⑫ 「絶対」は消せる?
「……いや……っ」
「ま、おれは君が大好きなんだけど――」
「ぅ――っ!」
ぴた、と唇を落としたメリル。優しく撫でてから、そっと彼女の口をこじ開けてやる。
「ぁあ――っ! やだ――!」
「大丈夫だから……っ、アンジー……」
もう少しで舌を捕まえられる――と思った刹那に、彼女がぐいと顔を背けていやあああ! と甲高い悲鳴を上げた。
「えっ――」
ここまで拒まれて、メリルは心底どきりとした。
「何でだよ……っ!」
――悔しい。
さっきぱりんと割れたのは、紳士のような穏やかさと大人しさだろう。その奥にあった、独占欲と強い嫉妬心という、とぐろを巻いた感情がメリルの中を支配し始めていた。
「いやああっ、や――っ!」
暴れる彼女を押さえつける始末だ。
「アンジー、何もしてないだろ、……ねえったら……っ」
唇を追いかけて、奪い取る。
強く吸い寄せた。
――この女が欲しい。彼女を、自分でいっぱいにして、いつか愛してもらえるように……。
――自分は既に彼女への愛でいっぱいだから。
甘くてぽってりとした果実を吸い上げるように口づけをして、もう一度舌を絡めようとした時、やだっ! と彼女が叫んだ。
「なっ――」
一瞬の隙をつき、彼女が顔を背けた。
「汚さないでっ!」
「は――?」
「彼の愛を汚さないでっ! 彼のは――っ!! あたしのことはいいけれど、彼の愛は――!」
「無理だ! 君の中に、まだ彼がいる限り!」
思わず強く言い返していた。
その剣幕に彼女が怯んだ様子を見せたので、もう一度唇を塞ぐ。
彼女が暴れて拒むのだった。
「ん……っ! そんな簡単に消えないの――っ!」
「消してやる! それまでだろ! 消えるのを待ってらんないってんだよ! 分かってるでしょ! 今この瞬間だっておれは君を――!」
「彼だってあたしを!」
「なんなんだよ――っ!?」
唇を塞ぐのはやめて、暴れる身体をぎゅっと抱いて封じ込めるのだった。
「おれが――っ、おれがちゃんと君を拾って幸せにするって約束しただろ? 君それを飲んだでしょ? っ、裏切りか……?」
「――もう、あたしは誰も……好きにならない……っ!」
「それなら裏切らないと思ってる? ただの責任逃れじゃない」
「彼に嫉妬しているだけなんでしょう? それなら、あたしが彼を愛さなければ、嫉妬する意味がないんでしょう――」
「――ああっ、……あぁ……もう……!」
メリルは熱くなる体を彼女に押し付けるように、全身で彼女を抱いた。
「――おれがバカなんだ……、っ、そんな君が好き……っ! 愛してる……よ。ッはは……」
彼は大きく肩を震わせて嗤った。さも愉しそうな声を上げながら彼女をかき抱くのだった。
「裏切られても、君が大好きだなんて……アンジー……っ、あの男も相当おかしくなってただろう。今じゃおれだってよほどのきちがいだよ――」
――君は罪な女だ。惚れた男を狂わせていく。
「いや……ぁ……っ」
喉が詰まる代わりに、彼の鼓動はどんどん大きく速くなった。
か弱い悲鳴を上げる彼女に囁きかける彼。
「アンジー……大好きだよ……っ、可愛いね……、強がりなのに、そんなに、可愛くて、弱虫で……ねえ……」
――気持ちよくなるなんて簡単なんだよ。愛する方がよほど難しいよ。
「君は……あの男の前では難しい女なのに、おれの前ではこんなに簡単な女になっちゃうの……? フフ、そんな裏切りはよしなよ……っ、おれは難しい方が燃えるんだ……っ、ペンの設計も、人間もね――」
――だから、裏切られれば尚更、君を愛してしまうんだろうね。一筋縄じゃ行かない君を。
「気持ちよくさせてあげるよ、もちろん……っ、でも、それ以上に、ずっとずっと深く、君を愛してあげるよ……アンジー……っ!」