった。ていうか全員そうだった」


「ばらすなよ」


 ついでにグループ会話アプリの登録も済ました。


ーーーーー


 あのさ、思ったこと言ってもいい?


「メトーデさんよくしゃべるな、いやほんとに」


 帰宅してすぐスマホが異常なほど震え出したので確認すると生徒会のグループでメトーデさんが1人で何気ないことを話していたのだ。


『改めて、よろしくね』


『便利ですね、スマートフォンのアプリで話すのは』


『日本語変じゃないですよね』


『イントネーション気にしなくてもいいの、とてもいいです』


 以下、同じような内容のためカット。


「それで、個別の方でもほぼ同時に話してきてるんだけど。どうやってスマホ操作してんだよ」


『私のことを知りたいって言ってたよね。どんなことが気になるの?スリーサイズ?』


『いや、違うから』


『そっか残念』


『残念って。まあ基本情報みたいな、好きな食べ物だったり得意なこととか。そんな自己紹介で言いそうなことを聞きたいかな』


『そんなことだったのか。いいよ』


『名前はメトーデ・イリー。食べ物は好き嫌いしない方かな。得意なことはコミュニケーション。人と話すのが好きなんだ。今とても楽しいよ』


『それはよかった』


『いつから日本に?』


『中学卒業してから。マザーが元々日本人でね。仕事の都合で日本に行くって言うからついてきた。あっ、安心して。高校卒業までは帰国しないから』


『安心した。メトーデさんとはいい友好関係を築けそうだったし。生徒会の仲間だからね』


『メトーデじゃなくてイリー。イリーって呼んでほしい。私も、あ。小鳥遊くんの下の名前、私知らない』


 自己紹介していなかったか。あ、そういえば下の名前を言ってなかった。


『小鳥遊新月。こっちも新月でいいよ』


『クレセントムーン。イエス、クレンって呼んでもいいですか?新月は呼びづらいので』


 日本語は話せるけどまだどれもすらすらとは言えないのか。クレンって呼ぶのも難しい気がするけどそこは英語の要領で言うのかな。


『もちろん』


『サンキュー、クレン』


『こちらこそ』


 このあと、全く別の話で約30分話続けたことをここに記しておく。マジで話が長いな。イリーは一度話したら止まらないタイプだろう。天然っぽいし。


ーーーーー


 翌朝、日課をこなし登校を始める。変化があるとすれば少し腕が電撃に慣れてきたこと。現状、これ以上の火力は望めないため少し使用を控えるべきか。

 あと問題があるとすれば、


「隠れるならもう少しわかりづらくしてくれ。特に足音」


 物理的な背後霊、わかりやすく言えばストーカーのようなものがついて来ていること。


「何?家がこの近くなだけ。自意識過剰」


 神凪。変わらずあのフードを被っている。


「あっそ。あと昨日点数を見たけど点差的にはあと一問だったな。どこをどう間違えたんだ?」


「黙れ。《最優》に教えてもらうことはない」


「さぁどうだろう。ま、そうだよな。ただの計算ミスで《最優》を逃したんだ。教えてもらうことがあるなんてないよな」


 図星なのか返答が来ない。当然だろう。差は3点。配点表を見れば全てが5点でどのように計算してもこの点差にはならない。つまりはそういうこと。ただの計算であって推理ではない。


「先に行かせてもらう」


 指摘が当たっていたのか少し顔を赤くして学校への道を走った。


「あ、転んだ」


 結局仲はよくないが並んでの登校になった。神凪は終始無言でこちらをチラチラと睨むぐらいしかしなかった。いや、結構な精神的なダメージになるのだけどね。

 教室につけば先に来ていたらしい鳳が話しかけてくる。


「おいおい。メトーデさんの次はフード女子か。手広くしすぎなんじゃないか?」


「おうそうか。お前後で屋上な?」


 生徒会直伝怒ったときの対処法。なお、効果はない。


「立ち入り禁止の場所に招こうとするなよ。深夜会長と結実先輩の真似か?」


「まったくだぜ」


 いつもの面子が僕の机の回りに集う。だが、今日は加えてお客さんがいるようだ。


「小鳥遊くん。今日の放課後暇かな、よければ数学を教えてくれないかな?」


 朝野さん。そういえばこのクラス特別の《数学の最優》特典をすっかり忘れていた。いや、そんなのないけど。


「いいよ。場所はここでもいい?」


「はい。それではまた」


 本当にいい笑顔をするよな。無条件で助けたくなるくらい。


「そうかそうか。つまりお前はそんな奴だったんだな」


「急なエーミールやめろ」


 中学の頃に授業でやったよな。少年の日の思い出。本当に懐かしいなー。まだそんな時間経ってないけど。


「それで、どうしてフード女子と登校を?」


「理由はない。やけに後ろが騒がしいなと思って見たらいた」


「お?狙ってるのは向こうの方だったか」


「ちっ。お前は鳳みたいにイケメンってわけでもないのにどうしてだよ。裏切り者」


「いやいや、裏切ってないから。断じて」


 そういえば鳳はどうなんだろう。まだ入学からそれほど経ってはいないがそんな話のひとつくらい上がってこないのだろうか。


「ほら、鳳はイ。メトーデさんがいるから」


「よし小鳥遊。お前ちょっと屋上な?少し話をしよう。じっくりと」


 すごい鬼の形相で言われた。お前も屋上に誘おうとするなよ。


ーーーーー


 昼休み。誰もが心待にしていたであろう食事の時間。僕はカロリーメイトと言う素晴らしい昼食を食べていた。学食を買わなくても家にバカみたいな量のカロリーメイトがあった。


