⑪ 誰のための心?
「客観的にはセフレが成り立つとは言ったけど、おれ個人的には全く成り立たないよ、とりわけ相手が君だとなると。君とセフレになるにはいずれにせよおれが心を捨てなきゃいけないなんて理不尽だ」
言い切るなり彼女の手を掴むメリル。
「――!」
彼女は怯えたように手を引っ込めようとしたが、メリルは掴んでぐいと引き寄せた。
「だって、君の心が今も彼を愛しているのは、まだ彼のことが君の中に残っているから、ただそれだけでしょ?」
「――や……」
「もう別れるから、抱いてもらってたんだろ? そんなことくらいさ……君が最後に抱かれて愛されたのがおれじゃなくて彼だから――」
「ちがうの、何なの……!」
「だって君の体は抱かれて愛されれば気持ちよくなるんでしょう? ――だったら、これからおれがそれを書き換えればいいんだ、そういうことでしょう」
「かきかえ……いや……っ」
「今すぐになんてしないよ、食事中だ。――ねえ心を捨てるなんてやめなよ……変なことを言うかもしれないけど――彼のためでもあるんだよ、そうじゃないの」
「……」
夜、メリルはテーブルの前に座って論文を適当に置いて読むふりをしつつ、彼女の気配をうかがっていた。
お風呂から出て来た彼女が、見ていないとして寝室に逃げてくれると思って。
メリルの予想通りだった。
彼女はお風呂場で靴を脱いで、わざわざ裸足で寝室まで行っていた。
寝室に靴が置かれるわずかな音を聞き取ったメリルは、半笑いしながら彼女を追い、寝室のドアを閉めた。
「素晴らしい忍び足だったね、アンジー」
ぐいと捕まえて、目を合わせた。
「や……だ――」
怯えたように揺らぐ緑の目。
「アンジー……、怖いかもしれないね。何かを思ってくれるだけましだよ……」
――それが「怖い」という感情でも。
「だめ……や……」
「痛くしない、殴りやしないし噛みもしないよ」
「ちがう……」
「今すぐおれを愛してほしいなんてわがまま言わないんだ、本当に。でも今、おれは君のことを愛してる……ねえ……それを理解だけでもしてほしかったんだ……」
「ちがうの……だ、め……」
メリルは拒む彼女を抱き上げて、ベッドの上に寝かせた。
「だ、めぇ――っ」
「大丈夫だから。怖くないから――」
やんわりと腕を押さえつけて、彼女と額を合わせて、目を見つめる。
「嫌われた方がましだよ。何にも、関心さえ持ってくれないのよりは……っ」