「おいおい、君はまたそんなものを。《最優》なんだから無料で食堂とか弁当とか選択肢は他にもあるだろうに」


「うえー。また君に戻ってるよ。もう別にいいけどさ。で、何か用か?」


「いや特に」


 短時間でかつ栄養も取れる。これに十秒チャージとか組み合わせればなお素晴らしい。


「はぁ。今度作ってきてやるよ。初回はタダにしといてやる」


 男子高校生って料理できる奴いるのか?少なくとも僕は絶望的だ。


「えっ。お前料理できんの?」


「バカにしてるのか。君こそ一人暮らしだろ。昨日のあまりとかで作れるんじゃないか?」


 昨日のあまり?新しい文明だな。


「あいにくだがその日中に消化できる分しか作っていない。それにあれを翌日学校に持ってきてまで食べたくない」


 ダークマター。暗黒物質。聞こえはいいがただのスミだ。


「鳳くんの料理が不安なら私のを食べませんか?」


 話を聞いていたのか、話し声のボリュームが高すぎたのか朝野さんが嬉しい提案をしてくれる。


「いいのか?」


「ええ。数学の授業料だと思ってください。それに母も言ってたんです。他人のためを思って料理することが上達の鍵だぞって」


「そうか。ありがたくいただくよ」


「はい」


 またも朝野さんは僕に笑顔を向ける。ここまでくると一種の武器に感じてくる。彼女はその武器をこれからも無意識にいかしていくんだろうな。


「よし小鳥遊。歯をくいしばれ。今ここで君に鉄槌を下す」


「そうか。気持ちはわからぬでもない。保健室で授業をサボれる程度に頼む」


 ゴスッと鈍い音がした後には頬がヒリヒリと痛む。


「それじゃ保健室行ってくる。先生に説明頼んだよ。僕がやりましたってな」


 チャイムがそろそろなりそうなため教室を出る。鳳の奴、結構強く殴ってきたな。まだ痛い。というか殴られた直後歯が折れたかと思った。


「まだそこまで経っていないのにもう保健室を利用することになるなんてな。あーあ、中学では保健室とは無縁の学園生活を送ってきたのにな」


 愚痴にもならない一人言を呟きながら授業中の廊下を歩く。僕の他には誰もいない。教室から授業を行う声しか聞こえない空間に一人。いいなこれ。

 そんなこんなで保健室の前。途中別のところに行こうか考えたが止めた。《最優》の特権だから可能ではあったのだが保健室のベッドがどれ程のものか気になった。そしてドアを開ける。


「ハーイ!クレンはどうしてここに?」


「イリーこそ」


「私は体が弱いカラ。さっきも吐血したんだー」


 吐血ってそんな簡単に言えることだっけ?


「お大事にな、僕は少しやんちゃしただけ」


「意外ネ。クレンはクールかと思った」


「どうだか。クールになりきれないだけかもな」


 どれかひとつ、自分のキャラを見つけ出せなかった僕の末路だ。バラバラなピースをてきとうにつけたパズル。それが僕の中身なのかもしれないな。


「別に、自分だけとかイラナイ。今ここに存在するのが私でそれ以外はイメージだから」


 小声ではあったが聞き取れた。真面目な声でイリーが言う。僕が見たことがあるイリーがあれなだけに相当驚いてしまう。


「ん?あぁ。何でもないよ。たまにはね?それより、寝なよ。そのために来たんでしょ?」


「いや、まあ。そうだな。寝よう。保健室の先生は?」


 イリーは思い出したように指を口に当てもう片方の手でどこかを指す。指された方には机に向かって寝ている白衣の女性、恐らくは保健室の先生がいた。


「なるほど。それじゃ僕も寝るよ」


「お休み」


 ちらりと見えた彼女の目は慈しみを含んでいたように見えた。

 その意味を考えることもなく僕は睡眠につく。


ーーーーー


 今回の夢ガチャはハズレだ。また、過去のトラウマを見させられる。忘れたいのにこうして夢に見るんだ。忘れられるはずがない。


「なんだその目は!嫌いなんだよ、人を蔑んだようなその目がなぁ!」


 そう言ってあいつらは蹴ってくる。それで僕は苦しもうが吐血しようがあいつらは変わらずに蹴る。そんな生活を何日も送ればいずれ慣れてくる。

 あぁ、こんなもんなのかなってね。


「おら、何とか言ってみたらどうなんだよ!」


 夢だから痛みはない。それでも、無痛の暴力は僕の中の何か大切なものを失わせる気がした。

 あいつらに暴力をふられる度に目が死んでいく。それに反応してあいつらもまたそれの威力をあげてくる。


「そろそろ腹も飽きたな。そろそろ頭いくか?」


「いいねぇ」


「さすがにまずくないか?」


「あぁ?じゃこれが消えたら次お前な」


「やらせてもらいます」


 いじめをする側の心理、自分はなりたくない。だが、そう簡単にはいかない。一度言ったことはもう消えないように決まってしまったのだ。彼のこの先が。僕が消えれば次は彼が標的になることだろう。

 彼は怯えながらも僕の頭を殴ろうとする、が躊躇する。これで死なれたりでもしたらじぶんはどうなるのか、と。それでも彼は殴る。じぶんはやる側であってやられる側にはなりたくないから。


「うわぁぁぁ!」


 思考を停止して。

 別にこの記憶がトラウマな訳ではない。いじめられたことがトラウマ。理由は知らない。明確な理由なんて無かっただろう。それでも広く関係を持つ部活と言う場には出たくなくなった。

 このあと当時の僕は意識を失って一時的に麻痺で動けなくなった。その事もあっていじめグループは解散。するはずがないだろ。その後は僕ではなく予想通り彼が標的に。あまり精神的に強くなかったのかいじめられて一ヶ月程度で自殺した。

 さすがの不祥事に学校側はいじめグループを停学にし、事態の解決を図った。そして事態は思ったよりも早くに収束した。

 たいていは意識を失うところまで見させられて起きるのだが今回は続きがあった。

 誰かと会ったときの記憶。ほとんど覚えていないその夢で唯一頭に残っているフレーズがある。


『誰かを守りたいって思いながら死ねばこの世に残れるのかな』


ーーーーー


 起きてすぐに思ったのは授業1時間分のスケールの夢ではなかったということ。そして時計を見ればもう下校時刻だ。


「やっと起きた。何度も起こそうとしたんだよ。ウェイクアップって」


 あれからずっといたのかイリーは僕の寝ているベッドに座っていた。


「そうか。すまない」


「ほんとうだ。生徒会も今日は終わったぞ。後で会長と先輩方にお詫びのメールでも送っとけ。あと朝野さんにな。結構心配してたぜ?」


 いつの間にか鳳も来ていた。そうか、生徒会の後にイリーと共に来たのか。起こされても起きなかったというのはどうにも。


「そうだな。そうするよ」


 目が覚めれば夢は夢だと思える。ただ一時的に変化があるとすれば今は少し気が弱くなっているのかもしれない。


「さて帰るか。なぁ鳳、このあとなんかおごれよ。お前のせいでこうなったんだからさ」


「はぁ。わかったよ。メトーデさんも来なよ。おごるぜ?」


「サンキュー」


 学校近くの喫茶店。鳳は総額二千円を払わされることになった。


ーーーーー


 家についてからスマホを確認するとイリーからメッセージが届いていた。


『クレン、どんな夢見たの?目から涙が』


『忘れてくれ。目が濡れていたのはそれだったか』


『言ってしまえば嫌な夢』


『別にもうどうでもいいはずの夢なんだけどな』


 いつもはこんなことにはならない。追加で見た夢の内容のせいだろうか。


『嫌なことがあったら言って。何でも手伝う』


『ありがとう』


 でも、今はまだいい。悪夢の終わらせ方は所持者が一番知っている。まだ僕は過去に囚われていると言えばその通り。根はもう少し奥に。


『今度、私の家に来る?マザーは思ったよりも早くに帰国しちゃったから今は一人暮らしなんだー。』


『・・・』


 本当にイリーは天然だな。さすがに女子が男を自分の家に招くのは他が聞けば違う風にとらえられるだろう。僕も危うくそっちの方にとらえそうになった。


『考えておくよ。それじゃ、おやすみ』


『イエス。おやすみ、クレン。グッドナイトー』


 新月におやすみ、か。月の活動時間はこれからだよな。ま、先に言ったのはこちらだし別にいいか。

 忘れない内に朝野さん達へのお詫びメールを送ってからインターホンに内蔵されているカメラが写し出している映像を見る。そこにはある人物の影が。


「さてと。ドアの前にまだいるよな」


 神凪が。


「どうしたものか」


 と考えているとチャイムがなる。実行犯がわかっているだけにどのように出るべきか迷う。


「どちら様ですか」


 相手にはこちらが知っていることはわからないはずなのでわからない風を装うのが正解だろう。


「わかっているだろう。とりあえず入れてくれよ」


 神凪だと思っていたがずいぶんとはっきり話すな。もしかして違うのか?


「知らない。名乗らないなら入れない。帰ってくれ」


 神凪のような服装をしているからてっきり神凪だと決めつけていたがどうやら違うらしい。あのパーカーを着る奴が高校の中にまだいたとは思いもしなかった。


「全く強情なやつだね、君は。予想はしてたけどさ。僕は神凪であって神凪ではない。では僕は誰でしょう」


「僕は暇ではないんだ。用がないなら帰ってくれないか?」


 誰だか知らないけど面倒な乗りに付き合うつもりはない。


「ちょちょ。わかった、わかったから。僕は栞。神凪って言う少女の防衛装置でもあり誰かのためになりたいって願って死んだ少女の霊かな。まったくいつそんなことを願ったんだか」


 そのフレーズは。あの夢で会った人の。いや、霊なんて。


「霊なんてこの世に存在しない。そう思うならそう思えばいい。けどさ、今君の目の前で起きている現象は現実だ。目を背けるのは止めた方がいい。君のためにもね」


「わかったよ。今開ける」


 ドアを開けたら神凪、の見た目をした自称別人格の栞が立っている。二重人格のもう一方だからか雰囲気は少し違った。神凪よりも明るい。


「や、小鳥遊くん。君があの台詞を聞いた瞬間急に態度を変えたように見えたけど聞き覚えでもあったの?」


「本当に神凪じゃなさそうだな。二重人格ってのはそこまで違うものなのな」


「そっか。無駄話はいらない?まあ時間もないしちょうどいいか。僕は彼女が危険になったら表に出られる。その間彼女は寝ているから今の記憶はない。逆に僕は表に出ていなくても彼女を助けなければならないから記憶も意識もある」


 そんな完璧な防衛装置がどうして僕の家に。


「僕を殺してほしい。正確には僕の存在が必要なくなるようにしてほしい、かな。あの台詞を知っている君ならできる。と思う」


 ずいぶんあやふやな。あのフレーズに何の意味があるというのか。


「急がなくてもいいよ。でも1学期が終わるまでにはやってほしい。彼女が僕の存在に気づき始めてる。僕としては彼女の今後なんてどうでもいいんだけどね。守らなければならないって考えが釘で打ち付けられてるみたいに離れないんだ。それがこうなる前の僕の願いだったからだろうね。誰かのためになりたいって願ったであろう僕の」


 過去の願いに縛られてる。自縛霊って感じか。霊がこの世にいるかいないかなんてどうでもいい。どうせ悪魔の証明だ。


「あっそ。でも僕はそんな万能な人間じゃない。目的が明確じゃないなら叶えることもできない。明確でもできることとできないことがある」


「僕の存在がどうすれば必要なくなるのかなんて僕自身もわからないさ。ただ、現状では彼女が自殺を図らなくなるのが解決策だと思う」


 今の問題はそれか。もしこのあとも別の問題が発生するなら彼女はまた現れるかもしれない。


「善処する。でも今の彼女は僕のことを敵と見ているだろうね。《数学の最優》を取れなかった点とかで」


「そこは仲良くしてくれよ」 


「ほんとな」


ーーーーー


 神凪をどうにかしようにも手段とタイミングがない。1学期の中間テストまではこの件は放置するしるかないだろう。下手に手を出して事を拗らせる方が問題だ。

 またいつも通りの日課。と言うわけにもいかない。今日は自力で起きた。あの腕輪の電撃に慣れる前に使用を控える。少なくとも1週間は使用しないことにした。


「なんとか起きれるものだな。この時間に起きると体が覚えたとか習慣化したからか」


 結局はいつもの日常だ。

 スマートフォンを見ると生徒会グループで会話があったと通知が来ていた。そういえばイリーの一件以来通知音がうるさいと感じ通知が来ないようにしたから気がつかなかった。

 まとめてみれば、新しい問題が発生していたそうだ。


『新入生の中に不登校が何人かいる。これは放置できない問題だ』


『我々が行ってもいいがこれは初任務とした方が経験になるだろうし鳳、小鳥遊、メトーデに任せる』


『早めに改善すればまだ学校に来やすいだろうから頑張ってくれ』


『了解でーす』


『わかりました』


『既読がついてないな。小鳥遊がもしこの件を知らないようなら明日の朝にでも言ってやれ』


『クレン、体調が悪いのかも』


『クレン?』


『小鳥遊くんです。小鳥遊新月、クレセントムーンの略です』


『そうか。仲がいいんだな』


『イエス!』


『あはは。ご愁傷さまだね、小鳥遊くん』


 ここで会話はきれていた。空間先輩、わかって言ってるよな。今日、学校休もっかな。また鳳に殴られる予感がする。あいつ見た目に反して軽い暴力をふるってくる。おふざけの範疇では済んでいるけど。前の件は少し大袈裟に振る舞ってしまっただけであまり痛くはなかったはず。あれ、少し記憶がないような。

 にしても不登校か。まだ新学期早々だっていうのにそんなことが発生するのな。ああいうのはてっきりもう少し後に人間関係の構築に失敗したり関係が拗れた奴が起こすものだと思っていた。


『不登校者の住所と名前を教えてください。今日は身の安全のため学校休むので行ってきます』


 見るかわからないが会長との個別のところに書いておく。見られなかったら今日はただのサボりになるが《最優》を持っているから内申や成績には影響はない。


『わかった。1日で治まるとは思わないが頑張ってくれ』


 何となく頑張ってくれという言葉に会長のあわれみを感じたがスルーすることにした。


『もちろんだがこれは個人情報だ。扱いは丁寧にな』


『まあ頑張れよ、クレンくん?』


『会長、それやめてください』


 たまにこの会長は人を弄ろうとするよな。


ーーーーー


 1人目の不登校者は同じクラスの雪巳(せつみ)。さすが高校、3人分の住所を送ってもらったがバラバラ。電車を使って歩いてやっと1人目の住む場所についた。


「雪巳ね。不登校の理由がわかっても解決できないってこともあるよな。どうしたものか」


 顔写真も送ってもらったのだが見たことがない。つまり、初日から不登校。もはやなぜ高校に入ったのかわからないレベル。

 しかし、それでも不登校をやめさせなければならないのが生徒会の仕事。どちらかと言えば教師の仕事のように思えるけどな。

 とりあえずは訪問してみるしかない。チャイムをならして応答を待つ。


「・・・。留守?」


 マンションの1室。一人暮らしだろうか。ここにいないということは外出しているのか。こんな朝に。まさか、登校したのではないか?


「誰だい?私の眠りを妨げるのは」


 そんなことはなかった。だるそうな声がインターホンから聞こえてくる。


「突飛高校生徒会で同じクラスの小鳥遊だ」


「あー、うん。用件はわかったから帰っていいよ。むしろ帰りたまえ」


「そういうわけにもいかない。少し話をさせてくれ」


「仕方がない。鍵は開けたから入りたまえ」


 最近建てられたマンションなのかオートロック式らしい。ここまで来るのに何のガードもなかったから少し古いのかと思ったがどうやら違ったらしい。


「お邪魔します」


「邪魔するなら帰りたまえ」


 イラっとするような返答をしながら部屋の奥からこちらに向かってきたのは白髪の少女。少し長めのシャツしか着ておらず少しアクティブに動けば、いやこの先は言わないでおこう。


「では、黙って入れさせてもらいます」


 入れさせてもらうと言っても玄関までだ。それより奥は不思議なオーラが漂っていて進みたくない。


「何用かね?」


「前降り無しでもいいなら直球で話すがいいのか?」


「もちろんだとも」


 ここまで話してみてなぜこんな奴が不登校なのか不思議に思ってきた。もう少し暗い雰囲気じゃないのか不登校問題は。


「なぜ、学校に来ないんだ?」


 さすがに直球過ぎたのか雪巳は応答に困った様子を見せる。


「あぁ。えーと。あれだよ。少し不安だっただけだよ。うん、そのはず」


「どこがだ?」


「ぐっ。突っ込んだ質問をするものだね君は。もう少しオブラートに包むということを覚えた方が人間関係うまくいくと思うのだよ私は」


 不登校に人間関係について説かれてもな。


「別に、どうでもいいことさ。君がフォローしてくれるなら行くとするよ。私もずっとこの部屋でボーッとするのに飽きてきたところだからね」


「ちなみにだかそれは素か?」


「どれの事だね?」


「その話し方と態度」


「そんなこと、そんなことないだろう。素だよ、素!」


 作ってるな。確実に。まあ個性と言えば個性か。


「それより新入生なのにもう生徒会なんだな君は。何をしたらそんなにも早く生徒会のメンバーになるんだ?」


「入学早々にあったテストでどれかの教科で学年1位をとる。そしたら《最優》っていうのを与えられてこうなった」


「なんだね、その《最優》っていうのはなんだい?」


 あれ?《最優》に関する情報は入学する前から知ってるはずの予備知識なのでは?こいつ、どうやって試験に受かったんだよ。


「これを所持している間の成績が保証されて学食は無料だ」


「ふむ。面白そうだな。私もとってみることにしよう。参考までに君はどの教科でとったんだ?」


「数学だけど」


「被ってはいないか。よし、任せておけ。私もさっさとそれとって生徒会のメンバーに」


「生徒会のメンバーはもう決定していてこれからとっても意味ないぞ」


「そうか。でもまあサボるのも公認になるわけだ。よしよし。私も学校に赴くとしよう」


 こうして一抹の不安が残りながらも雪巳は登校することを決めた。

 こんな感じで1人目の不登校者、雪巳は思ったよりも簡単に解決した。なぜ不登校だったのか最後までわからないほどの問題だった。いや、ほんとに何でだよ。


ーーーーー


 2人目の不登校者はまた離れたところに住んでおり移動にまた電車を使った。この費用は後に生徒会から出るらしい。


「2人目の不登校者は1年1組の新見暁。中学の頃から学校にはあまり来ていなかったってよくそれで受かったな。《最優》候補とかか?」


 突飛高校は学力さえあれば入れると噂されていた。それも一定以上の学力を学年末テストで示せば在学できるとか。

 あくまでも噂なのだが《最優》が本当なだけにこちらも本当だと信じる学生が多いらしい。実際はない、はず。

 一人言をしながら次の目的地に到着した。今回は一軒家だ。

 チャイムをならす。


「どちら様ですか?」


 明らかに女性の落ち着きのある声がインターフォンから聞こえる。暁は男のはずだから保護者だろうか。


「突飛高校生徒会の1年2組小鳥遊です」


「あぁ。暁に用があるんですね。でも今は寝てて」


 不登校は皆寝てる縛りとかあるのかよ。まだ2人目だからわからないけど。


「では今日のところは帰ります。それと、これをお伝えください。噂はあくまでも噂。信じない方が身のためと」


「わかりました。わざわざ来ていただいてすみませんね」


 意味深なメッセージにたいして何も質問をしてこなかった。1つくらいされないかなと期待を込めていったのだが別の意味に捉えられたりしていないだろうか。


「いえ、こちらこそ」


 とりあえずはこのくらいで。噂に踊らされている不登校者ならこのメッセージでも伝わるはず。もし来なければ学校にいくことをなぜか嫌っている者ということだ。


「次の不登校者はここから近いな。1年1組、従夜真冬か。中学の頃から従者としてのしつけがなされているとか」


 従夜家は代々従者の仕事をしているらしい。それも1つの家に専属ではなくバラバラに。従夜社と呼ばれる会社があるらしい。初耳だ。


「んで、従者としての才能がないため家から出しこの学校に入学。これこそ裏口入学だろ。本人はあまり行く気がないのに入れられたから不登校って感じか」


 今までよりも事前情報があって助かる。がこれはどうしようもないな。家の問題だろ絶対。

 と文句を言ってはいるがこれも仕事だ。どうにかしないとな。

 結構古そうなアパートの1室。そこが従夜の住む場所だった。防犯機能とか一切無さそうだ。チャイムを押してみると中から少しだがチャイムの音が聞こえる。防音機能もないらしい。


「どちら様ですか」


 新見の時と同じリアクションだな。一人暮らしだと聞いているから本人が留守ということはないな。


「突飛高校生徒会の小鳥遊だ」


 名乗ったところでドアが開く。中から出てきたのは突飛高校の制服を着た青髪を背中の中腹あたりまで伸ばした少女。なぜか男物の制服を着ているところはつっこまない方がいいだろうか。


「突飛高校の方が私に何の用ですか」


「いやいや、同じ高校だからこその用だよ。どうして学校に来ないんだ?」


「私は役立たずで才能もない。この高校に入ったのも親が勝手にしたことです。さっさと退学にしてくれればいいのに」


 あー。なるほどね。うん、これはどうしようもないわ。

 早々に諦めそうになるがどうにか打開案を出してもらう。


「どうすれば高校に来てくれるんだ?」


「私を雇ってください」


「えーと。うん、時給は?」


「住む場所と食事を提供していただければ何でもいいです。家からは切り離された身ですのでお金はいりません」


 それはちょっと。家に誰かがいるようになるというよりは同居に近い条件だな。


「うーん。どうしたものか」


『本校の生徒同士での同居って校則的にまずいですか?』


 とりあえず会長に相談してみよう。僕の家もマンションの1室なのだが部屋が余っている。ここまでする必要があるのか問われたらない思うが念のため。


『何かあったのか?』


『不登校者の1人、従夜さんが登校する条件として出されました。会長、どうです?』


『私はいい。しかし男女での同居は少しまずいだろ。まあ目を瞑っておいてやる。好きなようにしろ』


 許可は得た。がここからは僕の問題だ。もし彼女を家に上がらせるとする。その事が他の生徒にバレてしまえば彼女もろとも退学不可避だ。かといって何もしなければ彼女は登校しないしこんな防犯対策が一切されていないアパートに彼女を放置しておくことになる。

 究極の選択とまでは行かないがそれ相応のものだと思う。


「はぁー。ひとまずは1週間お願いする」


「わかりました。では、明日からあなたの家に住まわせてもらいます。明日の放課後、ここに来てください」


「わかった」


 これにて本日の仕事は終わりだ。


『3人の内2人は高確率で翌日から登校すると思います。新見はまだよくわかりませんがおそらく』


『よくやった。他の不登校者は放課後にメトーデと鳳に任せるから今日はもういいぞ。それと、2人は高確率で新見はおそらくということは同居か?』


『1週間のお試しでということになってます』


『はは。お試しで済むものかね?』


 絶対に弄ろうとしてるよなこの人。


『今からでも会長が住まわせるということにしませんか?』


『自分の決断だろ?やっぱりは無しだ。自分の行動に責任を持てよ』


『そのつもりです』


『よろしい』


 明日から、ね。今日のところはこれで帰るとしよう。もう昼だったので近場のファストフード店で軽く食事を済まして帰ることにした。


ーーーーー


 時刻は午後の3時。家に帰ってきたはいいがすることがないため死体のように倒れてる。


「くっそ。こんなことならもう何人か不登校者のリストをもらっておけばよかった」


 面倒だったので追加はもらわなかったがここまで暇になると誰が予想しただろうか。いや、うん。誰かはしてそうだけども。


「中間テストまでまだ時間もあるし勉強したくないからな。向上心のないものはバカだってね。やかましいわ」


 1人つっこみ。寂しいね。

 ふとスマホを見ると通知が来ていた。イリーからだ。


『クレン今日はどうしたの?』


『少しな。学校は終わったのか?少し早いように思えるけど』


『ちょっと気になってね。まだ授業中。でもそろそろ終わるよ』


 時間的にはギリギリ七時間目か。


『心配かけてわるいな』


『いいよいいよ。放課後に不登校者の訪問行ってくるね。クレンはもう3人回ってきたんでしょ。お疲れ様』


『知らせが入ってたのな』


『会長が言ってた。グループじゃなかったからわからなかったんだね』


 鳳には連絡が行ってないことを祈りつつ会話を止める。これからここに住む人間が1人増えるのだバイトでもしようか。校則では確か許されていたはずだ。


「近場で時給が高いとこ。コンビニか?いや、あのとき鳳達と行った喫茶店。確かバイト募集してたよな」


 思い立ったが吉日、さっさと履歴書を書いてこれから行ってみよう。


ーーーーー


 学校から近い喫茶店は僕の住むところからももちろん近場だった。徒歩で20分とちょっと。


「すみません。バイト募集の紙を見てきたんですけどって従夜?」


「小鳥遊さま。どうしてこちらに?」


「ん、君ら知り合いかい?」


 ちょうど店員と従夜が話しているところに入ってきたらしい。


「僕はバイトをしようと思って。そっちは?」


「私もバイトを。前にしていたバイト先は止めて学校から近いバイトに切り替えようと思いまして」


 バイトしてたのか。


「そうか。2人とも採用だ。人手不足だったんだよ。明日から来てくれ。時間は一緒にしとくよ。その方が都合いいだろ?」


「ありがとうございます」


 バイトの採用ってこんな気軽に行われるものなのかって言いたいほどすぐに採用された。念のため書いてきた履歴書を渡しておく。それを見て店員、あらため店長はうなずいて再度採用と言った。


「小鳥遊さまのお家は近所にあるのですか?」


 喫茶店を出てから少し歩いたところにある公園の椅子に座り話を始める。


「まあね」 


「荷物はまとめて来ましたので今から泊めてもらってもいいですか?」


「それ、もし僕と会わなかったらどこに泊まるつもりだったんだよ」


「ネットカフェに」


「そうか、わかった。じゃあついてきてくれ」


 少し危なっかしいところがある従者だな。これは思わぬ収穫だった。収穫というよりは何と言うか。まあ収穫ということにしておく。


「ちなみに生活必需品はあるのか?」


 帰っている途中。少し気になって質問してみる。


「はい。必要最低限の物は揃えてあります」


「そうか」


 その後、スーパーに寄って晩御飯の食事を買って帰った。


ーーーーー


 帰ってみると意外にも時間が経っていて晩御飯を従夜が作ってくれるとの事だったので再度暇になった。


『ハーイ、クレン。不登校者の訪問終わったけど難しいね』


『まだ来てくれるかどうかあやしいよ』


『何人のところに行ったんだ?』


『2人。高校近くに住んでる人のところに行ってきた』


 まあそれが普通だよな。むしろ僕に任せられた3人中2人が高校に来ると言ったこと事態が不思議と言うかおかしかったんだ。


『クレンは3人中2人も改心させられたって会長が言ってた。すごいよね!』


『いや、なんか僕のところは変な奴ばっかりだった。なんで学校に来なかったのかわからなかった奴と』


 そこまで入力して気がつく。従夜のこと言っちゃダメじゃん。間違えて中途半端なやつ送信しちゃったよ。


『と?』


『よくわからんやつ』


『へー。明日、その話聞かせてよ。参考にしたいから』


『わかった』


「小鳥遊さま。お食事出来上がりました」


 イリーとの会話がちょうど終わった頃に晩御飯が出来上がったらしい。


「今更だけどさ。どうしてさま付け?」


「それは、私は雇われた身です。雇用者にさま付けするのは当たり前のことではないでしょうか」


 なるほどね。全然実感なかった。


「わかった。でも外では止めてくれよ。あらぬ誤解をかけられそうだ」


「了解いたしました」


「ついでに敬語も」


「・・・わかり、ました」


 少し嫌そうだ。


「じゃあ食べようか」


「小鳥遊さまの分しか作っておりませんが」


「えっ」


 何この子。アホの子か何か?


「食材が1人分しかありませんでしたので」


 撤回。アホの子は僕の方だった。


「わかった。従夜が食べてくれ。僕はいつも通りのものを食べるから」


 まだまだカロリーメイトの在庫が有り余ってたはずだ。なにせ何箱も残っているからな。


「それはいけません。従者が主人よりも贅沢を」


「従夜は従者じゃない。僕はシームシェアの相手、ルームメイトと思ってるよ」


「それは。わかりました。でも、これは今日だけにしてください」


「次はないよ。ちゃんと二人分の食材を買ってくるから。あれだったら金銭面は従夜に任せるよ」


 僕が持ってたら無駄な支出しかしなさそうだし。


「よろしいのですか」


「あぁ。まあそんな量もないんだけどな」


 本当に必要最低限ぐらいしか揃えられそうにない手持ち。管理するにもショボすぎて管理する価値もないくらいだ。


「じゃあこれ。僕の生活資金が入った財布。使ったらレシートとかを入れといてくれればいいよ」


 このときの僕はどうにかしていたのか本当に生活資金のすべてを彼女に託した。


「わかりました。でも、1週間でしたよね」


「これも含めたお試し期間だ。問題ないようだったらその後も任せるよ。そういえば従夜。こっちは何と呼べばいい?」


 いや別に従夜でもいいとは思ったけど念のため。呼ばれたい呼ばれ方とかあればそっちに。


「何とでも。差し支えなければ真冬と」


「呼び捨て?」


「はい」


 真冬ね。


「じゃ食べるか」


 カロリーメイトを。ちなみにだが真冬は白ご飯に塩鮭、味噌汁という内容の日本食定食を食べた。これをもし僕が作っていたらダークマターに変わっていただろう。よかったな、食材達。


ーーーーー


 さて問題だ。今、ここではとても大きな問題が発生している。さて何でしょう。

 1、真冬の着替えがない

 2、カロリーメイトが期限切れで腹痛がすごい

 3、真冬が金を持ち出し逃亡

 正解は、寝るためのベットが1つしかないということ。真冬が前住んでいた場所は布団が最初からあったらしい。てっきり持っているものだと思っていた。今から買いに行こうにももう9時だ。ほとんどの店は閉まっているだろうし買ったとしても持ち帰るのが面倒だ。

 推測だが真冬は僕がベットを使うように言ってくるだろう。もちろん僕としては女性に使ってもらった方がいいと思っている。

 何とも難しい問いだ。自分が普段使っているベットに女性を寝させるのもどうかと思うがだからと言って何も使わせないで寝させると言うのも申し訳ない。添い寝か?ないない。僕の精神が持たない。


「小鳥遊さま。どうかされましたか?」


「いや。それじゃあ今日はここを使ってくれ」


 言わなきゃバレないだろの精神。


「小鳥遊さまはどちらで寝られるのですか?」


「ん、あぁ。えーと」


 ソファーで。というのを真っ先に思い付いたがこの家にソファーはない。何かいい言い訳がないだろうか。


「添い寝、というのはいかがでしょうか」


「いい。一度床で寝てみたかったんだ。そういうことにしといてくれ。頼むから」


「・・・。承知しました」


 すこし嫌そうにはしていたが思ったよりもすんなり引き下がったな。


「では、おやすみなさい」


「おいちょっと待て。それのまま寝るのか?」


 自然に寝室に向かった彼女の服装はあのときのままで制服だった。いや寝る前に着替えるなら引き留める必要もなかったか。


「はい。着替えがございませんので」


「あーね。これはちょっと手を打たないといけないな」


 てっきり寝間着などの日常必需品は持ってきたものだと思っていた。思い返してみれば真冬が持ってきたスーツケースはイメージですぐに思い浮かぶそれの半分くらいの大きさしかなかった。


「オーケイ。おやすみ」


 明日は真冬に日常必需品を買わせよう。そう思いながら床に転がるのであった。


ーーーーー


 翌朝。そういえばあの腕輪をしていない。ということに気がついた頃にはいつも通りの時間に起きて10分くらいが経過したときだった。

 この時間に起きることが完璧に習慣化されていた。あの腕輪はもうお役御免だな。


「おはようございます。朝食はもうできておりますのでこちらへ」


「食材あったか?」


「いえ、なかったので買ってきました」


 財布を渡しておいて正解だったな。


「よしよし。じゃあ食べようか。ちゃんと2人分あるんだろ?」


「はい」


 朝食はシンプルに目玉焼きと食パン。見ただけで美味しい仕上がりだ。


「質問いいか?真冬の家についてとかだ」


 正直この状況は向こうの家にとってあまりよろしい状況ではないと思う。まあ学校的にもよろしくないけど。


「答えられるもののみであれば」


「それじゃあ。なぜ僕が雇ったら学校に行く気になるんだ?」


 最初に彼女があげた条件だ。あのときは引き受けたが謎しかない。


「気持ちの問題、でしょうか。私は誰かの役に立てるのだと思いたかったのです。雇われることで必要とされてると思えます。相手がどう思っていようと」


「そうか。じゃあ次。僕が真冬を曲がりなりにも雇っているこの状況を従夜家、もとい従夜社はどう捉えてると思う?」


 本人がよくても家が、みたいな問題はよくあることだ。家の人が戻すように言った場合僕は戻すべきか否か。


「あの人達は私のことをどうとも思っていませんよ。あんなところに住ませておいてその後の家賃を払わせる人ですから」


 同意見だ。


「もし、僕の方に君を家に帰すように言われたとき僕はどうすればいい?真冬の意見と言うか考え、気持ちを知りたい」


「小鳥遊さまの」


「勝手にはしない。だから言ってるだろ。僕は君を従者として扱う気はない。あくまでルームメイトだと。それにこれは君自身の問題だと僕は思う」


 普通のシステムと違って僕は彼女に私的にお金を払っていない。生活するための資金のシェアはしているが。


「帰りたくは、ないです」


 真冬は体を震わせながら言葉をはく。家庭内暴力とかを受けてきたのか家にあまりいたくないと見える。


「わかった。出来る限りそうなるように努める」


「ありがとう、ごさいます」


 従夜社の従夜家ね。今後否応無く関わっていくだろうから情報を集めておこう。

 朝食の感想をここに残しておく。とても、おいしかった。本当に才能がないのか疑いたくなるレベルで。


ーーーーー


 登校するうえで、真冬と家を出るタイミングをずらさなければいけない。同じ家から出てくるのを見られればまずいからな。


「こういうとき、さっさと神凪が見つかればな。なんて」


 唯一ここが僕の家だと知っているであろう人物。分かりやすいフードを被っているからいればすぐわかるのだが。

 インターフォンのカメラが写す映像を見ること10分。目的の人物の影すらない。


「僕が先に出る。問題がなければ連絡する」


 真冬はスマホを持っていないため固定電話に電話を掛けることになる。


「わかりました」


 そして外に出る。ひとまずは見つからない。


「そこはいろよな」


 愚痴っても仕方がないので作戦変更だ。たまたま同じマンションに住んでいたことにする。その方が楽だ。

 ノックをして真冬を呼び出す。


「はい。どうなされましたか?」


「作戦変更。たまたま同じマンションだったことを装う」


「承知しました」


 何もないことを祈りつつ登校を始める。マンションを出たところで左右の確認をしてみたが特に知り合いの影はなく問題なく学校までついた。


「おいおい。君はどれだけ多くの女性と関係を持てば気がすむんだ?」


 教室について早々、鳳が何度目かの会話を始める。悪いのは僕かもしれないがその言い方は嫌だな。


「おい、その言い方だと僕がただの女たらしみたいじゃないか。訂正しろ」


「断る。君は少しくらい裁きを受けろ」


 割りと本気な目でこちらを見る。


「また保健室に送る気か?」


「まさか。ただ朝野さんには誠心誠意謝罪しとけよ。教えるとか言っておいて教えてなかっただろ」


 そういえば、そうだったな。あのときは謝罪メールは送ったけどそれだけで満足はしていない。


「あー。うん。どうにかする」


「おはよう、ごさいます。小鳥遊くん」


 早速チャンス到来。


「噂をすればってな。それじゃ小鳥遊。席外すわ。ごゆっくり」


 空気を読んで鳳がどこかへ行く。ありがたいにはありがたいがいてほしかったとも思う。


「ああ。おはよう。最近はごめん。色々あって」


「はい。わかっているつもりです。小鳥遊くんは《最優》で生徒会で忙しいんですよね。ですので今日の放課後。どうでしょうか」


「今日、か。わかった。予定を作らないようにするよ。ないと思うけど」


 これで破ったら次はないだろうなと思いながら、何か起こる予感がしていた。


ーーーーー


 予言者にでもなろうか、と思った放課後。僕は個別に呼び出された。


「まずは昨日の不登校の件、ご苦労だった。君が行ったところは3人とも登校を確認した」


「それ、いちいち呼び出してまで言うことですか?」


「まあそう急ぐな。それでだ、君は神凪栞と言う人物を知っているか?」


「神凪のもう一方の人格ということだけ」


 少し会長の顔が曇る。嘘は言っていないはずだ。


「そうか。ふむ」


 何かを考える素振りで動かなくなった。何か問題があっただろうか。


「君宛に一件届いていてな。神凪栞という名で。申し訳ないが中身を見せてもらった」


 そこまで聞いて何となく書かれていたことが予想できた。


「殺してほしいって書いてたんですか?」


「その通りだ。どういうことか聞かせてもらえないか」


 すこしも驚いた顔を見せずに会長は続けて話す。


「あまり愉快な話じゃないですよ」


「別に構わないよ」


 会長にはすべて話した。というのもわかってもらえる気がしたから。そして協力してくれると思ったからだ。


「そうか。で、君はどうやったら消えると思っているんだ?」


「正直いって無理だと思ってます。こればかりは神凪自身の問題です。下手に手を出して拗らせたらそれこそ終わりです」


「ふむ。本当にそう考えているのか?」


 会長は僕の目を見て質問する。いや、会長は常に会話相手の目を見る。目は口以上にものを語る。目を見れば嘘か本当かを見分けられるのだろう。


「いえ。前提条件として彼女は自己顕示欲が強い。だから誰にも数学で負けたくない。で、僕が1位を取ってしまった。この点から考えてみれば次のテストで1位を取らせればいい」


「わざとらしくではなく、あくまで実力で勝ったように見せられるのか?」


「問題はそこです。彼女が何点取るかわからない。差が開きすぎるとわざとだと思われかねない」


 別に接戦を演じる必要はない。それこそ体調が悪かったと言えばそれまでだ。しかし会長はわかっていた。早期解決をしたいならわざと負けることこそタブーだと。


「そこで第1期《最優》達による勉強会を開きたいと思っています。そこで彼女との仲の改善を図る。もしくは僕に負けたのはたまたまだと思わせる。もしそのどちらも失敗してしまったとしても彼女の学力をあげて勝たせる。これが現状うてる手で最善策だと思ってます」


 会長の協力が必要な計画。僕個人では行えないことだ。


「なるほどな。で、それの実行に私の協力が必要な訳か。会長はそこまで万能ではないが尽力しよう。教師陣にとっても生徒の学力向上は願っているところだろうし簡単に通ると思う」


「ありがとうございます。では、僕はこれで」


 今日こそ朝野さんに数学を教えなければ。


「お、あぁ」


 少し驚いた様子で返す。何か驚かれることでもあったか?

 生徒会室を出て自教室に急ぎ足で向かう。自教室にはまだ朝野さんがいてくれていた。


「ごめん。待たせた」


「いえ。生徒会のお仕事お疲れさまでした」


「ありがとう。それで、どこを教えてほしいの?」


「では、この連立方程式から」


 それはあのときのテストの問題。面倒な前置きのせいで引っ掛かった人が多いらしい。


「えっとだな。まずは問題文のこの部分を消して考えてみてくれ」


「はい」


 あぁ。素直だ。高安とかは変なところに疑問を持って全然進まなかったんだよな。


「小鳥遊くん。わかりません」


「およ?どこ?」


「連立方程式が立てられません」


「あー」


 以外と基礎的な部分に引っ掛かっていた。これは長くなりそうだ。


ーーーーー


 その後思ったよりも順調に朝野さんは理解していき初歩的な所で引っ掛かりはしたものの何故か高安よりも早くに終了した。飲み込みが早いのだろう。なんで忘れていたのかが不思議なくらいだ。


「今日はありがとうございました。お礼は今度、お弁当でもいいですか?」


「あぁ。やっぱりいいよ。数学を教えるのは個人的にも好きだし。教えることでわかることもあるからね」


「そうですか。はい、では紅茶を」


「そのくらいはもらおうかな。ありがとう」


 問題は山積み。1つずつ解いていかないといずれ自分の首を絞める。

 別れ際、朝野さんの目がいつもよりも鋭く。そして冷たく見えたのは気のせいのはず。

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